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第5話 咲とサクラ 1/2

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ここまでのお話
 捨てたプライドにつきまとわれる畑中伸一。プライドに加え、捨てたはずの童貞も加わった。
 物捨て神社を訪れたところ今回の騒動には、捨てた側の人間の心理的要因、そしてご神体の不可動石が関わっている可能性が高いことがわかった。一行は、ご神体の様子を確かめに行く。畑中の日常は取り戻されるのか。

**********

ー物捨神社 社務所 1階 応接室
「それじゃあ、案内してもらえますよね?」
「ええ、もちろん。ですが、準備が必要ですね。ご神体が祀られているほこらを開くので、お三人には、お清めをしていただきます」

 サクラが尋ねた。
「触らなくても?」
「ええ、おそらくご神体が見えると思います。見るという行為も、ご神体に触れることになりますので」
(なるほど)
「ふーん」「ご安心ください。すぐに終わりますよ」
 
 さきも加わる。
「そうだ、プラっちとサクラちゃんは今日からここに住むんだから、お清めの後は着替えてね。サクラちゃん、巫女服の着方、教えてあげる」
「やった!ありがとうございます!」

**********

ー社務所 1階 広間
 お清めなるものはごく短時間で終わった。
 れんは、祝詞のりとというやつなのだろうか、何事か唱えていたが、俺たち三人は、さかきで頭をガサガサと撫でられ、酒を一口飲むだけだった。

 それにしても、漣の宮司ぐうじとしての所作は、やはり堂に入っていた。大きな体に太い腕、怖い顔。それなのに、品がある。
 今は広間で男三人、サクラの着替えを待っている。

(早くご神体を見に行きたい)
 俺の焦りをよそに、プライドがのんきに言う。
「女の子の着替えは長いですねえ」

 彼は漣に指導を受けて、手早く着替えを済ませていた。白衣《びゃくえ》に薄いブルーの袴《はかま》。
「お前ほんと、絵になるねえ。その顔で、その身長で」

「ご主人のプライドが高かったからですよ」
「あ、そういうことだな、確かに」

 神社の見習いは出仕しゅっしと呼ばれるらしい。
(巫女の男版とでも思っておけばいいのかな)
 そんなことを考えていると、ふすまの奥から楽しそうな声が聞こえてきた。

「サクラちゃん色白いから似合うよー」
「ほんとですかー?楽しみ。咲姉みたいになるかなー?」

(……咲姉。さっきまで姉弟まとめて『あんたたち』と呼んでいたのに)
「サイズはこれくらいかなー?ちっちゃくて色白で、畑中っちはこういう子が好きなんだねー」
「そのはずなんですけどね、A子さんは全然タイプ違いますよ」

「あ、そっか、畑中っちから出てくる前のことは共有してるんだよね」
「吟味しないで行けそうなところ行っちゃうのも、ご主人様っぽいですけどね。あ、童貞っぽいのか」

「でもさー、さっきプラっちは、『ご主人はA子ちゃんのことを、いいと思ってた』って言ってたじゃん」
「んー、ていうより、年近くて見た目がよっぽど悪くなければ、だいたいの人にはそんなこと思ってるよ、ご主人様は」
(早くしろ。つかやめろ)

「サクラちゃんには悪いけど、やっぱり、畑中っちは、ないわ」
「えー、いい人ですよ?」

「ないない。あ!胸はある!でかーい!」
「やだちょっと!あはは!触らないで!あははははは!もう!咲姉も胸あるじゃん!」

「やだやだほんと触られるの無理だから!やーーーー!」
(早く)

「はーあ、もう、やめてよ。あ、髪も変えるから下ろしといて」
「お願いしまーす。次からは自分でできるようになるんで」

「難しくないよ、後ろでまとめるだけ」
「へー!そうなんですね……あ、ねー!ねー!プライド、そこにいるんでしょ?」

「はい?」
 襖の向こうからの声にプライドが答える。

「なんかさー、ご主人様から童貞の匂いしてるから、ちょっと抜いといて」
「あー畑中っちには生着替え、刺激強すぎたかな?」

「わかりました」
「いっっっっってえええええ!!!」
 プライドが躊躇なく、体に手を突っ込んできた。

「んー、やっぱり本人でないと、どの辺にあるのかわからないですね」
「い、いれたまま……グリグリ……しないで……」

「よっと……終わりましたよ、ご主人……これ!あとでちゃんと食べといてくださいよー!」
「わかってるわよー」


「すごいのできたよー!」
 襖を開けるなり、咲が得意気に言う。

 咲のすぐ後ろから決まりが悪そうに出てきた巫女服のサクラは、別人のようだった。
 ツインテールは後ろでひとまとめにしただけだが、緋色の袴がよく似合う髪型になっている。

(その不安そうな顔はなんだ)
「おおー、かわいい、似合うもんだね」
「ご主人様……」

「僕の方が先に誉めてもらいましたよ」
「ご主人様は優しいからねー、いくらあんたでも、ちょっとは誉めなきゃかわいそうでしょ?」

「誉めてない。感想。サクラのも、感想」
「では、参りましょうか」
(ありがとう漣さん)


 連れだって社務所を出て、小さなほこらを目指す。
 早く確かめたい、という思いから歩調が知らずに上がっていたのか、いつの間にか先頭を歩いていた。
 後方でサクラが咲に話しかける。

「咲姉、ご神体が参道の入口にあるって、珍しくない?」
「そうかもね。ま、神社によってほんとに、いろいろあるから。私もここのこと以外はよく知らないわ」

「咲姉はいつから巫女さんしてたの?」
(すっかり妹気分だ)

「中一からよ。お母さんがしてて、カッコいいなって思ってたから、やらせてもらったの。巫女のお仕事はあとで教えるね。いろいろあるけど、難しくはないわよ」
「ありがとう!」
 
 プライドも加わる。
「そういえば、ご両親はどちらに?」
「海外旅行。半年くらいは戻ってこないみたい。海外神社の勉強って名目で、あちこち行ってるわ」

「ご両親は、咲さんが現れたことに驚きませんでした?」
「ん-、それがねえ」

**********

『おー!咲!ついに化けて出てくれたか!』
『お母さん嬉しいわあ。女の子いないとむさくるしくって』

『どうせならしばらくは成仏するなよ』
『お父さん、ここ神社よ』

『おお、そうだった。まあいい。どうせだから遺影撮りなおしとくか。今のやつ、顔が微妙だぞ』
『また一緒にお買い物行こうね』

『死者が化けて出ると噂になったら参拝客が減るから、車で遠出しなきゃならんな』
『増えるんじゃない?』

**********

「変わってるね」
「そうねー」

(それにしても)
 すぐ後ろを歩く漣の方を向く。

「ご神体を元に戻したとして、こいつらは消えますかね?」
「どうでしょう。可能性はありますが、なんとも」

 同意見だった。そううまく行くとは考えていない。だからこそ、消えてしまうのなら無駄になってしまうはずの着替えをすることに、意義を唱えなかった。
 
 漣が続ける。
「次のことが予想されます。1 プライドさん、サクラさん、姉さんの三人、または少なくとも、畑中さんから出た二人が消える。2 三人に変化はないがこれ以上ほかに増えることはなくなる。3 変化はなく今後も増え続ける」
(そんなとこだろうな)

「でもさー」
 咲が後方から話に加わる。

「ここからずっと離れてるA子ちゃんの部屋で童貞捨てても、サクラちゃんが出てきたのよね。もうご神体は関係ないんじゃない?」
(そうなんだよな)

 地震でご神体が動いて、その夜に『プライドを捨てたい』と思ってそこを通ったことで、プライドが生まれ落ちた。その時点ですでに、この神社との関わりができてしまったのかもしれない。

「そもそも咲さんは8年前に出てきてる……地震の夜とは関係ないわけだから」
(だとしたら、期待うすだな)

 午前の日光が木漏れ日を作る参道に入り、間もなく、全員が祠と向き合った。
 祠は成人男性なら両手で抱えられる程の大きさの箱形で、石を切り出した台の上に乗っている。
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