20 / 22
19
しおりを挟む
銀の薔薇がサイラス様の息子かもしれないということで、僕達は王子様が捕獲のために催した舞踏会に出席した。
態々警備が手薄な場所まで作って、罠を張ったりと、かなり大がかりな仕掛けもあるそうだ。
ほぼ全員が王子様の命令で出席した囮だというから驚きだ。
表向きは非公開の仮面舞踏会。
王子様がお忍びでいらっしゃるくらいの噂が流れただけだ。
後はアトレイド宝石店の客が多いということくらい。
果たして銀の薔薇はこんな罠に飛び込んでくるだろうか。
顔を知っている僕が、彼をこっそり逃がす役目なのだけど――
はあぁ~と溜め息を出る。
苦しくってというのもある。
ギュウギュウに絞られた身体が、息をするのも困難にしている。
「アレク、何か飲むか?」
オーガストさんに勧められて、僕は小さく首を振った。
オーガストさんは今夜は紫の正装だ。
派手さに合った仮面までつけて、すっかり貴族の仲間入りをしている。
対して、僕は何故か胸から首にかけて細かなレースで飾られたピンクのドレスを着ている。
女装する必要があったのか、未だに疑問だ。
「アレク、王子様がこちらに来る。いいか、バレないように黙っていろ」
コクンと頷いて、僕は緊張しながら待った。
目の前に立った男の人は濃紺の長い丈の上着を着ていた。
凝った金糸の刺繍が襟と袖に施されている。
それが高価なものだということくらいはわかったけど、どれくらいかは計りかねた。
物腰は気品に溢れ、仮面に覆われた顔はその全てはわからないけど、口許は優しい印象を讃えていた。
「一曲、お相手願えますか?」
胸に手を当て、優雅にお辞儀をされて申し込まれた。
でも、僕は踊れないっ。
「ごっ、ごめんなさいっ」
思わず、僕は謝っていた。
ペコペコと頭を下げると、王子様が止めた。
「ああ、いいよ。気にしないで」
顔を上げると、気さくな笑顔がそこにあった。
「すみません。踊れなくて」
「姪が失礼をして申し訳ありません。田舎暮らしが長かったもので礼儀作法が行き届いていません。次の機会にお相手願います」
そのまま歩を進めるも、王子様に止められてしまう。
「君、ダンスが無理なら二人きりで話でもしないか」
王子様の誘いは断っちゃいけない……のかもしれない。
さっきは思わず断ってしまったけど……
ちらりとオーガストさんを見ると、困った顔してた。
王子様には逆らえないってことかな。
「少しだけなら」
オーガストさんにチッと舌打ちされたから、間違ってたんだと知る。
でも、返事をした後だから仕方ない。
「そう、じゃあ、あっちに行こうか」
王子様は僕の手を取ると、テラスに出た。
中の様子を気にしながら、僕は王子様の話に適当に相槌を打つ。
「えっ、本当にいいのかい?」
いきなり手を握られて、僕はびっくりした。
「えっ、なんですか?」
「まさか、聞いていなかったの」
王子様を怒らせちゃ駄目だ。
「あの…風が強くて……中に戻りませんか」
そう促すも、王子様は僕の手を握って離してくれない。
「私が温めてあげますよ」
「いえ、王子様にそんなことさせられませんわ。オホホホ」
なんだ、この王子様は。
僕、口説かれてるのか。
貴族社会はサイラス様みたいな人が多いのかな。
「君、本当に可愛いね」
王子様の手が僕の肩に置かれる。
「わわっ、困りますっ」
「困った顔も可愛いね。君みたいな子、好みだよ」
そう言って、王子様の顔が近づいてきたのと部屋の灯りが消えたのとは同時だった。
「現れたかっ」
王子様が言って、僕の手を離してくれた。
「君はここにいて」
そんな命令をして、王子様は庭の方へと走って行った。
どうして、部屋の中じゃなく庭なんだろう?
不思議に思いながらも、僕は部屋の中へと入った。
窓から差し込む月明かりだけでは心元なかったけど、必死になって銀の薔薇を探す。
それらしい姿はさっきまではいなかった。
だから、暗くなってから現れるはずなんだ。
どこ?
キョロキョロと見回しながら歩いている内に灯りが戻ってきた。
パアッと周りが明るくなる。
次いで、キャーッという女性の悲鳴があちこちで聞こえてきた。
「ないわっ、私のネックレスが!」
「ああっ! 私の指輪もよ」
「私のブローチもなくなっているわっ」
あちこちで盗まれたという声がする。
そして、天井から降ってきたのは白い薔薇だった。
月明かりに照らされると銀色に輝くギルバート様の庭の薔薇のよう。
でも、聞いていた話を違う。
一輪の薔薇に、ご婦人の唇と宝石。
こんなに大量の宝石をあの短時間で盗んで、薔薇をばら撒いたというんだろうか。
「おいっ、アレク、見つかったのか?」
グイっと腕を引っ張られて、ハッと我に返る。
「それが、見つからないんですっ」
半泣きになって訴える。
「落ち着け、ちゃんと見たのか?」
問われて、コクコクと頷く。
「王子様と一緒にいて、すぐには動けなかったんです。だから、どうしましょう?」
グルグルと考えを巡らせてると、オーガストさんがハッとした表情で声を荒げた。
「おい、王子はどこへ行った?」
「王子様ですか。お庭の方へ走って行きましたけど」
「しまった。別の罠が仕掛けてあったのか。王子め、やってくれる」
忌々しそうに言って、オーガストさんがどこかに走って行った。
何か考えがあるんだろう。
じゃあ、僕はどうすればいい。
不安になって胸のブローチに触れた。
サイラス様からお借りした黒い貴婦人だ。
これを見れば、銀の薔薇が寄ってくると言っていたのに――
テラスに出てしまったから、銀の薔薇に気づかれなかったんだろうか。
考えろ。
オーガストさんを追いかける?
いや、オーガストさんは王子様がどうとか言っていたな。
「庭だっ」
思い立って、僕は王子様が駆けていった方へ向かった。
態々警備が手薄な場所まで作って、罠を張ったりと、かなり大がかりな仕掛けもあるそうだ。
ほぼ全員が王子様の命令で出席した囮だというから驚きだ。
表向きは非公開の仮面舞踏会。
王子様がお忍びでいらっしゃるくらいの噂が流れただけだ。
後はアトレイド宝石店の客が多いということくらい。
果たして銀の薔薇はこんな罠に飛び込んでくるだろうか。
顔を知っている僕が、彼をこっそり逃がす役目なのだけど――
はあぁ~と溜め息を出る。
苦しくってというのもある。
ギュウギュウに絞られた身体が、息をするのも困難にしている。
「アレク、何か飲むか?」
オーガストさんに勧められて、僕は小さく首を振った。
オーガストさんは今夜は紫の正装だ。
派手さに合った仮面までつけて、すっかり貴族の仲間入りをしている。
対して、僕は何故か胸から首にかけて細かなレースで飾られたピンクのドレスを着ている。
女装する必要があったのか、未だに疑問だ。
「アレク、王子様がこちらに来る。いいか、バレないように黙っていろ」
コクンと頷いて、僕は緊張しながら待った。
目の前に立った男の人は濃紺の長い丈の上着を着ていた。
凝った金糸の刺繍が襟と袖に施されている。
それが高価なものだということくらいはわかったけど、どれくらいかは計りかねた。
物腰は気品に溢れ、仮面に覆われた顔はその全てはわからないけど、口許は優しい印象を讃えていた。
「一曲、お相手願えますか?」
胸に手を当て、優雅にお辞儀をされて申し込まれた。
でも、僕は踊れないっ。
「ごっ、ごめんなさいっ」
思わず、僕は謝っていた。
ペコペコと頭を下げると、王子様が止めた。
「ああ、いいよ。気にしないで」
顔を上げると、気さくな笑顔がそこにあった。
「すみません。踊れなくて」
「姪が失礼をして申し訳ありません。田舎暮らしが長かったもので礼儀作法が行き届いていません。次の機会にお相手願います」
そのまま歩を進めるも、王子様に止められてしまう。
「君、ダンスが無理なら二人きりで話でもしないか」
王子様の誘いは断っちゃいけない……のかもしれない。
さっきは思わず断ってしまったけど……
ちらりとオーガストさんを見ると、困った顔してた。
王子様には逆らえないってことかな。
「少しだけなら」
オーガストさんにチッと舌打ちされたから、間違ってたんだと知る。
でも、返事をした後だから仕方ない。
「そう、じゃあ、あっちに行こうか」
王子様は僕の手を取ると、テラスに出た。
中の様子を気にしながら、僕は王子様の話に適当に相槌を打つ。
「えっ、本当にいいのかい?」
いきなり手を握られて、僕はびっくりした。
「えっ、なんですか?」
「まさか、聞いていなかったの」
王子様を怒らせちゃ駄目だ。
「あの…風が強くて……中に戻りませんか」
そう促すも、王子様は僕の手を握って離してくれない。
「私が温めてあげますよ」
「いえ、王子様にそんなことさせられませんわ。オホホホ」
なんだ、この王子様は。
僕、口説かれてるのか。
貴族社会はサイラス様みたいな人が多いのかな。
「君、本当に可愛いね」
王子様の手が僕の肩に置かれる。
「わわっ、困りますっ」
「困った顔も可愛いね。君みたいな子、好みだよ」
そう言って、王子様の顔が近づいてきたのと部屋の灯りが消えたのとは同時だった。
「現れたかっ」
王子様が言って、僕の手を離してくれた。
「君はここにいて」
そんな命令をして、王子様は庭の方へと走って行った。
どうして、部屋の中じゃなく庭なんだろう?
不思議に思いながらも、僕は部屋の中へと入った。
窓から差し込む月明かりだけでは心元なかったけど、必死になって銀の薔薇を探す。
それらしい姿はさっきまではいなかった。
だから、暗くなってから現れるはずなんだ。
どこ?
キョロキョロと見回しながら歩いている内に灯りが戻ってきた。
パアッと周りが明るくなる。
次いで、キャーッという女性の悲鳴があちこちで聞こえてきた。
「ないわっ、私のネックレスが!」
「ああっ! 私の指輪もよ」
「私のブローチもなくなっているわっ」
あちこちで盗まれたという声がする。
そして、天井から降ってきたのは白い薔薇だった。
月明かりに照らされると銀色に輝くギルバート様の庭の薔薇のよう。
でも、聞いていた話を違う。
一輪の薔薇に、ご婦人の唇と宝石。
こんなに大量の宝石をあの短時間で盗んで、薔薇をばら撒いたというんだろうか。
「おいっ、アレク、見つかったのか?」
グイっと腕を引っ張られて、ハッと我に返る。
「それが、見つからないんですっ」
半泣きになって訴える。
「落ち着け、ちゃんと見たのか?」
問われて、コクコクと頷く。
「王子様と一緒にいて、すぐには動けなかったんです。だから、どうしましょう?」
グルグルと考えを巡らせてると、オーガストさんがハッとした表情で声を荒げた。
「おい、王子はどこへ行った?」
「王子様ですか。お庭の方へ走って行きましたけど」
「しまった。別の罠が仕掛けてあったのか。王子め、やってくれる」
忌々しそうに言って、オーガストさんがどこかに走って行った。
何か考えがあるんだろう。
じゃあ、僕はどうすればいい。
不安になって胸のブローチに触れた。
サイラス様からお借りした黒い貴婦人だ。
これを見れば、銀の薔薇が寄ってくると言っていたのに――
テラスに出てしまったから、銀の薔薇に気づかれなかったんだろうか。
考えろ。
オーガストさんを追いかける?
いや、オーガストさんは王子様がどうとか言っていたな。
「庭だっ」
思い立って、僕は王子様が駆けていった方へ向かった。
0
お気に入りに追加
288
あなたにおすすめの小説
一宿一飯の恩義で竜伯爵様に抱かれたら、なぜか監禁されちゃいました!
当麻月菜
恋愛
宮坂 朱音(みやさか あかね)は、電車に跳ねられる寸前に異世界転移した。そして異世界人を保護する役目を担う竜伯爵の元でお世話になることになった。
しかしある日の晩、竜伯爵当主であり、朱音の保護者であり、ひそかに恋心を抱いているデュアロスが瀕死の状態で屋敷に戻ってきた。
彼は強い媚薬を盛られて苦しんでいたのだ。
このまま一晩ナニをしなければ、死んでしまうと知って、朱音は一宿一飯の恩義と、淡い恋心からデュアロスにその身を捧げた。
しかしそこから、なぜだかわからないけれど監禁生活が始まってしまい……。
好きだからこそ身を捧げた異世界女性と、強い覚悟を持って異世界女性を抱いた男が異世界婚をするまでの、しょーもないアレコレですれ違う二人の恋のおはなし。
※いつもコメントありがとうございます!現在、返信が遅れて申し訳ありません(o*。_。)oペコッ 甘口も辛口もどれもありがたく読ませていただいてます(*´ω`*)
※他のサイトにも重複投稿しています。
五国王伝〜醜男は美神王に転生し愛でられる〜〈完結〉
クリム
BL
醜い容姿故に、憎まれ、馬鹿にされ、蔑まれ、誰からも相手にされない、世界そのものに拒絶されてもがき生きてきた男達。
生まれも育ちもばらばらの彼らは、不慮の事故で生まれ育った世界から消え、天帝により新たなる世界に美しい神王として『転生』した。
愛され、憧れ、誰からも敬愛される美神王となった彼らの役目は、それぞれの国の男たちと交合し、神と民の融合の証・国の永遠の繁栄の象徴である和合の木に神卵と呼ばれる実をつけること。
五色の色の国、五国に出現した、直樹・明・アルバート・トト・ニュトの王としての魂の和合は果たされるのだろうか。
最後に『転生』した直樹を中心に、物語は展開します。こちらは直樹バージョンに組み替えました。
『なろう』ではマナバージョンです。
えちえちには※マークをつけます。ご注意の上ご高覧を。完結まで、毎日更新予定です。この作品は三人称(通称神様視点)の心情描写となります。様々な人物視点で描かれていきますので、ご注意下さい。
※誤字脱字報告、ご感想ありがとうございます。励みになりますです!
僕を拾ってくれたのはイケメン社長さんでした
なの
BL
社長になって1年、父の葬儀でその少年に出会った。
「あんたのせいよ。あんたさえいなかったら、あの人は死なずに済んだのに…」
高校にも通わせてもらえず、実母の恋人にいいように身体を弄ばれていたことを知った。
そんな理不尽なことがあっていいのか、人は誰でも幸せになる権利があるのに…
その少年は昔、誰よりも可愛がってた犬に似ていた。
ついその犬を思い出してしまい、その少年を幸せにしたいと思うようになった。
かわいそうな人生を送ってきた少年とイケメン社長が出会い、恋に落ちるまで…
ハッピーエンドです。
R18の場面には※をつけます。
エロゲ世界のモブに転生したオレの一生のお願い!
たまむし
BL
大学受験に失敗して引きこもりニートになっていた湯島秋央は、二階の自室から転落して死んだ……はずが、直前までプレイしていたR18ゲームの世界に転移してしまった!
せっかくの異世界なのに、アキオは主人公のイケメン騎士でもヒロインでもなく、ゲーム序盤で退場するモブになっていて、いきなり投獄されてしまう。
失意の中、アキオは自分の身体から大事なもの(ち●ちん)がなくなっていることに気付く。
「オレは大事なものを取り戻して、エロゲの世界で女の子とエッチなことをする!」
アキオは固い決意を胸に、獄中で知り合った男と協力して牢を抜け出し、冒険の旅に出る。
でも、なぜかお色気イベントは全部男相手に発生するし、モブのはずが世界の命運を変えるアイテムを手にしてしまう。
ちん●んと世界、男と女、どっちを選ぶ? どうする、アキオ!?
完結済み番外編、連載中続編があります。「ファタリタ物語」でタグ検索していただければ出てきますので、そちらもどうぞ!
※同一内容をムーンライトノベルズにも投稿しています※
pixivリクエストボックスでイメージイラストを依頼して描いていただきました。
https://www.pixiv.net/artworks/105819552
釣った魚、逃した魚
円玉
BL
瘴気や魔獣の発生に対応するため定期的に行われる召喚の儀で、浄化と治癒の力を持つ神子として召喚された三倉貴史。
王の寵愛を受け後宮に迎え入れられたかに見えたが、後宮入りした後は「釣った魚」状態。
王には放置され、妃達には嫌がらせを受け、使用人達にも蔑ろにされる中、何とか穏便に後宮を去ろうとするが放置していながら縛り付けようとする王。
護衛騎士マクミランと共に逃亡計画を練る。
騎士×神子 攻目線
一見、神子が腹黒そうにみえるかもだけど、実際には全く悪くないです。
どうしても文字数が多くなってしまう癖が有るので『一話2500文字以下!』を目標にした練習作として書いてきたもの。
ムーンライト様でもアップしています。
おっさん家政夫は自警団独身寮で溺愛される
月歌(ツキウタ)
BL
妻に浮気された上、離婚宣告されたおっさんの話。ショックか何かで、異世界に転移してた。異世界の自警団で、家政夫を始めたおっさんが、色々溺愛される話。
☆表紙絵
AIピカソとAIイラストメーカーで作成しました。
護衛騎士をやめたら軟禁されました。
海月さん
BL
護衛騎士である【ルドルフ】は子爵の後継者であり麗しき美貌の持ち主である【アーロ】に想いを寄せてしまう。
けれども男であり護衛騎士の身分である為、それに耐えきれず逃げるかのように護衛騎士を退職することに。
しかしアーロによって塔に軟禁されてしまう。
メンヘラ攻め×歳上受けです。ほぼエロですがご了承ください。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる