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再臨譚
6、年末の仕事は大掃除だけではない
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すべての試験が終了し、清からのクリスマスの誘いを断り、帰路についた護と月美は自宅に到着するや否や、鞄を自室に置いて、制服を脱ぎ、私服に着替えた。
普段ならば、そのままどこかへ出かけたり、学校の宿題に取り掛かったりするのだが、この時期ばかりは違う。
私服と言っても、今、二人が着ているものは少し古い、汚れても問題のない服装というものだ。
さらに、二人の鼻と口はマスクで覆われており、頭はバンダナが巻かれている。
完全にお掃除スタイルであった。
「なんだか、出雲の家にいたときのことを思い出すなぁ」
「あぁ、そっか。月美の家の神社もこの時期なのか」
「うん。けど、出雲の場合は神在月が過ぎたあとだから、もう少し、余裕はあるんだ」
明治維新以降、西洋の文化が次々に導入され、それまで使用されていたものが一新されるようになっていった。
月の読み方もその一つで、旧暦では閏月と呼ばれる期間も含め、二十四通りの呼び名が存在していた。
神在月というのはその呼び方の一つで、月の並びでは十月にあたるといわれているものだ。
もっとも、それは日本に住まう八百万の神々が集まる出雲の地ならではの呼び方であり、東京やその他の地域では神々がこぞって出雲へ出かけてしまうため、神がいない月、神無月と呼んでいる。
どうやら、風森神社では毎年の神在月には全国からやってくる神々を出迎えるため、社を大掃除する習慣があるようだ。
その結果、十二月の大掃除にはあまり多く作業をすることがない、ということだそう。
もっとも、それは風森神社の収監であり、ほかの神社がどうしているのかはまったくわからないのだが。
「まぁ、土御門神社じゃまずない習慣だよなぁ……」
「風森神社が少し特別なだけだから、気にしないでいいんじゃない?」
「あぁ……うん、そうする。ともかく、さっさと行こうか。でないと母さんがやかましいから」
月美の一言に、護はひとまず考えることをやめ、掃除に取り掛かることにした。
なにせ本殿や社殿はもとより、拝殿や手水舎、境内など、掃除しなければならない場所は大量にあるのだから。
「今日は本殿を掃除して、明日は拝殿を掃除するらしい」
「あれ?神社の方はともかく、家の中ってどうするの?」
月美の疑問も当然といえば当然。
護が今まで口にしたのは、すべて神社にある施設であり、普段生活している家の中のことはまったくと言っていいほど触れていない。
土御門家に伝わる宝物や仕事に使う道具を納めている蔵もあるのだが、そちらはすでに済ませたらしく、やらないことをすでに翼から聞いている。
だが、家の中のことまでは聞いていない。
忘れてはいないのだろうが、気にしないわけにもいかない。
「さすがに、家の中をやらないってわけにはいかないよね?」
「うちは大まかなところは式に任せてるから、そっちは考えなくていいんだ」
「そうなの?」
「本殿や拝殿の煤や埃を落とす作業だって、式に手伝ってもらってるし。それにこの時期、あまり修行に割り当てる時間もないから、式の維持に力を割くことにしてるんだ」
「へぇ……」
何度も言うが、十二月というのはなにかとやることが多い。
大掃除以外にも、お節料理を作ったり、年賀状を書いたり。特に神社では、初詣でに訪れた客に販売するお守りや破魔矢、あるいはお祓いの準備をしなければならない。
大掃除などの作業それ自体は十一月の終わりごろから行っているが、さすがに家の中の掃除までは手が回らない。
そのため、普段から何かと手伝いで使っていることもあり、家のことは式に任せて、神社の関係の諸々を自分たちの手で行うようにしているようだ。
「なんというか、器用だよねぇ」
「ていっても、基本的にそれをやるのは母さんだし、俺はあまりやったことがないかな」
「そうなの?」
きょとんとした顔で問いかける月美に、護はくすくすと笑みを浮かべた。
「母さん、昔から少しでも楽をしたいからって式に任せることが多かったらしいんだ。ほら、料理の時に式が皿を運んだりしてただろ?」
「あぁ、そういえば……」
「あんだけ器用に多くの式を使えるのは、うちのなかじゃ、母さんだけだろうな。たぶん」
式を使う、と一口に言っても、台所や掃除をさせるほどの式を作るとなると、ある程度の霊力が必要となる。
式は通常、紙や髪の毛を媒体にして作られるのだが、鴉や蜘蛛、蝶などの比較的小型の生き物を象ることがほとんど。
人間のような姿を象ることもできないことはないが、その場合、ほとんど動かすことはできず、動かすことができたとしても、待機やものを運ぶ程度の簡単な仕事をさせるのが精いっぱい。
とてもではないが、掃除を任せることはできない。
だが、普段から料理の配膳などで式を多用している雪美の手にかかれば、三体までであれば部屋の掃除を式に任せることなど造作もないらしい。
「え?てっきり、護も翼さんもできるものだと思ってたけど」
「俺も父さんも、式を使うことはあるけど、掃除で使うなんてことはしないよ。そんなことするより、使鬼にやらせたほうが確実だからな」
「もしかして、家事については、雪美さんが土御門家最強なんじゃ?」
「ははは、言い得て妙だな、それは」
月美の言葉に、護は笑みを浮かべながら、肯定も否定もしなかった。
確かに、雪美が術者の仕事をしているという話は聞いていない。
だが、これでも土御門家に嫁入りする前は、今の光や満と同じように最前線で働いていた実力者だった。
その実力は、当時の翼と保通にも劣らないと言われていたほどだ。
「実際、母さんの式使いは父さん以上だ。今だって、こうやっておしゃべりしてるところを式に見張らせているかもしれない」
「……なんか急に怖くなってきた。早く行こう」
護のその言葉に、月美は背筋に冷たいものを感じたのか、当初の目的である掃除に向かうのだった。
苦笑を浮かべながら、護もそのあとに続いていき、神社の大掃除に参加したのだが、少しばかり遅れたらしく、翼と雪美からやんわりと説教をされたことは言うまでもない。
普段ならば、そのままどこかへ出かけたり、学校の宿題に取り掛かったりするのだが、この時期ばかりは違う。
私服と言っても、今、二人が着ているものは少し古い、汚れても問題のない服装というものだ。
さらに、二人の鼻と口はマスクで覆われており、頭はバンダナが巻かれている。
完全にお掃除スタイルであった。
「なんだか、出雲の家にいたときのことを思い出すなぁ」
「あぁ、そっか。月美の家の神社もこの時期なのか」
「うん。けど、出雲の場合は神在月が過ぎたあとだから、もう少し、余裕はあるんだ」
明治維新以降、西洋の文化が次々に導入され、それまで使用されていたものが一新されるようになっていった。
月の読み方もその一つで、旧暦では閏月と呼ばれる期間も含め、二十四通りの呼び名が存在していた。
神在月というのはその呼び方の一つで、月の並びでは十月にあたるといわれているものだ。
もっとも、それは日本に住まう八百万の神々が集まる出雲の地ならではの呼び方であり、東京やその他の地域では神々がこぞって出雲へ出かけてしまうため、神がいない月、神無月と呼んでいる。
どうやら、風森神社では毎年の神在月には全国からやってくる神々を出迎えるため、社を大掃除する習慣があるようだ。
その結果、十二月の大掃除にはあまり多く作業をすることがない、ということだそう。
もっとも、それは風森神社の収監であり、ほかの神社がどうしているのかはまったくわからないのだが。
「まぁ、土御門神社じゃまずない習慣だよなぁ……」
「風森神社が少し特別なだけだから、気にしないでいいんじゃない?」
「あぁ……うん、そうする。ともかく、さっさと行こうか。でないと母さんがやかましいから」
月美の一言に、護はひとまず考えることをやめ、掃除に取り掛かることにした。
なにせ本殿や社殿はもとより、拝殿や手水舎、境内など、掃除しなければならない場所は大量にあるのだから。
「今日は本殿を掃除して、明日は拝殿を掃除するらしい」
「あれ?神社の方はともかく、家の中ってどうするの?」
月美の疑問も当然といえば当然。
護が今まで口にしたのは、すべて神社にある施設であり、普段生活している家の中のことはまったくと言っていいほど触れていない。
土御門家に伝わる宝物や仕事に使う道具を納めている蔵もあるのだが、そちらはすでに済ませたらしく、やらないことをすでに翼から聞いている。
だが、家の中のことまでは聞いていない。
忘れてはいないのだろうが、気にしないわけにもいかない。
「さすがに、家の中をやらないってわけにはいかないよね?」
「うちは大まかなところは式に任せてるから、そっちは考えなくていいんだ」
「そうなの?」
「本殿や拝殿の煤や埃を落とす作業だって、式に手伝ってもらってるし。それにこの時期、あまり修行に割り当てる時間もないから、式の維持に力を割くことにしてるんだ」
「へぇ……」
何度も言うが、十二月というのはなにかとやることが多い。
大掃除以外にも、お節料理を作ったり、年賀状を書いたり。特に神社では、初詣でに訪れた客に販売するお守りや破魔矢、あるいはお祓いの準備をしなければならない。
大掃除などの作業それ自体は十一月の終わりごろから行っているが、さすがに家の中の掃除までは手が回らない。
そのため、普段から何かと手伝いで使っていることもあり、家のことは式に任せて、神社の関係の諸々を自分たちの手で行うようにしているようだ。
「なんというか、器用だよねぇ」
「ていっても、基本的にそれをやるのは母さんだし、俺はあまりやったことがないかな」
「そうなの?」
きょとんとした顔で問いかける月美に、護はくすくすと笑みを浮かべた。
「母さん、昔から少しでも楽をしたいからって式に任せることが多かったらしいんだ。ほら、料理の時に式が皿を運んだりしてただろ?」
「あぁ、そういえば……」
「あんだけ器用に多くの式を使えるのは、うちのなかじゃ、母さんだけだろうな。たぶん」
式を使う、と一口に言っても、台所や掃除をさせるほどの式を作るとなると、ある程度の霊力が必要となる。
式は通常、紙や髪の毛を媒体にして作られるのだが、鴉や蜘蛛、蝶などの比較的小型の生き物を象ることがほとんど。
人間のような姿を象ることもできないことはないが、その場合、ほとんど動かすことはできず、動かすことができたとしても、待機やものを運ぶ程度の簡単な仕事をさせるのが精いっぱい。
とてもではないが、掃除を任せることはできない。
だが、普段から料理の配膳などで式を多用している雪美の手にかかれば、三体までであれば部屋の掃除を式に任せることなど造作もないらしい。
「え?てっきり、護も翼さんもできるものだと思ってたけど」
「俺も父さんも、式を使うことはあるけど、掃除で使うなんてことはしないよ。そんなことするより、使鬼にやらせたほうが確実だからな」
「もしかして、家事については、雪美さんが土御門家最強なんじゃ?」
「ははは、言い得て妙だな、それは」
月美の言葉に、護は笑みを浮かべながら、肯定も否定もしなかった。
確かに、雪美が術者の仕事をしているという話は聞いていない。
だが、これでも土御門家に嫁入りする前は、今の光や満と同じように最前線で働いていた実力者だった。
その実力は、当時の翼と保通にも劣らないと言われていたほどだ。
「実際、母さんの式使いは父さん以上だ。今だって、こうやっておしゃべりしてるところを式に見張らせているかもしれない」
「……なんか急に怖くなってきた。早く行こう」
護のその言葉に、月美は背筋に冷たいものを感じたのか、当初の目的である掃除に向かうのだった。
苦笑を浮かべながら、護もそのあとに続いていき、神社の大掃除に参加したのだが、少しばかり遅れたらしく、翼と雪美からやんわりと説教をされたことは言うまでもない。
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