173 / 276
騒動劇
5、一風変わった出し物の噂
しおりを挟む
翌朝、がっちりと月美に抱きつかれたまま何度も寝返りを打たれたせいで潰されたり、締められたりしてげんなりしていた白桜に文句を言われながら、朝のお勤めを終えた護と月美は朝食を摂っていた。
心なしか、月美の機嫌がよさそうなのは、朝のお勤めぎりぎりまで、白桜のもふもふな毛皮を堪能したからなのだろう。
もっとも、白桜は狐精であるため、厳密には『生きている』といっていいのかは不明なのだが。
「そういえば、月美ちゃん。そろそろ文化祭よね?何やるの?」
「クラスは『使用人喫茶』をやろうってことになりましたよ?」
「使用人?ってことは、メイドとか執事さんとか?」
「はい……ただ、わたしも護も、普通の喫茶店のほうがよかったなぁ、なんて……」
雪美の問いかけにそう返し、月美は苦笑を浮かべた。
その隣で焼き魚を食べていた護も、陰鬱なため息をついた。
「あら?面白そうじゃない、ちょっと変わった喫茶店なんて」
「って、思うだろうけど、要はコスプレ喫茶だよ?俺はごめんだ」
「わたしも、できれば……」
「まぁ、そう思うのは今の内よ。意外と終わっちゃえば『楽しかった』って思えるものよ?」
三倍近い時間を先に生きているからこその言葉なのだろう。
だが、それは『過ぎ去ってしまえば』という話であり、現在進行形で事態に直面しつつある二人にとっては頭痛の種でしかなかった。
もっとも、そのこともわかっているようで、いかにも楽しそうな笑みを浮かべながら。
「ま、そうやって頭抱えてられるのも今の内よ?あなたたちはまだ若いんだから、思いっきり楽しんじゃえばいいの!コスプレなんて、いつもやってるようなものじゃない」
「……いや、狩衣をコスプレ扱いされても」
「あの、巫女服はわたしにとって仕事着なんですだけど」
雪美の言葉に、護も月美もどう反応したらいいのかわからなかった。
現役の頃は仮にも一人の術者として活動していた母親が、仕事着はコスプレと同じという認識をしていれば、誰でもそう思うだろう。
確かに、昨今では宅配業者や制服自衛官の姿でイベントに参加する者も少なくないため、『仕事着はコスプレではない』と否定できないところはあるのは事実だ。
だが、だからといって自分の仕事で使う衣装とコスプレが同じものだと認識されれば、複雑な気持ちにもなる。
悪気がないことは知っているが、諫めようかどうしようか迷っていると、雪美が唐突に話題を変えてきた。
「ほら、さっさと遅刻するんじゃない?」
そういわれて二人は同時に時計を見た。
視線の先にあった時計が示している時刻は、もうそろそろ出発しないと間に合わないぎりぎりの時間を示そうとしていた。
二人は慌てて、残っていた料理を平らげ、支度をして玄関から飛び出していった。
そんな二人に雪美は、温かくも呆れたような笑みを向けて見送っていた。
--------------
どうにか遅刻せずに学校に到着した二人は、明美や佳代、清と時間をつぶしていた。
そんな中で、清がふと思い出したかのように口を開いた。
「そういや、知ってるか?一年の文化祭の出し物」
「知らん、興味ない」
「知らないけど?」
「……あ~、もしかして『あれ』?」
「そそ、『あれ』」
突如、清が切り出してきた話題に、月美と佳代は首を傾げ、護は興味なさそうに返し、明美は一人だけ知っているような雰囲気で返していた。
ついていけていない二人と、興味がない一人はまったく知らないため、必然的についていけてなかった二人から、『あれ』と呼ぶものについて質問が出てきた。
「『あれ』って何?」
「もしかして、何か珍しいことでもやるの?」
「それがよ、チャリティフリーマーケットやるんだとさ」
「フリマ?学校の文化祭でフリマって、珍しいね」
大学の学園祭ならば、ボランティアサークルが引き取られることのなかった遺失物を販売し、そこで得たお金をNPO法人や福祉関係の施設などに寄付することはあるだろうが、高校で、しかも一つのクラスでそれと同じことを行うことは、確かに珍しいものだろう。
もっとも、だからこそこうして耳ざとい清や明美の耳に入ってきたのだろうが。
「クラスの全員で、使わなくなった古着とかおもちゃを集めて、売りさばくんだって。商品が足りなくなることも考慮して、学校全体で中古品を募って、学校からって形でどこかの施設に寄付するらしいよ?」
「学校全体って、それもうクラスの出し物って領域、超えてるだろ」
「なんか、もう学校をあげての出し物になってるような……」
明美の言葉に苦笑を浮かべながらつぶやいた月美の言葉を聞いて、全員が同意するように相槌を打つと、護はまさかと思いつつ、学校側が考えているのではないかと思っていることを口に出した。
「……まさかと思うが、これ見よがしにローカル新聞とかで取材を依頼して、学校の名前を売ろう、なんて考えてねぇだろうな……?」
「まさか、そんなこと……ないよね?」
「……さぁ?」
護の言葉に、全員が首を傾げた。
全国のニュースを記事にし、全国に配達されている全国紙ならばともかく、特定の地域にしか配達されないローカル新聞ならば、フリーマーケットの売り上げを寄付したことを取材してもらい、紙面に乗せてもらうこともできるだろう。
当然、学校の名前も載ることになるため、広告ではない形で宣伝をしようとしているのではないかと邪推してしまったようだ。
もっとも、学校側の意図など、生徒でしかない護たちが知るはずもなく、「そんなことはないはず」という結論でひとまず落ち着くこととなった。
が、この学校を挙げての「一風変わった出し物」が、国民に公表されていない内閣府直属の公的機関を巻き込んだ騒動を巻き起こすことになるとは、この時は誰も予期することなどできなかった。
心なしか、月美の機嫌がよさそうなのは、朝のお勤めぎりぎりまで、白桜のもふもふな毛皮を堪能したからなのだろう。
もっとも、白桜は狐精であるため、厳密には『生きている』といっていいのかは不明なのだが。
「そういえば、月美ちゃん。そろそろ文化祭よね?何やるの?」
「クラスは『使用人喫茶』をやろうってことになりましたよ?」
「使用人?ってことは、メイドとか執事さんとか?」
「はい……ただ、わたしも護も、普通の喫茶店のほうがよかったなぁ、なんて……」
雪美の問いかけにそう返し、月美は苦笑を浮かべた。
その隣で焼き魚を食べていた護も、陰鬱なため息をついた。
「あら?面白そうじゃない、ちょっと変わった喫茶店なんて」
「って、思うだろうけど、要はコスプレ喫茶だよ?俺はごめんだ」
「わたしも、できれば……」
「まぁ、そう思うのは今の内よ。意外と終わっちゃえば『楽しかった』って思えるものよ?」
三倍近い時間を先に生きているからこその言葉なのだろう。
だが、それは『過ぎ去ってしまえば』という話であり、現在進行形で事態に直面しつつある二人にとっては頭痛の種でしかなかった。
もっとも、そのこともわかっているようで、いかにも楽しそうな笑みを浮かべながら。
「ま、そうやって頭抱えてられるのも今の内よ?あなたたちはまだ若いんだから、思いっきり楽しんじゃえばいいの!コスプレなんて、いつもやってるようなものじゃない」
「……いや、狩衣をコスプレ扱いされても」
「あの、巫女服はわたしにとって仕事着なんですだけど」
雪美の言葉に、護も月美もどう反応したらいいのかわからなかった。
現役の頃は仮にも一人の術者として活動していた母親が、仕事着はコスプレと同じという認識をしていれば、誰でもそう思うだろう。
確かに、昨今では宅配業者や制服自衛官の姿でイベントに参加する者も少なくないため、『仕事着はコスプレではない』と否定できないところはあるのは事実だ。
だが、だからといって自分の仕事で使う衣装とコスプレが同じものだと認識されれば、複雑な気持ちにもなる。
悪気がないことは知っているが、諫めようかどうしようか迷っていると、雪美が唐突に話題を変えてきた。
「ほら、さっさと遅刻するんじゃない?」
そういわれて二人は同時に時計を見た。
視線の先にあった時計が示している時刻は、もうそろそろ出発しないと間に合わないぎりぎりの時間を示そうとしていた。
二人は慌てて、残っていた料理を平らげ、支度をして玄関から飛び出していった。
そんな二人に雪美は、温かくも呆れたような笑みを向けて見送っていた。
--------------
どうにか遅刻せずに学校に到着した二人は、明美や佳代、清と時間をつぶしていた。
そんな中で、清がふと思い出したかのように口を開いた。
「そういや、知ってるか?一年の文化祭の出し物」
「知らん、興味ない」
「知らないけど?」
「……あ~、もしかして『あれ』?」
「そそ、『あれ』」
突如、清が切り出してきた話題に、月美と佳代は首を傾げ、護は興味なさそうに返し、明美は一人だけ知っているような雰囲気で返していた。
ついていけていない二人と、興味がない一人はまったく知らないため、必然的についていけてなかった二人から、『あれ』と呼ぶものについて質問が出てきた。
「『あれ』って何?」
「もしかして、何か珍しいことでもやるの?」
「それがよ、チャリティフリーマーケットやるんだとさ」
「フリマ?学校の文化祭でフリマって、珍しいね」
大学の学園祭ならば、ボランティアサークルが引き取られることのなかった遺失物を販売し、そこで得たお金をNPO法人や福祉関係の施設などに寄付することはあるだろうが、高校で、しかも一つのクラスでそれと同じことを行うことは、確かに珍しいものだろう。
もっとも、だからこそこうして耳ざとい清や明美の耳に入ってきたのだろうが。
「クラスの全員で、使わなくなった古着とかおもちゃを集めて、売りさばくんだって。商品が足りなくなることも考慮して、学校全体で中古品を募って、学校からって形でどこかの施設に寄付するらしいよ?」
「学校全体って、それもうクラスの出し物って領域、超えてるだろ」
「なんか、もう学校をあげての出し物になってるような……」
明美の言葉に苦笑を浮かべながらつぶやいた月美の言葉を聞いて、全員が同意するように相槌を打つと、護はまさかと思いつつ、学校側が考えているのではないかと思っていることを口に出した。
「……まさかと思うが、これ見よがしにローカル新聞とかで取材を依頼して、学校の名前を売ろう、なんて考えてねぇだろうな……?」
「まさか、そんなこと……ないよね?」
「……さぁ?」
護の言葉に、全員が首を傾げた。
全国のニュースを記事にし、全国に配達されている全国紙ならばともかく、特定の地域にしか配達されないローカル新聞ならば、フリーマーケットの売り上げを寄付したことを取材してもらい、紙面に乗せてもらうこともできるだろう。
当然、学校の名前も載ることになるため、広告ではない形で宣伝をしようとしているのではないかと邪推してしまったようだ。
もっとも、学校側の意図など、生徒でしかない護たちが知るはずもなく、「そんなことはないはず」という結論でひとまず落ち着くこととなった。
が、この学校を挙げての「一風変わった出し物」が、国民に公表されていない内閣府直属の公的機関を巻き込んだ騒動を巻き起こすことになるとは、この時は誰も予期することなどできなかった。
0
お気に入りに追加
32
あなたにおすすめの小説
懐妊を告げずに家を出ます。最愛のあなた、どうかお幸せに。
梅雨の人
恋愛
最愛の夫、ブラッド。
あなたと共に、人生が終わるその時まで互いに慈しみ、愛情に溢れる時を過ごしていけると信じていた。
その時までは。
どうか、幸せになってね。
愛しい人。
さようなら。
【完結】言いたいことがあるなら言ってみろ、と言われたので遠慮なく言ってみた
杜野秋人
ファンタジー
社交シーズン最後の大晩餐会と舞踏会。そのさなか、第三王子が突然、婚約者である伯爵家令嬢に婚約破棄を突き付けた。
なんでも、伯爵家令嬢が婚約者の地位を笠に着て、第三王子の寵愛する子爵家令嬢を虐めていたというのだ。
婚約者は否定するも、他にも次々と証言や証人が出てきて黙り込み俯いてしまう。
勝ち誇った王子は、最後にこう宣言した。
「そなたにも言い分はあろう。私は寛大だから弁明の機会をくれてやる。言いたいことがあるなら言ってみろ」
その一言が、自らの破滅を呼ぶことになるなど、この時彼はまだ気付いていなかった⸺!
◆例によって設定ナシの即興作品です。なので主人公の伯爵家令嬢以外に固有名詞はありません。頭カラッポにしてゆるっとお楽しみ下さい。
婚約破棄ものですが恋愛はありません。もちろん元サヤもナシです。
◆全6話、約15000字程度でサラッと読めます。1日1話ずつ更新。
◆この物語はアルファポリスのほか、小説家になろうでも公開します。
◆9/29、HOTランキング入り!お読み頂きありがとうございます!
10/1、HOTランキング最高6位、人気ランキング11位、ファンタジーランキング1位!24h.pt瞬間最大11万4000pt!いずれも自己ベスト!ありがとうございます!
寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい
白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。
私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。
「あの人、私が
【完結】私だけが知らない
綾雅(りょうが)祝!コミカライズ
ファンタジー
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。
優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。
やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。
記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。
【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ
2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位
2023/12/19……番外編完結
2023/12/11……本編完結(番外編、12/12)
2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位
2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」
2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位
2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位
2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位
2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位
2023/08/14……連載開始
王子を身籠りました
青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。
王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。
再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる