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呪怨劇
29、準備の前に
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その夜。
護は佳代が掛けた呪詛をどう対処するか考えていた。
だが呪詛を解く方法というものは、呪詛の瘴気を完全に浄化したうえで守りを固めるか、呪詛を放った術者に呪詛を返すかもどちらかしかないのだが。
――どっちの方法も、リスクがある。特に、呪詛返しの法は返された術者の命が危険にさらされる可能性だってある
呪詛返しとは、かけられた呪詛を仕掛けてきた術者に返す術のことだ。
有名な逸話としては、『宇治拾遺物語』の「晴明蔵人少将を封じる事」というものがある。
とある少将に呪詛がかけられたことを、当時、最高峰の陰陽師として名をはせていた安倍晴明が突き止め、術者に呪詛を返したという逸話だ。
他にも、晴明が呪詛と関わった逸話はいくつか存在しているが、その中には呪詛を返された術者は死亡していた、と締めくくられているものも存在している。
人を呪わば穴二つ、という諺を具体的に表したものだ。
だが、実際に、呪詛を行えば、仕掛けた術者にも反動が返ってくる。
その反動の影響で、最悪の場合、逸話通りの結果になってしまうこともあり得るのだ。
――この場合、術者は吉田ということになる。呪詛を返せば吉田に危害が及ぶことになる……まったく、あの爺、腹の立つことをやってくれる
実際に呪詛を行わなければ、たとえ、他人が呪詛を行うようになるよう仕組んだとしてもその反動は黒幕には及ばない。
それをわかっていて、佳代に呪詛を行わせたということは、少し考えれば誰でもたどり着くことができるであろう結論だった。
だからこそ、腹立たしい。
結局のところ、どちらを救うにせよ、死人が出ることに変わりないのだから。
――けど、それは並大抵の術者なら、という話……父さんなら、じいちゃんなら……晴明様なら、どうする?
護は、自分より上の実力を誇っている術者ならばどう対処するか、その一点を頭において、自分がどう動くか、考え始めた。
並の術者ならば、佳代を切り捨てて生徒全員を救う方法を選ぶだろう。
それが安全であり確実な方法だから。
だが、護は仮にも陰陽師の大家、土御門家の長男であり、次期後継候補者だ。
安全で確実な方法だから、といって安易に犠牲者が出る方法を選びたくはない。
それを選ぶことは、護のプライドが許さなかった。
――絶対、どっちも救って、あの爺の鼻を明かしてやる!!
本当なら、自分が仕掛けるよう仕向けた呪詛の瘴気を使って、法師に呪詛をかけてやりたいところだが、それこそ無理な話だ。
だからせめて、彼が望んでいるであろう結末を回避することを最低条件にして行動することを方針にする必要がある。
もっとも、それもそれで難易度は高く、それなりの準備と緻密に練られた計画が必要になるのだが。
「……さて、やってやるか」
護は握りしめた拳を手のひらにたたきつけ、気持ちを切り替える。
もっとも、護の中には、佳代に危害を加えることなく、呪詛を返す方法はすでに浮かんでいた。
あとは、必要なものをそろえ、保険を用意しておくだけだが、それでも足りない。
脳裏の奥底で、そんな警鐘が鳴っていた。
これは、自分の勘がそう告げていることだ。
それは護自身がよくわかっていたし、無視することは危険だということも経験で知っている。
――まさか……読まれている、ということか?
まさかとも思ったが、この事件の背後にいる存在があの不気味な老人の姿をした悪霊であることを思い出す。
そのまさかが現実となる可能性も頭に置いておかなければいけない。
そのことに気づくと、もう一つ、忘れていることがあることを思い出した。
――そういや、あの爺はいったい何者なんだ?
あの悪霊に対抗しようにも、まずはその相手を知らないことにはどうしようもない。
となれば、護が問うべき行動は一つだった。
――知っていそうなのは、父さんとじいちゃんあたりかな? 調べろって言いそうだけど、情報が少なすぎるし、なにより、あまり時間がない
人に尋ねる前にある程度自力で調べること。
それは、護が幼い頃から翼と祖父に言われ続けてきたことであり習慣となっていることなのだが、それは情報ありきの話だ。
今回のように正体不明の存在や時間をあまりかけることができないときは、詳しそうな人間に真っ先に聞きに行くことにしている。
普段ならば焦ることなく調べるのだが、今回に限っては、あまり時間をかけてはいられないと判断し、翼に聞きに行くことを選んだのだ。
――さぁて、どんな話を聞かされることやら……
あのとんでもない悪霊から感じられた力は、自分が今まで感じた中でも最高峰に位置するものだった。
あれほどの力を感じたのは、おそらく、春先の事件で奇しくも降臨した一柱の女神、伊邪那美大神と対峙して以来だろう。
だが、神に匹敵するほどの力を持つ悪霊が、現代も神に封じられることなく存在しているという話は聞いたことがない。
おそらく、そこには何かとんでもない理由が隠されているのだろう。
そんなことを予感しながら、護はまっすぐに翼の元へと向かっていった。
護は佳代が掛けた呪詛をどう対処するか考えていた。
だが呪詛を解く方法というものは、呪詛の瘴気を完全に浄化したうえで守りを固めるか、呪詛を放った術者に呪詛を返すかもどちらかしかないのだが。
――どっちの方法も、リスクがある。特に、呪詛返しの法は返された術者の命が危険にさらされる可能性だってある
呪詛返しとは、かけられた呪詛を仕掛けてきた術者に返す術のことだ。
有名な逸話としては、『宇治拾遺物語』の「晴明蔵人少将を封じる事」というものがある。
とある少将に呪詛がかけられたことを、当時、最高峰の陰陽師として名をはせていた安倍晴明が突き止め、術者に呪詛を返したという逸話だ。
他にも、晴明が呪詛と関わった逸話はいくつか存在しているが、その中には呪詛を返された術者は死亡していた、と締めくくられているものも存在している。
人を呪わば穴二つ、という諺を具体的に表したものだ。
だが、実際に、呪詛を行えば、仕掛けた術者にも反動が返ってくる。
その反動の影響で、最悪の場合、逸話通りの結果になってしまうこともあり得るのだ。
――この場合、術者は吉田ということになる。呪詛を返せば吉田に危害が及ぶことになる……まったく、あの爺、腹の立つことをやってくれる
実際に呪詛を行わなければ、たとえ、他人が呪詛を行うようになるよう仕組んだとしてもその反動は黒幕には及ばない。
それをわかっていて、佳代に呪詛を行わせたということは、少し考えれば誰でもたどり着くことができるであろう結論だった。
だからこそ、腹立たしい。
結局のところ、どちらを救うにせよ、死人が出ることに変わりないのだから。
――けど、それは並大抵の術者なら、という話……父さんなら、じいちゃんなら……晴明様なら、どうする?
護は、自分より上の実力を誇っている術者ならばどう対処するか、その一点を頭において、自分がどう動くか、考え始めた。
並の術者ならば、佳代を切り捨てて生徒全員を救う方法を選ぶだろう。
それが安全であり確実な方法だから。
だが、護は仮にも陰陽師の大家、土御門家の長男であり、次期後継候補者だ。
安全で確実な方法だから、といって安易に犠牲者が出る方法を選びたくはない。
それを選ぶことは、護のプライドが許さなかった。
――絶対、どっちも救って、あの爺の鼻を明かしてやる!!
本当なら、自分が仕掛けるよう仕向けた呪詛の瘴気を使って、法師に呪詛をかけてやりたいところだが、それこそ無理な話だ。
だからせめて、彼が望んでいるであろう結末を回避することを最低条件にして行動することを方針にする必要がある。
もっとも、それもそれで難易度は高く、それなりの準備と緻密に練られた計画が必要になるのだが。
「……さて、やってやるか」
護は握りしめた拳を手のひらにたたきつけ、気持ちを切り替える。
もっとも、護の中には、佳代に危害を加えることなく、呪詛を返す方法はすでに浮かんでいた。
あとは、必要なものをそろえ、保険を用意しておくだけだが、それでも足りない。
脳裏の奥底で、そんな警鐘が鳴っていた。
これは、自分の勘がそう告げていることだ。
それは護自身がよくわかっていたし、無視することは危険だということも経験で知っている。
――まさか……読まれている、ということか?
まさかとも思ったが、この事件の背後にいる存在があの不気味な老人の姿をした悪霊であることを思い出す。
そのまさかが現実となる可能性も頭に置いておかなければいけない。
そのことに気づくと、もう一つ、忘れていることがあることを思い出した。
――そういや、あの爺はいったい何者なんだ?
あの悪霊に対抗しようにも、まずはその相手を知らないことにはどうしようもない。
となれば、護が問うべき行動は一つだった。
――知っていそうなのは、父さんとじいちゃんあたりかな? 調べろって言いそうだけど、情報が少なすぎるし、なにより、あまり時間がない
人に尋ねる前にある程度自力で調べること。
それは、護が幼い頃から翼と祖父に言われ続けてきたことであり習慣となっていることなのだが、それは情報ありきの話だ。
今回のように正体不明の存在や時間をあまりかけることができないときは、詳しそうな人間に真っ先に聞きに行くことにしている。
普段ならば焦ることなく調べるのだが、今回に限っては、あまり時間をかけてはいられないと判断し、翼に聞きに行くことを選んだのだ。
――さぁて、どんな話を聞かされることやら……
あのとんでもない悪霊から感じられた力は、自分が今まで感じた中でも最高峰に位置するものだった。
あれほどの力を感じたのは、おそらく、春先の事件で奇しくも降臨した一柱の女神、伊邪那美大神と対峙して以来だろう。
だが、神に匹敵するほどの力を持つ悪霊が、現代も神に封じられることなく存在しているという話は聞いたことがない。
おそらく、そこには何かとんでもない理由が隠されているのだろう。
そんなことを予感しながら、護はまっすぐに翼の元へと向かっていった。
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