見習い陰陽師の高校生活

風間義介

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呪怨劇

21、急ごしらえの手段

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 人に戻るか、鬼となって護に退治されるか。
 佳代はどちらにしても自分が望まない結果になる選択を迫られている。
 だが、人間としての時間がもうあまり残されていないというのに、どうすればいいのかがわからず、佳代は頭を抱えていた。

「悩んでんなら、一つ、提案してやろうか?」
「……エ?」

 唐突な護の言葉に、佳代は顔をあげた。

「だが、条件がある」
「ジョウ、ケン?」
「あぁ」
「ソノ条件ッテ?」
「これ以上呪詛を広めるな。というか、呪詛で仕返しなんて考えんな」

 つまり、これ以上は仕返しをするなということだ。
 そんなことを納得できるわけがない。
 だが、護のその提案が自分が抱えているこの苦しみから解放してくれるのならば。

「……ワカ、ッタ……土御門クンノ提案、飲ムヨ」
「その言葉、違えるなよ?」 

 そう話すと、護は懐から扇子を取り出して音もなく広げた。
 その瞬間、佳代は自分の体に何かが流れ込んでくるような感覚を覚えた。徐々にその感覚は強くなっていき、やがて全身に広がっていく。

――不思議な感じ……けど、苦痛はない。それどころか、何かに包まれているような感じがする

 その感覚に包まれる中、佳代の耳には護の声が確かに響いていた。
 日本語であるということが辛うじてわかる程度で、何を言っているのか、その意味を掴み取ることができなかったが、確かに護の声だということだけはわかる。

「――急急如律令」
 
 陰陽師が唱える呪文の結びに使われる一節として有名な言葉が聞こえてきたその瞬間、佳代の全身を電流のような衝撃が駆け巡る。
 同時に、佳代は自分の額に生えていた異物と異様に伸びた犬歯と爪が徐々に小さくなっていることを実感した。
 実際、佳代は生成りの姿から元の姿へと戻っていく。

 「も、戻って……る?」

 ぺたぺたと、自分の額と口元に触れながら、佳代は自分の顔が元に戻っていることを確かめた。
 角も牙も、何より爪もない。
 すっかり元の人間の姿へと戻っていた。
 元の姿に戻ったことに安堵したのか、それとも、これからどうすればいいのかわからなくなってしまったからか、佳代の芽からはぽろぽろと涙がこぼれ落ち始める。

 「……成功、か」

 そんな佳代の前で、ほっとため息をつきながら、護はその場に座り込み、そう呟いていた。
 だが、そのまましばらく休むという選択肢は取らず、ポケットから携帯電話を取り出し、月美に電話をかける。
 数秒の呼び出しコールの後、電話越しに月美の声が聞こえてきた。

『護?ずいぶんかかってるみたいだけど、どうしたの?』
「あぁ、そのことでちと月美と父さんに説明しないといけないことがあるんだ。すぐに来てもらっていい?」
『うん?大丈夫だけど、どうしたの??』
「簡単に説明すると、生成りになりかけた女子を使鬼に下して、ちょっと強引に人間の姿に戻した」

 それはまさに急ごしらえな上に強引で、さらに言えば不確実な手段だった。
 生成りとは、鬼になりかけている状態のことだが、言ってみればそれは不完全ながらも『鬼である』ということだ。
 ならば、使鬼に下し、術を施して人間の姿に見えるよう、偽装することも可能になるはず。
 そう考えて、この手段を実行したのだ。
 とはいえ、契約を交わすことに変わりはないため、様々な制約が存在する。その一つが、契約する相手の合意を必要とすることだった。
 通常なら、術比べなり力比べなりをしてその実力を示し、屈服させる。
 だが、こちらが提示する条件を飲むことを合意とみなして契約を交わす、というだまし討ちのような方法を取るしかなかった。
 だが、月美が気にしているのは、そんなだまし討ちのような方法ではない。

『……女子?』
「そう、だが……あの、月美さん?もしかしなくても……」
『……うん、あとでお説教』

 女子を使鬼にした。そのことにご立腹のようだった。
 一方、護が生成りとなった佳代を使鬼に下したその時。
 一人取り残された、いや、残っていた法師は違和感を覚えた。

――はて?小娘からの瘴気が消えた??だが、まだ気配は残っておる……これは、いったい……

 何に対して違和感を覚えたのか。それはわかっている。
 佳代に力を貸す、と宣言した時、法師と彼女との間に霊的なつながりができた。
 言ってみれば、それは術者と使鬼を繋ぐ通路のようなものだ。
 だが、その通路が今、完全に途切れた。

――普通ならば、そのようなことはありえん

 使鬼か術者が死ぬ、あるいは契約を解除すれば話は別なのだが、突然、その通路が切れることはない。
 だが。

――いや!かつて一度、わしもこれを経験しておる!!

 法師には心当たりが一つだけ、たった一つだけある。
 仇敵である安倍晴明と最初に出会ったとき、法師は二人の使鬼を連れていた。
 当時から若いながら凄腕の陰陽師がいる、という話を聞き、少しばかりからかってやろうと晴明に術をかけようと訪問したことがある。
 だが、晴明は法師よりも上手であった。
 術から身を守ったのみならず、連れていた使鬼を奪い、さらには自分の名を木簡に書き記させ、晴明に手渡させたのだ。

――まさか……まさかまさか!!あの時と同じことをしたというのか?!あの小僧が!!

 まさかとは思う。
 だがそれと同時に、ありえるのではないかと叫ぶ自分がいる。
 相手は安倍晴明の子孫であり、経験が浅いとはいえ、歴代でもかなりの力を持っていると言われている少年だ。
 何かしらの方法で、自分と佳代の間にあった通路を上書きし、佳代へ流れる力を完全に切断することだって、できないことではないはず。
 その可能性に考えが至った瞬間。

――か……かか……かかかかかっ!!よもや、この姿となってからあやつのような術者に巡り合うとはのぉ!!

 法師の体は、怒りではなく喜びに震えた。
 まだまだ、最盛期の晴明には遠く及ばない実力だ。
 いや、千年の間に失われた術も多数存在していると時点で、晴明を超えるということは不可能に近い。
 だがそれでも、手を変え品を変え、ありとあらゆる手段を模索し、その頂きへ上り詰めていくことができる。
 それこそが『若い』ということの強みだ。

――その強みをいかに活用し、どう成長していくか……

 法師はそれが楽しみで仕方がなかった。
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