77 / 276
異端録
28、仮説証明の手段
しおりを挟む
神社がある下町から遠く離れた田舎町。
そのさらに奥の山に密かに建っている施設があった。
外見からはその施設は古くなりすぎているうえに、役所の人間から立ち入り禁止の通達を受けていたため、滅多に近づくことはない。
だが、好奇心に忠実な怖いもの知らずや、大人の忠告を聞き入れることをせず、自分から危険に飛び込んでいく子どものように、素直に従わない人間も存在する。
探検や肝試しと称してこの施設にたびたび侵入しようとするが、老朽化している割に、子どもが入ることのできるような穴すらない。
それだけでなく、時々、何かが動いているような音が聞こえてくることもあるのだ。
施設に近づいた人々の中には音だけでなく、何かを見たという者もおり、特に子どもからその報告がされてきた。
だが、その報告はすべて『子どもの戯言』として、町の大人たちは真偽のほどを確かめることはされず、見向きもされず、放置されることとなる。
実際、いままでまったく問題はなかったのだから、放っておいても問題はない。
そう考えてのことなのだが、その判断が結果として正しかった。
もし、念のために施設を調べるという選択をしていたら、彼らの命はそこで尽きていたかもしれない。
それだけの危険が、そこには潜んでいたのだから。
----------------------------
自分の仮説を証明するため、護は早速、光に連絡を入れることにした。
話す内容は、当然、占いの結果とそれを踏まえた上で調査してほしい場所なのだったのだが。
『あんた、ふざけてんの?!占いで出てきたから『はい、そうですか』って誰が調べるってのよ!』
それを話した瞬間、文句を言われてしまった。
無理もないといえば、無理もない。
占というものは、多少乱暴な解釈ではあるが、あくまで数ある未来への道筋の中から、一本の道を選び、その先にあるものを読み取るものであり、その確実性は低い。
もちろん、十人が十人、同じ結果を出したというのなら検証する価値はあるだろうが、今回は護と月美の二人だけ。
それも、それぞれが違う手法で、違うことを占っていたのだ。
信用するべきかどうか、その判断がつかないし、判断しろということ自体、無理難題だ。
だが、もはや手段を選ばないと決めた護は強気だった。
「ほぉ?そんなこと言っていいのか?せっかくの情報提供だってのに」
『むっ……』
「まぁ、俺は別に構わないがな?提供された情報をろくに吟味せずに投げ捨てて、その結果、対応が遅くなって事態収束にかなりの時間がかかっちまっても」
『うぐっ……』
飛んでくる護からの口撃に、光はひるんだ。
実際、自分たちは護たちほど情報を入手できているわけではない。
唯一の手掛かりといえば、先日のあの男だけだったのだが、あの男は取り調べの最中に不審死を遂げている。
男の遺体は、事件性がないことから、検死を行うことができず、何も情報を得ることができなかった。
そして、それ以降も狼男らしき人物に遭遇することはなく、時間だけが過ぎていくような状況が続いている。
――情報は欲しい。欲しいんだが、それがこの男からもたらされるというのが腹立たしくて仕方がない!!
気に入らない男からの情報など、突っぱねてしまいたいところなのだが、かといってこのまま情報を逃すというのもやりたくない。
光はそんなジレンマで頭を抱えることとなる。
それを知ってか知らずか、護は沈黙を守ったまま、光の選択を待っていた。
しばらくの間、電話の向こうでは光のうめき声が響いていたが、ようやく腹をくくったらしい。
『……で、情報って何?さっさと教えなさい』
「おいおい、随分と悩むんだな……お前もメンツを大事にする口か?」
『はぁっ?!そんじょそこらの高官たちと一緒にしないでくれる?!あんたが気にいらないから聞きたくなかっただけだから!』
「本人を前にして堂々と気にいらないって言える度胸に感心するよ」
『うっさいわね!どうせあんたも気づいてんでしょ?!』
「まぁ、気づいてはいたな」
『ほんと、かわいくない……』
光の正直な思いに対し、護が本心で返すと、光は電話口でぶちぶちと文句を言い続けた。
そんな光の様子に、護は頃合いと見て自分たちがようやくつかんだ糸口になるかもしれない情報を伝える。
だが、案の定というべきか、返ってきた光の反応はあまりいいものとは言えなかった。
『スギ科と思われるの林に隠れた廃墟、ね……じゃ、聞くけど、その情報の信憑性は?』
「神が集う国で、おそらく最も霊力の強い巫女がそれを見た。それだけじゃだめか?」
『結局、占の結果ということなのね?けど、それだけで信じろっていうのは』
「おいおい、仮にも陰陽師。自身の直感を信じないでどうすんだよ?」
直感というものは、自身がいままで培ってきた経験や知識が無意識化で直結したもの。
陰陽師に限らず、術者は特に自分の直感を大切にしている。
護が月美の占の結果が情報となりうる、という判断も直感で感じ取ったものだから、こうして光に情報として提示しているのだ。
『……わかった。ひとまず、あなたの直感を信じます。少し、時間をいただきますが構いませんね?』
「あぁ。だが、何かわかり次第、連絡がほしい」
『それは構いませんが……まさか、あなたも関わるつもりですか?』
予想していたとはいえ、本当にそうくるとは思わなかったのか。
訝し気な顔をしながらそう返している光の姿を脳裏に思い浮かべながら、護はため息をつく。
「当たり前だ。元々、俺はある筋から依頼を受けて、成り行きで調査局と関わることになっちまったんだ。だったら、この成り行きが行きつく先を見届けるのが筋ってもんだろ」
口ではそう言うが、本音の所は。
――というより、単に調査局だけにやらせると仕事を押しつけたような感じがして嫌なだけなんだけど
という、護なりの責任感からだ。
その一言を口から出さないように注意しながら護は反論していたのだが、その言葉に込められた意思に、光はそっとため息をつき、降参することを決めた。
そのさらに奥の山に密かに建っている施設があった。
外見からはその施設は古くなりすぎているうえに、役所の人間から立ち入り禁止の通達を受けていたため、滅多に近づくことはない。
だが、好奇心に忠実な怖いもの知らずや、大人の忠告を聞き入れることをせず、自分から危険に飛び込んでいく子どものように、素直に従わない人間も存在する。
探検や肝試しと称してこの施設にたびたび侵入しようとするが、老朽化している割に、子どもが入ることのできるような穴すらない。
それだけでなく、時々、何かが動いているような音が聞こえてくることもあるのだ。
施設に近づいた人々の中には音だけでなく、何かを見たという者もおり、特に子どもからその報告がされてきた。
だが、その報告はすべて『子どもの戯言』として、町の大人たちは真偽のほどを確かめることはされず、見向きもされず、放置されることとなる。
実際、いままでまったく問題はなかったのだから、放っておいても問題はない。
そう考えてのことなのだが、その判断が結果として正しかった。
もし、念のために施設を調べるという選択をしていたら、彼らの命はそこで尽きていたかもしれない。
それだけの危険が、そこには潜んでいたのだから。
----------------------------
自分の仮説を証明するため、護は早速、光に連絡を入れることにした。
話す内容は、当然、占いの結果とそれを踏まえた上で調査してほしい場所なのだったのだが。
『あんた、ふざけてんの?!占いで出てきたから『はい、そうですか』って誰が調べるってのよ!』
それを話した瞬間、文句を言われてしまった。
無理もないといえば、無理もない。
占というものは、多少乱暴な解釈ではあるが、あくまで数ある未来への道筋の中から、一本の道を選び、その先にあるものを読み取るものであり、その確実性は低い。
もちろん、十人が十人、同じ結果を出したというのなら検証する価値はあるだろうが、今回は護と月美の二人だけ。
それも、それぞれが違う手法で、違うことを占っていたのだ。
信用するべきかどうか、その判断がつかないし、判断しろということ自体、無理難題だ。
だが、もはや手段を選ばないと決めた護は強気だった。
「ほぉ?そんなこと言っていいのか?せっかくの情報提供だってのに」
『むっ……』
「まぁ、俺は別に構わないがな?提供された情報をろくに吟味せずに投げ捨てて、その結果、対応が遅くなって事態収束にかなりの時間がかかっちまっても」
『うぐっ……』
飛んでくる護からの口撃に、光はひるんだ。
実際、自分たちは護たちほど情報を入手できているわけではない。
唯一の手掛かりといえば、先日のあの男だけだったのだが、あの男は取り調べの最中に不審死を遂げている。
男の遺体は、事件性がないことから、検死を行うことができず、何も情報を得ることができなかった。
そして、それ以降も狼男らしき人物に遭遇することはなく、時間だけが過ぎていくような状況が続いている。
――情報は欲しい。欲しいんだが、それがこの男からもたらされるというのが腹立たしくて仕方がない!!
気に入らない男からの情報など、突っぱねてしまいたいところなのだが、かといってこのまま情報を逃すというのもやりたくない。
光はそんなジレンマで頭を抱えることとなる。
それを知ってか知らずか、護は沈黙を守ったまま、光の選択を待っていた。
しばらくの間、電話の向こうでは光のうめき声が響いていたが、ようやく腹をくくったらしい。
『……で、情報って何?さっさと教えなさい』
「おいおい、随分と悩むんだな……お前もメンツを大事にする口か?」
『はぁっ?!そんじょそこらの高官たちと一緒にしないでくれる?!あんたが気にいらないから聞きたくなかっただけだから!』
「本人を前にして堂々と気にいらないって言える度胸に感心するよ」
『うっさいわね!どうせあんたも気づいてんでしょ?!』
「まぁ、気づいてはいたな」
『ほんと、かわいくない……』
光の正直な思いに対し、護が本心で返すと、光は電話口でぶちぶちと文句を言い続けた。
そんな光の様子に、護は頃合いと見て自分たちがようやくつかんだ糸口になるかもしれない情報を伝える。
だが、案の定というべきか、返ってきた光の反応はあまりいいものとは言えなかった。
『スギ科と思われるの林に隠れた廃墟、ね……じゃ、聞くけど、その情報の信憑性は?』
「神が集う国で、おそらく最も霊力の強い巫女がそれを見た。それだけじゃだめか?」
『結局、占の結果ということなのね?けど、それだけで信じろっていうのは』
「おいおい、仮にも陰陽師。自身の直感を信じないでどうすんだよ?」
直感というものは、自身がいままで培ってきた経験や知識が無意識化で直結したもの。
陰陽師に限らず、術者は特に自分の直感を大切にしている。
護が月美の占の結果が情報となりうる、という判断も直感で感じ取ったものだから、こうして光に情報として提示しているのだ。
『……わかった。ひとまず、あなたの直感を信じます。少し、時間をいただきますが構いませんね?』
「あぁ。だが、何かわかり次第、連絡がほしい」
『それは構いませんが……まさか、あなたも関わるつもりですか?』
予想していたとはいえ、本当にそうくるとは思わなかったのか。
訝し気な顔をしながらそう返している光の姿を脳裏に思い浮かべながら、護はため息をつく。
「当たり前だ。元々、俺はある筋から依頼を受けて、成り行きで調査局と関わることになっちまったんだ。だったら、この成り行きが行きつく先を見届けるのが筋ってもんだろ」
口ではそう言うが、本音の所は。
――というより、単に調査局だけにやらせると仕事を押しつけたような感じがして嫌なだけなんだけど
という、護なりの責任感からだ。
その一言を口から出さないように注意しながら護は反論していたのだが、その言葉に込められた意思に、光はそっとため息をつき、降参することを決めた。
0
お気に入りに追加
32
あなたにおすすめの小説
懐妊を告げずに家を出ます。最愛のあなた、どうかお幸せに。
梅雨の人
恋愛
最愛の夫、ブラッド。
あなたと共に、人生が終わるその時まで互いに慈しみ、愛情に溢れる時を過ごしていけると信じていた。
その時までは。
どうか、幸せになってね。
愛しい人。
さようなら。
【完結】言いたいことがあるなら言ってみろ、と言われたので遠慮なく言ってみた
杜野秋人
ファンタジー
社交シーズン最後の大晩餐会と舞踏会。そのさなか、第三王子が突然、婚約者である伯爵家令嬢に婚約破棄を突き付けた。
なんでも、伯爵家令嬢が婚約者の地位を笠に着て、第三王子の寵愛する子爵家令嬢を虐めていたというのだ。
婚約者は否定するも、他にも次々と証言や証人が出てきて黙り込み俯いてしまう。
勝ち誇った王子は、最後にこう宣言した。
「そなたにも言い分はあろう。私は寛大だから弁明の機会をくれてやる。言いたいことがあるなら言ってみろ」
その一言が、自らの破滅を呼ぶことになるなど、この時彼はまだ気付いていなかった⸺!
◆例によって設定ナシの即興作品です。なので主人公の伯爵家令嬢以外に固有名詞はありません。頭カラッポにしてゆるっとお楽しみ下さい。
婚約破棄ものですが恋愛はありません。もちろん元サヤもナシです。
◆全6話、約15000字程度でサラッと読めます。1日1話ずつ更新。
◆この物語はアルファポリスのほか、小説家になろうでも公開します。
◆9/29、HOTランキング入り!お読み頂きありがとうございます!
10/1、HOTランキング最高6位、人気ランキング11位、ファンタジーランキング1位!24h.pt瞬間最大11万4000pt!いずれも自己ベスト!ありがとうございます!
寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい
白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。
私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。
「あの人、私が
【完結】私だけが知らない
綾雅(りょうが)祝!コミカライズ
ファンタジー
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。
優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。
やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。
記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。
【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ
2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位
2023/12/19……番外編完結
2023/12/11……本編完結(番外編、12/12)
2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位
2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」
2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位
2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位
2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位
2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位
2023/08/14……連載開始
王子を身籠りました
青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。
王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。
再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる