66 / 276
異端録
18、恋人というのは鋭いもの?
しおりを挟む
狼男となった青年から襲撃を受けた護は、青年をどうにか沈黙させることができた。
霊力を少しばかり激しく消耗する術を何度も行使したためか、護の額にはいくつもの汗が浮かんでいた。
当然、護も戦闘が終わったあとは疲労のため、座り込んでしまっていた。
だが、数分もすると疲労が消え、表情に出なくなったあたり、日頃の修練がしっかりと効果を出しているようだった。
――拘束したのはいいけど、ここからどうすっかだよなぁ……
さすがに気を失っている上半身裸の男を担いで歩こうとは思わない。
そっちの趣味があると誤解されかねないし、それ以前に、警察に通報されてしまう。
だからといって、翼に救援を求めるとなると、月美に戦闘があったことが伝わってしまう。
月美のことだから、怪我がなかったかとか、危ないことに巻き込まれていないかとか、余計な心配をかけさせることになる。
ただでさえ、慣れない東京の生活で不安になっている部分が多いというのに、ここで余計に不安がらせたくないし、心配もかけさせたくない。
そのため、土御門家に頼るという選択肢そのものが最初から存在していなかった。
そうなると、自力でどうにかするしかないのだが、その手段が今のところ見当たらない。
――どうしたものかな……あ、そうだ
一人で思案していると、こういうときに頼れる存在が最近になってできたことを思い出し、携帯を取りだし、連絡を取った。
数分後。
「十分もしないうちに来るとか……まさか尾行してたなんてことないよな?」
連絡を受けてやってきた光に、護は意地の悪い笑みを浮かべながら問いかける。
護が連絡をした人間は、特殊状況調査局の光だった。
ちょうど、自由に動くことを許可してもらっていたが、何か情報を得たら相互に連絡することになっている。
そして、襲いかかってきた狼男は、護が感じ取った気配と非常に酷似した妖気を発していた。
何かしらの情報を持っていると考え、光に連絡したのだ。
だが、連絡を受けた当の本人は、まるで八つ当たりをするように護に向かって叫んできた。
「あるわけない!そもそも、お前のような一般人を尾行するほど、我々は暇ではない!」
護の言い方が悪かったこともあるかもしれないが、どうやら光は調査局が護を今も尾行していると勘違いしたようだ。
だが、光の言うように、調査局も暇ではないため、術者とは言え一般人の護を尾行できるような余裕はない。
なにせ、怪事件の調査だけでなく、政治家から寄せられる本来の職務とは関係のない内容の仕事も存在している。
それらを消費するには職員の人数が足りず、調査局は日々、人手不足に悩んでいるのが現状だ。
光もそのしわ寄せを受けている職員の一人なのだろうか、まるで護に八つ当たりするかのようなヒステリックな声をあげている。
「……で、何なんだ?彼は」
だがある程度、声をあげたことでストレスが発散されたらしい。
少しは冷静になったのか、護に目の前で倒れている男について問いかけた。
だが、それは護も同じことで、返せる答えは。
「俺にもさっぱり」
という一言だった。
護も尾行されていたため、その正体を確かめるために接触を図ったため、前情報が何一つ存在していない。
だが、現場に居合わせたからこそ感じたものはあったようだ。
「ただ一つだけ言えるとしたら……」
「言えるとしたら?」
「知性の欠片すら感じさせなかったんだ。狼男に変身してから」
「知性を感じなかった?本能丸出しで襲ってきたとでもいうの?」
「あぁ」
「……それはたしかに妙だな」
護の感想に光は同意する。
妖の本性は自然物であることが多いのだが、その理由は明らかにされてはいない。
一説では、長い年月をかけてこの星に流れる『気』の影響を受け、魂が変質しそれに伴い肉体が変化し、知性を得たためとされている。
そのため、妖という存在は人間と同等かそれ以上に優れた知性を持っていることが、現在の通説だが、狼男に変身した青年は知性の欠片すら見せていない。
知性があれば、フェイントや相手の姿勢を崩すなど、自分が少しでも優位に立てるようにあらゆる手段を講じるはず。
それを狼男はまったくしなかったのだ。
「まぁ、いずれにしても、彼に聞けばわかることね……約束通り、もらっていくわよ?」
「あぁ。つか、あんなでかい荷物、高校生にゃ重すぎるって」
「よく言うよ。では、私はこれで」
冗談なのか本気なのかわからない護の言葉に、光は肩をすくめて返し、その場を立ち去っていった。
護はそれを見送り、帰路につこうとした瞬間、護の携帯から着信音が響く。
画面を見ると、そこには月美の名前が記されていた。
「もしもし?」
『護?大丈夫?けがしてない??』
「あぁ、大丈夫。一体、どうしたんだよ?」
『だって、なんだかすごく嫌な予感がしたんだもの……』
――鋭いな、やっぱり
返ってきた月美の言葉に、思わず感心してしまった。
女の勘、というやつなのだろう。
勘のいい奴と、普通ならばそれで片付けられるのだが、月美はもともと葛葉姫命を祀る神社に仕える巫女で、護と張り合えるほどの力を持ち合わせている。
その勘は、もはや予知に近いものがあるからこそ、護の安否を気遣って連絡してきたのだろう。
だが、本人の無事な声を聞いて安心したようだ。
『よかった……けど、早く帰ってきてね?』
「わかってる。今から帰るところだから……それじゃ、切るよ」
微笑みを浮かべながらそう返し、通話を切るとその微笑みに少しばかり苦い表情が浮かんだ。
心配かけさせないように努力していたつもりだったが、結局、月美に心配をかけさせてしまったことを苦く思っているようだ。
――俺も、まだまだだなぁ……月美に心配をかけないように、もっと修練を積まなけいと
大切な人に心配をかけたくないという、見方によっては不純にも思える理由ではあるが、さらに研鑽を重ねることを決意しながら、護は家路につくのだった。
霊力を少しばかり激しく消耗する術を何度も行使したためか、護の額にはいくつもの汗が浮かんでいた。
当然、護も戦闘が終わったあとは疲労のため、座り込んでしまっていた。
だが、数分もすると疲労が消え、表情に出なくなったあたり、日頃の修練がしっかりと効果を出しているようだった。
――拘束したのはいいけど、ここからどうすっかだよなぁ……
さすがに気を失っている上半身裸の男を担いで歩こうとは思わない。
そっちの趣味があると誤解されかねないし、それ以前に、警察に通報されてしまう。
だからといって、翼に救援を求めるとなると、月美に戦闘があったことが伝わってしまう。
月美のことだから、怪我がなかったかとか、危ないことに巻き込まれていないかとか、余計な心配をかけさせることになる。
ただでさえ、慣れない東京の生活で不安になっている部分が多いというのに、ここで余計に不安がらせたくないし、心配もかけさせたくない。
そのため、土御門家に頼るという選択肢そのものが最初から存在していなかった。
そうなると、自力でどうにかするしかないのだが、その手段が今のところ見当たらない。
――どうしたものかな……あ、そうだ
一人で思案していると、こういうときに頼れる存在が最近になってできたことを思い出し、携帯を取りだし、連絡を取った。
数分後。
「十分もしないうちに来るとか……まさか尾行してたなんてことないよな?」
連絡を受けてやってきた光に、護は意地の悪い笑みを浮かべながら問いかける。
護が連絡をした人間は、特殊状況調査局の光だった。
ちょうど、自由に動くことを許可してもらっていたが、何か情報を得たら相互に連絡することになっている。
そして、襲いかかってきた狼男は、護が感じ取った気配と非常に酷似した妖気を発していた。
何かしらの情報を持っていると考え、光に連絡したのだ。
だが、連絡を受けた当の本人は、まるで八つ当たりをするように護に向かって叫んできた。
「あるわけない!そもそも、お前のような一般人を尾行するほど、我々は暇ではない!」
護の言い方が悪かったこともあるかもしれないが、どうやら光は調査局が護を今も尾行していると勘違いしたようだ。
だが、光の言うように、調査局も暇ではないため、術者とは言え一般人の護を尾行できるような余裕はない。
なにせ、怪事件の調査だけでなく、政治家から寄せられる本来の職務とは関係のない内容の仕事も存在している。
それらを消費するには職員の人数が足りず、調査局は日々、人手不足に悩んでいるのが現状だ。
光もそのしわ寄せを受けている職員の一人なのだろうか、まるで護に八つ当たりするかのようなヒステリックな声をあげている。
「……で、何なんだ?彼は」
だがある程度、声をあげたことでストレスが発散されたらしい。
少しは冷静になったのか、護に目の前で倒れている男について問いかけた。
だが、それは護も同じことで、返せる答えは。
「俺にもさっぱり」
という一言だった。
護も尾行されていたため、その正体を確かめるために接触を図ったため、前情報が何一つ存在していない。
だが、現場に居合わせたからこそ感じたものはあったようだ。
「ただ一つだけ言えるとしたら……」
「言えるとしたら?」
「知性の欠片すら感じさせなかったんだ。狼男に変身してから」
「知性を感じなかった?本能丸出しで襲ってきたとでもいうの?」
「あぁ」
「……それはたしかに妙だな」
護の感想に光は同意する。
妖の本性は自然物であることが多いのだが、その理由は明らかにされてはいない。
一説では、長い年月をかけてこの星に流れる『気』の影響を受け、魂が変質しそれに伴い肉体が変化し、知性を得たためとされている。
そのため、妖という存在は人間と同等かそれ以上に優れた知性を持っていることが、現在の通説だが、狼男に変身した青年は知性の欠片すら見せていない。
知性があれば、フェイントや相手の姿勢を崩すなど、自分が少しでも優位に立てるようにあらゆる手段を講じるはず。
それを狼男はまったくしなかったのだ。
「まぁ、いずれにしても、彼に聞けばわかることね……約束通り、もらっていくわよ?」
「あぁ。つか、あんなでかい荷物、高校生にゃ重すぎるって」
「よく言うよ。では、私はこれで」
冗談なのか本気なのかわからない護の言葉に、光は肩をすくめて返し、その場を立ち去っていった。
護はそれを見送り、帰路につこうとした瞬間、護の携帯から着信音が響く。
画面を見ると、そこには月美の名前が記されていた。
「もしもし?」
『護?大丈夫?けがしてない??』
「あぁ、大丈夫。一体、どうしたんだよ?」
『だって、なんだかすごく嫌な予感がしたんだもの……』
――鋭いな、やっぱり
返ってきた月美の言葉に、思わず感心してしまった。
女の勘、というやつなのだろう。
勘のいい奴と、普通ならばそれで片付けられるのだが、月美はもともと葛葉姫命を祀る神社に仕える巫女で、護と張り合えるほどの力を持ち合わせている。
その勘は、もはや予知に近いものがあるからこそ、護の安否を気遣って連絡してきたのだろう。
だが、本人の無事な声を聞いて安心したようだ。
『よかった……けど、早く帰ってきてね?』
「わかってる。今から帰るところだから……それじゃ、切るよ」
微笑みを浮かべながらそう返し、通話を切るとその微笑みに少しばかり苦い表情が浮かんだ。
心配かけさせないように努力していたつもりだったが、結局、月美に心配をかけさせてしまったことを苦く思っているようだ。
――俺も、まだまだだなぁ……月美に心配をかけないように、もっと修練を積まなけいと
大切な人に心配をかけたくないという、見方によっては不純にも思える理由ではあるが、さらに研鑽を重ねることを決意しながら、護は家路につくのだった。
0
お気に入りに追加
32
あなたにおすすめの小説
懐妊を告げずに家を出ます。最愛のあなた、どうかお幸せに。
梅雨の人
恋愛
最愛の夫、ブラッド。
あなたと共に、人生が終わるその時まで互いに慈しみ、愛情に溢れる時を過ごしていけると信じていた。
その時までは。
どうか、幸せになってね。
愛しい人。
さようなら。
(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」
音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。
本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。
しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。
*6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。
寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい
白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。
私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。
「あの人、私が
【完結】私だけが知らない
綾雅(りょうが)祝!コミカライズ
ファンタジー
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。
優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。
やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。
記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。
【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ
2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位
2023/12/19……番外編完結
2023/12/11……本編完結(番外編、12/12)
2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位
2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」
2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位
2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位
2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位
2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位
2023/08/14……連載開始
王子を身籠りました
青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。
王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。
再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。
美しい姉と痩せこけた妹
サイコちゃん
ファンタジー
若き公爵は虐待を受けた姉妹を引き取ることにした。やがて訪れたのは美しい姉と痩せこけた妹だった。姉が夢中でケーキを食べる中、妹はそれがケーキだと分からない。姉がドレスのプレゼントに喜ぶ中、妹はそれがドレスだと分からない。公爵はあまりに差のある姉妹に疑念を抱いた――
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる