見習い陰陽師の高校生活

風間義介

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奮闘記

33、出でたるは創世記紀の神

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 護が異形と激しい戦闘を繰り広げている間、同じ空間のどこか別の場所では、静かな音が響いていた。

 しゃん、しゃん。しゃん、しゃん。

 暗く静かな、しかし、どこか不気味な雰囲気を漂わせている空間には似つかわしくない、澄んだ音が響き渡っている。
 その音源は、一心不乱に舞う鳴海が手にしている神楽鈴だった。
 舞い続ける鳴海の正面には、白い単衣《ひとえ》をまとった月美がいる。
 胸がかすかに動いているため、眠っているだけのようだ。
 だが、決して無事というわけではない。
 その両腕は言霊が記された布で吊るされ、彼女の前には祭壇のようなものが供えられている。
 何かの対価として、月美を差し出すのか、はたまた何かをこの世に呼び出すための依り代とするのか。
 いずれにしても、月美をおぞましい何かに利用しようとしていることは明らかだった。

「……かしこみかしこみ申す……」

 しゃん、しゃん、と鳴海が唱える祝詞に合わせて、鈴の音が鳴り続けた。
 何度、その音が響いただろうか。
 月美はようやく気がついたらしく、そっと目を開いた。

「……んぅ……え?なに、これ?」

 だが、最初に飛び込んできた光景に、自分が置かれている状況を把握しきれなかったらしい。
 身動きが取れないこの状態から抜け出そうと、ひたすら腕を縛っている布から抜け出そうともがき始めた。
 そんな様子を気にしていないようで、鳴海はひたすら祝詞を唱え、舞い続けていた。
 しばらくの間、どうにか自力で脱出しようともがいてはみたものの、宙づりにされている不安定な状態であることが災いして、自分の力で振りほどくことができなかった。
 ならば、と月美は言霊を紡ぐ。

「この身は我が身に非ず、神の息吹をまとうものなり!」

 月美の口が紡いだ言霊に応え、風が集まり、月美を包み込もうとする。
 しかし、風が布に触れたと同時にはじき返されてしまい、月美の術が打ち消されてしまった。

――術が消された?!まさか、巻き付いてる布のせい?!……けど!

 それでも月美はあきらめず、思いつく限りの言霊を紡ぎ続ける。
 しかし、その努力もむなしく、彼女が紡いだ言霊の全てが、腕に巻かれている布に込められた術ではじき返された。
 そうこうしている間に、鳴海は召喚の言霊を紡ぎ終え、舞を終え、最後の言葉を唱えようとしていた。

「かけまくもかしこみかしこみ申す、我が声に……」
「臨《のぞ》める兵《つわもの》闘《たたかう》う者《もの》、皆《みな》陣《じん》列《やぶ》れて前《まえ》に在《あ》り!」

 鳴海が祝詞の最後の部分を紡ぐ前に、それを遮るように九字を唱える声が高らかに響く。
 それと同時に、激しい気の流れが背後から鳴海に襲いかかる。
 術が強すぎたのか、気の流れは鳴海だけでなく、祭壇も吹き飛ばしてしまった。
 その衝撃で粉砕されたらしく、原型をとどめていない祭壇の破片は月美に向かって行き、彼女を縛っていた布をも斬り裂く。
 支えとなっていた布がなくなったことで、宙づりになっていた月美は、当然、地面に落ちていった。
 だが、大した高さから落ちたわけではないため、上手く受け身を取り、落下の衝撃を和らげる。

「護!」
「月美!!」

 鳴海を吹き飛ばした張本人である護は、駆け寄ってきた月美を受け止め、しっかりと抱きしめた。
 抱きしめられたその腕の中で、月美はこみ上げてきたものに耐え切れず、静かに涙を流しながら、つぶやくように口を開く。

「信じてた、絶対助けに来てくれるって……護なら、わたしを見つけてくれるって」

 夢で、護が魂の状態で自分を見つけてくれた。
 そして、必ず君を見つけると、必ず助けに行くと約束した。
 その言葉を信じていたからこそ、詰みの状況に陥っていたとしても、あがくことをあきらめなかったが、護が来たことで張りつめていた気持ちが緩んだらしい。
 だが、それは月美だけではなく、助けに来た彼も同じことだった。

「あぁ、無事でよかった。本当に、本当によかった」

 護はしっかりと月美を抱きしめながら、ただただ安堵していた。
 月美の魂はここにある、何もされていないし、どうにもなっていない。
 夢の中ではあったけれども、自分の腕の中にいるこの少女と交わした約束を、果たすことができた。
 そのことに安堵し、護は月美を座らせ、鳴海の方を見る。
 放った術が生み出した衝撃波の影響からまだ立ち直れていないらしく、鳴海は起き上がることなく、自分の体を引きずっていた。
 その行く先は、月美を吊るしていた祭壇があった場所。
 往生際の悪さなのか、それとも、無様な姿をさらしてまでかなえたい願いが、彼女にあるのか。
 それは、鳴海本人にしかわからないことだ。
 しかし、護の中にはすでに一つ、はっきりとした答えがある。
 それは、鳴海が、自分の大切なものを、月美を傷つけたことだ。

「てめぇだけは、何が何でも、絶対に許さねえ」

 護の声には、かなりの怒気が含まれていた。
 許すことなどできない。できるはずがない。
 目の前にいるこの術者は、多くの無関係であるはずの人々を巻き込んだ。
 それだけなら、ここまで怒りはしない。
 所詮は赤の他人。
 自分をバケモノ扱いしただけでなく、家族も侮辱した連中の同類だ。

「そいつらだけだったらまだしも、お前は月美を巻き込んだ。俺にとっちゃ、お前にむかっ腹立てるには十分な理由だ」

 月美を最後の標的にしたばかりか、呼び出そうとした存在の贄か召喚しようとした存在の依代にしようとした。
 鳴海の様子を見ながら口を開いた護の眼は、感情を全て押し殺した目をしている。
 その手にはすでに、一枚の呪符が握られていた。
 普段ならば、決して使うことなどない呪殺を行うための、人の命を奪うための言霊が記された呪符が。

「恨むなら、月美に手を出したお前自身を恨むんだな!」

 ありったけの憎悪を込め、護は呪符を投げつけようとした。
 だが、その瞬間、地面が大きく揺れる。
 何事かと、周囲を見渡すと、目の前の祭壇に供えられた鏡から、薄い紫色の光があふれだしていた。

「残念、だけど。わ、たしは、この、儀式、を止め、ないわ」

 鳴海は痛みに耐えながら最後まで言霊を紡いでいた。
 本来は、月美を依り代とする予定だったが、その少女は今、護の手の中にある。
 不意打ちだったとはいえ、背中に強い衝撃を受けた今の自分では、この青年から依り代を奪い返し、儀式をつなぐことは難しい。
 ならば、本来の予定とは違うが、致し方ない。

「わが身、を、より、しろに、来たれ……」

 鳴海は、最後の力を振り絞り、のどの奥から祝詞の言葉を紡ぎだした。
 そして最後に、この儀式で呼び出そうとしていた神の名を呼んだ。

「伊邪那美大神《いざなみのおおみかみ》!!」

 その名が呼ばれた瞬間、鳴海の体の真下から毒々しいまでの紫色の光があふれ、一本の柱のように立ち上った。
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