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奮闘記
32、出迎えたるは妖魔の群れ
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穴の中に飛び込むと、しばらくの間、無音の闇が続いていた。
視界に入ってくるものは何もないが、ずっと下の方に、何かの気配がある。
しばらくすると、足に軽い衝撃を受けた。
――着地したか。あの女と月美はどこに?
着地するや否や、護は周囲を見渡し、月美と、手の中で灰になっている符と同じ気配を探る。
「あっちか!」
気配を察知し、護はその方向へ歩こうとした。
だがその先には、護や霊力の類を持っている人間をこれ以上、先へ進ませまいとするものがいた。
それを言い表すならば、「異形」という言葉ががふさわしい。
不定形のもの、やたら大きい鉤爪をもつ四足歩行の獣、二本足で立って居るが肌は赤くあるいは青く、顔には人間のものにしては大きい犬歯を生やしたものなど。
そこに集まっているものたちの姿形は様々だった。
これらすべてが鳴海に使役されている、あるいは、鳴海の背後にいる存在の配下なのか。
それはわからないが、その数に圧巻されそうになる。
だが、こんなところで立ち止まっている時間はない。
「……邪魔だ」
感情というものをすべて殺した冷酷なまでに冷たい声で呟き、護は懐から数珠を取り出し、不動明王の真言を紡いだ。
「ナウマクサンマンダ、バザラダン、カン!」
真言に込められた不動明王の力が具現化し、異形たちの動きを封じていく。
動きを封じられた異形たちは、鎖を振りほどこうと必死にあがきだした。
しかしそうしている間に、護はその間をすばやく駆け抜けていく。
その様子を横目に見ながら、異形たちは悔しそうに歯ぎしりする。
だが、そのあとも、異形どもは護の前に立ちふさがっていった。
「本当に……しつこい!」
どれくらいの数がいるのかはわからないが、とにかくしつこい。
そう感じ、毒づいた護は、腰に下げていたポーチから独鈷杵《とっこしょ》を取り出し、再び真言を紡いだ。
「オン、ソンバニソンバ、ウンバサラ、ウンハッタ!」
降三世明王《こうさんぜみょうおう》の真言に宿る言霊が、手にした独鈷杵に宿り、自身の霊力を刃へと変える。
降三世明王の真言で構築された刃は、怨敵調伏の呪力を施された刃。
妖たちに有効な武器となる。
――いちいち言霊を紡いでいられねぇ。早く、月美のもとに行かねぇと!!
なぜ、そう思うのかわからない。
だが、ただただ急がなければならないという衝動に突き動かされていた。
「そこを、どけぇっ!」
雄たけびを上げ、護は妖の群れの中を走っていく。
それを阻むように、異形のものたちは護に襲い掛かってきた。
異形たちの牙が、爪が、護の皮膚を引き裂こうと、肉を食いちぎろうと迫る。
だが、護は表情一つ崩すことなく、紙一重で回避し、手にした武器で受け止めていく。
防戦一方というわけではなく、言霊の刃で異形を容赦なく切り捨て、腰に下げたホルダーから素早く取り出した呪符を投げつけて、向かってくるものたちを次々に倒していた。
――いつもなら、白桜たちに任せるとこだけど、今は誰も連れてきてないし……やっぱ誰か連れてくるべきだったか?
その数の多さに、悔やんでも仕方のないことを考えていると、戦いから注意がそれてしまい、後ろから走ってくる異形に、ほんの数秒、反応が遅れた。
「くっ!」
ぎりぎりのところで回避することが出来たため、傷はさほど深くはなかったが、浅くもない。
――ちまちま相手していると、こっちがやられる!
護は独鈷杵の刃を地面に突き刺し、右手で刀印を結んだ。
異形たちが大群で押しかけてくる中で、護は静かに目を閉じ、意識を集中させ、言葉を紡ぐ。
「伏して、帝釈天に請い願う」
いま目の前の状況を打開するために必要となるものは、すべての異形を薙ぎ払う圧倒的な力。
異界であるこの場に紡いだ言霊が届くのか、どれほどの加護をもたらしてくれるかは、まったくわからないし、最悪の場合、不発に終わるかもしれない。
しかし、もう手段を選ぶだけの猶予はないし、何より、この方法しか思い浮かばなかった。
目を見開き、刀印の切っ先を天につきたて、護はその真言を唱えた。
「ナウマクサンマンダ、ボダナン、インドラヤ、ソワカ!!」
唱えた真言は、ヒンドゥー教の軍神インドラの化身とされる、帝釈天の真言。
インドラは軍神であると同時に、雷を司る神でもある。
その真言に呼応して、異界の空に雷鳴がとどろき、白い光が護の周囲にいた異形どもを貫いた。
視界に入ってくるものは何もないが、ずっと下の方に、何かの気配がある。
しばらくすると、足に軽い衝撃を受けた。
――着地したか。あの女と月美はどこに?
着地するや否や、護は周囲を見渡し、月美と、手の中で灰になっている符と同じ気配を探る。
「あっちか!」
気配を察知し、護はその方向へ歩こうとした。
だがその先には、護や霊力の類を持っている人間をこれ以上、先へ進ませまいとするものがいた。
それを言い表すならば、「異形」という言葉ががふさわしい。
不定形のもの、やたら大きい鉤爪をもつ四足歩行の獣、二本足で立って居るが肌は赤くあるいは青く、顔には人間のものにしては大きい犬歯を生やしたものなど。
そこに集まっているものたちの姿形は様々だった。
これらすべてが鳴海に使役されている、あるいは、鳴海の背後にいる存在の配下なのか。
それはわからないが、その数に圧巻されそうになる。
だが、こんなところで立ち止まっている時間はない。
「……邪魔だ」
感情というものをすべて殺した冷酷なまでに冷たい声で呟き、護は懐から数珠を取り出し、不動明王の真言を紡いだ。
「ナウマクサンマンダ、バザラダン、カン!」
真言に込められた不動明王の力が具現化し、異形たちの動きを封じていく。
動きを封じられた異形たちは、鎖を振りほどこうと必死にあがきだした。
しかしそうしている間に、護はその間をすばやく駆け抜けていく。
その様子を横目に見ながら、異形たちは悔しそうに歯ぎしりする。
だが、そのあとも、異形どもは護の前に立ちふさがっていった。
「本当に……しつこい!」
どれくらいの数がいるのかはわからないが、とにかくしつこい。
そう感じ、毒づいた護は、腰に下げていたポーチから独鈷杵《とっこしょ》を取り出し、再び真言を紡いだ。
「オン、ソンバニソンバ、ウンバサラ、ウンハッタ!」
降三世明王《こうさんぜみょうおう》の真言に宿る言霊が、手にした独鈷杵に宿り、自身の霊力を刃へと変える。
降三世明王の真言で構築された刃は、怨敵調伏の呪力を施された刃。
妖たちに有効な武器となる。
――いちいち言霊を紡いでいられねぇ。早く、月美のもとに行かねぇと!!
なぜ、そう思うのかわからない。
だが、ただただ急がなければならないという衝動に突き動かされていた。
「そこを、どけぇっ!」
雄たけびを上げ、護は妖の群れの中を走っていく。
それを阻むように、異形のものたちは護に襲い掛かってきた。
異形たちの牙が、爪が、護の皮膚を引き裂こうと、肉を食いちぎろうと迫る。
だが、護は表情一つ崩すことなく、紙一重で回避し、手にした武器で受け止めていく。
防戦一方というわけではなく、言霊の刃で異形を容赦なく切り捨て、腰に下げたホルダーから素早く取り出した呪符を投げつけて、向かってくるものたちを次々に倒していた。
――いつもなら、白桜たちに任せるとこだけど、今は誰も連れてきてないし……やっぱ誰か連れてくるべきだったか?
その数の多さに、悔やんでも仕方のないことを考えていると、戦いから注意がそれてしまい、後ろから走ってくる異形に、ほんの数秒、反応が遅れた。
「くっ!」
ぎりぎりのところで回避することが出来たため、傷はさほど深くはなかったが、浅くもない。
――ちまちま相手していると、こっちがやられる!
護は独鈷杵の刃を地面に突き刺し、右手で刀印を結んだ。
異形たちが大群で押しかけてくる中で、護は静かに目を閉じ、意識を集中させ、言葉を紡ぐ。
「伏して、帝釈天に請い願う」
いま目の前の状況を打開するために必要となるものは、すべての異形を薙ぎ払う圧倒的な力。
異界であるこの場に紡いだ言霊が届くのか、どれほどの加護をもたらしてくれるかは、まったくわからないし、最悪の場合、不発に終わるかもしれない。
しかし、もう手段を選ぶだけの猶予はないし、何より、この方法しか思い浮かばなかった。
目を見開き、刀印の切っ先を天につきたて、護はその真言を唱えた。
「ナウマクサンマンダ、ボダナン、インドラヤ、ソワカ!!」
唱えた真言は、ヒンドゥー教の軍神インドラの化身とされる、帝釈天の真言。
インドラは軍神であると同時に、雷を司る神でもある。
その真言に呼応して、異界の空に雷鳴がとどろき、白い光が護の周囲にいた異形どもを貫いた。
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