18 / 276
奮闘記
18、百鬼夜行との遭遇
しおりを挟む
夕食を終えて、護と月美は風森邸の屋根の上にいた。
二人とも、あとは寝るばかりの状態であるようで、すでに寝巻代わりの浴衣に着替えている。
そんな二人は、苦しそうに腹をさすっていた。
「……亜妃さん、本当に張り切ってたんだな……」
「うん……さすがにあんなに食べられないよ……」
その原因は、亜妃の作った手料理の多さだったようだ。
護にしても月美にしても、人より食べる量が多い。
霊力をより高めるため、二人とも修行の一環として、普段からわざと霊力を放出、あるいは神経や精神を張りつめらせることで、霊力を削り続けている。
ちょうど、筋肉をある程度、疲労させ、超回復を起こさせることで筋力アップを図るトレーニングの要領だ。
だが、霊力を消費させ、精神力あるいは体力の消耗につながり、その消耗が「空腹」という形で現れることが多い。
そのため、普段から人よりも食べる量がほんの少し、多くなってしまうのだ。
「いつもならこんなになるまで食べないんだけど」
「亜妃さんの料理、どれも美味いんだから仕方ないよな」
だが、今回は亜妃の料理がどれも美味だったため、つい箸が進んでしまったようだ。
なお、亜妃と亜妃の夫である賢祐、友護も二人と同じ理由で人より多く食べる傾向にあり、そのおかげで、亜妃が調理した食材は残さず綺麗になくなったことを明記しておく。
「ん?」
「来た、かな?」
不意に二人の表情が引き締まる。
足もとから微弱ではあるが、それなりに濃い妖気が流れ込んできているのを感じ取ったのだ。
その妖気で二人は百鬼夜行が現れたのではないかと感じ、ほぼ同時に屋根の下をのぞいた。
二人の視線の先には、大きな蛇や双頭の蛇、比較的大きな蜘蛛などの妖だけではない。
足の生えた琵琶や手足のほかにつま先の部分に一つ目が輝いている草履などの付喪神、火の玉やろくろ首など、わりと有名な妖怪たちが所せましと行列を組んで歩いている。
千年前の京都であれば、おそらくは普通に見られたであろう光景が、今、二人の足もとに広がっていた。
「いくぞ」
「うん」
しかし、護と月美にとって、この光景はもはや見慣れたもの。
当たり前に存在している光景であるため、二人の顔に恐怖は浮かんでいない。
護が合図を送ると、月美もほぼ同時に屋根から飛び降りる。
地面に落ちる寸前で護はその手に印を結び、言霊を唱えた。
「風神召喚」
護が言霊を唱えると、風の繭が二人を包み、着地の衝撃を抑えてくれた。
突然、二人の術者が百鬼夜行の隣に現れたため、何体かの妖は動揺している。
彼ら百鬼夜行を組む妖にとって、術者の存在は天敵そのもの。
自分たちを退治しに来た術者が来た、と、勘違いしてもおかしくはない。
だが、運のいいことに、護と月美のことをよく知っている妖がその百鬼夜行に参加していた。
そのため、他の連中は護たちを気にすることなく、そのままぞろぞろと立ち去って行く。
「いつも上からながめてるけど、あいつら楽しそうだよな」
「うん、なんだかお散歩してるみたい」
「まぁ、実際、散歩のようなものなのだ」
立ち去っていく妖たちを見送りながら、護がそんなことを呟くと、月美がなんとも可愛らしい喩えを出す。
その喩えに、言葉を返すものがいた。
視線を下に向けると、そこには先ほどの夜行の列からわざわざ外れてここまでやってきた妖連中が。
「どうしたんだよ?普段は百鬼夜行の行列をおどかそうなんてしないのに」
「お前ら、まさか俺らを退治しようなんて考えてんじゃないだろうな?」
口々に出てくる妖たちのいわれなき被害妄想に、勘弁してくれ、といわんばかりに護はため息をついた。
「するかよ、そんなこと。面倒くさい」
面倒くさいとは言うが、本音を言えば悪さもしない妖たちを退治するほど余裕があるわけではない。
多くの術者はそうであるが、護本人は、たとえそんな余裕があったとしても、退治するつもりは毛頭ないようだ。
人間が夜の世界に足を踏み入れるようになったとはいえ、人間と妖は科学万能の現代でも、住み分けることができている。
下手にこちらから干渉しなければ、妖の側からちょっかいを出してくることはないし、逆に妖の側からちょっかいをかけてこなければ、こちらも干渉するつもりは毛頭ない。
そういった相互不干渉という暗黙の了解は、今でも妖と術者の間に息づいているのだから。
その暗黙の了解を受け入れ、守ることで、人と妖の間に均衡がもたらされていることも事実であるため、わざわざそれを崩すようなまねはしない。
もっとも、そうとも知らない一般人は、ためらいもなくその均衡を崩す。
最終的に悲惨な最期を遂げるか、胡散臭いと普段から言っている術者に頼ることになるのだが。
「そんなことより、ここ最近、何か妙なことが起こってないか?人がいなくなるだとか、ものが消えるだとか」
護の質問に対し、妖たちは首をかしげた。
人間同様、ある程度の知性を持ち合わせている妖たちではあるが、人間よりも怪異や異常というものに敏感だ。
そのため、なにか怖いことがあると脊髄反射並の敏感さでそれを避けようとする傾向が強い。
おそらく、それは口にする時も同じなのだろう。
できる限り思い出さないようにして、怖い思いをしないようにするというのは、ある意味で利口な手段だ。
だが、目の前にいるのは陰陽師だ。
陰陽師は自分たちの困りごとも解決してくれる、稀有な存在。
ならば、話しておいたほうが後々、自分たちにとって得な方向へ動くということを、目の前の妖たちは本能に近い部分で知っていた。
「あ、ひょっとしてあれじゃないか?」
「あぁ、そうかもしれねぇな」
「おぉ、あれか!」
なにか心当たりがあるらしく、妖たちはしきりに「あれ」と連呼していた。
二人とも、あとは寝るばかりの状態であるようで、すでに寝巻代わりの浴衣に着替えている。
そんな二人は、苦しそうに腹をさすっていた。
「……亜妃さん、本当に張り切ってたんだな……」
「うん……さすがにあんなに食べられないよ……」
その原因は、亜妃の作った手料理の多さだったようだ。
護にしても月美にしても、人より食べる量が多い。
霊力をより高めるため、二人とも修行の一環として、普段からわざと霊力を放出、あるいは神経や精神を張りつめらせることで、霊力を削り続けている。
ちょうど、筋肉をある程度、疲労させ、超回復を起こさせることで筋力アップを図るトレーニングの要領だ。
だが、霊力を消費させ、精神力あるいは体力の消耗につながり、その消耗が「空腹」という形で現れることが多い。
そのため、普段から人よりも食べる量がほんの少し、多くなってしまうのだ。
「いつもならこんなになるまで食べないんだけど」
「亜妃さんの料理、どれも美味いんだから仕方ないよな」
だが、今回は亜妃の料理がどれも美味だったため、つい箸が進んでしまったようだ。
なお、亜妃と亜妃の夫である賢祐、友護も二人と同じ理由で人より多く食べる傾向にあり、そのおかげで、亜妃が調理した食材は残さず綺麗になくなったことを明記しておく。
「ん?」
「来た、かな?」
不意に二人の表情が引き締まる。
足もとから微弱ではあるが、それなりに濃い妖気が流れ込んできているのを感じ取ったのだ。
その妖気で二人は百鬼夜行が現れたのではないかと感じ、ほぼ同時に屋根の下をのぞいた。
二人の視線の先には、大きな蛇や双頭の蛇、比較的大きな蜘蛛などの妖だけではない。
足の生えた琵琶や手足のほかにつま先の部分に一つ目が輝いている草履などの付喪神、火の玉やろくろ首など、わりと有名な妖怪たちが所せましと行列を組んで歩いている。
千年前の京都であれば、おそらくは普通に見られたであろう光景が、今、二人の足もとに広がっていた。
「いくぞ」
「うん」
しかし、護と月美にとって、この光景はもはや見慣れたもの。
当たり前に存在している光景であるため、二人の顔に恐怖は浮かんでいない。
護が合図を送ると、月美もほぼ同時に屋根から飛び降りる。
地面に落ちる寸前で護はその手に印を結び、言霊を唱えた。
「風神召喚」
護が言霊を唱えると、風の繭が二人を包み、着地の衝撃を抑えてくれた。
突然、二人の術者が百鬼夜行の隣に現れたため、何体かの妖は動揺している。
彼ら百鬼夜行を組む妖にとって、術者の存在は天敵そのもの。
自分たちを退治しに来た術者が来た、と、勘違いしてもおかしくはない。
だが、運のいいことに、護と月美のことをよく知っている妖がその百鬼夜行に参加していた。
そのため、他の連中は護たちを気にすることなく、そのままぞろぞろと立ち去って行く。
「いつも上からながめてるけど、あいつら楽しそうだよな」
「うん、なんだかお散歩してるみたい」
「まぁ、実際、散歩のようなものなのだ」
立ち去っていく妖たちを見送りながら、護がそんなことを呟くと、月美がなんとも可愛らしい喩えを出す。
その喩えに、言葉を返すものがいた。
視線を下に向けると、そこには先ほどの夜行の列からわざわざ外れてここまでやってきた妖連中が。
「どうしたんだよ?普段は百鬼夜行の行列をおどかそうなんてしないのに」
「お前ら、まさか俺らを退治しようなんて考えてんじゃないだろうな?」
口々に出てくる妖たちのいわれなき被害妄想に、勘弁してくれ、といわんばかりに護はため息をついた。
「するかよ、そんなこと。面倒くさい」
面倒くさいとは言うが、本音を言えば悪さもしない妖たちを退治するほど余裕があるわけではない。
多くの術者はそうであるが、護本人は、たとえそんな余裕があったとしても、退治するつもりは毛頭ないようだ。
人間が夜の世界に足を踏み入れるようになったとはいえ、人間と妖は科学万能の現代でも、住み分けることができている。
下手にこちらから干渉しなければ、妖の側からちょっかいを出してくることはないし、逆に妖の側からちょっかいをかけてこなければ、こちらも干渉するつもりは毛頭ない。
そういった相互不干渉という暗黙の了解は、今でも妖と術者の間に息づいているのだから。
その暗黙の了解を受け入れ、守ることで、人と妖の間に均衡がもたらされていることも事実であるため、わざわざそれを崩すようなまねはしない。
もっとも、そうとも知らない一般人は、ためらいもなくその均衡を崩す。
最終的に悲惨な最期を遂げるか、胡散臭いと普段から言っている術者に頼ることになるのだが。
「そんなことより、ここ最近、何か妙なことが起こってないか?人がいなくなるだとか、ものが消えるだとか」
護の質問に対し、妖たちは首をかしげた。
人間同様、ある程度の知性を持ち合わせている妖たちではあるが、人間よりも怪異や異常というものに敏感だ。
そのため、なにか怖いことがあると脊髄反射並の敏感さでそれを避けようとする傾向が強い。
おそらく、それは口にする時も同じなのだろう。
できる限り思い出さないようにして、怖い思いをしないようにするというのは、ある意味で利口な手段だ。
だが、目の前にいるのは陰陽師だ。
陰陽師は自分たちの困りごとも解決してくれる、稀有な存在。
ならば、話しておいたほうが後々、自分たちにとって得な方向へ動くということを、目の前の妖たちは本能に近い部分で知っていた。
「あ、ひょっとしてあれじゃないか?」
「あぁ、そうかもしれねぇな」
「おぉ、あれか!」
なにか心当たりがあるらしく、妖たちはしきりに「あれ」と連呼していた。
0
お気に入りに追加
32
あなたにおすすめの小説
懐妊を告げずに家を出ます。最愛のあなた、どうかお幸せに。
梅雨の人
恋愛
最愛の夫、ブラッド。
あなたと共に、人生が終わるその時まで互いに慈しみ、愛情に溢れる時を過ごしていけると信じていた。
その時までは。
どうか、幸せになってね。
愛しい人。
さようなら。
愚かな父にサヨナラと《完結》
アーエル
ファンタジー
「フラン。お前の方が年上なのだから、妹のために我慢しなさい」
父の言葉は最後の一線を越えてしまった。
その言葉が、続く悲劇を招く結果となったけど・・・
悲劇の本当の始まりはもっと昔から。
言えることはただひとつ
私の幸せに貴方はいりません
✈他社にも同時公開
【完結】言いたいことがあるなら言ってみろ、と言われたので遠慮なく言ってみた
杜野秋人
ファンタジー
社交シーズン最後の大晩餐会と舞踏会。そのさなか、第三王子が突然、婚約者である伯爵家令嬢に婚約破棄を突き付けた。
なんでも、伯爵家令嬢が婚約者の地位を笠に着て、第三王子の寵愛する子爵家令嬢を虐めていたというのだ。
婚約者は否定するも、他にも次々と証言や証人が出てきて黙り込み俯いてしまう。
勝ち誇った王子は、最後にこう宣言した。
「そなたにも言い分はあろう。私は寛大だから弁明の機会をくれてやる。言いたいことがあるなら言ってみろ」
その一言が、自らの破滅を呼ぶことになるなど、この時彼はまだ気付いていなかった⸺!
◆例によって設定ナシの即興作品です。なので主人公の伯爵家令嬢以外に固有名詞はありません。頭カラッポにしてゆるっとお楽しみ下さい。
婚約破棄ものですが恋愛はありません。もちろん元サヤもナシです。
◆全6話、約15000字程度でサラッと読めます。1日1話ずつ更新。
◆この物語はアルファポリスのほか、小説家になろうでも公開します。
◆9/29、HOTランキング入り!お読み頂きありがとうございます!
10/1、HOTランキング最高6位、人気ランキング11位、ファンタジーランキング1位!24h.pt瞬間最大11万4000pt!いずれも自己ベスト!ありがとうございます!
寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい
白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。
私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。
「あの人、私が
【完結】私だけが知らない
綾雅(りょうが)祝!コミカライズ
ファンタジー
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。
優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。
やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。
記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。
【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ
2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位
2023/12/19……番外編完結
2023/12/11……本編完結(番外編、12/12)
2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位
2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」
2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位
2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位
2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位
2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位
2023/08/14……連載開始
王子を身籠りました
青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。
王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。
再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる