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明らかに様子がおかしかったマリー。一体兄イルミーと踊っている時にどんな話があったのか。エルンストは心中穏やかでないことを隠しながら、兄の元へと急いだ。

(一体マリーに何を吹き込んだのだ……!)

表情こそ冷静だが、拳は固く握りしめられている。パーティー会場にイルミーの姿がなかったことから、恐らく貴賓室のどこかで令嬢たちと戯れているに違いない。しかし、どの部屋にもその姿はなかった。

会場に戻ったのだろうかと思い、エルンストは一度ホールに戻ってみたが、そこにも見当たらない。それどころか、今日の主役であるはずの長兄アルスも婚約者のフリジアーナも居なかった。

何となく嫌な予感がして、庭園に出てみる。すっかり夜の帳が降りた庭園は暗いながらも松明の明かりと魔法灯でライトアップされ、幻想的な美しさを醸し出していた。そこここで貴族の令息、令嬢たちが逢瀬を楽しんでいる気配を感じて些か居た堪れない感じではあるが、そんなことを言っていられる状況ではないので、とにかく足で皆を探し回る。エルンストの姿を認めた者たちがギョッとしているが気にしない。

やがて、庭園の表側から裏庭へ続く門へとやって来た。そこは王族しか立ち入りが許されない区域。もし、兄たちが話をしているとしたらそこかもしれない。何となく緊張しながら、裏庭の門をくぐった。

気配を消しながらそっと進んでいくと、誰がが立っているのが遠目に分かった。スラリとした体躯の男が二人。間違いない、アルスとイルミーだ。特に言い争っているような様子はないが、わざわざこんなところで話をしている以上、世間話ではないだろう。

「お気を付けください……!」
「いや、しかしエルンストに限ってそのようなことはないだろう!」
「しかしこれはゼナスが突き止めたことです。」
「ゼナス卿はなぜその結論に至った?」
「それはとてもこの場で申し上げられません。とにかく、御身が危険です。エルンストとフリジアーナ姫には……ご注意なされませ。」

自分の名が聞こえてきて、エルンストは硬直した。どうやらイルミーがアルスに忠告をしていたようだが、聞こえてきた内容から察するに、危険分子ととらえられているのはどうやら自分らしい。なぜイルミーがそのように勘違いしているのかは全く分からないが、そこにどんな思惑があるのか分からない以上大切な人を守る法が優先だろう。
エルンストは引き続き物音を立てないよう、気配を消しながらその場を去った。今すぐマリーに会わなければ。

一方マリー、リフィア、フリジアーナは会場へと戻ってきていた。なぜか王族の姿がなく、ただの貴族のパーティーとなっているが、そんなことは常らしい。誰もそこに疑問を持つことなく、華やかな宴は続いている。
緊張で何も口にしていないと愚痴をこぼすフリジアーナのために、マリーたちは貴賓室を一室押さえ、食事をすることにした。さすがに貴族たちの前で未来の王妃ががっつくわけにはいかないだろう、という判断である。
そして、あえて貴賓室にしたのは会場の様子を逐一観察し、また、万が一の時に人目につくようにするためだ。暗殺者が襲ってくる場合を考えると、人込みから離れ一人になったときが最も危ない。逆に、大勢の目があるところで護衛がすぐに駆け付けられる環境ならば安心だ。

リフィアは厨房から直接食事を運ぶ。複数の人の手に渡らないようにするためだ。時間も遅くなってきたのでいくつかの料理を一皿にまとめたものを用意させる。他に、茶の道具やグラス、水差しなど必要なものを全てワゴンにまとめ運び込んだ。

「この時間ですから、軽食程度にいたしました。」
「リフィア様、ありがとうございます。いただきますね。」

軽食と言いながらもワゴンにたっぷり詰め込まれた食事を嬉しそうに眺めるフリジアーナを見て、マリーもリフィアも顔を綻ばせる。食べること。生きること。当たり前のことに喜びを感じる彼女ならきっと立派な王妃になるに違いない。

「お待ちください。念のため毒見させていただきます。」
「?リフィア様が運んでくださった食事ですもの。大丈夫ですよ。」
「いえ。私はあくまで皿に盛りお持ちしたまで。その前の段階は見ておりませんでした。……失礼いたします。」

そう言うと、リフィアは皿に盛った料理を一口ずつスプーンにとりわけ、自らの口へ運んだ。

「問題ございません、どうぞお召し上がりください。」

そうしてやっと自らの前に来た食事をとりながら、フリジアーナは嬉しそうに言った。

「リフィア様がすぐに毒見してくださったので、久しぶりに温かい料理が食べられて嬉しいです。ありがとうございます。」
「やはり普段のお食事は冷めてしまっているのですか?」
「どうしても毒見が必要とのことで。王族は温かい食事をとること自体が少ないようです。」
「では今日はスープも熱々をお飲みください。すぐに毒見しますので。」

リフィアは持ってきたスープ壺から湯気が立ち上るスープを取り分けた。市井しせいの間では当たり前に使われる保温魔法も、魔法の掛けられた食事自体を禁じられている王族には使えないらしい。また一口分スプーンに取り分けて、リフィアはそれを口に運んだ。

銀のスプーンは腐食することなく、しかしなぜか地に落ちる。ふかふかの絨毯が音を飲み込んだからだ。そこに、ゆっくりと傾いたリフィアの体がボスっと音を立てて倒れこんだ。

「!!リフィア!!診察……解毒!解呪!治癒……!」
「誰か!誰か、薬師たちをお呼び下さい!!」

それから王族警護の騎士たちや、薬師、呪術師たちなどがなだれ込んできて、楽しい食事の場は一時騒然となってしまったのであった。

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