26 / 64
ー26-
しおりを挟む
明らかに様子がおかしかったマリー。一体兄イルミーと踊っている時にどんな話があったのか。エルンストは心中穏やかでないことを隠しながら、兄の元へと急いだ。
(一体マリーに何を吹き込んだのだ……!)
表情こそ冷静だが、拳は固く握りしめられている。パーティー会場にイルミーの姿がなかったことから、恐らく貴賓室のどこかで令嬢たちと戯れているに違いない。しかし、どの部屋にもその姿はなかった。
会場に戻ったのだろうかと思い、エルンストは一度ホールに戻ってみたが、そこにも見当たらない。それどころか、今日の主役であるはずの長兄アルスも婚約者のフリジアーナも居なかった。
何となく嫌な予感がして、庭園に出てみる。すっかり夜の帳が降りた庭園は暗いながらも松明の明かりと魔法灯でライトアップされ、幻想的な美しさを醸し出していた。そこここで貴族の令息、令嬢たちが逢瀬を楽しんでいる気配を感じて些か居た堪れない感じではあるが、そんなことを言っていられる状況ではないので、とにかく足で皆を探し回る。エルンストの姿を認めた者たちがギョッとしているが気にしない。
やがて、庭園の表側から裏庭へ続く門へとやって来た。そこは王族しか立ち入りが許されない区域。もし、兄たちが話をしているとしたらそこかもしれない。何となく緊張しながら、裏庭の門をくぐった。
気配を消しながらそっと進んでいくと、誰がが立っているのが遠目に分かった。スラリとした体躯の男が二人。間違いない、アルスとイルミーだ。特に言い争っているような様子はないが、わざわざこんなところで話をしている以上、世間話ではないだろう。
「お気を付けください……!」
「いや、しかしエルンストに限ってそのようなことはないだろう!」
「しかしこれはゼナスが突き止めたことです。」
「ゼナス卿はなぜその結論に至った?」
「それはとてもこの場で申し上げられません。とにかく、御身が危険です。エルンストとフリジアーナ姫には……ご注意なされませ。」
自分の名が聞こえてきて、エルンストは硬直した。どうやらイルミーがアルスに忠告をしていたようだが、聞こえてきた内容から察するに、危険分子ととらえられているのはどうやら自分らしい。なぜイルミーがそのように勘違いしているのかは全く分からないが、そこにどんな思惑があるのか分からない以上大切な人を守る法が優先だろう。
エルンストは引き続き物音を立てないよう、気配を消しながらその場を去った。今すぐマリーに会わなければ。
一方マリー、リフィア、フリジアーナは会場へと戻ってきていた。なぜか王族の姿がなく、ただの貴族のパーティーとなっているが、そんなことは常らしい。誰もそこに疑問を持つことなく、華やかな宴は続いている。
緊張で何も口にしていないと愚痴をこぼすフリジアーナのために、マリーたちは貴賓室を一室押さえ、食事をすることにした。さすがに貴族たちの前で未来の王妃ががっつくわけにはいかないだろう、という判断である。
そして、あえて貴賓室にしたのは会場の様子を逐一観察し、また、万が一の時に人目につくようにするためだ。暗殺者が襲ってくる場合を考えると、人込みから離れ一人になったときが最も危ない。逆に、大勢の目があるところで護衛がすぐに駆け付けられる環境ならば安心だ。
リフィアは厨房から直接食事を運ぶ。複数の人の手に渡らないようにするためだ。時間も遅くなってきたのでいくつかの料理を一皿にまとめたものを用意させる。他に、茶の道具やグラス、水差しなど必要なものを全てワゴンにまとめ運び込んだ。
「この時間ですから、軽食程度にいたしました。」
「リフィア様、ありがとうございます。いただきますね。」
軽食と言いながらもワゴンにたっぷり詰め込まれた食事を嬉しそうに眺めるフリジアーナを見て、マリーもリフィアも顔を綻ばせる。食べること。生きること。当たり前のことに喜びを感じる彼女ならきっと立派な王妃になるに違いない。
「お待ちください。念のため毒見させていただきます。」
「?リフィア様が運んでくださった食事ですもの。大丈夫ですよ。」
「いえ。私はあくまで皿に盛りお持ちしたまで。その前の段階は見ておりませんでした。……失礼いたします。」
そう言うと、リフィアは皿に盛った料理を一口ずつスプーンにとりわけ、自らの口へ運んだ。
「問題ございません、どうぞお召し上がりください。」
そうしてやっと自らの前に来た食事をとりながら、フリジアーナは嬉しそうに言った。
「リフィア様がすぐに毒見してくださったので、久しぶりに温かい料理が食べられて嬉しいです。ありがとうございます。」
「やはり普段のお食事は冷めてしまっているのですか?」
「どうしても毒見が必要とのことで。王族は温かい食事をとること自体が少ないようです。」
「では今日はスープも熱々をお飲みください。すぐに毒見しますので。」
リフィアは持ってきたスープ壺から湯気が立ち上るスープを取り分けた。市井の間では当たり前に使われる保温魔法も、魔法の掛けられた食事自体を禁じられている王族には使えないらしい。また一口分スプーンに取り分けて、リフィアはそれを口に運んだ。
銀のスプーンは腐食することなく、しかしなぜか地に落ちる。ふかふかの絨毯が音を飲み込んだからだ。そこに、ゆっくりと傾いたリフィアの体がボスっと音を立てて倒れこんだ。
「!!リフィア!!診察……解毒!解呪!治癒……!」
「誰か!誰か、薬師たちをお呼び下さい!!」
それから王族警護の騎士たちや、薬師、呪術師たちなどがなだれ込んできて、楽しい食事の場は一時騒然となってしまったのであった。
(一体マリーに何を吹き込んだのだ……!)
表情こそ冷静だが、拳は固く握りしめられている。パーティー会場にイルミーの姿がなかったことから、恐らく貴賓室のどこかで令嬢たちと戯れているに違いない。しかし、どの部屋にもその姿はなかった。
会場に戻ったのだろうかと思い、エルンストは一度ホールに戻ってみたが、そこにも見当たらない。それどころか、今日の主役であるはずの長兄アルスも婚約者のフリジアーナも居なかった。
何となく嫌な予感がして、庭園に出てみる。すっかり夜の帳が降りた庭園は暗いながらも松明の明かりと魔法灯でライトアップされ、幻想的な美しさを醸し出していた。そこここで貴族の令息、令嬢たちが逢瀬を楽しんでいる気配を感じて些か居た堪れない感じではあるが、そんなことを言っていられる状況ではないので、とにかく足で皆を探し回る。エルンストの姿を認めた者たちがギョッとしているが気にしない。
やがて、庭園の表側から裏庭へ続く門へとやって来た。そこは王族しか立ち入りが許されない区域。もし、兄たちが話をしているとしたらそこかもしれない。何となく緊張しながら、裏庭の門をくぐった。
気配を消しながらそっと進んでいくと、誰がが立っているのが遠目に分かった。スラリとした体躯の男が二人。間違いない、アルスとイルミーだ。特に言い争っているような様子はないが、わざわざこんなところで話をしている以上、世間話ではないだろう。
「お気を付けください……!」
「いや、しかしエルンストに限ってそのようなことはないだろう!」
「しかしこれはゼナスが突き止めたことです。」
「ゼナス卿はなぜその結論に至った?」
「それはとてもこの場で申し上げられません。とにかく、御身が危険です。エルンストとフリジアーナ姫には……ご注意なされませ。」
自分の名が聞こえてきて、エルンストは硬直した。どうやらイルミーがアルスに忠告をしていたようだが、聞こえてきた内容から察するに、危険分子ととらえられているのはどうやら自分らしい。なぜイルミーがそのように勘違いしているのかは全く分からないが、そこにどんな思惑があるのか分からない以上大切な人を守る法が優先だろう。
エルンストは引き続き物音を立てないよう、気配を消しながらその場を去った。今すぐマリーに会わなければ。
一方マリー、リフィア、フリジアーナは会場へと戻ってきていた。なぜか王族の姿がなく、ただの貴族のパーティーとなっているが、そんなことは常らしい。誰もそこに疑問を持つことなく、華やかな宴は続いている。
緊張で何も口にしていないと愚痴をこぼすフリジアーナのために、マリーたちは貴賓室を一室押さえ、食事をすることにした。さすがに貴族たちの前で未来の王妃ががっつくわけにはいかないだろう、という判断である。
そして、あえて貴賓室にしたのは会場の様子を逐一観察し、また、万が一の時に人目につくようにするためだ。暗殺者が襲ってくる場合を考えると、人込みから離れ一人になったときが最も危ない。逆に、大勢の目があるところで護衛がすぐに駆け付けられる環境ならば安心だ。
リフィアは厨房から直接食事を運ぶ。複数の人の手に渡らないようにするためだ。時間も遅くなってきたのでいくつかの料理を一皿にまとめたものを用意させる。他に、茶の道具やグラス、水差しなど必要なものを全てワゴンにまとめ運び込んだ。
「この時間ですから、軽食程度にいたしました。」
「リフィア様、ありがとうございます。いただきますね。」
軽食と言いながらもワゴンにたっぷり詰め込まれた食事を嬉しそうに眺めるフリジアーナを見て、マリーもリフィアも顔を綻ばせる。食べること。生きること。当たり前のことに喜びを感じる彼女ならきっと立派な王妃になるに違いない。
「お待ちください。念のため毒見させていただきます。」
「?リフィア様が運んでくださった食事ですもの。大丈夫ですよ。」
「いえ。私はあくまで皿に盛りお持ちしたまで。その前の段階は見ておりませんでした。……失礼いたします。」
そう言うと、リフィアは皿に盛った料理を一口ずつスプーンにとりわけ、自らの口へ運んだ。
「問題ございません、どうぞお召し上がりください。」
そうしてやっと自らの前に来た食事をとりながら、フリジアーナは嬉しそうに言った。
「リフィア様がすぐに毒見してくださったので、久しぶりに温かい料理が食べられて嬉しいです。ありがとうございます。」
「やはり普段のお食事は冷めてしまっているのですか?」
「どうしても毒見が必要とのことで。王族は温かい食事をとること自体が少ないようです。」
「では今日はスープも熱々をお飲みください。すぐに毒見しますので。」
リフィアは持ってきたスープ壺から湯気が立ち上るスープを取り分けた。市井の間では当たり前に使われる保温魔法も、魔法の掛けられた食事自体を禁じられている王族には使えないらしい。また一口分スプーンに取り分けて、リフィアはそれを口に運んだ。
銀のスプーンは腐食することなく、しかしなぜか地に落ちる。ふかふかの絨毯が音を飲み込んだからだ。そこに、ゆっくりと傾いたリフィアの体がボスっと音を立てて倒れこんだ。
「!!リフィア!!診察……解毒!解呪!治癒……!」
「誰か!誰か、薬師たちをお呼び下さい!!」
それから王族警護の騎士たちや、薬師、呪術師たちなどがなだれ込んできて、楽しい食事の場は一時騒然となってしまったのであった。
0
お気に入りに追加
10
あなたにおすすめの小説
最愛の側妃だけを愛する旦那様、あなたの愛は要りません
abang
恋愛
私の旦那様は七人の側妃を持つ、巷でも噂の好色王。
後宮はいつでも女の戦いが絶えない。
安心して眠ることもできない後宮に、他の妃の所にばかり通う皇帝である夫。
「どうして、この人を愛していたのかしら?」
ずっと静観していた皇后の心は冷めてしまいう。
それなのに皇帝は急に皇后に興味を向けて……!?
「あの人に興味はありません。勝手になさい!」
5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。
記憶がないので離縁します。今更謝られても困りますからね。
せいめ
恋愛
メイドにいじめられ、頭をぶつけた私は、前世の記憶を思い出す。前世では兄2人と取っ組み合いの喧嘩をするくらい気の強かった私が、メイドにいじめられているなんて…。どれ、やり返してやるか!まずは邸の使用人を教育しよう。その後は、顔も知らない旦那様と離婚して、平民として自由に生きていこう。
頭をぶつけて現世記憶を失ったけど、前世の記憶で逞しく生きて行く、侯爵夫人のお話。
ご都合主義です。誤字脱字お許しください。
【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?
みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。
ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる
色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く
【完結】私だけが知らない
綾雅(りょうが)祝!コミカライズ
ファンタジー
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。
優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。
やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。
記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。
【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ
2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位
2023/12/19……番外編完結
2023/12/11……本編完結(番外編、12/12)
2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位
2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」
2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位
2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位
2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位
2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位
2023/08/14……連載開始
旦那様、前世の記憶を取り戻したので離縁させて頂きます
結城芙由奈
恋愛
【前世の記憶が戻ったので、貴方はもう用済みです】
ある日突然私は前世の記憶を取り戻し、今自分が置かれている結婚生活がとても理不尽な事に気が付いた。こんな夫ならもういらない。前世の知識を活用すれば、この世界でもきっと女1人で生きていけるはず。そして私はクズ夫に離婚届を突きつけた―。
あなたの子ですが、内緒で育てます
椿蛍
恋愛
「本当にあなたの子ですか?」
突然現れた浮気相手、私の夫である国王陛下の子を身籠っているという。
夫、王妃の座、全て奪われ冷遇される日々――王宮から、追われた私のお腹には陛下の子が宿っていた。
私は強くなることを決意する。
「この子は私が育てます!」
お腹にいる子供は王の子。
王の子だけが不思議な力を持つ。
私は育った子供を連れて王宮へ戻る。
――そして、私を追い出したことを後悔してください。
※夫の後悔、浮気相手と虐げられからのざまあ
※他サイト様でも掲載しております。
※hotランキング1位&エールありがとうございます!
冷遇妻に家を売り払われていた男の裁判
七辻ゆゆ
ファンタジー
婚姻後すぐに妻を放置した男が二年ぶりに帰ると、家はなくなっていた。
「では開廷いたします」
家には10億の価値があったと主張し、妻に離縁と損害賠償を求める男。妻の口からは二年の事実が語られていく。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる