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第三王子エルンストを風呂場に強制転送させ、部屋にはマリーと教皇、リフィアの三人が残った。

「あの、教皇様。もしかして私、マズいことしましたでしょうか……?」

恐る恐る尋ねると、教皇はニッコリと優しい笑みを浮かべた。

「そんなに思いつめたような顔をするでない。治癒師の申請をする時に、力の強さ如何の報告義務はないからの。こちらは最低限必要と言われている情報を正式に上げておる。何もやましいことなんてない上、もう助からないと思われていた命を救ったんじゃ。胸を張れば良い。」

ポンポンと安心させるように頭を撫でられ、思わず泣きそうになった。あれから教皇はずっとこうして、実の祖父のように接してくれる。ホッとしたのと同時に、どうしようもない不安が心に残った。本来この治療院ではやってはいけない「完全回復」。呪いに気を取られて、うっかり治癒魔法をかけすぎたとしたら完全にマリーのミスである。

「ほれ、まだまだ患者はやってくるぞい。温かい茶でも飲んで、またひと踏ん張り頑張っておくれ。」

リフィアに濃いめの紅茶を頼んで、教皇は執務室へ戻っていった。心にモヤモヤしたものが広がってくるが、紅茶を飲むと少しスッキリするから不思議である。

「マリー様、受け入れよろしいですか?」
「うん、ごめんなさい。大丈夫です。送って。」

それから、怒涛の勢いで重症患者が次々と送られて来たので、気づけば目の前のことでいっぱいになり、モヤモヤはどこかへ吹き飛んでいった。悩んでいるときほど仕事に没頭するに限る!!自室に引き上げたころには、月が天高く昇っていた。普段の3倍くらい働いた気がする。流石にどっと疲れが押し寄せてきて、ベッドに顔からボスっといった。はぁ、リネンの匂いが落ち着く。

夕飯は治癒の合間に携帯食を口に突っ込んで済ませたので空腹感はない。ただ入浴がこれからだ。治癒師の疲れは魔力切れから来ており、入浴や睡眠で身体を休め減った魔力を再度体の中で作り出す以外に回復の方法はない。最も地道な作業である。正直、今日の疲れは過去に類を見ないものだった。それくらい、忙しかったし、重症の患者が多かった。

今日はなぜこんなに大変だったのだろう。どこかで戦争でも起きてしまったのだろうか。そうだとしたら嫌だな……。なんて考えているうちについウトウトしてしまう。

コンコン

コンコン

コンコンコンコン

「ふぁい!」

ちょうど良く眠りに落ちかけたところでドアがノックされ、寝ぼけたままキレ気味に返事をした。誰だこんな時間に!入浴準備が整ったリフィアが呼びに来たのだろうか、と思ったが、彼女なら勝手に部屋に入って来れるはずだ。そっとドアを開けてみると、そこには気まずそうな顔で立つ訪問者が居た。

「……皇子殿下……。」
「マリー、こんな時間に淑女の寝室を訪ねてすまない。無礼は百も承知だが、大切な話がある。少しだけ時間をもらえないだろうか。」

やっとの休息を邪魔されてだいぶムカムカしていたが、そう申し訳なさそうな顔をされては仕方がない。

「かしこまりました。ただ、この後の予定もございますのであまり多くの時間は取れないかもしれませんがよろしいでしょうか。」
「それで構わない。どこか落ち着いて話ができる場所はあるだろうか。」

それならば、と案内したのはこの時間使う者のいない食堂だった。ここなら準備を整えたリフィアがマリーの部屋へ向かう際通りかかるはずなので、場合によってはそれを理由に離脱すれば良い。

「さて、こんな時間だし変に誤魔化しても仕方がないから単刀直入に言おう。今回このように多くの死傷者を出したのは、南の森がモンスターの襲撃にあったからなのだ。降って湧いたような突然の大群で、国境の村はなすすべもなく飲み込まれてしまったと聞いている。我々が討伐に向かった時には、もう生存者が誰もいなかった。」
「その情報はいつ入ったものなのですか?」
「昨日の朝だ。伝令が届くまで時間がかかってしまったらしい。とりあえず森の入り口まで転移魔法で移動して、そこからは馬や徒歩で移動したのだが、森の半分はもう奴らの手に落ちてしまっていた。最初は中級程度までのモンスターしかいなかったから、森を取り返すのも時間の問題だと思っていたんだが。」
「……予想外の出来事が、起きたのですね?」

眉間に皺を寄せて、エルンストが深く頷いた。

通常モンスターは群れることがない。瘴気と呼ばれる陰の気が満ちた場所から湧いて出てくるもので、この世界のどこかでひっそりと力を蓄え、中級のモンスターとなる。上級や最上級なんてほぼ神話レベルの存在だが、この世界とは次元を異にするところで大国を築いているのではないかと考えられていた。そしてそれらは悪意あるものがこの世界に召喚して初めて、その姿を現すといわれている。
次元を異にする者は、人と似たような形をとるが、額に宝石が埋め込まれたような核が存在するため、一目でそれとわかるらしい。そして、人語を解し、言葉巧みに人を操り、弄んで無残な死を残し去っていく。「厄災」と表現するのが最も適格な存在だ。

「私を死の淵に追いやった者は、額に真っ赤な核を持つ上級の魔人だった。一瞬しか姿を見ることができなかったが、酷く私に似た容姿だったように思う。そして、呪いを受け、気を失ったのだ。側近の治癒師は私を治療院へ転送し、そのまま奴らの餌食となってしまったらしい。私のミスだ。私が……っ。」

俯くエルンストは机上でぐっと拳を握った。本人は気づいていないだろうが、固く握りしめすぎて爪が食い込み、僅かだが出血している。よほど大切な存在を失ったらしい。マリーはかける言葉を見つけることができず、そっと手を握って治癒魔法をかけたのだった。
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