花衣ーかみなきしー

AQUA☆STAR

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忘却編

第16話 戦の始まり

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 壱与が葦原を離れ、大和へと帰京した後、世の情勢が大きく動き始めた。

 大和朝廷軍による本格的な侵略が始まったのだ。大和朝廷帝、卑弥呼は現人大神である自らの下へ参集し、従属するように各地に御触れを出した。

 特にその動静が注目されたのが、遊牧民族を中心に栄える南の地方『郷』。豪族たちにより首長制が敷かれ、専制政治が行われる東の地方『宇都見』。そして、神威子と呼ばれる神職たちが住む『神居古潭』だ。

 これら三地方は国としてはまだ確立しておらず大和と比べるに及ばないものの、国の長と呼べる者がおり、独自の軍兵を持ち、国土とそこに住まう民を持っている。

 大和が出した御触れに、この三地方は揃って拒絶を表明した。もちろん、この回答を想定していた卑弥呼は、手始めに朝廷軍を南の地方『郷』へと進めた。

 当初、郷の遊牧民族は馬を駆り武器を手にし、圧倒的な兵数を誇る大和の軍勢の侵攻を阻んでいた。

 しかし、大和が戦線に七星将と呼ばれる将軍たちや、大和大神を介入させることで、戦線は一気に動き始めた。


 ◇


 郷 登勢


 ここは、大和と郷のちょうど中間地点に位置する広大な平原。

 郷の将レイスイは、副官と共に眼前の平原に展開する敵軍の大和朝廷軍を見据える。相対するのは凡そ先遣隊とは予想していたが、郷の兵たちの予想を上回るほどの大軍勢であった。

「敵の規模は約1万、こちらの倍以上か…」
「敵も本気の様ですね。こちらと馴れ合うつもりはないみたいです」
「それもそのはずだろう。これは戦なんだからな。油断している方が足元を掬われる。気を引き締めていこう。奴ら、端っから全力で攻めてくるぞ」
「主攻はどうしますか」
「泰陵の騎馬隊を先頭に、他の部隊は主攻を押し上げる様に援護せよ」
「承知しました」

 対する大和朝廷軍の陣中には、この1万の軍を率いる七星将の一人、用意周到で手落ちのない行動から『克明』の異名を持つクオウ。そして、大和大神であり戦の大神である 布波武堅大神ふわのむかたおおかみがいた。

「敵将も、こちらが最初から全戦力で戦うことを想定しているでしょう。もっとも、部隊の中核を為すのは、大和大神様であられる貴方様ですが」
「俺はどう動けばいいのだ?」
「はい。相手は遊牧民族、部隊の大半は騎馬を中心に編成されており、歩兵は少数。対してこちらは歩兵が中心、騎馬は少数。兵力の差はこちらが勝っていますが、機動力で勝る騎馬は、劣勢の戦況を大きく変えることが可能です。騎馬の数も重要ですが、何よりその個々の力量が戦況に大きく関わります」
「ならば、俺が先陣を切ろうか?」

 フワノの提案を聞いたクオウは、首を縦に振る。

「では、布波武堅大神様はこちらの騎馬隊を率いて先陣に立ち、自由に戦ってください。こちらは残った者を使って貴方様を支援します」
「承知した」

 フワノが馬に騎乗し、陣の先頭に着いた頃。本陣の前に立つクオウは右手を大きく上げる。その動きに連動し、側にいた打ち手たちが陣太鼓を打つ。

 大きくどんどんと二度鳴り響く。すると、大和軍の陣形はフワノの騎馬隊を頂点に左右に前進翼を作るように広がる。

 そして、クオウが右手を振り下ろすと、法螺貝と鐘が鳴り、前へと足を進める。

「来るぞ、こちらも陣形を左右に分けて両翼から喰らいつけ!」

 郷の騎馬隊は、クオウ率いる大和軍右翼へと突き進む。

「このまま敵右翼を突破するぞ」
「はい」

 先頭を駆ける布波武堅大神と彼の配下たちは、左右に分かれた郷の騎馬隊右翼へと突撃する。

「はあっ!」

 フワノが乗る馬が、前を行く騎馬へとぶつかる。その衝撃で馬から落ちた敵の騎兵に止めを刺そうと槍を振るう。

 しかし、その槍は騎兵の首を刎ねる前に止められた。

「ほう、俺の一撃を止めるとはな」

 フワノの前に立ち塞がったのは体躯の良い騎馬兵だった。彼はフワノと刃を交える。二人の剣戟は他の騎馬隊に構う余裕を与えない程、激しく、そして早い。

「布波武堅大神様!」

 フワノと対等に渡り合うのは、武術を極めた一族泰司族の戦士泰陵。一族の中でも一二を争う武術の達人である。

「なかなか、やるな」

 フワノは泰陵と刃を交える中で、彼の実力を高く評価する。

「だが、俺はこの程度では止まらんぞ」

 フワノが繰り出す槍撃に、泰陵は次第に押され始める。そしてついに、その一撃によって彼は落馬した。

 しかし、地に倒れた泰陵はすぐに体勢を立て直し再び構える。彼の側に控えていた部下の騎馬兵も、泰陵に加勢しようと動くが、その行く手を布波武堅大神配下の将たちに阻まれた。

 フワノは泰陵に語りかける。

「その武、人の身でよくぞここまで鍛えたものだ」

 泰陵は、フワノの称賛に答えようとしない。ただ、静かに槍を構えていた。

「だが、その武もここで終わりだ」

 フワノが構えた槍を突き出すと、泰陵はそれを横に避ける。そして彼は再び構えるが、その動きは明らかに精彩を欠いていた。

「泰陵様!お逃げください!」

 部下の騎馬兵が叫ぶが、泰陵は構えを解くことはなかった。

 フワノの持つ槍が、泰陵の身体を鎧ごと一突きに貫通する。堅固な強度を誇る鎧は貫通した箇所から砕け散り、その先にある泰陵の身体を抉る。

「ぐっ、かはっ」

フワノが突き出した槍は、防ごうとした槍を弾き、その胴体を鎧ごと貫いた。

「た、泰陵様ぁ⁉︎」

 泰陵は槍を引き抜くと、そのまま地に倒れた。部下の騎馬兵たちが駆け寄るが、彼はもう息をしていなかった。

「敵将を討ち取ったぞ!」

 フワノの声に呼応するように、彼の部下たちも声を上げる。その士気の高さに怯んだのか、郷の騎兵たちは足を止め、後ろへと後退り始めた。

「敵の戦意は落ちたぞ! このまま敵中央を突破せよ!」

 フワノの号令に、郷の騎兵たちは再び突撃した。

「攻め時だ!押せ!押し込めぇ‼︎」

 泰陵を討ち取ったことで大和朝廷軍は勢いづき、郷兵たちの陣形を崩していく。その様子を後方から見ていたクオウは、副官に次の指示を出していた。

「泰陵が討ち取られたか…」
「あの者、相当の実力の持ち主かと」
「敵本隊に動きはあるか?」
「先頭の集団以外に、本陣に部隊が集結しています。まだ動きはありません」
「そうか。ならこちらも次の手に移ろう」


 ◇


「やはり、大神がいると力の差が歴然とするな…」

 神威大神の一柱、天輪白夜大神ことアマノが、フワノと泰陵の戦いを遠くから見ていた。

「布波武堅大神か…トキには及ばないが、あれも武を司る。敵にはしたくない奴だ。ゲンゲツはどう見る?」

 アマノは隣に立つ少女の姿をした大神に問う。彼女の名はゲンゲツこと幻月之宮命げんげつのみやのみこと。月と夜を司るアマノの弟子であり、彼女は真名の通り幻月を司る大神である。



 アマノとゲンゲツは、大和が郷へ侵攻したことを受け、カミコに指示されるよりも先に戦場の様子を伺いに来ていたのだ。

「布波武堅大神は、戦においては天賦の才を持っています。しかし、それはあくまで対人の戦い。大神同士が戦えば、純粋に神力の差で勝敗が決まるかと。本当に、様子を見るだけでよろしいのでしょうか?」
「大御神様から大和大神と対峙せよとは命ぜられていない。我々の独断で大和大神と戦線を開くことは許されない」
「ですが、このままでは郷は間違いなく敗北を喫するでしょう。それに、私たちとて大和大神側から襲撃を受けないとも限りません…」
「それもそうか…潮時だな。実際、手だれが倒され、郷の兵は明らかに戦意が消失している。敗北は時間の問題だろう」
「確かに、此度の戦い、これから郷が巻き返しを図ることは難しいでしょうね」
「ならば行こう。大御神様に報告する」

 二柱がその場から離れようとしたその時、アマノは周囲から異様な空気が漂っていることに気付き、隣を歩いていたゲンゲツの体を押して退かせる。

 先ほどまでゲンゲツの体があった場所に、赤い光線が突き抜けていく。

「な、何が⁉︎」
「敵だ。それも…」

 アマノは視線の先を注視する。そこには、ぼろぼろの装束を身に付け、幽鬼のように佇む男がいた。

「亡者の大神、 後斎祠ごさいしか」
「如何にも如何にも、その顔はよく覚えとるよ。天輪白夜大神、そして幻月之宮命」

 後斎祠はゆっくりと二柱へと迫る。それと同時に、先ほど光線を放った指先を二柱へと向ける。

「今退けば、先ほどの礼を失した行いは赦そう」

 アマノの言葉に、後斎祠は鼻で笑う。

「退く? 退くわけがないだろう。貴様らは今、我に倒されてここで死ぬのだから」

 後斎祠は、指先から光線を放つ。その一撃をアマノとゲンゲツはそれぞれ回避する。しかし、放たれた光線は直角に曲がり二柱を追う。

 アマノは直剣で、ゲンゲツは両手に持った小刀で光線を弾く。

「ゲンゲツ、お前は先に大御神様の元へ行け」

 アマノはゲンゲツを先に行かせようとするが、ゲンゲツは首を横に振るう。

「いえ、私がここで奴を抑えます」
「駄目だ。大御神様に報告するのが最優先だ。行け。奴は俺が相手する」
「…承知しました」 

 アマノはゲンゲツがその場から姿を消したことを見計らうと、舞う様に華麗に着地して改めてゴサイシの方を向き直る。

「さて、亡者の大神、後斎祠。今の大神を取り巻く情勢を理解していると見た上で、もう一度確認する。我に刃を向けたことは、大御神様に刃を向けたと同義。覚悟はいいか?」

 アマノは月の紋章の描かれた直剣を構える。後斎祠も、その両手に光を宿す。

「天輪白夜大神、貴様はここで死ぬのだ」

 アマノはその言葉に答えることなく後斎祠へと駆け出す。

 その速さ、まさに神速。

 常人では目で追うことすらできない程の速さで、彼は後斎祠との距離を詰めていく。

 ゴサイシが反応するよりも早く、アマノは直剣でその体を通り過ぎざまに斬りつける。ゴサイシがその攻撃に反応できたのは、アマノが自身の体を斬り終えた後だった。

「神術、暁月」

 遅れて何本もの斬撃を体に受ける。彼の体は、アマノの斬撃によって切り裂かれ、その傷口から赤い鮮血が吹き出した。

 ゴサイシは、傷口を押さえながら後退る。しかし、アマノはその隙を逃さなかった。

 一気にゴサイシの背後に回り込むと、反撃の暇も与えずに彼の背中にあったある物を目掛けて剣を振るう。

 それは、ゴサイシの神器【血染めの衣】。その衣は、亡者たちの血を吸い、赤黒く変色していた。

 アマノはその衣を真っ二つに切り裂く。すると、ゴサイシは苦しみだし、その場に膝をつく。

「う、うぐぁ…」

 神器が破壊されたことにより、ゴサイシの体に宿っていた神力は霧散する。

「こ、こんなところで……」

 ゴサイシは何かを言いかけたが、そのまま意識を失った。やがて、神器を失った彼の体は灰となって消える。

「神威大神を侮った禍罪、常世で悔い改めよ」

 アマノは消え去ったゴサイシにそう言い残すと、手にしていた直剣を消失させ、自らも何処かへ消えた。
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