花衣ーかみなきしー

AQUA☆STAR

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忘却編

第10話 狼煙

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 カミコの屋敷 道場


 大和の使者を追い払った後日、舞花はカミコに建てられた小さな道場へと案内された。

「ここは、何をする場所ですか?」
「ここは道場と呼ばれる場所で、普段は剣史郎たちが剣術の稽古をしている場所なの」

 道場に入ったカミコは舞花に向き合う。

「さて、早速だけれど、これから舞花には大きく三つの呪術を覚えてもらうわ。呪術の基礎については、この前やったとおり習得しているけど、これから教えるのは今までの呪術とは少し変わったものになるわ」
「少し変わった…分かりました」
「まず一つ目、幻符『境界封印』。これは使い方に特に慎重を要するもので、対象を空間の境界へ封印する呪術よ」
「???」
「あれ、舞花…?」
「あまりよく分かっていませんが、恐ろしい術なのですね…」
「心配いらないわ。使い方さえ正しければ、何も問題なんてないから」

 カミコは一度咳払いをして話を元に戻す。

「次は護符『六根清浄』、ありとあらゆる災難から自らを守る呪術よ。そして最後に、一番重要なもの。神符『明風大結界』。かつて、この呪術を扱えた巫女はいないわ」
「カミコ様、その明風大結界とは…」
「その名のとおり。森羅万象、全ての事象から明風神社、そして葦原村を守る呪術。これを扱えるようになれば、あなたは名実ともに一人前の斎ノ巫女と呼べるわ」

 こうして、舞花はカミコから新たな呪術を学ぶことになる。これからの行く末に不安を抱いていた舞花であったが、迷いはなかった。

 根無し草の自らを受け入れてくれた葦原の村人達。瀕死だった自らを助けてくれた大御神のカミコ。その全てを自分が守らなければならない。

 そう舞花が決意を固めるには、十分すぎる理由だった。

"私が必ず守ってみせる…"

 それから毎日、舞花は休むことなく呪術の特訓に勤しんでいた。来る日も来る日も、呪力が底を尽き掛けるまで特訓した。

 特訓開始から約二週が経ったある日。

「それじゃあ舞花、これまで私が教えてきた事を振り返りつつ、一度自分なりにやってみて」
「はい」

 舞花はカミコに教えられた通りに動く。厳しい訓練をこなして来た彼女の集中力は凄まじく、同時に向上心を最高潮まで高めていた。

 まずは術式の展開。

「符術、展開…」

 舞花は藁人形の真下に、星形の術式を展開させる。

「鹵、獲、包、転、滅…」

 さらに、星形の術式の周囲に、文字が刻まれた円形の術式を重ねる。いわゆる術式重ねと呼ばれる手法で、第一の術式を第二の術式で増幅、または変化させることができる。

「幻符、境界封印‼︎」

 すると、術式が輝きを増し、やがて藁人形全体が舞花の術式に包み込まれる。そして、術式に包み込まれた藁人形は、術式と共に消え去った。

「ふふ………」
「はぁ‼︎はぁ!はぁ…。ど、どうでしょうか」
「うん、成功よ。この数日であの大きさの対象を封印できるなんて、流石舞花ね」
「ちょっと…疲れてしまいました…」

 境界封印はその呪術の特性上、術者の呪力に大きな負担を強いる。人一人分の大きさを封印する事は、並の呪術師では到底できない事をカミコは理解していた。

「仕方がないわ。これは呪術師でもそう易々と使えないくらい高度で複雑な呪術だから。この短期間でここまで上達できただけ、上出来よ」
「えへへ…」

 疲れ切って座り込んだ舞花は、ふと気になった事をカミコに問い掛ける。

「あの、カミコ様。少しよろしいでしょうか?」
「何かしら?」
「境界封印で封印したものって、何処に封印されているのでしょうか…」
「そ、それはね…私にも分からないわ」
「そうなんですね………えっ⁉︎」
「実は、いまいち何処に封印されるのかよく分かっていないの。別世界に転移させるとも言われているし、消滅するとも言われている。だから、それも相まって使う呪力の量は膨大だし、必要な時にしか使えない呪術なの」
「えぇ…」

"恐ろしすぎる‼︎"

 心の中でそう叫んでしまった舞花。今まで封印した藁人形たちに手を合わせて合掌する。

「大事なことは要するに、使い方次第って事。最終的には建物を封印できるくらいには上達してもらうつもりよ」
「は、はいっ!」
「さてと、今日はここまでにしましょうか」

 舞花は特訓を切り上げようとするカミコに待ったをかける。

「い、いえ。まだ他の呪術も安定していませんし、もう少しだけ…」

 そう言うと、カミコは舞花の元へと歩み寄り、その頭を優しく撫でる。

「その心意気は素晴らしいわ。でも、焦りは禁物。危険な呪術だから、疲れて手元が狂ってしまうと大惨事に繋がる。舞花は頑張り屋さんだからね。でも、たまに休む事を覚えないと体が保たないわ」

 カミコの言う通り、連日の特訓で舞花は体力、精神共に疲れ切っていた。舞花の状態は、カミコがそばで見て来ているため一番よく分かっていた。

「分かりました」
「そうね…舞花、少しだけ付き合ってもらえるかしら。少し出掛けるわ」
「構いませんが、一体何処へ?」
「ふふ、秘密よ。大丈夫、遠くない場所だから」

 舞花はカミコに連れられて屋敷の外へと出る。

「あの、カミコ様。何処へ…」
「いいから、いいから」

 しばらく歩いた先に辿り着いたのは、村の南側にある甘味処だった。

「着いたわ、ここよ」
「ここって、甘味処ですか?」
「正解、さ、中へ入りましょう」

 扉を開けたカミコは、舞花を連れて店の中に入っていく。

「香織ぃ、いるかしらぁ?」

 すると、店の奥から女性が現れる。



「はいはい、いますよって。これまた珍しいお客様だね」
「来ちゃった」

 そう言ってカミコが舌を出すと、香織は彼女をじっとりと見つめる。

「来ちゃったって。あのねぇ、うちの営業って昼からなんだよ、カミコ様」
「あらぁ、そうだったかしらぁ?久々にお団子が食べたくなったのよ」
「はぁ…、本当にこの神様は…っと、そちらは新顔さんだね」

 香織は、ひょこっと顔を出してカミコの背中に隠れて様子を伺っていた舞花を見つける。

「こ、こんにちは」
「こんにちは。確か、明風神社の新しい巫女さんだったね」
「し、白雪舞花です。よろしくお願いします」
「そうか、あんたが新しい斎ノ巫女さんか。うちは香織、このしがない甘味処の店主さ」

 そう言って香織は舞花の手を握る。

「香織の作るお団子は、とっても美味しいのよ。疲れていたし、甘いものを食べて元気を出して欲しかったの」
「それで甘味処に…。でも、今は営業時間外じゃ?」
「それがねぇ、この方が来たら時間もへったくれもないんだよ」

 腕組みをした香織は残念そうに頭を落とす。

「という訳で、今から開店さ」
「じゃあ、私は串団子5本、舞花はどうする?」
「で、では私は2本で」
「あいよ!」

 厨房に戻った香織は、少しして串団子を乗せた長角皿とお茶を運んでくる。

「あいよ、串団子5本と2本、お待ち」
「「いただきます」」

 普段は普通の食事ばかり摂っていた舞花にとって、こうして甘味を食べるのは初めてだった。

 口に頬張った瞬間、口の中いっぱいに団子の甘みが広がる。

「美味しいです!」
「でしょでしょ!」
「そうだ、せっかく来てくれたし、ちょうど試作している商品があるんだけど、よかったら二人で味見してくれないか?」
「えっ、いいの?」
「あぁ、これなんだが」

 そう言って、香織が運んできたのは茶色の餡がかけられた串団子だった。

「軽く焼いた団子に、砂糖醤油の葛餡をかけてみたんだ。美味かったら、今後店で出そうと考えてるやつさ」
「それじゃあ…いただきます」

 餡かけ団子を頬張った瞬間、舞花は今まで感じたことがなかった衝撃を受ける。

「どうだい?」
「美味しいです!甘くてとろとろの餡が口の中で広がって、団子を噛むたびに濃い甘みが味わえます!」
「本当ね、とても美味しいわ」
「気に入ってもらえて良かったよ。カミコ様や斎ノ巫女様のお墨付きを貰えたし、今度から品として書き足しておくよ」
「良いかもしれないわね」

 二人は試作品を含めて、注文した串団子を全て完食する。

「ご馳走様、また来るわね香織」
「今度からはちゃんと営業時間に来とくれよ」
「香織さん、ご馳走様でした!」
「あいよ!またいつでも来とくれよ!」
「ちょっと、私と舞花で扱いが違うくない?」
「さぁて、何のことだか…」

 甘味を堪能した舞花は、カミコと共に明風神社への帰路についていた。

「では、私はここで」
「明日からはまた特訓だけど、くれぐれも無理はしないようにね」
「はいっ!ありがとうございました!」
「あと、これ。クロとシロにお土産よ」

 そう言って、カミコは別で包んでいた団子を舞香に手渡す。

「それじゃあ、また明日」
「はい!」

 カミコと分かれた舞花は、石段を登って明風神社の境内へと入っていく。

「クロー、シロー」

 舞花が名前を呼ぶと、拝殿から二人が駆け寄ってくる。

「「舞花お姉ちゃん、おかえり!」」
「はいこれ、カミコ様からお団子のお土産」
「「わーい!お団子だ!」」

 こうしてこの日、舞花は再び三人で甘味を堪能することとなった。


 ◇


 葦原村から北へ離れた興尾見村


 この村は古くから葦原と交流があり、土地神こそいないが、村人全員が大御神を信仰していた。

 そんなある日の夜。

「さてと、見回りはここで最後か…」

 興尾見村では、村の男たちが持ち回りで村の見回りをこなしていた。この日は村で一番若い青年が見回りに当たっていたが、その日の夜はいつもと比べて、村を包む空気が重いように感じていた。

「何だか今日は気味が悪いな…早く済ませて帰ろう」

 青年は巡回路の最後、村の穀物倉庫へと向かった。青年が扉を開け、中を松明で照らす。

「よし、何もないな…ん?」

 すると、突然暗闇の中から無数の手が青年へと伸びる。

「な、なんだ、ぐわっ⁉︎」

 無数の腕は青年を鷲掴みにすると、青年を灯りのない暗闇へと引き摺り込む。

「た、助けっ、ぐがぁっ‼︎」

 悲鳴が倉庫に広がる。冬に向けて蓄えられていた米俵に、赤い鮮血が飛び散る。
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