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忘却編
第2話 葦原村
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私とカミコさんは、ご友人の自宅へと向かうために、水田の畦道を歩いていた。
「この村の人って、みんな良い人ばかりですね」
私はふと、葦原の村人さんたちの印象についてカミコさんに話してみる。
「そうかもしれないわね。この村自体、村の中での争い事も、戦に巻き込まれる事もなかったし、みんな穏やかな性格なの」
「そうですね。そう言えば、カミコさんのご友人さんは、どんな方なのですか?」
「ん…気が利かなくて、堅物で、口煩くて…」
あれ、悪口が聞こえる。
「鈍感で、筋肉で…」
正直、今の説明ではどんな人か分からず反応に困ってしまう。
「ま、まぁ、とにかく悪い人じゃないわ。心配しないで、そいつとは昔っからの付き合いだし」
最後にそう言ったカミコさんの表情は、少し嬉しそうだった。
その人の事を話していて嬉しそうになるくらいなのだから、どうやら悪い人ではなさそうだ。
そんなカミコさんに連れられてやってきたのは、村の北側にある屋敷。
その屋敷は周りと比べると、少しだけ大きい気がした。
「剣史郎、入るわよぉ」
返事はなかったが、カミコさんは関係なく屋敷へと上がっていく。勝手に入って良いのかな、と思いつつ、その後ろを置いていかれない様についていく。
中はほとんど物が置かれていない。ここが、剣史郎さんと呼ばれるご友人さんの家らしい。
何だか、カミコさんの部屋と似ている気がする。
中へと入っていくと、一人の武人さんが私たちを出迎えてくれた。出迎えてくれたと言うより、勝手に入ってこられたことに気がついて、奥から出てきたみたいだった。
見た目は怖そうな人だったが、私にはとても優しい人に感じられた。
「何だ剣史郎、いるじゃないの。返事くらいしなさいよ」
「すまない。奥で刀の手入れをしていたんだ」
剣史郎と呼ばれた武人さんは、私の方を見る。
「…この子は?」
「こ、こんにちは、白雪舞花です。今日からカミコさんのお屋敷でお世話になることになりました」
「そうか…俺は剣史郎。見ての通り武人だ。よろしくな、白雪舞花」
「舞花で構いません。よろしくお願いします、剣史郎さん!」
剣史郎さんはふっと笑うと、視線を私からカミコさんへと移した。
「で、カミコ。俺に何か用か?」
「ふふ、舞花が今日からしばらく私の屋敷に住むし、あなたの事を紹介しておこうと思ったの。ほら、私たち一応昔馴染みなんだし?」
「一応昔馴染みじゃなかったら紹介しなかったのか…」
「えっ、お二人って昔馴染みなんですか?」
私がそう言うと、カミコさんが剣史郎さんの顔を見て確認する。
「そうよね、剣史郎」
「まぁ、一応そうなんだが。こいつとは腐れ縁でな。その話はまた時間のある時にしよう…カミコ」
「何かしら?」
「見たところ、舞花は巫女のようだが、もしや斎ノ巫女に任命する気か?」
斎ノ巫女、私は初めて聞く言葉だった。それ以前に、剣史郎さんは私のことを身なりから巫女と呼んだが、巫女とは一体何なのだろうか。
「えぇ、そのつもりよ」
「あの、斎ノ巫女とは、何でしょうか?」
「何だ、本人はまだ聞かされていなかったのか?」
これについては、全くの初耳だった。
「ごめんなさい舞花。これについては追々話そうと思っていたのだけど。気の利かない人が早とちりしたから、今から説明するわ」
「おい、全部聞こえているぞ…」
カミコさんは座布団の上に腰を下ろし、ゆっくりと話し始めた。
「そうね。まずは、舞花。あなたの着ている服は何の服かしら?」
「服…服って、この私が着ている服のことですか?」
確か、剣史郎さんが巫女と呼んでいた。
おそらく、巫女という存在の服を着ているのだろうが、巫女の言葉の意味が分からない。
「巫女のものだと思いますが、巫女とは一体何なのでしょうか?」
するとカミコさんは、巫女について説明を始めた。
「まず、巫女とは大神に仕える者のことよ。普段は神社で神楽や祈祷をしたりして、大神に奉仕する仕事なの。私、てっきりその巫女の服を着ていたから、元々巫女なのかと思っていたわ」
「そうだったんですね…ですが、何故私は巫女の服など着ていたのでしょうか」
自分が巫女の服を着ている理由が分からなかった。
「自分が覚えていないなら、俺たちじゃ分からないな…」
剣史郎さんたちも困った顔をしている。
「何か覚えていないのか?」
「はい…それどころか、目を覚ますと自分の名前すら思い出せなくて…」
「す、すまない。そのことは知らなかった」
「あなた、もうちょっと空気が読めるようにならないの?」
「言うねぇ…」
「い、いえっ、その。私、気にしていませんから」
「実はね舞花。私はあなたを見つけた時、ある仕事を任せようと思っていたの。それが明風神社の斎ノ巫女よ」
“明風神社の斎ノ巫女…”
よく分からないが、カミコさんは私にどうやら明風という名前の神社に務める、斎ノ巫女という役職を任せようとしていたらしい。
「先代の巫女が亡くなって、今は誰もあの神社を管理する人がいないの。そんな時、偶然舞花を見つけてその役目をお願いしようとしていたわけ」
「なるほど、そういうことでしたか」
「舞花、あなたには呪術の才能があるから、ぜひ明風神社の斎ノ巫女になってもらいたいのだけど、どうかしら?」
ここまで巫女や呪術など、初めて聞く言葉ばかりで理解が追いついていなかった。私はカミコさんに疑問について質問することにした。
「あの、お伺いしたいのですが…。巫女と斎ノ巫女では、一体何が違うのでしょうか。それに、呪術とは何ですか?」
「斎ノ巫女とは謂わば巫女の中でも最上位の立場。大御神に対して、直接神事を取り計らうことのできる唯一の存在よ」
「あの、大御神様とは…?」
「大御神とは、この世に存在する大神の祖なる存在。簡単に言うと一番偉い神様ってことよ」
「そ、その様な御方にお仕えするのですか。無理です、私なんかにそんなことっ!?」
「くくっ」
「何笑ってんの」
簡単に言われたが、要するにこの世で一番偉い大神様にお仕えするということだ。唐突にそんなこと言われたって、できるはずがない。しかし、カミコさんは至って普通の表情をしている。
「心配いらないわ。斎ノ巫女として、神社のことを守ってくれるだけでいいの。掃除したり、お茶を飲んだりするだけでいいから」
「カミコ、お前本当に誘い方が下手だな」
「うるさいわね、ほっといてよ」
カミコさんには義理がある手前、よく話を聞いて判断するべきだと思った。
「あの、呪術とは?」
「呪術とは、呪力によって起こすことができる奇跡のこと。例えば…」
カミコさんは右手の掌を身体の前に出す。
「火符、火球」
カミコさんがそう呟くと、その掌に小さな火の球が浮かび上がった。
「わっ、わっ。何ですかこれ!?」
「これが呪術よ。方法はいろいろあるけど、分かりやすく説明すると自分の呪力を火の球に変えたの。他にも、水や光に変えたり、怪我や病気を癒すこともできるわ」
「舞花は俺が見てきた中で、カミコの次に強い呪力を持っている。カミコ、一度舞花を明風の神社に連れて行ってあげたらどうだ。そこで話した方が、舞花も考えやすいだろうしな」
「そうね。じゃあ、そろそろここを失礼しようかしら。また来るわ、剣史郎」
「はいよ。舞花も気をつけてな」
「はいっ、ありがとうございました」
私は剣史郎さんに頭を下げて、カミコさんと共に屋敷を後にした。
◇
明風神社までの道中。
私は自分のことを考えていた。
なぜ、雨の中を充てもなく歩いていたのか。
なぜ、名前すらも思い出せないのか。
考えても考えても、今はその答えが出なかった。
◇
しばらく歩いていると、鳥居と呼ばれる神社の目印が見えてきた。その鳥居をくぐると、少し大きな境内が広がり、その中央に大きな拝殿が見える。
「お疲れ様、ここが明風神社よ。大御神を祀っているところ」
管理する人がいないとカミコさんは言っていたが、その割には綺麗に保たれている印象だった。
「前の巫女が熱心な子だったから、まだ綺麗なままね」
「なるほど、だからなんですね」
なぜか私はこの神社から不思議と大きな力を感じた。
「少し、周りを見てきてもいいですか」
「えぇもちろん、私はここで待っているわ」
拝殿の裏へと回った時、何かが勢いよく私にぶつかった。
「きゃっ!?」
その衝撃で尻餅をついた私は、目の前に白い装束を着た男の子が立っていることに気づく。
「ごめんなさいお姉ちゃん、大丈夫?」
「う、うん。びっくりしちゃったけど、大丈夫だよ」
私は男の子が差し出してきた手を握り、ゆっくりと立ち上がった。
「ごめんね。怪我はない?」
「僕は大丈夫、心配してくれてありがとう。えっと…お姉ちゃん、もしかして新しい巫女さん?」
「うーん、新しい巫女さんではないよ」
「そうなんだ。お姉ちゃんからとても綺麗な音が聞こえるから、もしかしたら新しい巫女さんなのかなって思っちゃった」
「音?」
「あ、そうだ。自己紹介しておくね。僕はクロ、この神社でシロとお手伝いをしているんだ」
「クロちゃん、私は白雪舞花、舞花でいいよ」
「じゃあ、お姉ちゃんのこと舞花お姉ちゃんって呼ぶね!」
すると、クロの後ろの方から誰かが駆け寄ってきた。
「クロ~、その人誰~?」
やってきたのはクロと同じくらいの年頃で、クロの黒髪とは対照的に、真っ白い雪の様な髪をした少女だった。
「シロ、舞花姉ちゃんだよ」
"この子がクロの言ってたシロちゃんか…"
「こんにちはシロちゃん。私は舞花。クロちゃんからシロちゃんの話は聞いたよ。よろしくね」
「うん!よろしくね舞花お姉ちゃん!」
すると、シロは私の服を何度か鼻で匂った。
「ねぇ、舞花お姉ちゃん。カミコお姉ちゃんは一緒じゃないの?」
「カミコさんのこと?」
「うんっ。舞花お姉ちゃんからカミコお姉ちゃんの匂いがしたから、もしかしたらと思って」
私は自分の服の匂いを嗅ぐが、そんな特徴的な匂いはしなかった。
そんな話をしていると、拝殿の表の方からカミコさんがやってきた。
その姿を見た二人は、同時に歩いてきたカミコさんの胸に飛び込んだ。
「おっとっと…」
カミコさんは抱きついてきた二人の頭を優しく撫でる。
「二人とも、元気にしてたかしら?」
「「うんっ!」」
「カミコさん、この子たちのことを知っているんですか?」
「えぇ、先代巫女の時から、この子たちとは仲良くしているの。二人とも良い子よ」
確かに、良い子なのは間違いない。
「ねぇ、カミコ姉ちゃん。舞花姉ちゃんは新しい巫女さんにならないの?」
「舞花自身が決めていないから、まだ分からないわね」
「そうなんだ…」
「てっきり、新しい巫女さんだと思ってた…」
私が新しい巫女でないことを知った二人は、とても残念そうにする。この子たちがそんな顔をすると、物凄く罪悪感なるものを感じてしまった。
「二人とも、舞花にちゃんと挨拶した?」
「うんっ!」
「舞花お姉ちゃん、すごく良い人だよ!」
「えらいえらい、よしよし。舞花、知っていると思うけど、この子たちはクロとシロ。先代巫女の時から神社の手伝いをしているわ」
「ねぇねぇ、カミコ姉ちゃん」
「なに?」
「舞花姉ちゃんからね、とっても綺麗な音が聞こえるんだ。それでね、それでね…」
クロが嬉しそうに話をするが、そんなクロの服の袖をシロが遠慮しがちに引っ張った。
「ねぇクロ。まださっきのお仕事終わってないよ」
「いけない、早くしないと。じゃあまたね、カミコ姉ちゃん、舞花姉ちゃん!」
二人はそう言って、拝殿の中へと戻っていった。
先ほどから気になっていたが、クロの聞こえる音とは一体何のことなのか。辺りが静かになっても、私には何も聞こえないが。
「カミコさん。クロちゃん、音が聞こえるって言ってましたけど…」
「クロはその人の心の特徴を音として聴くことができるの。つまり、音が綺麗なら心が綺麗ってことなのよ?」
どうやって心を音として感じるかは分からないが…。
でも、心が綺麗と言われて嫌な気分はしない。
「神社はさっきの拝殿と、この正殿が主な造りになっているわ。ここが正殿で、大御神様が祀られているわ。さてと、今日はこのくらいにしましょう」
「分かりました」
カミコさんの後に続き神社を出ると、空は夕焼けに染まりつつあった。
夕焼けを楽しみながら、私は巫女の仕事について考えていた。
私は、気持ちの整理がついたら巫女の仕事を引き受けようと思っている。
記憶なし、家なし、仕事なし。
私に断るという選択肢はなかった。何よりも、ここまで親切にしてくれたカミコさんに恩を返したい。
「舞花、早くしないと置いていくわよ」
「あっ、はいっ」
「この村の人って、みんな良い人ばかりですね」
私はふと、葦原の村人さんたちの印象についてカミコさんに話してみる。
「そうかもしれないわね。この村自体、村の中での争い事も、戦に巻き込まれる事もなかったし、みんな穏やかな性格なの」
「そうですね。そう言えば、カミコさんのご友人さんは、どんな方なのですか?」
「ん…気が利かなくて、堅物で、口煩くて…」
あれ、悪口が聞こえる。
「鈍感で、筋肉で…」
正直、今の説明ではどんな人か分からず反応に困ってしまう。
「ま、まぁ、とにかく悪い人じゃないわ。心配しないで、そいつとは昔っからの付き合いだし」
最後にそう言ったカミコさんの表情は、少し嬉しそうだった。
その人の事を話していて嬉しそうになるくらいなのだから、どうやら悪い人ではなさそうだ。
そんなカミコさんに連れられてやってきたのは、村の北側にある屋敷。
その屋敷は周りと比べると、少しだけ大きい気がした。
「剣史郎、入るわよぉ」
返事はなかったが、カミコさんは関係なく屋敷へと上がっていく。勝手に入って良いのかな、と思いつつ、その後ろを置いていかれない様についていく。
中はほとんど物が置かれていない。ここが、剣史郎さんと呼ばれるご友人さんの家らしい。
何だか、カミコさんの部屋と似ている気がする。
中へと入っていくと、一人の武人さんが私たちを出迎えてくれた。出迎えてくれたと言うより、勝手に入ってこられたことに気がついて、奥から出てきたみたいだった。
見た目は怖そうな人だったが、私にはとても優しい人に感じられた。
「何だ剣史郎、いるじゃないの。返事くらいしなさいよ」
「すまない。奥で刀の手入れをしていたんだ」
剣史郎と呼ばれた武人さんは、私の方を見る。
「…この子は?」
「こ、こんにちは、白雪舞花です。今日からカミコさんのお屋敷でお世話になることになりました」
「そうか…俺は剣史郎。見ての通り武人だ。よろしくな、白雪舞花」
「舞花で構いません。よろしくお願いします、剣史郎さん!」
剣史郎さんはふっと笑うと、視線を私からカミコさんへと移した。
「で、カミコ。俺に何か用か?」
「ふふ、舞花が今日からしばらく私の屋敷に住むし、あなたの事を紹介しておこうと思ったの。ほら、私たち一応昔馴染みなんだし?」
「一応昔馴染みじゃなかったら紹介しなかったのか…」
「えっ、お二人って昔馴染みなんですか?」
私がそう言うと、カミコさんが剣史郎さんの顔を見て確認する。
「そうよね、剣史郎」
「まぁ、一応そうなんだが。こいつとは腐れ縁でな。その話はまた時間のある時にしよう…カミコ」
「何かしら?」
「見たところ、舞花は巫女のようだが、もしや斎ノ巫女に任命する気か?」
斎ノ巫女、私は初めて聞く言葉だった。それ以前に、剣史郎さんは私のことを身なりから巫女と呼んだが、巫女とは一体何なのだろうか。
「えぇ、そのつもりよ」
「あの、斎ノ巫女とは、何でしょうか?」
「何だ、本人はまだ聞かされていなかったのか?」
これについては、全くの初耳だった。
「ごめんなさい舞花。これについては追々話そうと思っていたのだけど。気の利かない人が早とちりしたから、今から説明するわ」
「おい、全部聞こえているぞ…」
カミコさんは座布団の上に腰を下ろし、ゆっくりと話し始めた。
「そうね。まずは、舞花。あなたの着ている服は何の服かしら?」
「服…服って、この私が着ている服のことですか?」
確か、剣史郎さんが巫女と呼んでいた。
おそらく、巫女という存在の服を着ているのだろうが、巫女の言葉の意味が分からない。
「巫女のものだと思いますが、巫女とは一体何なのでしょうか?」
するとカミコさんは、巫女について説明を始めた。
「まず、巫女とは大神に仕える者のことよ。普段は神社で神楽や祈祷をしたりして、大神に奉仕する仕事なの。私、てっきりその巫女の服を着ていたから、元々巫女なのかと思っていたわ」
「そうだったんですね…ですが、何故私は巫女の服など着ていたのでしょうか」
自分が巫女の服を着ている理由が分からなかった。
「自分が覚えていないなら、俺たちじゃ分からないな…」
剣史郎さんたちも困った顔をしている。
「何か覚えていないのか?」
「はい…それどころか、目を覚ますと自分の名前すら思い出せなくて…」
「す、すまない。そのことは知らなかった」
「あなた、もうちょっと空気が読めるようにならないの?」
「言うねぇ…」
「い、いえっ、その。私、気にしていませんから」
「実はね舞花。私はあなたを見つけた時、ある仕事を任せようと思っていたの。それが明風神社の斎ノ巫女よ」
“明風神社の斎ノ巫女…”
よく分からないが、カミコさんは私にどうやら明風という名前の神社に務める、斎ノ巫女という役職を任せようとしていたらしい。
「先代の巫女が亡くなって、今は誰もあの神社を管理する人がいないの。そんな時、偶然舞花を見つけてその役目をお願いしようとしていたわけ」
「なるほど、そういうことでしたか」
「舞花、あなたには呪術の才能があるから、ぜひ明風神社の斎ノ巫女になってもらいたいのだけど、どうかしら?」
ここまで巫女や呪術など、初めて聞く言葉ばかりで理解が追いついていなかった。私はカミコさんに疑問について質問することにした。
「あの、お伺いしたいのですが…。巫女と斎ノ巫女では、一体何が違うのでしょうか。それに、呪術とは何ですか?」
「斎ノ巫女とは謂わば巫女の中でも最上位の立場。大御神に対して、直接神事を取り計らうことのできる唯一の存在よ」
「あの、大御神様とは…?」
「大御神とは、この世に存在する大神の祖なる存在。簡単に言うと一番偉い神様ってことよ」
「そ、その様な御方にお仕えするのですか。無理です、私なんかにそんなことっ!?」
「くくっ」
「何笑ってんの」
簡単に言われたが、要するにこの世で一番偉い大神様にお仕えするということだ。唐突にそんなこと言われたって、できるはずがない。しかし、カミコさんは至って普通の表情をしている。
「心配いらないわ。斎ノ巫女として、神社のことを守ってくれるだけでいいの。掃除したり、お茶を飲んだりするだけでいいから」
「カミコ、お前本当に誘い方が下手だな」
「うるさいわね、ほっといてよ」
カミコさんには義理がある手前、よく話を聞いて判断するべきだと思った。
「あの、呪術とは?」
「呪術とは、呪力によって起こすことができる奇跡のこと。例えば…」
カミコさんは右手の掌を身体の前に出す。
「火符、火球」
カミコさんがそう呟くと、その掌に小さな火の球が浮かび上がった。
「わっ、わっ。何ですかこれ!?」
「これが呪術よ。方法はいろいろあるけど、分かりやすく説明すると自分の呪力を火の球に変えたの。他にも、水や光に変えたり、怪我や病気を癒すこともできるわ」
「舞花は俺が見てきた中で、カミコの次に強い呪力を持っている。カミコ、一度舞花を明風の神社に連れて行ってあげたらどうだ。そこで話した方が、舞花も考えやすいだろうしな」
「そうね。じゃあ、そろそろここを失礼しようかしら。また来るわ、剣史郎」
「はいよ。舞花も気をつけてな」
「はいっ、ありがとうございました」
私は剣史郎さんに頭を下げて、カミコさんと共に屋敷を後にした。
◇
明風神社までの道中。
私は自分のことを考えていた。
なぜ、雨の中を充てもなく歩いていたのか。
なぜ、名前すらも思い出せないのか。
考えても考えても、今はその答えが出なかった。
◇
しばらく歩いていると、鳥居と呼ばれる神社の目印が見えてきた。その鳥居をくぐると、少し大きな境内が広がり、その中央に大きな拝殿が見える。
「お疲れ様、ここが明風神社よ。大御神を祀っているところ」
管理する人がいないとカミコさんは言っていたが、その割には綺麗に保たれている印象だった。
「前の巫女が熱心な子だったから、まだ綺麗なままね」
「なるほど、だからなんですね」
なぜか私はこの神社から不思議と大きな力を感じた。
「少し、周りを見てきてもいいですか」
「えぇもちろん、私はここで待っているわ」
拝殿の裏へと回った時、何かが勢いよく私にぶつかった。
「きゃっ!?」
その衝撃で尻餅をついた私は、目の前に白い装束を着た男の子が立っていることに気づく。
「ごめんなさいお姉ちゃん、大丈夫?」
「う、うん。びっくりしちゃったけど、大丈夫だよ」
私は男の子が差し出してきた手を握り、ゆっくりと立ち上がった。
「ごめんね。怪我はない?」
「僕は大丈夫、心配してくれてありがとう。えっと…お姉ちゃん、もしかして新しい巫女さん?」
「うーん、新しい巫女さんではないよ」
「そうなんだ。お姉ちゃんからとても綺麗な音が聞こえるから、もしかしたら新しい巫女さんなのかなって思っちゃった」
「音?」
「あ、そうだ。自己紹介しておくね。僕はクロ、この神社でシロとお手伝いをしているんだ」
「クロちゃん、私は白雪舞花、舞花でいいよ」
「じゃあ、お姉ちゃんのこと舞花お姉ちゃんって呼ぶね!」
すると、クロの後ろの方から誰かが駆け寄ってきた。
「クロ~、その人誰~?」
やってきたのはクロと同じくらいの年頃で、クロの黒髪とは対照的に、真っ白い雪の様な髪をした少女だった。
「シロ、舞花姉ちゃんだよ」
"この子がクロの言ってたシロちゃんか…"
「こんにちはシロちゃん。私は舞花。クロちゃんからシロちゃんの話は聞いたよ。よろしくね」
「うん!よろしくね舞花お姉ちゃん!」
すると、シロは私の服を何度か鼻で匂った。
「ねぇ、舞花お姉ちゃん。カミコお姉ちゃんは一緒じゃないの?」
「カミコさんのこと?」
「うんっ。舞花お姉ちゃんからカミコお姉ちゃんの匂いがしたから、もしかしたらと思って」
私は自分の服の匂いを嗅ぐが、そんな特徴的な匂いはしなかった。
そんな話をしていると、拝殿の表の方からカミコさんがやってきた。
その姿を見た二人は、同時に歩いてきたカミコさんの胸に飛び込んだ。
「おっとっと…」
カミコさんは抱きついてきた二人の頭を優しく撫でる。
「二人とも、元気にしてたかしら?」
「「うんっ!」」
「カミコさん、この子たちのことを知っているんですか?」
「えぇ、先代巫女の時から、この子たちとは仲良くしているの。二人とも良い子よ」
確かに、良い子なのは間違いない。
「ねぇ、カミコ姉ちゃん。舞花姉ちゃんは新しい巫女さんにならないの?」
「舞花自身が決めていないから、まだ分からないわね」
「そうなんだ…」
「てっきり、新しい巫女さんだと思ってた…」
私が新しい巫女でないことを知った二人は、とても残念そうにする。この子たちがそんな顔をすると、物凄く罪悪感なるものを感じてしまった。
「二人とも、舞花にちゃんと挨拶した?」
「うんっ!」
「舞花お姉ちゃん、すごく良い人だよ!」
「えらいえらい、よしよし。舞花、知っていると思うけど、この子たちはクロとシロ。先代巫女の時から神社の手伝いをしているわ」
「ねぇねぇ、カミコ姉ちゃん」
「なに?」
「舞花姉ちゃんからね、とっても綺麗な音が聞こえるんだ。それでね、それでね…」
クロが嬉しそうに話をするが、そんなクロの服の袖をシロが遠慮しがちに引っ張った。
「ねぇクロ。まださっきのお仕事終わってないよ」
「いけない、早くしないと。じゃあまたね、カミコ姉ちゃん、舞花姉ちゃん!」
二人はそう言って、拝殿の中へと戻っていった。
先ほどから気になっていたが、クロの聞こえる音とは一体何のことなのか。辺りが静かになっても、私には何も聞こえないが。
「カミコさん。クロちゃん、音が聞こえるって言ってましたけど…」
「クロはその人の心の特徴を音として聴くことができるの。つまり、音が綺麗なら心が綺麗ってことなのよ?」
どうやって心を音として感じるかは分からないが…。
でも、心が綺麗と言われて嫌な気分はしない。
「神社はさっきの拝殿と、この正殿が主な造りになっているわ。ここが正殿で、大御神様が祀られているわ。さてと、今日はこのくらいにしましょう」
「分かりました」
カミコさんの後に続き神社を出ると、空は夕焼けに染まりつつあった。
夕焼けを楽しみながら、私は巫女の仕事について考えていた。
私は、気持ちの整理がついたら巫女の仕事を引き受けようと思っている。
記憶なし、家なし、仕事なし。
私に断るという選択肢はなかった。何よりも、ここまで親切にしてくれたカミコさんに恩を返したい。
「舞花、早くしないと置いていくわよ」
「あっ、はいっ」
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※完結しました
45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる
よっしぃ
ファンタジー
2月26日から29日現在まで4日間、アルファポリスのファンタジー部門1位達成!感謝です!
小説家になろうでも10位獲得しました!
そして、カクヨムでもランクイン中です!
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スキルを強奪する為に異世界召喚を実行した欲望まみれの権力者から逃げるおっさん。
いつものように電車通勤をしていたわけだが、気が付けばまさかの異世界召喚に巻き込まれる。
欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・
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小説家になろうで執筆中の作品です。
アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。
現在見直し作業中です。
変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。
【完結】底辺冒険者の相続 〜昔、助けたお爺さんが、実はS級冒険者で、その遺言で七つの伝説級最強アイテムを相続しました〜
もう書かないって言ったよね?
ファンタジー
試験雇用中の冒険者パーティー【ブレイブソード】のリーダーに呼び出されたウィルは、クビを宣言されてしまう。その理由は同じ三ヶ月の試験雇用を受けていたコナーを雇うと決めたからだった。
ウィルは冒険者になって一年と一ヶ月、対してコナーは冒険者になって一ヶ月のド新人である。納得の出来ないウィルはコナーと一対一の決闘を申し込む。
その後、なんやかんやとあって、ウィルはシェフィールドの町を出て、実家の農家を継ぐ為に乗り合い馬車に乗ることになった。道中、魔物と遭遇するも、なんやかんやとあって、無事に生まれ故郷のサークス村に到着した。
無事に到着した村で農家として、再出発しようと考えるウィルの前に、両親は半年前にウィル宛てに届いた一通の手紙を渡してきた。
手紙内容は数年前にウィルが落とし物を探すのを手伝った、お爺さんが亡くなったことを知らせるものだった。そして、そのお爺さんの遺言でウィルに渡したい物があるから屋敷があるアポンタインの町に来て欲しいというものだった。
屋敷に到着したウィルだったが、彼はそこでお爺さんがS級冒険者だったことを知らされる。そんな驚く彼の前に、伝説級最強アイテムが次々と並べられていく。
【聖龍剣・死喰】【邪龍剣・命喰】【無限収納袋】【透明マント】【神速ブーツ】【賢者の壺】【神眼の指輪】
だが、ウィルはもう冒険者を辞めるつもりでいた。そんな彼の前に、お爺さんの孫娘であり、S級冒険者であるアシュリーが現れ、遺産の相続を放棄するように要求してきた。
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