花衣ーかみなきしー

AQUA☆STAR

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忘却編

第2話 葦原村

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 私とカミコさんは、ご友人の自宅へと向かうために、水田の畦道を歩いていた。

「この村の人って、みんな良い人ばかりですね」

 私はふと、葦原の村人さんたちの印象についてカミコさんに話してみる。

「そうかもしれないわね。この村自体、村の中での争い事も、戦に巻き込まれる事もなかったし、みんな穏やかな性格なの」
「そうですね。そう言えば、カミコさんのご友人さんは、どんな方なのですか?」
「ん…気が利かなくて、堅物で、口煩くて…」

 あれ、悪口が聞こえる。

「鈍感で、筋肉で…」

 正直、今の説明ではどんな人か分からず反応に困ってしまう。

「ま、まぁ、とにかく悪い人じゃないわ。心配しないで、そいつとは昔っからの付き合いだし」

 最後にそう言ったカミコさんの表情は、少し嬉しそうだった。

 その人の事を話していて嬉しそうになるくらいなのだから、どうやら悪い人ではなさそうだ。

 そんなカミコさんに連れられてやってきたのは、村の北側にある屋敷。

 その屋敷は周りと比べると、少しだけ大きい気がした。

「剣史郎、入るわよぉ」

 返事はなかったが、カミコさんは関係なく屋敷へと上がっていく。勝手に入って良いのかな、と思いつつ、その後ろを置いていかれない様についていく。

 中はほとんど物が置かれていない。ここが、剣史郎さんと呼ばれるご友人さんの家らしい。

 何だか、カミコさんの部屋と似ている気がする。

 中へと入っていくと、一人の武人さんが私たちを出迎えてくれた。出迎えてくれたと言うより、勝手に入ってこられたことに気がついて、奥から出てきたみたいだった。

 見た目は怖そうな人だったが、私にはとても優しい人に感じられた。

「何だ剣史郎、いるじゃないの。返事くらいしなさいよ」
「すまない。奥で刀の手入れをしていたんだ」

 剣史郎と呼ばれた武人さんは、私の方を見る。

「…この子は?」
「こ、こんにちは、白雪舞花です。今日からカミコさんのお屋敷でお世話になることになりました」
「そうか…俺は剣史郎。見ての通り武人だ。よろしくな、白雪舞花」
「舞花で構いません。よろしくお願いします、剣史郎さん!」

 剣史郎さんはふっと笑うと、視線を私からカミコさんへと移した。

「で、カミコ。俺に何か用か?」
「ふふ、舞花が今日からしばらく私の屋敷に住むし、あなたの事を紹介しておこうと思ったの。ほら、私たち一応昔馴染みなんだし?」
「一応昔馴染みじゃなかったら紹介しなかったのか…」
「えっ、お二人って昔馴染みなんですか?」

 私がそう言うと、カミコさんが剣史郎さんの顔を見て確認する。

「そうよね、剣史郎」
「まぁ、一応そうなんだが。こいつとは腐れ縁でな。その話はまた時間のある時にしよう…カミコ」
「何かしら?」
「見たところ、舞花は巫女のようだが、もしや斎ノ巫女に任命する気か?」

 斎ノ巫女、私は初めて聞く言葉だった。それ以前に、剣史郎さんは私のことを身なりから巫女と呼んだが、巫女とは一体何なのだろうか。

「えぇ、そのつもりよ」
「あの、斎ノ巫女とは、何でしょうか?」
「何だ、本人はまだ聞かされていなかったのか?」

 これについては、全くの初耳だった。

「ごめんなさい舞花。これについては追々話そうと思っていたのだけど。気の利かない人が早とちりしたから、今から説明するわ」
「おい、全部聞こえているぞ…」

 カミコさんは座布団の上に腰を下ろし、ゆっくりと話し始めた。

「そうね。まずは、舞花。あなたの着ている服は何の服かしら?」
「服…服って、この私が着ている服のことですか?」

 確か、剣史郎さんが巫女と呼んでいた。

 おそらく、巫女という存在の服を着ているのだろうが、巫女の言葉の意味が分からない。

「巫女のものだと思いますが、巫女とは一体何なのでしょうか?」

 するとカミコさんは、巫女について説明を始めた。

「まず、巫女とは大神に仕える者のことよ。普段は神社で神楽や祈祷をしたりして、大神に奉仕する仕事なの。私、てっきりその巫女の服を着ていたから、元々巫女なのかと思っていたわ」
「そうだったんですね…ですが、何故私は巫女の服など着ていたのでしょうか」

 自分が巫女の服を着ている理由が分からなかった。

「自分が覚えていないなら、俺たちじゃ分からないな…」

 剣史郎さんたちも困った顔をしている。

「何か覚えていないのか?」
「はい…それどころか、目を覚ますと自分の名前すら思い出せなくて…」
「す、すまない。そのことは知らなかった」
「あなた、もうちょっと空気が読めるようにならないの?」
「言うねぇ…」
「い、いえっ、その。私、気にしていませんから」
「実はね舞花。私はあなたを見つけた時、ある仕事を任せようと思っていたの。それが明風神社の斎ノ巫女よ」

“明風神社の斎ノ巫女…”

 よく分からないが、カミコさんは私にどうやら明風という名前の神社に務める、斎ノ巫女という役職を任せようとしていたらしい。

「先代の巫女が亡くなって、今は誰もあの神社を管理する人がいないの。そんな時、偶然舞花を見つけてその役目をお願いしようとしていたわけ」
「なるほど、そういうことでしたか」
「舞花、あなたには呪術の才能があるから、ぜひ明風神社の斎ノ巫女になってもらいたいのだけど、どうかしら?」

 ここまで巫女や呪術など、初めて聞く言葉ばかりで理解が追いついていなかった。私はカミコさんに疑問について質問することにした。

「あの、お伺いしたいのですが…。巫女と斎ノ巫女では、一体何が違うのでしょうか。それに、呪術とは何ですか?」
「斎ノ巫女とは謂わば巫女の中でも最上位の立場。大御神に対して、直接神事を取り計らうことのできる唯一の存在よ」
「あの、大御神様とは…?」
「大御神とは、この世に存在する大神の祖なる存在。簡単に言うと一番偉い神様ってことよ」
「そ、その様な御方にお仕えするのですか。無理です、私なんかにそんなことっ!?」
「くくっ」
「何笑ってんの」

 簡単に言われたが、要するにこの世で一番偉い大神様にお仕えするということだ。唐突にそんなこと言われたって、できるはずがない。しかし、カミコさんは至って普通の表情をしている。

「心配いらないわ。斎ノ巫女として、神社のことを守ってくれるだけでいいの。掃除したり、お茶を飲んだりするだけでいいから」
「カミコ、お前本当に誘い方が下手だな」
「うるさいわね、ほっといてよ」

 カミコさんには義理がある手前、よく話を聞いて判断するべきだと思った。

「あの、呪術とは?」
「呪術とは、呪力によって起こすことができる奇跡のこと。例えば…」

 カミコさんは右手の掌を身体の前に出す。

「火符、火球」

 カミコさんがそう呟くと、その掌に小さな火の球が浮かび上がった。

「わっ、わっ。何ですかこれ!?」
「これが呪術よ。方法はいろいろあるけど、分かりやすく説明すると自分の呪力を火の球に変えたの。他にも、水や光に変えたり、怪我や病気を癒すこともできるわ」
「舞花は俺が見てきた中で、カミコの次に強い呪力を持っている。カミコ、一度舞花を明風の神社に連れて行ってあげたらどうだ。そこで話した方が、舞花も考えやすいだろうしな」
「そうね。じゃあ、そろそろここを失礼しようかしら。また来るわ、剣史郎」
「はいよ。舞花も気をつけてな」
「はいっ、ありがとうございました」

 私は剣史郎さんに頭を下げて、カミコさんと共に屋敷を後にした。


 ◇


 明風神社までの道中。

 私は自分のことを考えていた。

 なぜ、雨の中を充てもなく歩いていたのか。

 なぜ、名前すらも思い出せないのか。
 
 考えても考えても、今はその答えが出なかった。


 ◇


 しばらく歩いていると、鳥居と呼ばれる神社の目印が見えてきた。その鳥居をくぐると、少し大きな境内が広がり、その中央に大きな拝殿が見える。

「お疲れ様、ここが明風神社よ。大御神を祀っているところ」

 管理する人がいないとカミコさんは言っていたが、その割には綺麗に保たれている印象だった。

「前の巫女が熱心な子だったから、まだ綺麗なままね」
「なるほど、だからなんですね」

 なぜか私はこの神社から不思議と大きな力を感じた。

「少し、周りを見てきてもいいですか」
「えぇもちろん、私はここで待っているわ」

 拝殿の裏へと回った時、何かが勢いよく私にぶつかった。

「きゃっ!?」

 その衝撃で尻餅をついた私は、目の前に白い装束を着た男の子が立っていることに気づく。

「ごめんなさいお姉ちゃん、大丈夫?」
「う、うん。びっくりしちゃったけど、大丈夫だよ」

 私は男の子が差し出してきた手を握り、ゆっくりと立ち上がった。

「ごめんね。怪我はない?」
「僕は大丈夫、心配してくれてありがとう。えっと…お姉ちゃん、もしかして新しい巫女さん?」
「うーん、新しい巫女さんではないよ」
「そうなんだ。お姉ちゃんからとても綺麗な音が聞こえるから、もしかしたら新しい巫女さんなのかなって思っちゃった」
「音?」
「あ、そうだ。自己紹介しておくね。僕はクロ、この神社でシロとお手伝いをしているんだ」
「クロちゃん、私は白雪舞花、舞花でいいよ」
「じゃあ、お姉ちゃんのこと舞花お姉ちゃんって呼ぶね!」

 すると、クロの後ろの方から誰かが駆け寄ってきた。

「クロ~、その人誰~?」

 やってきたのはクロと同じくらいの年頃で、クロの黒髪とは対照的に、真っ白い雪の様な髪をした少女だった。

「シロ、舞花姉ちゃんだよ」

"この子がクロの言ってたシロちゃんか…"

「こんにちはシロちゃん。私は舞花。クロちゃんからシロちゃんの話は聞いたよ。よろしくね」
「うん!よろしくね舞花お姉ちゃん!」

 すると、シロは私の服を何度か鼻で匂った。

「ねぇ、舞花お姉ちゃん。カミコお姉ちゃんは一緒じゃないの?」
「カミコさんのこと?」
「うんっ。舞花お姉ちゃんからカミコお姉ちゃんの匂いがしたから、もしかしたらと思って」

 私は自分の服の匂いを嗅ぐが、そんな特徴的な匂いはしなかった。

 そんな話をしていると、拝殿の表の方からカミコさんがやってきた。

 その姿を見た二人は、同時に歩いてきたカミコさんの胸に飛び込んだ。

「おっとっと…」

 カミコさんは抱きついてきた二人の頭を優しく撫でる。

「二人とも、元気にしてたかしら?」
「「うんっ!」」
「カミコさん、この子たちのことを知っているんですか?」
「えぇ、先代巫女の時から、この子たちとは仲良くしているの。二人とも良い子よ」

 確かに、良い子なのは間違いない。

「ねぇ、カミコ姉ちゃん。舞花姉ちゃんは新しい巫女さんにならないの?」
「舞花自身が決めていないから、まだ分からないわね」
「そうなんだ…」
「てっきり、新しい巫女さんだと思ってた…」

 私が新しい巫女でないことを知った二人は、とても残念そうにする。この子たちがそんな顔をすると、物凄く罪悪感なるものを感じてしまった。

「二人とも、舞花にちゃんと挨拶した?」
「うんっ!」
「舞花お姉ちゃん、すごく良い人だよ!」
「えらいえらい、よしよし。舞花、知っていると思うけど、この子たちはクロとシロ。先代巫女の時から神社の手伝いをしているわ」
「ねぇねぇ、カミコ姉ちゃん」
「なに?」
「舞花姉ちゃんからね、とっても綺麗な音が聞こえるんだ。それでね、それでね…」

 クロが嬉しそうに話をするが、そんなクロの服の袖をシロが遠慮しがちに引っ張った。

「ねぇクロ。まださっきのお仕事終わってないよ」
「いけない、早くしないと。じゃあまたね、カミコ姉ちゃん、舞花姉ちゃん!」

 二人はそう言って、拝殿の中へと戻っていった。

 先ほどから気になっていたが、クロの聞こえる音とは一体何のことなのか。辺りが静かになっても、私には何も聞こえないが。

「カミコさん。クロちゃん、音が聞こえるって言ってましたけど…」
「クロはその人の心の特徴を音として聴くことができるの。つまり、音が綺麗なら心が綺麗ってことなのよ?」

 どうやって心を音として感じるかは分からないが…。

 でも、心が綺麗と言われて嫌な気分はしない。

「神社はさっきの拝殿と、この正殿が主な造りになっているわ。ここが正殿で、大御神様が祀られているわ。さてと、今日はこのくらいにしましょう」
「分かりました」

 カミコさんの後に続き神社を出ると、空は夕焼けに染まりつつあった。

 夕焼けを楽しみながら、私は巫女の仕事について考えていた。

 私は、気持ちの整理がついたら巫女の仕事を引き受けようと思っている。

 記憶なし、家なし、仕事なし。

 私に断るという選択肢はなかった。何よりも、ここまで親切にしてくれたカミコさんに恩を返したい。

「舞花、早くしないと置いていくわよ」
「あっ、はいっ」
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