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4章

5話目 中編 研究の継続

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 突然のお礼の言葉に聞き返した。
 心当たりがあるとしたら昨日助けたことだが、あの時は意識が朦朧としていて俺が助けたとはわからなかったはずだ。だから俺はとぼけておく。

「魔物に襲われて諦めかけた時、あなたが説いてくれた友人がどんなものかについてを話してくれたことを思い出してワタクシは奮い立てました」

 ……そっち?
 たしかに話したけれども……そんな重要な内容じゃなかった気がするんだが。

「俺は特別なことは言ってないぞ?」
「いいえ、ワタクシにとっては特別なものになりました。もしあの時諦めていれば誰かが……もしくは全滅していたことでしょう。だからあなたのおかげでしてよ」

 そう言って俺の顔を見るアリアの表情は、思わず顔が赤くなってしまうほど穏やかで綺麗な笑みを浮かべていた。

「……おう」
「それだけですか?」

 顔を逸らして短く返事をした俺をクスッと笑うアリア。
 俺が気の利いた返しをするとでも思っていたら大間違いだぞ。

「それから昨日の恩はちゃんと返させていただきますから」
「あぁん?だからなんであんなどうでもいい屁理屈一つでそこまで……」
「そちらではなく、その後のことですわ」

 その後……?と何のことか考え、すぐに理解した。
 まさか……

「お前、あの時意識が……!?」
「ふふっ、殿方からのファーストキスが首筋というのはあまり聞いたことがありませんが、今も思い出すとあれも中々胸踊りますわね♪」

 うわぁぁぁぁっ!?
 意識が朦朧としてるから大丈夫だろうって油断してたらこのザマかよぉぉぉぉ!!
 あまりの恥ずかしさに俺は崩れるようにして手と膝を地面に付いて沈んだ。

「首筋にキスって……おみゃーは一体何やってる二か……」

 後ろでレチアも呆れた様子で俺を見下している。
 くそぅ、俺はそっちの業界の人間じゃないから、こんなシュチュエーションは全然ご褒美じゃないんだからね!
 すると沈んでる俺の目の前に封がされた手紙のようなものが落とされた。

「もしその住所の近くに寄ることがあれば顔を出してくださる?命を助けていただいたお礼ということで、おもてなしして差し上げますわ。その時には……あの魔物を一瞬で消し去った技のこともぜひ聞かせていただきますわ」

 アリアはそう言ってフッと笑う。アレも見られてたのかよ……

「ではご機嫌よう」

 俺は沈んだ体勢から座り直し、アリアの背中を見送る。
 周囲からは嫉妬や嫌悪が混じった女性からの視線を受けながらも、彼女は臆することなく堂々と去って行ってしまった。
 なんだろう、潔くて凄く格好良く見えてしまうのだが。
 というか、女子はいいだろうが男子諸君はあの美女軍団がいなくなったのだと知ったら、相当ショックを受けてやる気が無くなるんじゃないかと思う。
 まぁ、俺には関係ない話だな。
 俺はその手紙の中身も確認せず、フィッカーの中へ入れて立ち上がり、掲示板の依頼を改めて確認した。
 ……あっ、そういえばそろそろ給料貰えるんじゃね?
 まさか今月働いた分は来月に支払われるとか言わないよな……明日にでも確認するか。

――――

「うす」

 翌朝、チェスターの研究所に顔を出すついでに報酬を貰おうと思い、軽い挨拶をして彼らがいるであろうその部屋の扉を開けた。
 すると部屋にはいつもの面子であるチェスターとメリー以外に、もう一人誰かがいた。

「どうしても交渉に応じないつもりか?」
「応じるも応じないも、元々そのつもりで私を追い出したのだろう?」

 短い黒髪の三十路後半辺りの外見をした男がチェスターと何か言い合っていた。
 まだ二人とも俺の存在に気付いていない様子だったので、メリーのところに行って事情を聞こうとする。
 とはいえ、メリーもこの状況が苦手らしく、机に突っ伏してやり過ごそうとしていた。

「おい」
「っ!?」

 大きな声を出してはない。むしろ小さめに声をかけたつもりだったのだが、メリーは体を大きく弾ませて恐る恐るこっちに振り向いた。
 「なんで自分に話しかけるの?」とでも言いたげな迷惑そうな表情をしている。
 ……こいつはアレだな。ここまで酷くはないけど、昔の俺と重なるところがある。
 面倒事から逃げたい時はこいつのように机に伏して寝たフリをしていた。
 それでも逃げられない時は逃げられない。つまりそれが今だ。

「あ……ヤタ……」

 しかしメリーはなぜか俺を見るとホッと安堵した表情になる。それがちょっと可愛いと思えてしまったりして。
 やっぱり元の顔が整ってると多少クマやソバカスがあったとしてもブサイクに見えるほどマイナスにはならないからズルいよなぁ……

「あいつは?初めて見る顔だけど」

 むしろこの研究所でこの親子以外とライアンさん以外の顔は見たことないけど。

「わ、私もあまり知らないけど……パパの昔の同僚とか?」
「同僚ね……」

 見る限り良い関係ではないように感じるけどな。

「こんなところの限られた設備じゃ限界があるだろ?こっちに戻ってくれば設備もしっかりしてるし、給金だってここよりいい!悪くない話だろ?」
「あのねぇ……この際はっきり言わせてもらいますよぉ?私は静かに研究ができればそれでいいですし、ここの給金だけでも十分に暮らしていける額を貰っています。それ以上貰ったところで使い道などありませんし……何より」

 チェスターはそこで言葉を区切ると、一瞬だけ俺たち、もっと言えばメリーを一瞥した後に視線を戻し、初めて見る嫌味ったらしい笑みを浮かべた。

「設備に頼るだけの人たちと低レベルな研究をするなど鳥肌が立ちます」
「っ……なんっ、だと……!?」

 チェスターの挑発に相手の男は青筋を浮かべるほど激昂していた。
 おいおいやめろよ、俺たちみたいなコミュ障な人種はそういう修羅場的な場面に立ち会うと萎縮しちまうんだから。ほら、メリーが怖がって携帯のバイブみたいに震えてんじゃねえか。
 俺は社会に出てからもう怒られ慣れてるから、こういう場面でも嫌な気分になるだけで済んでるけどな。嫌な長所だね。
 少しでもメリーの気を紛れさせてやろうと、彼女の頭に手を置いて撫でる。
 彼女は驚いた表情でこっちを見るが、嫌がる様子もなく撫でる手を受け入れ、震えが止まっていた。
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