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1章

1話目 中編 腐りかけの勇気

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――キィィィィ……

「ひっ!?」

 虫か動物かわからない声が周囲に響く。
 なんだこれ?なんだこれ?なんだこれ!?
 あまりにも変化し過ぎた光景に恐怖を覚え、足がガクガクと震えて動くこともできず、声を出すこともできない。
 夢……夢だよな……?

「そうだ、夢に違いない……俺は会社から帰って疲れてそのまま寝たんだ……じゃなきゃ、こんなこと……」

 ようやく口にできたのは現実逃避する言葉だった。
 頭が真っ白だった。
 これからどうするなんて考える余裕すらない。
 クソッ、落ち着け!……落ち着け。
 自分に言い聞かせて心を落ち着かせる。
 そうだ、状況は違うが似たようなことなんて前にもあったじゃないか。
 学生の時、体育倉庫に悪戯で閉じ込められ鍵をかけられたことが。
 あの時はどうした?恐怖で心が押し潰されそうになった時、そんな時は……

「……ふぅ」

 過呼吸寸前だった呼吸を整え、心を落ち着かせる。そして見えない暗闇の先を見据えた。
 相変わらずハッキリとまでは見えないが、思考を放棄するよりは周囲の状況が見えてくる。
 一見ただの獣道に見えるが、ちゃんと見ると茂みが避けられてて道ができている場所があった。

「行くか。行って……それから考えよう」

 この先が地獄でないことを祈りながらその道を歩き出す。

「まるで山道みたいだけど、急な斜面がないってことはどこかの密林か?」

 歩き出してから二十分くらい歩いたところで、ふとそんなことを呟いた。
 恐怖もほとんどなくなる程度に落ち着き、暗闇に目が慣れてきて少し先が見渡せるようになってきたが、見える先全てが木々ばかりで民家の「み」の字も見えない状態が続いている。
 どこの樹海だよと思うくらい人が手を付けた痕跡が見当たらないし、これだけ歩いて動物や虫がいないのも不思議だ。

「はは、まさか本当に異世界だったりしてな……」

 さっきまで猫に話しかけていた時の自分の言葉を思い出す。
 異世界転生にはトラックに引かれたり過労死などで死に、剣や魔法がある全く別世界に行ってしまうというものであるが、まさか俺にもそれと同じ現象が……?
 おいおい、俺は中二病をとっくの昔に卒業したいい歳のおっさんだぞ?こんな絶望的な状況でときめくようなお花畑な頭は持ってない……とはいえ、この不可解な状況をそれ以外にどう説明したものか……
 というか、俺にドロップキックかましてくれたあの黒猫。俺がここに飛ばされたことと関係あるのか?
 ……うん、考えれば考えるほど疑問が増えるだけだな。

 「他に可能性があるとしたら、ホラー展開か?この世とあの世の中間を彷徨さまよってる……なーんて――」

 民家どころか人気ひとけがない樹海らしき森、動物も虫も見かけない違和感、歩けど歩けど変わらない風景。
 状況的にはそっちの方が濃厚なんじゃ……

「……異世界だったらワクワクしちゃうよな!」

 嫌な考えが次々と浮かび背筋にゾクリと悪寒を感じてしまい、誤魔化すためにわざと大きな声を張り上げてしまう。
 今なら熊に出会ってもホッとしてしまいそう。
 そんな現実逃避にも似たことを考えていると、あることに気付く。

「……ん?あーあー……なんだ、この声?」

 さっきまで恐怖や焦りでそれどころではなかったから気付かなかったが、自分の声に違和感を感じた。
 いつも出してる声と違う。もっと正確に言うなら自分の声に違いないのだが、おっさん声ではなく高校生くらい昔の若い声な気がする。
 手もシワがほとんどなく若々しくて、それがなんだか他人の体を操作してるような感覚だった。

「これじゃあ、本当に異世界転生ものみたいじゃねぇか!?」

 中には若返ったりというのもあるから、そっちの線が濃厚になってきていた。
 よかった!グロとかホラー系じゃなくて本当によかった!
 若干違う方向に両手を上げながら喜んだところで、冷静に自分の状況を客観的に考えようと思う。

「さて、知らない場所に飛ばされた上に若返ったということで、少なくとも異世界へ来たと考えることにするとして、だ……」

 周囲を見渡し、何も無いことを確認する。

「まぁ、だからといってこの状況が好転するわけじゃないんだよなぁ……」

 大きく溜息を吐いて意気消沈してしまう。
 ……いや、待てよ?異世界だというのなら、魔法が使えるのでは?
 そう思った瞬間、胸が高鳴る。
 異世界もののラノベや漫画が好きなだけあって、憧れはあるのだ。

「魔法、か……」

 俺は中二病じゃない。そう、だからこれは検証実験だ。
 そう自分に言い聞かせて右手を前に突き出す。

「ファイアーボール!」

 周囲に俺の叫んだ声が響き渡り、静寂が返ってくる。

「か……火球?」

 恥ずかしくなって声が呟くように小さくしながら口に出す。
 しかしやっぱり魔法的なものは出なくて、目に涙を浮かべて打ちひしがれた俺の姿がそこにあっただけだった。

「夜風が染みるぜ……」

 今までで一番死にたいと心底思ってしまったり。
 ともあれ、不思議な力が出なかったということで一旦自分の中で完結させ、再び歩き出す。
 一応他にも適性みたいなのがあって、火の属性がないだけかもしれないとも考えたけれど、それ以上黒歴史を作る気にはなれなかった。
 すると歩いてしばらくした時だった。

「――――」
「ん?」

 小さな悲鳴らしき声が聞こえてきた。
 人の声……だと思う。
 どうする?見に行ってみるか……というか、それ以外にまず選択肢がないか。
 もし人だったら、この樹海みたいなところから脱出できるかもしれないし。
 しかし聞いたのが悲鳴ということで、辺りを警戒しながら悲鳴が聞こえた方向はと歩くことにした。
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