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3章

4話目 前編 見回り

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「ひっさしぶりの冒険にゃ~!」
「アウア~!」

 レチアが両手を上に広げて叫ぶように言った。
 イクナも一緒になって同じことをする。
 今日はチェスターのところで検査を受けた後、連合の依頼を受けて町から出ている。

「そんなに久しぶりか?あの町に来てから二週間程度だろ」

 肩に黒猫を乗せた俺がそう言うと、レチアは後ろへ振り返って睨んできた。

「二週間『程度』!?『も』の間違いじゃにゃーか?なんでそんな言い方ができるにゃ!」

 めっちゃ怒られた。

「何をそんなにイライラしてるんだ?」
「イライラもするにゃ!いくら冒険者の依頼にあるからって、毎日雑用雑用雑用……ストレスが溜まるにゃ!もしストレスで禿げたらヤタに責任取ってもらうにゃ!」

 一瞬、本当にツルッパゲになったレチアを思い浮かべてしまい、吹き出してしまった。

「何を笑ってるにゃ……?」

 レチアの血管が浮かんだブチ切れ寸前の顔を見て一気に冷静になった。
 マジでキレる五秒前。超怖い。

「ごめんなさい」
「素直でよろしい」

 頭を九十度に下げて謝る俺に、フンスと鼻を鳴らしてふんぞり返るレチア。間を空けて「にゃ」と語尾を付け足す。

「全く……ヤタはそんなんだから今まで他人と上手くやれにゃかったんじゃにゃいか?」
「ハッ、むしろ誰も俺と関わろうとしなかったからこんな性格になっちまったんだろうよ。つまり俺が悪いんじゃない、世間が悪いんだ」
「まーたよくわからない屁理屈言ってるにゃ」

 レチアは若干呆れていたが、口元は緩んで笑っているように見えた。

「ところで今回受けた依頼はなんなんだ?」

 俺たちの話に飽きて蝶々を追いかけ回し始めているイクナを見ながらレチアに聞いた。
 今回の依頼内容はレチアとイクナに任せて受けたものだからだ。

「三種類の薬草採取とゴブリン八体の討伐にゃ」
「また微妙な感じのを取ってきたな……」

 聞いた感じであればそんなに苦ではないかもしれないが、まずゴブリンを見つけるのが大変だ。
 ゴブリンの生息地域はまばらで偏っていない。
 ゲームのように決められたステージがあるわけでもない。
 だから遭遇するかどうかは運であり、その日に終わらせることもできれば最悪数日間全く出会わないなんて場合もあるのだ。

「ゴブリンの方は報酬もちょっとよかったにゃ!それに見つからなくても、保険の依頼がこの採取にゃ。この薬草を探しながらついでにゴブリンを探せばいいにゃ!みんなで頑張るにゃ!」

 レチアが「おー!」と言うと蝶々を追いかけていたイクナもそれに気が付いて「アー!」と同じことをする。
 まるで姉妹みたいな光景を見た俺は、口角が自然と上がるのを感じていた。
 ――ザクッ!

「ん?」

 すると背中に何やら衝撃を感じる。
 後ろを振り向くと緑色の人型をした魔物が俺の背中に短剣を突き刺していた。
 ゴブリンだ。

「ギギッ!……ギ?」

 ゴブリンは困惑していた。
 普通なら叫ぶなりなんなり悲鳴を上げるようなダメージを与えているはずなのに、その俺がノーリアクションだったから。
 それにそんなに隙だらけだと……

「反撃しちまうぞっと」
「ギッ!?」

 ブスリとゴブリンの喉を突き刺す。
 肉をナイフで突き刺す感覚、やっぱり慣れない。
 でも戦闘時になると感情が異様なほどに落ち着く。アナさんからのお知らせがなくても勝手にやってくれるみたいだ。
 喉を刺されたゴブリンは体全体をビクビクと震わせた後、絶命した。

「大丈夫にゃ!?」
「ああ、問題ない――」

 そう言いながら背中に刺さった短剣を抜こうとするが、手が届かない。問題あったわ。

「――ごめん、抜いて……」
「……格好が付かないにゃ」

 レチアが呆れながら背中から短剣を抜いてくれる。
 その背中でぐじゅぐじゅと何かが蠢く音がする。

「……傷と服が元に戻ったにゃ。ズルいにゃ、その力」
「こんなのがいいのかよ?」

 この不死身の力はたしかに強いかもしれないけれど、もし人目につくことがあれば化け物呼ばわりされ、その町に居られなくなるのだからあまり良いものではないのに。

「いいに決まってるにゃ!だって服も元に戻るにゃよ?そんなの誰だって羨ましいに決まってるじゃにゃーか!」
「……服?」

 俺が思っていたのとちょっと論点がズレてる気がした。
 まぁでも、たしかに破れた服が直るってのは嬉しいだろうな。特にこういう冒険者職をやってる人からすれば喉から手が出るほど欲しいと思う。
 もしそれがなく、漫画のような全身吹き飛ばす攻撃でも食らえば全裸で元に戻るってことだろ?
 悪夢でしかねぇ……

「ともかく、これでゴブリン一体だな」
「幸先がいいにゃ!」
「ニャーニャー!」

 イクナがゴブリンを解体し始めようとするイクナの語尾を真似し、それが微笑ましてくて笑ってしまう。
 ここ数日で少しだけだが、イクナの言葉遣いが変わってきている。
 前は獣のように唸ることしかできなかったイクナも、今のように誰かの言葉の一部を真似して発音しようとしているのだ。
 今でこそ言葉を話せないイクナだが、元々人間だったのならばまた話せるようになる可能性は十分にある。
 今の彼女は言葉を思い出そうとしているのか、もしくは新しく覚えようとしているのだろう。
 それがなぜだか嬉しく思えてくる。
 子を持つ親っていうのはこういう気持ちなんだろうか?
 ……子供どころか相手すらいない俺がその気持ちを理解するなんて、多分死ぬまで永遠にないだろうな。
 そう思った時に一瞬、チェスターとメリー親子の顔が頭に浮かんだ。
 ……いくら飢えてても、それはねぇな。
 悲しい気持ちから一転、スンッとして冷静になれた。
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