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2章

5話目 後編 亜種

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 この男を配下に?どゆこと?
 この男っていうのは、ウィンドウ画面の下部分が今死んでいるリンネスを直接指し示しているのでわかるが、配下って何?
 文字的に奴隷的な意味なんじゃないかと何となくわかるが、でも配下って……ん?まさか……いやでも……
 もしかしたらという考えを思い付き、《はい》のボタンを触ってみる。
 するとピコッとゲームなどでありそうな効果音が聞こえ、画面が消える。
 それからしばらく待っていたが、何も起きない。
 あれ、失敗?

 「なんなんだよ、期待させやがって……」

 もしかしたらゾンビとして蘇らせて使役できるようになるんじゃかいかと思ったが、違ったようだ。
 じゃあ、あの選択肢は結局なんなんだと言いたくなるけども。
 期待外れな結果に呆れながら、檻の鍵を持ってイクナの方へ向かおうと立ち上がって歩き出す。
 すると背後で何かが動く気配がした。

「キャーッ!?」

 同時に女の人の大きな悲鳴も聞こえてきた。
 正面にいるララとイクナが驚いた表情で俺を……いや、俺の後ろを見ていた。
 俺もつられて振り返ると、そこには死んだはずのリンネスが青白い肌色をしながら立っている。
 腐った肌に生気の無い目、その姿は本当に映画のスクリーンからそのまま出てきたようなゾンビそのものだった。

「うおぉぉぉぉっ!?」

 そんなものを見てしまった俺は思わず腰を抜かし、その場で尻もちを突いてしまった。
 本当に死体が動いてるって……マジかよ!?
 そして俺が驚いたことで、女の人たちがスイッチが入ったように全員が悲鳴をあげて混乱する。
 しかしゾンビが動く気配はなく、ただ立っているだけに見えた。
 あー……やっぱそういうことか。
 今こいつは「俺の配下」なんだ。だから俺の指示待ちなんだろう。
 だから俺はそいつに近付く。

「ヤ、タぁ……!」

 俺が戦いを挑むのだと勘違いしたレチアが俺に制止の声をかけてくる。ララの方は俺が死なないことを知ってるから、あまり心配してないように見えるけど。
 ゾンビの目の前に立った俺だが、やはり襲ってくる様子もない。

「しゃがめ」

 俺が威圧的に一言そう言うと、ゾンビはその場でしゃがむ。

「立て」

 立ち上がる。

「ジャンプしろ」

 そして最後の指示には直立で一メートル以上飛び跳ねた。
 最後のはゾンビというには若干滑稽で違和感を覚えるが、そういう細かいのを抜きにすれば命令を聞いてくれる奴の出来上がり、というわけだ。
 ララたちを含め、さっきまで混乱して騒いでいた女性全員が、唖然とした顔で俺に注目している。
 悪人を倒したからかな?あまり見られると恥ずかしいんだけど……

「魔物に命令してる……?」
「ば、化け物……!?」
「きっとあの目で見られたら、さっきの人みたいになってしまうんだわ……!」

 ……うん、絶対ヒーローとか救世主を称えるような会話内容じゃないし、物凄く怯えた目をしてるね。
 少しでも幻想を抱いた俺がバカだった。

「おい、なんだこれは!」

 すると蔵に向かったはずのボスが戻ってきてしまった。
 またピンチになっちまったか……いや、幸い他に連れてない。チャンスは今か……

「あの男を襲え」
「グゥゥゥゥ……!」

 俺の指示に今まで人形のように動くだけだったゾンビが唸り始め、ボスの男の方へ振り向く。

「そのローブ……何やってんだリンネス?」

 ゾンビの顔を見た男は最初狼狽えるが、見覚えのあるローブを見て誰かかを判断したようだ。そして訝しげな表情を浮かべる。

「……おい、いつもなら笑ってるかもしれねぇが、今はてめぇの酔狂に付き合ってる暇はねえぞ?蔵を滅茶苦茶にした奴を探さねえといけねぇんだからよ。それになんでさっき捕まえたガキ二人が自由になってんだよ?それもお前がいつも使う奇跡とかで何かしてんのか?まぁ、なんでもいいけどよ、それより――」

 俺がゾンビ化させた男を完全にいつもの状態だと思い込んでいるらしく、普通に話しかけるボスの男。
 しかしその話しかけている相手は、すでに絶命した死体。ゾンビである。

「ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ッ!」

 リンネスはもう自分が人間でないことを知らせるかのように低い声をあげながら、ボスとの距離を素早く詰めていった。
 そういえばちょっと前に誰かがああいう魔物の名前を言ってたな。
 たしか「リビングデッド」だったか。

「な……てめぇ、なにしやがる!俺は仲間だろうが!」
「ヴア゙ア゙ア゙ア゙ア゙……!」
「いつもスカしてる奴がこんなことしやがって……何の冗談だ!?」

 ボスは押し返そうと抵抗するが、それ以上の力を持っているのか中々押し戻せない様子だった。今がチャンスか。
 俺はすぐにララたちの方へ駆け出し、イクナの檻を開けた。

「ガゥアッ!」

 開放されたイクナはすぐに嬉しそうに俺に抱き着いてくる。

「おっとっと……うし、逃げるぞ、ララ!」

 急いでいた俺はイクナの行動をあまり気にせず、痺れがなくなって立っていたララの手を引いた。
 しかしなぜか動こうとしない。

「ララ?」

 言葉を発せないララの意図を探ろうと視線の先を見る。
 そこには悪党のボスが魔物に襲われている光景を、萎縮して眺めているだけの女性たちが固まっていた。

「彼女たちも一緒に逃げよう、ってか?」

 そう言うとララは視線を動かさないまま頷く。たしかにここで見捨てて死なれでもされたら後味が悪いしな……しょうがない。

「おい」
「ひっ!?」

 イクナを抱えたまま俺は女性たちに声をかける。
 怯えられたけど想定内だから気にしない。それが現在進行形で襲ってるゾンビに対してなのか、俺と目を合わせたことに対してだったとしても。

「あなた、さっきの……」
「何よ……あたしたちもさっきの男みたいに、魔物に変えようっての!?」
「やだ、やだよぅ……まだ死にたくないよぅ……!」
「か弱い女にまで手を上げようっての?下衆!鬼畜!あんな化け物の姿にされるくらいだったら、今舌を噛んで死んだ方がマシよ!」

 誤解されたり泣かれたり鬼畜呼ばわりされたり、散々である。

「おみゃーたちも早く逃げるにゃ!」

 すると、同じく痺れが切れていたらしいレチアが助け舟を出してくれた。
 だが、女性たちがレチアを見る目はあまり良くないものに感じた。

「何よ今更……あんたが手引きしたから私たちが「こう」なってるんじゃない!わかってんの!?」

 強気な女性が噛み付くような目付きでレチアを睨み、キツい言い方をする。
 何となく予想はしてたが、やっぱりこの誘拐にレチアが一枚噛んでいたか……いや、今はこいつを責めるよりももっとやるべきことがあるだろうに。

「そんな話は後にしてくれ。まずはここからの脱出が優先だ。あんたらも来てくれ」
「なんで人殺しのあんたの言うことなんか聞かなきゃいけないの?」

 躊躇無しの辛辣な一言が胸に刺さる。
 ……俺だって、好きで人を殺したわけじゃないんだが……他の奴から見たら同じってわけか。そりゃそうだよな……

「わかった、好きにしろ」
「……え?」
「好きにしろと言ったんだ。俺たちはここから出る。この誘いを断るんなら強制はしない」

 突き放すことを言って立ち上がろうとすると、不服そうな表情をしたララが俺の服の袖を掴んでいた。
 その顔から察するに、「見捨てるな」とでも言いたげだった。
 だが俺はその手を振り払う。

「いい加減にしろ。救ってほしくない奴のことまで面倒を見るなんてごめんだぞ、俺は」
「っ……」

 ララは俺に対する怒りで顔を歪ませる。

「俺もララも、夢物語に出てくるような英雄じゃない。誰かを助ける、助けてやれるなんて思い上がるな。助けが欲しいなら最低限手を伸ばすが、そうじゃないなら切り捨てる。それはララ、お前もだ」

 そう言い放った瞬間、ララの顔は怒りのものから間の抜けた素っ頓狂なものへと変わった。

「もしそれ以上、そいつらを説得してでも連れて行きたいって言うんなら、ここでお別れだ」

 ララはしばらく固まり、言葉の意味を徐々に理解したのか、悲しみながら怒っているような複雑な顔になっていく。器用だな。
 すると今度は強気な女性が俺とララの間に入って、俺にビンタしようとする。寸前で俺に抱っこされていたイクナがそれを受け止めるが。

「あんた……何様のつもりさ!この子はあんたの仲間じゃないの?なのに見捨てるって……どれだけ最低な野郎なのさ!?」

 自分が庇われるとは思ってなかったララは目を丸くして彼女を見つめる。
 なんだかややこしいことになってきたな……

「一丁前に仲介役のつもりか?そもそもこんな話になってるのは、お前らが頭の悪い妄想癖を全開にしてるからだろ?」
「なっ――」
「いいか、あと一回だけだ!これ以上は言わないぞ?ここから俺たちと逃げるか……もしくはあの魔物と一緒にここへ残るかだ!」

 虐げられることには慣れていたが、状況判断すらできずに騒がれたことへの苛立ちを少なからず覚えていた俺は、つい強めに言ってしまっていた。
 そのせいか、弱気な少女が肩を跳ねらせて涙目になってしまい、嗚咽を漏らし始める。
 これで即答で決断できなければ、今度こそこいつらを置いていく。そのつもりだった。

「……行きます」

 そう思っていると、意外にも普通の外見をした女性がそう答えた。

「いくら不遇な状況で憔悴してしまっていたとはいえ、先程の根拠の無い暴言をお許しください」
「あんた……」

 強気な女性は面を食らった顔をして彼女を見る。
 その人は大人しそうな外見だったため、強気なこの女性が全て決めるのだと思ってたから、俺も少し驚いてしまった。

「許す許さないなんてどうでもいいだろ。行くならさっさと行くぞ、他の奴らまで帰ってきたらもう手に負えなくなる」
「……ねぇ、それって僕も行っていいのかにゃ?」

 ようやく説得が終わったかと思えば、次はレチアがそんなことを言い出した。

「そんなの、言わなくてもわかるだろ」

 言葉足らずに言うと、レチアはあからさまに耳を垂らして肩を落とし、落ち込んだ様子になってしまう。え、なんで?
 もう一言付け加えないとダメか……

「早く行くぞ」

 数秒で考えた一言。
 しかしその一言でレチアは耳をピンッと立たせ、目を光らせた。
 さっさとここから離れたい一心で歩き始めると、後ろから元気の良い返事が聞こえてきた。

「……うん!」
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