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出て行くまでにやること
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☆★☆★
~ヴェルネ視点~
今日も今日とて忙しない一日を終えたあたしは息抜きに外へと足を運んでいた。
息抜き……うん、息抜き。もうあたしは領主としての立場にはおらず、ただ一人の小娘となってしまっていた。
でもそれを悔んだり、ましてや誰かを恨んだりなんてしていない。強いて言えば母が残したこの屋敷を手放さなければいけないのは少し心残りだけど……
「ふぅ……ん?」
ふと静かな雰囲気の中、誰かの声が聞こえた。
耳を澄ませてみると「ふんっ!はっ!」と気合の入った女性のハスキーな声。聞いたことのない声にあたしの体は強張り、緊張が高まった。
まさかまた人間が……?という考えが頭を過ぎる。不審者らしき相手がいる方向へと向かう。
ゆっくりと……そして敵だった時のために手に魔法を発動、ストックさせていつでも強力なものを即ぶち込められるように準備しておく。
そしてその声がする方向にいたのは――
「すぅ……ハァッ‼」
高身長の筋肉量が凄まじい人間っぽい女が何もない場所で拳を振るっていた。え、誰?うちで何やってんの?
不審者っちゃ不審者だけど、予想の斜め上を行く人物とその行動にあたしは呆気に取られていた。
知らない人が家にいる……だけなら敵の可能性が高いと判断して攻撃を仕掛けられるけど、なんでカズたちがやってる「修行」みたいなことしてるの?別のベクトルで怖いんだけど……
「……ん?修行?」
……人間が修行じみたことをしてる光景にある考えが過ぎる。カズの関係者なんじゃないか、と。それに敵っぽい奴がこんな近くでこんな奇行してたらカズが真っ先に来ててもおかしくないし……
というか、いつもここにいたディールはどうしたの……?
「どうしたのヴェルネ?」
「うわっ⁉」
結構離れた場所から見ていたのにバレた……⁉
「……って、なんであたしの名前?」
「なんでって……あぁ、自分ディール」
「……へ?」
自分を指差してそう名乗り、二ッと口を開いて笑い鮫のような歯を見せ付けてくるのを見て「あぁ」と納得する。
納得はしたけど……理解ができない。アレって元々はただのデク人形よね?ちょくちょく変わってたのは知ってたけど、なんで見た目が完全に人間の姿になってんのよ……
「どんどん人間に近付いてるとは思ってたけどついに人間になったのね……人間なのよね?」
「人間になった……はちょっと違うと思う。進化とかじゃなくてただ見た目が変わっただけだから。やろうと思えば――」
彼女が見本を見せると言わんばかりに片手を突然膨張させるように変形させ、竜を連想させられるような巨大な腕へと変わり、すぐに元に戻る。
「――こんな感じで色んな形に作り変えられる。やろうと思えば獣人や魔族にもなれる。ジークから貰ったアイテム凄く便利」
そう言いながら獣人のように獣耳を付けたり魔族っぽく目を黒くしたりと姿を変えるディール。魔族の姿はいいとして、高身長の筋肉マッチョに獣耳が付いてる姿は中々マニアックだった。
「……いっそ全部合わせれば凄いことになりそうね」
「こんな感じ?」
ディールはあたしが言ったことを真に受けて姿を変化させた。
獣人のネコ科の獣の耳と尻尾、魔族の黒目、両手両足を魔物のような強固そうな黒い鱗で覆われたものにさせ、さらに背中からは翼を生やした。
うーん……これなら割と形になってるかも?というか多分ちょっとヤトが体の一部を竜化させた時に似てるからそう思うのよね。
「そこまでできるならヤトと同じ竜にもなれそうね?」
「できるかわからないけどやってみる?」
「やめて。やってできちゃったらこの辺りの草木とか家の壁が絶対壊れるだろうし、そんな巨大なものを町の人たちにでも見られたらパニックになっちゃうじゃない」
「……クックック」
どこに笑いどころがあったのかディールが陰湿な笑い方をする。
「何が面白いのよ……」
「いや、もし自分が竜の姿になれて、また人間たちが襲ってきたりした時にカズとヤトと自分の三人全員で竜化してみたらどんな反応されるんだろうなって想像しちゃった」
ディールの発案にあたしもついそんな場面を想像し、人間たちが絶望する光景を思い浮かべてしまう。あぁ、そうなったら気の毒かもね……って、襲ってきた奴ら相手に気の毒とか思っちゃうとか、いつからそんなお人好しになったんだか。
「そういえば人間が攻めてきたあの時、あなたは何してたの?」
「あの時?何も……人前に出ると混乱させるからって言われたからちゃんと留守番してたよ」
あー……そういえば以前の姿を見た時にそんなことを言った覚えもあるような……
まぁ、前の魔物みたいな禍々しい姿を見てしまったらそりゃ言っちゃうだろうし、自分たちの状況が悪くなった時だけ手を貸してくれ、だなんて都合の良いこと言えないわよね。そこで責めるのは筋違いってもの。
でもねぇ……もしあの時にコイツがいたら状況はどうなっていたんだろうって想像しちゃう。って、アレはあたし自身の不甲斐無さでしかないから、そんな期待をしてしまうんだろうけど。
「なら、今度からこの町が……いえ――」
「この町が危機に陥った時に」と口にしようとしたけれど、領主の立場を追われた今そんなことを言えば彼女を置いていくことを意味してしまう。
元はデク人形のコイツに命令してしまえば素直に聞いてしまいそうで怖い。
だったら今彼女にかけられる適切な言葉は……
「もし今のあんたに心ってのがあるなら、誰かが困ってたらあんたの判断でできるだけ助けてやりなさい」
「心……自分の判断で?」
困った表情をして首を傾げるディールにあたしは頷く。
「正直、人間たちが攻めてきた時にあんたがいてくれたら、なんて言ってもしょうがないことを思っちゃったりしちゃうくらいあんたは強いのよ。だからあんたの力に助けてもらいたい奴もいれば、利用しようと近付く輩はいくらでもいるわ。それをあんた自身が判断するの」
「でもそれで間違えちゃったら?人形だった自分は今まで色んな人間を見てきたけど、結局そういうのわからなかった。ただ楽しそうにしてたり怒って喧嘩してたりしてて賑やかだと思ったことはあっても、その善悪は全然わからなかった」
「それもこれから知っていくのよ。あなたが『道具として』のデク人形でなくなった以上、持ち主の意思に全て任せるわけにはいかないわ。それにこの家からも出て行かなくちゃいけなくなったし、カズたちの荷物になんてなりたくないでしょ?」
そう言うとディールはキョトンとした表情を向けてくる。
「この家から出るの?」
「そ。もうあたしの家じゃなくなるみたい」
「それって……自分はどうすればいいの?」
「だからそれを考えるようにするのよ。あなたは『デク人形』という道具じゃなく『ディール』っていう一人の意志ある人物になったわけだし」
……なんて偉そうに言ってはみたものの、結局これって傍から見たら面倒だから突き放してるようにしか見えないわよね?
そもそもあたしが誰かに何かを言える資格なんてあるのか疑問を抱いてしまう。
「……それでも何をしていいかわからないならカズや他の奴らと行動を共にすればいいと思うわ。そうすれば物事の良し悪し判断を学べるわよ……多分」
よくよく考えるとカズやここにいる奴らってどこか抜けてるっていうか……どっかズレててまともな常識があるとは思えないから心配なのよね。
……いや、もういいか。もうなるようになるって思って何も考えないでおきましょう。
ただでさえ自分のことで精一杯なのに、これ以上他に気を回す余裕なんてないもの……まぁ、カズがいることで最悪の事態は避けられそうだからいいんだけど。
「あ、ヴェルネ」
背後からあたしを呼ぶ声。振り返ると意外そうな表情をしたカズが立っていた。
「『あ、ヴェルネ』じゃない!なんでディールの説明がなかったのよ?おかげで敵かと思って変に構えて緊張しちゃったじゃない!」
「すまんて。本当は夕飯の時にでも紹介しようかと思ったんだがディールは飯食わなくても大丈夫っていうし、どっかで時間作ろうかと思ったんだけどな……」
口を尖らせながらそう言って申し訳なさそうに頭を掻くカズ。反省してないわね、コイツ……
「そもそもジークから姿を変えられるアイテムを貰ったみたいなこと言ってたけど、どうしてこんな姿にしたのよ?」
「そりゃもうこの屋敷にいられないのに前の姿のままで出歩かせるわけにも行かないだろうよ。もちろん置いてくなんて論外だし……っていう話をしてたらジークが良いアイテムがあるってなって、使った結果こうなったってわけだ」
「まぁ、そんなことだろうとは思ったけどさ……で、この姿自体はあんたの趣味なの?」
あたしの問いにカズは「しゅ、趣味?」と戸惑う。ま、流石に違うわよね。
聞くとディールがデク人形だった時にギルドで見た冒険者を参考にしたのだとか。一瞬またカズが女を連れてきたのかと思ったけど……
「なんか若干失礼なこと考えてない?」
「ヴェ……別に⁉」
あたしの考えを見透かしたかのように言うカズに思わず声が裏返ってしまった。そんなにわかりやすい顔でもしてたのだろうか……声が裏返ったのも相まってちょっと恥ずかしくなる。
「ま、何にせよこの子の問題が一つ片付いたのならそれでいいわ。時間に余裕があるわけでもないし……」
ダイス様から聞いた猶予は一週間。それまでにこの屋敷にある必要なものをまとめて逃げなきゃいけない。
……とはいえカズやレトナ様が収納魔法を使えるおかげで荷物をまとめる時間はかなり短縮されるから問題にはならないからいいんだけど。
問題があるとすれば心残りが少しあるくらい。
あたしがいなくなってもこの町がなくなるわけじゃない。代わりとなる代理が来るはず。
その人のために資料を作成して用意しなくちゃいけないし、それにダイス様が派遣してくれるらしいけどその人が本当にこの町の人たちのために仕事してくれるか……といった感じに心配事が尽きない。
……資料の作成、か。
あたしはポケットからスマホを取り出す。
「ねぇ、カズ」
「ん?」
「この便利なスマホって結構なんでもできるのよね?」
「うーん……なんでもって言っても高性能ってだけでできないこともあると思うが……とりあえず何がしたいか言ってみそ?」
カズに領主の仕事を引き継ぐための資料の作成したいことを伝えてみると……なんとも呆気なくたった十分もしないうちに作れた。
まるであたしの悩みがバカバカしいとでも言わんばかりに解決されてしまったのである。
これには流石のカズも「俺の知らない性能ばかりで本当に驚かされるな」と言っていた。表情はあまり驚いてなさそうだったから本当に驚いてるかは知らないけど……
「え、っていうことは……?」
普通ならかなり時間を要するであろう資料の作成を終わらせることができたのなら他にやることは……
「あたしが領主を降りることは情報屋に伝えるとして……終わったわね、やること」
「そうなのか?」
「そうよ。だから……」
しばらく他に何かあるかと考えたが思い浮かばず、別に悪いことでもないのに溜め息が出てしまう。
「……暇ね」
~ヴェルネ視点~
今日も今日とて忙しない一日を終えたあたしは息抜きに外へと足を運んでいた。
息抜き……うん、息抜き。もうあたしは領主としての立場にはおらず、ただ一人の小娘となってしまっていた。
でもそれを悔んだり、ましてや誰かを恨んだりなんてしていない。強いて言えば母が残したこの屋敷を手放さなければいけないのは少し心残りだけど……
「ふぅ……ん?」
ふと静かな雰囲気の中、誰かの声が聞こえた。
耳を澄ませてみると「ふんっ!はっ!」と気合の入った女性のハスキーな声。聞いたことのない声にあたしの体は強張り、緊張が高まった。
まさかまた人間が……?という考えが頭を過ぎる。不審者らしき相手がいる方向へと向かう。
ゆっくりと……そして敵だった時のために手に魔法を発動、ストックさせていつでも強力なものを即ぶち込められるように準備しておく。
そしてその声がする方向にいたのは――
「すぅ……ハァッ‼」
高身長の筋肉量が凄まじい人間っぽい女が何もない場所で拳を振るっていた。え、誰?うちで何やってんの?
不審者っちゃ不審者だけど、予想の斜め上を行く人物とその行動にあたしは呆気に取られていた。
知らない人が家にいる……だけなら敵の可能性が高いと判断して攻撃を仕掛けられるけど、なんでカズたちがやってる「修行」みたいなことしてるの?別のベクトルで怖いんだけど……
「……ん?修行?」
……人間が修行じみたことをしてる光景にある考えが過ぎる。カズの関係者なんじゃないか、と。それに敵っぽい奴がこんな近くでこんな奇行してたらカズが真っ先に来ててもおかしくないし……
というか、いつもここにいたディールはどうしたの……?
「どうしたのヴェルネ?」
「うわっ⁉」
結構離れた場所から見ていたのにバレた……⁉
「……って、なんであたしの名前?」
「なんでって……あぁ、自分ディール」
「……へ?」
自分を指差してそう名乗り、二ッと口を開いて笑い鮫のような歯を見せ付けてくるのを見て「あぁ」と納得する。
納得はしたけど……理解ができない。アレって元々はただのデク人形よね?ちょくちょく変わってたのは知ってたけど、なんで見た目が完全に人間の姿になってんのよ……
「どんどん人間に近付いてるとは思ってたけどついに人間になったのね……人間なのよね?」
「人間になった……はちょっと違うと思う。進化とかじゃなくてただ見た目が変わっただけだから。やろうと思えば――」
彼女が見本を見せると言わんばかりに片手を突然膨張させるように変形させ、竜を連想させられるような巨大な腕へと変わり、すぐに元に戻る。
「――こんな感じで色んな形に作り変えられる。やろうと思えば獣人や魔族にもなれる。ジークから貰ったアイテム凄く便利」
そう言いながら獣人のように獣耳を付けたり魔族っぽく目を黒くしたりと姿を変えるディール。魔族の姿はいいとして、高身長の筋肉マッチョに獣耳が付いてる姿は中々マニアックだった。
「……いっそ全部合わせれば凄いことになりそうね」
「こんな感じ?」
ディールはあたしが言ったことを真に受けて姿を変化させた。
獣人のネコ科の獣の耳と尻尾、魔族の黒目、両手両足を魔物のような強固そうな黒い鱗で覆われたものにさせ、さらに背中からは翼を生やした。
うーん……これなら割と形になってるかも?というか多分ちょっとヤトが体の一部を竜化させた時に似てるからそう思うのよね。
「そこまでできるならヤトと同じ竜にもなれそうね?」
「できるかわからないけどやってみる?」
「やめて。やってできちゃったらこの辺りの草木とか家の壁が絶対壊れるだろうし、そんな巨大なものを町の人たちにでも見られたらパニックになっちゃうじゃない」
「……クックック」
どこに笑いどころがあったのかディールが陰湿な笑い方をする。
「何が面白いのよ……」
「いや、もし自分が竜の姿になれて、また人間たちが襲ってきたりした時にカズとヤトと自分の三人全員で竜化してみたらどんな反応されるんだろうなって想像しちゃった」
ディールの発案にあたしもついそんな場面を想像し、人間たちが絶望する光景を思い浮かべてしまう。あぁ、そうなったら気の毒かもね……って、襲ってきた奴ら相手に気の毒とか思っちゃうとか、いつからそんなお人好しになったんだか。
「そういえば人間が攻めてきたあの時、あなたは何してたの?」
「あの時?何も……人前に出ると混乱させるからって言われたからちゃんと留守番してたよ」
あー……そういえば以前の姿を見た時にそんなことを言った覚えもあるような……
まぁ、前の魔物みたいな禍々しい姿を見てしまったらそりゃ言っちゃうだろうし、自分たちの状況が悪くなった時だけ手を貸してくれ、だなんて都合の良いこと言えないわよね。そこで責めるのは筋違いってもの。
でもねぇ……もしあの時にコイツがいたら状況はどうなっていたんだろうって想像しちゃう。って、アレはあたし自身の不甲斐無さでしかないから、そんな期待をしてしまうんだろうけど。
「なら、今度からこの町が……いえ――」
「この町が危機に陥った時に」と口にしようとしたけれど、領主の立場を追われた今そんなことを言えば彼女を置いていくことを意味してしまう。
元はデク人形のコイツに命令してしまえば素直に聞いてしまいそうで怖い。
だったら今彼女にかけられる適切な言葉は……
「もし今のあんたに心ってのがあるなら、誰かが困ってたらあんたの判断でできるだけ助けてやりなさい」
「心……自分の判断で?」
困った表情をして首を傾げるディールにあたしは頷く。
「正直、人間たちが攻めてきた時にあんたがいてくれたら、なんて言ってもしょうがないことを思っちゃったりしちゃうくらいあんたは強いのよ。だからあんたの力に助けてもらいたい奴もいれば、利用しようと近付く輩はいくらでもいるわ。それをあんた自身が判断するの」
「でもそれで間違えちゃったら?人形だった自分は今まで色んな人間を見てきたけど、結局そういうのわからなかった。ただ楽しそうにしてたり怒って喧嘩してたりしてて賑やかだと思ったことはあっても、その善悪は全然わからなかった」
「それもこれから知っていくのよ。あなたが『道具として』のデク人形でなくなった以上、持ち主の意思に全て任せるわけにはいかないわ。それにこの家からも出て行かなくちゃいけなくなったし、カズたちの荷物になんてなりたくないでしょ?」
そう言うとディールはキョトンとした表情を向けてくる。
「この家から出るの?」
「そ。もうあたしの家じゃなくなるみたい」
「それって……自分はどうすればいいの?」
「だからそれを考えるようにするのよ。あなたは『デク人形』という道具じゃなく『ディール』っていう一人の意志ある人物になったわけだし」
……なんて偉そうに言ってはみたものの、結局これって傍から見たら面倒だから突き放してるようにしか見えないわよね?
そもそもあたしが誰かに何かを言える資格なんてあるのか疑問を抱いてしまう。
「……それでも何をしていいかわからないならカズや他の奴らと行動を共にすればいいと思うわ。そうすれば物事の良し悪し判断を学べるわよ……多分」
よくよく考えるとカズやここにいる奴らってどこか抜けてるっていうか……どっかズレててまともな常識があるとは思えないから心配なのよね。
……いや、もういいか。もうなるようになるって思って何も考えないでおきましょう。
ただでさえ自分のことで精一杯なのに、これ以上他に気を回す余裕なんてないもの……まぁ、カズがいることで最悪の事態は避けられそうだからいいんだけど。
「あ、ヴェルネ」
背後からあたしを呼ぶ声。振り返ると意外そうな表情をしたカズが立っていた。
「『あ、ヴェルネ』じゃない!なんでディールの説明がなかったのよ?おかげで敵かと思って変に構えて緊張しちゃったじゃない!」
「すまんて。本当は夕飯の時にでも紹介しようかと思ったんだがディールは飯食わなくても大丈夫っていうし、どっかで時間作ろうかと思ったんだけどな……」
口を尖らせながらそう言って申し訳なさそうに頭を掻くカズ。反省してないわね、コイツ……
「そもそもジークから姿を変えられるアイテムを貰ったみたいなこと言ってたけど、どうしてこんな姿にしたのよ?」
「そりゃもうこの屋敷にいられないのに前の姿のままで出歩かせるわけにも行かないだろうよ。もちろん置いてくなんて論外だし……っていう話をしてたらジークが良いアイテムがあるってなって、使った結果こうなったってわけだ」
「まぁ、そんなことだろうとは思ったけどさ……で、この姿自体はあんたの趣味なの?」
あたしの問いにカズは「しゅ、趣味?」と戸惑う。ま、流石に違うわよね。
聞くとディールがデク人形だった時にギルドで見た冒険者を参考にしたのだとか。一瞬またカズが女を連れてきたのかと思ったけど……
「なんか若干失礼なこと考えてない?」
「ヴェ……別に⁉」
あたしの考えを見透かしたかのように言うカズに思わず声が裏返ってしまった。そんなにわかりやすい顔でもしてたのだろうか……声が裏返ったのも相まってちょっと恥ずかしくなる。
「ま、何にせよこの子の問題が一つ片付いたのならそれでいいわ。時間に余裕があるわけでもないし……」
ダイス様から聞いた猶予は一週間。それまでにこの屋敷にある必要なものをまとめて逃げなきゃいけない。
……とはいえカズやレトナ様が収納魔法を使えるおかげで荷物をまとめる時間はかなり短縮されるから問題にはならないからいいんだけど。
問題があるとすれば心残りが少しあるくらい。
あたしがいなくなってもこの町がなくなるわけじゃない。代わりとなる代理が来るはず。
その人のために資料を作成して用意しなくちゃいけないし、それにダイス様が派遣してくれるらしいけどその人が本当にこの町の人たちのために仕事してくれるか……といった感じに心配事が尽きない。
……資料の作成、か。
あたしはポケットからスマホを取り出す。
「ねぇ、カズ」
「ん?」
「この便利なスマホって結構なんでもできるのよね?」
「うーん……なんでもって言っても高性能ってだけでできないこともあると思うが……とりあえず何がしたいか言ってみそ?」
カズに領主の仕事を引き継ぐための資料の作成したいことを伝えてみると……なんとも呆気なくたった十分もしないうちに作れた。
まるであたしの悩みがバカバカしいとでも言わんばかりに解決されてしまったのである。
これには流石のカズも「俺の知らない性能ばかりで本当に驚かされるな」と言っていた。表情はあまり驚いてなさそうだったから本当に驚いてるかは知らないけど……
「え、っていうことは……?」
普通ならかなり時間を要するであろう資料の作成を終わらせることができたのなら他にやることは……
「あたしが領主を降りることは情報屋に伝えるとして……終わったわね、やること」
「そうなのか?」
「そうよ。だから……」
しばらく他に何かあるかと考えたが思い浮かばず、別に悪いことでもないのに溜め息が出てしまう。
「……暇ね」
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