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一でもダメージになるなら

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「……まぁまぁ、だったかな」

 激しい戦闘が繰り広げられたと思われる傷だらけの部屋でカズが残念そうにポツリと零す。彼の周囲には無造作に転がる宝箱があり、カズはそれを椅子代わりにして生えていた腕に剣を突き刺していた。
 その生えていた手足が消え、ミミックがただの宝箱となるとカズはやれやれといった感じで立ち上がってそれを開ける。
 中から出てきたいくつかの装備を確認したカズはその部屋を後にし、さらに進む。
 そして間もなくこれまでとは違う雰囲気の扉に行き当たった。

「ボス部屋か?これまたわかりやすい……それに辿り着くのが早かったな」

 カズは当たり前のようにそう言って躊躇なく扉を開いて中へと入る。
 部屋の中はただただ暗闇に包まれており、カズがその中へ数歩前に進むと唯一光を取り入れていた扉さえ閉じてしまい、視界が全く役に立たない闇となった。

「月夜すらない完全な暗闇か。さすがに何も見えないな……」

 そんな状態でも冷静なまま辺りを観察し続け、歩みを止めなかった。
 するとある程度まで歩いたところで突然カズから離れたところで青い火が灯り、それが壁に沿う形で徐々に広がる。
 囲うように増えていく青い炎は全てを照らすとはいかずともその部屋の広さを表し、そしてカズが向かっていた正面に巨大な何かが鎮座していたのがギリギリ視認できる程度の影が確認できた。
 まるで巨大な像のように存在していたその巨大な何かはゆっくりと目を開き、鋭い眼光をカズに向けて動き始める。
 四本の腕がありつつも人に近い体、羊と馬のような二つの頭、胸の中央には縦に開いた大きな口。単純に化け物と呼んでも相違ない姿をした者。

 ――【真王ダヴェメール】

 緑ゲージの上にそのモンスターの名前が表示される。
 それぞれの手には斧、槍、玉、そしてもう一つ……少々形は変わってはいるが、カズが見知った武器が握られていた。

「……まさかここで銃かよ」

 カズの世界では「ソードオフ・ショットガン」と呼ばれている散弾銃に似たもの。
 しかし化け物が動き出し、その中でカズを狙う時に「ピピピ」と機械的な音が鳴り、狙いを定めようとするように赤い線がカズに向けられる。
 時間が経つにつれて銃から断続的に鳴っていた音の感覚が短く早くなり、そして音が途切れた瞬間に銃から眩い光が放たれた。
 光は弾丸のように飛び、カズがいた場所周辺一帯が焼け焦げる。

「実物の銃弾じゃなく光線を飛ばすのか」

 関心しつつ余裕あるカズの声。
 化け物は感情がないのか驚いた様子もなくカズがいるであろう方角へ即座に向き直り、斧と槍を勢いよく振るう。

「ここら辺は『流石』と言うべきだな。たしか……ホーミング性能とかだったか?どんなに相手が素早く真後ろに回り込んでいても的確に場所を把握するゲーム特有のその察知能力、まるで達人と戦ってるみたいだ」

 ゲーム中ではロックオンなどと呼び、煙幕や目くらましでも使わない限り相手や自分のいる場所を自動的に見付ける「ゲームらしい」把握能力。現在カズがいるほとんど暗闇な状況でも彼の姿が見えているかのようにモンスターは確実に攻撃を加えていた。
 普段ゲームをしている者からすれば便利で当たり前な機能となっていたが、それが現実で、さらにそれを敵が使うとなるとこれほど恐ろしい能力はないだろう。
 その後もモンスターの追撃は止まらず、近距離では斧を、中距離では槍を振るい、だからと距離を取れば銃を撃ち玉から火や雷などの魔法を放つ。
 絶え間なく襲う攻撃の中、カズはその全てを掠ることもなく避け、少しずつ斬り付け続けた。
 現在のカズのステータスや装備はゲームを始めた時よりレベルが上がり与えられるダメージも増えていたが、ここで与えられる数値は三~五ほどしかなかった。もちろん一度や二度斬った程度ではモンスターのHPゲージの減り方はほぼ変化が見られないほどの微々たるものでしかない。
 しかしカズの攻撃は素早く、モンスターの攻撃を掻い潜って与える手数は短い時間で十分なダメージを与えられていた。
 HPを少しずつ、確実に減らし続け二分の一まで減らしたところでモンスターの動きがピタリと止まる。

「ダメージゼロ……」

 カズは一瞬「詰んだか?」と考えが浮かぶ。
 ゲームで言う「詰み」とは戦闘に勝つことができない、物語を進めることができないなどいった状態を言う。カズが与えられるダメージが一ならまだしも、もしダメージを全く与えることができないのであれば、彼がどれだけ速く動くことができても意味がなくなってしまう。
 だがカズは「もしかしたら」という考えも同時に存在し、一度動きを止めて様子を見る。
 目の前のモンスター、ダヴェメールの姿がゴキゴキと異様な音を発し変化し始めた。
 骨格自体が変わり、二足歩行から斧と槍を捨て四足歩行となり、もう二本の腕は背中から生えるような形へ変形する。
 そして二つある頭の間の首が大きく裂け、グロテスクな口が表れる。

「あぁ、なるほど。ボス戦によくある第二形態ってやつか」

 カズが思い出したように言う。
 ダヴェメールの変形はその後も続き、頭だった二つの口それぞれからは触手が生え、体に生えていた動物の毛は黒いウロコのようなものへと変わり、ダヴェメールはもうすでに原型を留めていなかった。

「うーん……ゾンビゲームのラスボスに出てきそう感凄いな……っと、変身タイムは終わったか?」

 ダヴェメールの変貌が止まったのを見計らい、カズは手に持っていた剣をそのモンスターに向かって投げ付ける。

 ――1

「ダメージが通るってことは――」

 カズは待ちわびたかのようにニッと悪い笑みを浮かべる。

「――戦闘再開ってことだな?」

 カズはこのゲームを楽しむのはあくまでレトナたちだと考えていたが、彼もまた普段の生活では体験できない自らを制限された状態での戦闘を彼なりに楽しんでいたのだった。
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