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2023 バレンタイン
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「トリックオアトリート!」
ある日の朝、突然ルルアからそんな言葉を聞かされた。
「……いや、時期が全然違うんだが」
「アレ?今日ってお菓子が貰える日って言ってなかったっけ?」
ルルアは何かと勘違いしてる様子だった。ハロウィンなんてとっくに終わってるし、二月であるとしたら……
「あぁ、バレンタインか。ハロウィンと違って普段お世話になってる人たちにチョコレートやお菓子を渡す日だよ。主に女が好きな男に渡してアピールしたりとかな」
簡単にそう説明するとルルアはどこか残念そうだった。
あれ?ルルアだったらこういう恋愛的な話を聞いたら率先して行動すると思ってたけど……意外だな。
彼女のいつもと違う反応の原因を少し考え、シンプルなことに気付いた。お菓子が貰えると思ってただけに期待が外れて拗ねたのか……?
しかも今回は貰うどころか渡す側。自分が買うなり作るなりしなきゃならないというわけなのだが……
表にはあまり出してはいないが不機嫌な様子が窺える。見た目が成長して大人っぽい言動をしていてもこういうところがまだ子供だなぁと思ってしまう。
「……よし、二人で作るか」
「え?」
「言っただろ、普段お世話になってる相手に送るものでもあるって。だったらそれぞれ作ったものを交換しようと思ってな」
一応気を使ってそう言ってみると不機嫌そうな表情から一変、パッと明るい笑顔になる。
「本当⁉ それならいいよ!……あ、それならいっそみんなで作らない?」
機嫌が直るどころか、むしろ気の利いた提案をしてきた。これまた意外だ。
「それがいいかもな。この屋敷にいるヴェルネたちはもちろんだけど、他に誘いたい奴はいるか?」
「んー……とりあえずはフウリかな?」
……今日この短時間で俺は何度ルルアに意外性を見出すのだろうか。まさか彼女の口から出た一人目がいつも邪険にしてるはずのフウリだとは思わなかった。
するとルルアが俺の顔を見ると、考えていたことを見抜いたようにニッと不敵に笑う。
「たしかにアイツのことはそこまで好きじゃないけど、でも嫌いってわけでもないんだよ?ちょっと変態でムカつくだけで、お兄ちゃんのことが好きなのは同じだから」
「え……」
まだ何も言ってないのに、まるでフウリのように俺の考えを読み取ったみたいなことを言うルルア。
「ふふっ、お兄ちゃんが人の言動で感情や嘘を見抜けるように、ルルアもお兄ちゃん限定なら何を考えてるのかがわかるんだよ♪だから――」
そしてなぜかルルアの笑顔から圧を感じるようになる。
「知らない女の人とくっ付いたり浮気なんかしたらすぐにわかっちゃうんだからね?」
「……はい」
なんでバレンタインっていう甘酸っぱい話題だったはずが修羅場みたいになってるんだろう……?
おかしいとは思いつつも圧に負けた返答をし、屋敷を出て知り合い数人に声をかけた。
「……で、とりあえず私たちというわけですか」
「いつも通りと言えばいつも通りだな」
俺が誘ったのはミミィとユースティック、それとユースティックの妹のアイラだ。
「今更ですが……わ、私も来て良かったのでしょうか?」
あまり激しくは動けないアイラは車椅子に乗ってユースティックに押されている。ユースティックを誘う際に一緒にいたために一応誘ってみたら「何それ面白そう!私もやってみたい!」と二つ返事が返ってきた。
最初はユースティックも心配で彼女の参加を渋ったが、彼の付き添いと無茶をしないという約束で連れて来ている。今では少し遠慮気味になってこんなことを言ってはいるが、許しを貰えた時の彼女は子供らしく喜んでいた。
「知り合いを呼んでやろうって話になったしな。それに、仲の良い兄妹だったらそういうのはやりたいだろ?」
俺の言葉に答えはしなかったものの、二人とも照れてしまっていた。
家庭によって兄弟の仲の善し悪しは違うが、ここまで仲が良いっていうのも羨ましいと思えるレベルで珍しい気がする。だから見ていて微笑ましいと思えるのだけれど。
「……と、到着。一応ヴェルネやレトナにも誘いたい奴がいれば誘えばいいって言っといたが……」
屋敷の敷地内に入ると待っていたかのように数人の者たちが入り口付近に立っていた。
「あ、おかえりカズ」
「おにーちゃーん!」
俺に気付くヴェルネとルルア。彼女たちの周辺には俺も知ってる顔触れが揃っていた。
フウリとアウタルといういつもの面子から解体屋のレンジ、アクセサリー屋のダート、ギルドのイルとオーナー、それに奴隷商人のフォストまでいた。
「なんだお前ら、今日は全員揃いも揃って店仕舞いか?」
「そんなわけないだろ。ただちょうど今日は非番だっただけだ」
「俺は一時的に店仕舞いはして来たな。どうせ急ぎの注文もなかったし」
レンジとダートがそう言い、視線をオーナーに向けると肩をすくめる。
「私らも似たようなもんさ。手が空いてる時にヴェルネ様に誘われたもんでねぇ……ま、暇潰しさね」
「私は非番だったので本当は食べ歩きでもしようかと思ってたところに甘い物が食べられると聞いたので!」
オーナーはいつも通り気だるげに答え、イルは目をキラキラと輝かせて期待に満ち溢れていた。
「なるほどね……って、そういえばジークとマヤルは?」
「ホホホ、どうやらちょうど噂をされる程度には間に合ったようですね」
俺の背後、門がある方からジークの声が聞こえて振り返ると、そこにはリーシアと一緒にいる二人の姿があった。
「……割と堂々と人前に出て来れるのな、あんた」
「まぁね、どんな人間だって有名になり過ぎなければ表を出歩いたって誰も気付かないもの。あなただって同じ穴のムジナでしょ?」
なんてしてやったり顔で言い返されてしまう。そう言われればそうだな。
「じゃあ、これで全員か。ちなみレトナやジルは……」
彼女たちを見ると頬を膨らませたり落ち込んだ様子を見せていた。
「俺ら、この町で世話になった人は少しいるけど知り合いとか友達がいないし……」
「すいません、今考えれば俺もお世話になってるこのお屋敷から一度も出てないから誰も……」
「レトナはともかくジルは……もう少し俺やユースティック以外の他人と接点を持った方がいいかもな」
「友達がいない」という悲しい告白に申し訳ない気持ちになって思わず苦笑いしか出てこなかった。
元の世界では女にチョコが貰えたかもらえなかったかでみんな一喜一憂していたけれど、まさか友人の有無でこんな悲しい気持ちになるとは思わなかったぞ。いや、故郷や実家に戻ればコイツら自身にも友人の一人や二人くらいはいるんだろうけど……いるよね?
「なんでこんな時まで悲しい気持ちにならにゃならんのだ……ま、そんなことは置いといてお菓子作りするぞ!」
気を取り直してそう言って家の中に入って厨房に集まる。
結構人数を多めに集めちまったけど、屋敷の厨房ってだけあってかなり広いから問題はなさそうだった。もはや料理教室も開けるんじゃねぇか?やらんけど。
そんな中で作るのはチョコレート……じゃなく、クッキーだ。
残念ながらこの世界ではチョコレートは普及してないし、その材料も見つかってない。だから現状で作れそうなもので考えたらクッキーかなと。
実際、値段は少し高いが材料を買い揃えられたし、作った経験もないがそれくらいスマホがあればすぐにわかる。
あとはそれぞれがどれだけ忠実に作るかだけど……
「ねぇねぇ、コレ入れたら美味しくなりそうじゃない⁉」
「おぉ、いいねぇ!じゃあ俺もコレを入れようかな?」
「あ、それじゃああっちはコレを入れちゃお♪」
若干何名かから不穏な会話が聞こえてきたりする。この手の奴はちゃんとしたレシピがあるのになんで最初から基本を無視してオリジナリティを求めようとするのかね……つかマヤル、そんなんだからお前の料理の腕が上達しないんだぞ?
「カズ様、出来上がりましたのでご確認をお願いします」
ジークがそう言ってクッキーが乗っているであろうトレイを差し出してきた。早いな……ジークもマヤルと同じく料理が苦手だったはずだが、そんなことなかったか?と、そんな考えはトレイの中身を見てすぐに変わった。
トレイには黒ずんだ大きな円形の何かが置かれており、それを差し出していたジークはなぜか自慢げだった。
「おい」
「はい」
「これ……クッキーだよな?」
「もちろん!食べ応えもよくするために全て使って一つにまとめました。どうでしょう」
どうでしょうって言われてもな……
見た目がすでにアウトだとは思いつつも「もしかしたら中身は……?」という淡い期待を抱いてクッキーを半分に割ってみた。
……やっぱりダメだった。表面が黒焦げなだけでなく中も生焼けで火が通ってない。さらに一口だけ食べてみるが……味も食感も最低だった。
「ジーク」
「はい?」
「お前厨房出禁な」
ジークが「え?」と疑問の声を漏らすと同時に彼を外へ追い出した。
「……俺、ちゃんと火加減とか時間も伝えたよな?」
流石にあんな雑な完成物を見せられたら伝えたこっちが何か間違えたのかと心配してくる。
そして他の奴らのクッキーも完成していく。ちゃんと作れてる奴はまともなクッキーが仕上がるが、やはり変なものを作り上げた奴らはいる。
「お兄ちゃんできたよ!」
「俺も上手くできたと思うんだけど……」
「どうです?超絶美少女三人から超絶美味しそうなクッキーを渡された気分は?」
ルルア、レトナ、マヤルの三人も自信満々にトレイに乗ったクッキーを見せてくる。
見せてきた「ソレ」は全てとてもクッキーと呼べる代物ではなく、さっきのジークよりも酷い仕上がりで、暗黒物質(ダークマター)と呼べそうなほどぐちゃぐちゃだった。しかしルルアよ、お前はいつも料理作ってるはずなのに何故そんなものが出来上がるんだ……?
まぁ、それはともかく。俺にとっての試練がこれから……いや、すでに始まっている。
「じゃあお兄ちゃん、ルルアたちのクッキーと交換して食べ合いっこしよ!」
そう、そもそもこれはお互いに作ったお菓子を交換しようという話だったので、今更やっぱやめたと言うわけにもいかない。下手に断ればルルアがまた落ち込むかもしれないし……ヴェルネはあからさまに目を逸らしてこっちを見てくれないから助け船は期待できない。
だとしたら取る手段は一つ……我慢して食べるしかない!
俺が作ったクッキーをルルアとレトナに渡し、そしてまずはレトナのクッキーを一口……
「かっ――」
――辛いッ⁉
何をどれだけ入れればこんな辛くできるんだ⁉ というか俺のイメージしてたクッキーの味と全然違い過ぎて脳がバグるんだが⁉
和菓子やポテチだってここまで辛いのを食べたことがない……
そして次は――
「~♪」
俺のクッキーを頬張って上機嫌のルルアが差し出してきているクッキーという名の何か。
ブヨブヨのスライムみたいな形状になってしまっていて、どんな材料を揃えればそんな代物が出来上がるのかが知りたいが……今はそれを口に含まなければならないという状況のせいで体が震えてる気がする。
なんだ、この胸の底から込み上げてくるものは……恐怖?
そんな感情を抑え込み、覚悟を決めてそのスライムクッキーを勢いよく食べた。
「――――」
――――
―――
――
―
「――ズ……カズ!」
何度も呼びかけられた気がして朧気だった意識をハッとさせる。
すると目の前には今日この場に呼んだ全員が心配した表情で俺を覗き込んできていた。
「……大丈夫、カズ?」
「俺は……」
「数分間気絶してましたよ。立ったまま」
ヴェルネが俺の頬に手を置いて割と本気で心配していた様子で、ジークが何があったのかを簡潔に説明してくれた。そうか……気絶してたのか、俺は。
なんだろう、今宇宙が目の前に広がってた気がしたんだが……幻覚か?
「ごめん、お兄ちゃん……ルルアがちゃんとしたクッキーを作れなかったから……」
ルルアがそう言って落ち込む。悲しませまいと無理をしてクッキーを食べたけど、結局悲しませちまったな……
「……俺の作ったクッキーは美味かったか?」
「え……う、うん」
「ならよかった。俺が作ったもんを美味しいって言ってくれるだけで十分だよ」
あえて不味いとは言わずに誤魔化して場を収める言い方をするとルルアはホッと安心した様子を見せる。
「口直し……ンンッ!……あたしも作ったから、どうせなら食べてくれない?」
ヴェルネが失言しかけて言い直し、クッキーらしいクッキーを差し出してきた。
正直に言うと美味しそうな見た目なんだけど、食欲の減衰が激しくて食べる気になれない。それでもやっぱり食べないわけにもいかないので我慢して無理矢理口に入れる。
「……んまい」
ちょうどいいサクサク感、味もほどよい甘さ。
もしこれがルルアたちのクッキーを食べる前だったら……というのは口には出さない。
「ぐぐぐ……つ、次はもっと練習してルルアもお兄ちゃんに美味しいって言ってもらえるのを絶対作ってあげるから、来年は楽しみにしてて!ね、レトナ!」
「……え、俺も?」
美味しいとも不味いとも言われてなかったレトナはまさか自分のクッキーが不味いとは思ってなかったらしく、自らが作ったクッキーを口にしたレトナはその後泡を吹いて気絶してしまった。
来年……作らないという選択肢がないのなら彼女たちには頑張ってもらいたいものだと心の底から思ってしまう。
するとマヤルが気まずそうな苦笑いをしていた。
「あのー……ちなみにあっちのクッキーの試食はどうでしょう?」
そう言ってルルアたちと引けを取らないグロテスクな何かを見せてきた。それに対する答えはもう決まってる。
「ヤダ」
少し離れたところでユースティック兄妹が互いにクッキーを交換してる微笑ましい光景を見ながら簡潔にそう答えたのだった。
ある日の朝、突然ルルアからそんな言葉を聞かされた。
「……いや、時期が全然違うんだが」
「アレ?今日ってお菓子が貰える日って言ってなかったっけ?」
ルルアは何かと勘違いしてる様子だった。ハロウィンなんてとっくに終わってるし、二月であるとしたら……
「あぁ、バレンタインか。ハロウィンと違って普段お世話になってる人たちにチョコレートやお菓子を渡す日だよ。主に女が好きな男に渡してアピールしたりとかな」
簡単にそう説明するとルルアはどこか残念そうだった。
あれ?ルルアだったらこういう恋愛的な話を聞いたら率先して行動すると思ってたけど……意外だな。
彼女のいつもと違う反応の原因を少し考え、シンプルなことに気付いた。お菓子が貰えると思ってただけに期待が外れて拗ねたのか……?
しかも今回は貰うどころか渡す側。自分が買うなり作るなりしなきゃならないというわけなのだが……
表にはあまり出してはいないが不機嫌な様子が窺える。見た目が成長して大人っぽい言動をしていてもこういうところがまだ子供だなぁと思ってしまう。
「……よし、二人で作るか」
「え?」
「言っただろ、普段お世話になってる相手に送るものでもあるって。だったらそれぞれ作ったものを交換しようと思ってな」
一応気を使ってそう言ってみると不機嫌そうな表情から一変、パッと明るい笑顔になる。
「本当⁉ それならいいよ!……あ、それならいっそみんなで作らない?」
機嫌が直るどころか、むしろ気の利いた提案をしてきた。これまた意外だ。
「それがいいかもな。この屋敷にいるヴェルネたちはもちろんだけど、他に誘いたい奴はいるか?」
「んー……とりあえずはフウリかな?」
……今日この短時間で俺は何度ルルアに意外性を見出すのだろうか。まさか彼女の口から出た一人目がいつも邪険にしてるはずのフウリだとは思わなかった。
するとルルアが俺の顔を見ると、考えていたことを見抜いたようにニッと不敵に笑う。
「たしかにアイツのことはそこまで好きじゃないけど、でも嫌いってわけでもないんだよ?ちょっと変態でムカつくだけで、お兄ちゃんのことが好きなのは同じだから」
「え……」
まだ何も言ってないのに、まるでフウリのように俺の考えを読み取ったみたいなことを言うルルア。
「ふふっ、お兄ちゃんが人の言動で感情や嘘を見抜けるように、ルルアもお兄ちゃん限定なら何を考えてるのかがわかるんだよ♪だから――」
そしてなぜかルルアの笑顔から圧を感じるようになる。
「知らない女の人とくっ付いたり浮気なんかしたらすぐにわかっちゃうんだからね?」
「……はい」
なんでバレンタインっていう甘酸っぱい話題だったはずが修羅場みたいになってるんだろう……?
おかしいとは思いつつも圧に負けた返答をし、屋敷を出て知り合い数人に声をかけた。
「……で、とりあえず私たちというわけですか」
「いつも通りと言えばいつも通りだな」
俺が誘ったのはミミィとユースティック、それとユースティックの妹のアイラだ。
「今更ですが……わ、私も来て良かったのでしょうか?」
あまり激しくは動けないアイラは車椅子に乗ってユースティックに押されている。ユースティックを誘う際に一緒にいたために一応誘ってみたら「何それ面白そう!私もやってみたい!」と二つ返事が返ってきた。
最初はユースティックも心配で彼女の参加を渋ったが、彼の付き添いと無茶をしないという約束で連れて来ている。今では少し遠慮気味になってこんなことを言ってはいるが、許しを貰えた時の彼女は子供らしく喜んでいた。
「知り合いを呼んでやろうって話になったしな。それに、仲の良い兄妹だったらそういうのはやりたいだろ?」
俺の言葉に答えはしなかったものの、二人とも照れてしまっていた。
家庭によって兄弟の仲の善し悪しは違うが、ここまで仲が良いっていうのも羨ましいと思えるレベルで珍しい気がする。だから見ていて微笑ましいと思えるのだけれど。
「……と、到着。一応ヴェルネやレトナにも誘いたい奴がいれば誘えばいいって言っといたが……」
屋敷の敷地内に入ると待っていたかのように数人の者たちが入り口付近に立っていた。
「あ、おかえりカズ」
「おにーちゃーん!」
俺に気付くヴェルネとルルア。彼女たちの周辺には俺も知ってる顔触れが揃っていた。
フウリとアウタルといういつもの面子から解体屋のレンジ、アクセサリー屋のダート、ギルドのイルとオーナー、それに奴隷商人のフォストまでいた。
「なんだお前ら、今日は全員揃いも揃って店仕舞いか?」
「そんなわけないだろ。ただちょうど今日は非番だっただけだ」
「俺は一時的に店仕舞いはして来たな。どうせ急ぎの注文もなかったし」
レンジとダートがそう言い、視線をオーナーに向けると肩をすくめる。
「私らも似たようなもんさ。手が空いてる時にヴェルネ様に誘われたもんでねぇ……ま、暇潰しさね」
「私は非番だったので本当は食べ歩きでもしようかと思ってたところに甘い物が食べられると聞いたので!」
オーナーはいつも通り気だるげに答え、イルは目をキラキラと輝かせて期待に満ち溢れていた。
「なるほどね……って、そういえばジークとマヤルは?」
「ホホホ、どうやらちょうど噂をされる程度には間に合ったようですね」
俺の背後、門がある方からジークの声が聞こえて振り返ると、そこにはリーシアと一緒にいる二人の姿があった。
「……割と堂々と人前に出て来れるのな、あんた」
「まぁね、どんな人間だって有名になり過ぎなければ表を出歩いたって誰も気付かないもの。あなただって同じ穴のムジナでしょ?」
なんてしてやったり顔で言い返されてしまう。そう言われればそうだな。
「じゃあ、これで全員か。ちなみレトナやジルは……」
彼女たちを見ると頬を膨らませたり落ち込んだ様子を見せていた。
「俺ら、この町で世話になった人は少しいるけど知り合いとか友達がいないし……」
「すいません、今考えれば俺もお世話になってるこのお屋敷から一度も出てないから誰も……」
「レトナはともかくジルは……もう少し俺やユースティック以外の他人と接点を持った方がいいかもな」
「友達がいない」という悲しい告白に申し訳ない気持ちになって思わず苦笑いしか出てこなかった。
元の世界では女にチョコが貰えたかもらえなかったかでみんな一喜一憂していたけれど、まさか友人の有無でこんな悲しい気持ちになるとは思わなかったぞ。いや、故郷や実家に戻ればコイツら自身にも友人の一人や二人くらいはいるんだろうけど……いるよね?
「なんでこんな時まで悲しい気持ちにならにゃならんのだ……ま、そんなことは置いといてお菓子作りするぞ!」
気を取り直してそう言って家の中に入って厨房に集まる。
結構人数を多めに集めちまったけど、屋敷の厨房ってだけあってかなり広いから問題はなさそうだった。もはや料理教室も開けるんじゃねぇか?やらんけど。
そんな中で作るのはチョコレート……じゃなく、クッキーだ。
残念ながらこの世界ではチョコレートは普及してないし、その材料も見つかってない。だから現状で作れそうなもので考えたらクッキーかなと。
実際、値段は少し高いが材料を買い揃えられたし、作った経験もないがそれくらいスマホがあればすぐにわかる。
あとはそれぞれがどれだけ忠実に作るかだけど……
「ねぇねぇ、コレ入れたら美味しくなりそうじゃない⁉」
「おぉ、いいねぇ!じゃあ俺もコレを入れようかな?」
「あ、それじゃああっちはコレを入れちゃお♪」
若干何名かから不穏な会話が聞こえてきたりする。この手の奴はちゃんとしたレシピがあるのになんで最初から基本を無視してオリジナリティを求めようとするのかね……つかマヤル、そんなんだからお前の料理の腕が上達しないんだぞ?
「カズ様、出来上がりましたのでご確認をお願いします」
ジークがそう言ってクッキーが乗っているであろうトレイを差し出してきた。早いな……ジークもマヤルと同じく料理が苦手だったはずだが、そんなことなかったか?と、そんな考えはトレイの中身を見てすぐに変わった。
トレイには黒ずんだ大きな円形の何かが置かれており、それを差し出していたジークはなぜか自慢げだった。
「おい」
「はい」
「これ……クッキーだよな?」
「もちろん!食べ応えもよくするために全て使って一つにまとめました。どうでしょう」
どうでしょうって言われてもな……
見た目がすでにアウトだとは思いつつも「もしかしたら中身は……?」という淡い期待を抱いてクッキーを半分に割ってみた。
……やっぱりダメだった。表面が黒焦げなだけでなく中も生焼けで火が通ってない。さらに一口だけ食べてみるが……味も食感も最低だった。
「ジーク」
「はい?」
「お前厨房出禁な」
ジークが「え?」と疑問の声を漏らすと同時に彼を外へ追い出した。
「……俺、ちゃんと火加減とか時間も伝えたよな?」
流石にあんな雑な完成物を見せられたら伝えたこっちが何か間違えたのかと心配してくる。
そして他の奴らのクッキーも完成していく。ちゃんと作れてる奴はまともなクッキーが仕上がるが、やはり変なものを作り上げた奴らはいる。
「お兄ちゃんできたよ!」
「俺も上手くできたと思うんだけど……」
「どうです?超絶美少女三人から超絶美味しそうなクッキーを渡された気分は?」
ルルア、レトナ、マヤルの三人も自信満々にトレイに乗ったクッキーを見せてくる。
見せてきた「ソレ」は全てとてもクッキーと呼べる代物ではなく、さっきのジークよりも酷い仕上がりで、暗黒物質(ダークマター)と呼べそうなほどぐちゃぐちゃだった。しかしルルアよ、お前はいつも料理作ってるはずなのに何故そんなものが出来上がるんだ……?
まぁ、それはともかく。俺にとっての試練がこれから……いや、すでに始まっている。
「じゃあお兄ちゃん、ルルアたちのクッキーと交換して食べ合いっこしよ!」
そう、そもそもこれはお互いに作ったお菓子を交換しようという話だったので、今更やっぱやめたと言うわけにもいかない。下手に断ればルルアがまた落ち込むかもしれないし……ヴェルネはあからさまに目を逸らしてこっちを見てくれないから助け船は期待できない。
だとしたら取る手段は一つ……我慢して食べるしかない!
俺が作ったクッキーをルルアとレトナに渡し、そしてまずはレトナのクッキーを一口……
「かっ――」
――辛いッ⁉
何をどれだけ入れればこんな辛くできるんだ⁉ というか俺のイメージしてたクッキーの味と全然違い過ぎて脳がバグるんだが⁉
和菓子やポテチだってここまで辛いのを食べたことがない……
そして次は――
「~♪」
俺のクッキーを頬張って上機嫌のルルアが差し出してきているクッキーという名の何か。
ブヨブヨのスライムみたいな形状になってしまっていて、どんな材料を揃えればそんな代物が出来上がるのかが知りたいが……今はそれを口に含まなければならないという状況のせいで体が震えてる気がする。
なんだ、この胸の底から込み上げてくるものは……恐怖?
そんな感情を抑え込み、覚悟を決めてそのスライムクッキーを勢いよく食べた。
「――――」
――――
―――
――
―
「――ズ……カズ!」
何度も呼びかけられた気がして朧気だった意識をハッとさせる。
すると目の前には今日この場に呼んだ全員が心配した表情で俺を覗き込んできていた。
「……大丈夫、カズ?」
「俺は……」
「数分間気絶してましたよ。立ったまま」
ヴェルネが俺の頬に手を置いて割と本気で心配していた様子で、ジークが何があったのかを簡潔に説明してくれた。そうか……気絶してたのか、俺は。
なんだろう、今宇宙が目の前に広がってた気がしたんだが……幻覚か?
「ごめん、お兄ちゃん……ルルアがちゃんとしたクッキーを作れなかったから……」
ルルアがそう言って落ち込む。悲しませまいと無理をしてクッキーを食べたけど、結局悲しませちまったな……
「……俺の作ったクッキーは美味かったか?」
「え……う、うん」
「ならよかった。俺が作ったもんを美味しいって言ってくれるだけで十分だよ」
あえて不味いとは言わずに誤魔化して場を収める言い方をするとルルアはホッと安心した様子を見せる。
「口直し……ンンッ!……あたしも作ったから、どうせなら食べてくれない?」
ヴェルネが失言しかけて言い直し、クッキーらしいクッキーを差し出してきた。
正直に言うと美味しそうな見た目なんだけど、食欲の減衰が激しくて食べる気になれない。それでもやっぱり食べないわけにもいかないので我慢して無理矢理口に入れる。
「……んまい」
ちょうどいいサクサク感、味もほどよい甘さ。
もしこれがルルアたちのクッキーを食べる前だったら……というのは口には出さない。
「ぐぐぐ……つ、次はもっと練習してルルアもお兄ちゃんに美味しいって言ってもらえるのを絶対作ってあげるから、来年は楽しみにしてて!ね、レトナ!」
「……え、俺も?」
美味しいとも不味いとも言われてなかったレトナはまさか自分のクッキーが不味いとは思ってなかったらしく、自らが作ったクッキーを口にしたレトナはその後泡を吹いて気絶してしまった。
来年……作らないという選択肢がないのなら彼女たちには頑張ってもらいたいものだと心の底から思ってしまう。
するとマヤルが気まずそうな苦笑いをしていた。
「あのー……ちなみにあっちのクッキーの試食はどうでしょう?」
そう言ってルルアたちと引けを取らないグロテスクな何かを見せてきた。それに対する答えはもう決まってる。
「ヤダ」
少し離れたところでユースティック兄妹が互いにクッキーを交換してる微笑ましい光景を見ながら簡潔にそう答えたのだった。
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