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小さな武人

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「え、えっと……?」

 依頼を引き受けて他の町のギルドへ顔を出したのだが、受付の男が俺たちを見て困惑してしまっていた。
 それもそうだろう、怪しい仮面を付けた男が子供を連れて来たら誰だって警戒するに決まってるよな。

「ここから連絡をもらったカズだ。災害級の魔物がこの近くで暴れてるって聞いたんだが?」

「あ……あぁ、あなたがカズ様でしたか!担当の者をお呼びしますので少々お待ちください!」

 思い出したようにそう言って慌てて席を立つ青年。すると待つ間もなくガタイの良い男が出てきた。

「待っていました!俺がこのギルドの責任者、グレゴラです!」

 敬語が似合わなそうな四本腕をした黒肌の巨漢。服装はちゃんとスーツを着ているようだが結構ピチピチしていて、いつボタンが弾け飛んでもおかしくない――

 ――ブチッ!

「あだっ!?」

「おっと失敬」

 予想通りにグレゴラの胸辺りのボタンが千切れ飛び、それがジルの額にヒットしてしまう。
 なんでそんなピチピチのスーツ着てるんだ……とは思っても口には出さなかった。

「それで早速本題に入らせてもらいたいのですが……その前にその獣人の子はお子さんか何かで?」

 耳や尻尾のような獣人の特徴がない俺にお子さんって……わざとか?それともコイツ、もしかしてポンコツだったり……

「いや、コイツのことは気にしなくていい。少し前に拾っただけの弟子だから」

「そうですか……ですがもし彼を連れて行こうとしているのならお勧めはしませんよ。何故なら――」

「俺は気にしなくていいと言ってるんだが?」

 心配をしてくれているのはわかっている。だがここには馴れ合うために来たわけじゃないから、少し突き放す言い方で遮った。
 威圧も加えたためかグレゴラは固唾を飲んでそれ以上の追求はしようとはしなかった。

「……わかりました、では依頼の話に移らせていただきます。相手は巨大蛇のブラッターと呼ばれる災害級の魔物です。その巨体には似合わない俊敏さで獲物を丸呑みにし、血を吸うことからもブラッディスネークとも呼ばれており、災害級に分類されるだけあってその皮膚は鋼鉄の如く硬い。噛まれれば血を吸われるだけではなく骨を軽々と粉々に砕けてしまう威力があります」

 グレゴラはその魔物の特徴を説明しながら依頼書を机の上に出す。紙の絵には黒い蛇が描かれていた。

「他に特徴は?」

「奴は血液のようなものを口から吐き出すのですが、強い酸と毒を混ぜたような威力を持っていますのでくれぐれも気を付けてください……と、その前に聞きたいのですが、まさか本当に一人でお挑みに?」

 話が終わったと思い立ち上がると、グレゴラが心配……というより疑うように聞いてくる。実際に倒したという実績を目にしなければ信じられないのも仕方ないことなのだが……

「……一日で戻らなきゃ失敗したと思ってくれ」

「一日で?それは流石に早計では……」

「逆に言えば順調に終われば今日中に済ませてくると思ってくれればいい」

 それ以上の問答は聞かないように依頼書だけ手に取り、さっさとその部屋からジルと共に立ち去る。

「アニキ、そのブラッターはどこから探すんですか?」

 ギルドを出てすぐにジルが聞いてくる。その問いに俺はニッと笑ってポケットからスマホを取り出す。

「んなもん、これですぐにわかるだろ」

 ジルも俺のスマホを見て「あっ」と声を上げて察する。

「魔物の居場所もわかるなんてやっぱり凄いですね、そのスマホって魔道具。なんかちょっとズルっぽく感じちゃいますけど」

「別にそういうもんだって考えればいいんじゃないか?ダンジョン武具なんてものもあるこの世界じゃ、持ったもん勝ちなんだろうしよ」

 単純に強力なものもあればちょっと便利だったり限定的だったり……今考えるとダンジョンでランダムに出現するアイテムを手に入れるってちょっとスマホゲームのガチャみたいだな、なんて思えたりする。そういう意味じゃこのスマホも、この世界にあっても凄いと言われるだけで不自然ではないんだよな。

「そういえばジルは自分の武器はちゃんと持ってきたのか?」

「はい、もちろん持ってきてますよ!短くて出し入れが楽だから使いやすいですし……って、もしかしてやっぱり俺も戦うんですか?」

 最初は得意げに、そして何かを察したジルは心配そうな表情に変化する。

「災害級の魔物と直接戦わせるわけじゃないさ。ただ自分の身を守るものはいつだって常備してろよ?じゃないと……目的の魔物と出会う前に死ぬぞ」

 少し脅すようなことを言うとジルはゴクリと固唾を飲んで緊張する。まぁ、ジルも当然強くなってるから素手でもそうそうやられることはないだろうが……油断はしないに越したことはないしな。
 前に冒険者の引率した時のように、ジルには油断や慢心がないようにと注意を促しておく。

「アニキは……完璧なところしか見たことがないアニキにもそういう経験ってあったんですか?」

「なんだその言い方……俺にだって油断したこともあるし、慢心して死にかけたことだってある。その時は運良く生き残れたがな」

 実力が上の武人に襲われ殺されそうになった時に別の敵が現れてソイツを倒し、その時に死体の下でやり過ごすことができた過去を思い出した。

「偶然が生かすこともあれば必然的に呆気なく死ぬ時だってある。強いから勝てるだとか弱いから負けるってのは『理論上は可能だ』って言ってる科学者と同じだ。俺がそうだったように、命がけの戦いの勝敗は単純な実力だけじゃ決まらない。油断、慢心を取り払ってようやく『戦い』ができるってことだけ覚えておけよ」

 そう言って一度立ち止まってジルの顔を見ると難しそうな表情をしていた。

「……アニキってたまに難しいこと言うよね。油断するなってことだけはわかったけど」

「…………」

 どうやら余計なことを言って混乱させてしまったらしい。いつかコイツも格下相手に経験すればわかることなんだろうけど……

「ま、アレだ……お前がルルアに勝ったみたいに、相手を下に見てたら誰かに負けるかもしれないって話だ」

「負けないですよ、アニキが俺の師匠だから……負けてアニキに恥ずかしい思いをさせたくありませんから!」

 ジルがそう言って気合を入れる。だが……

「俺は別にお前が負けても恥ずかしい思いはしないぞ?お前自身が恥を掻くだけだし」

 俺がそう言うとジルはキョトンとし、残念そうに大きく肩を落とすのだった。
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