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まずは落ち着き、それから

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「魔族だった男が魔物に……信じられない話だが、通行人やモモの目撃者の話もあって信憑性もあるしな」

 騒動が落ち着き、クロニクが普段仕事のために使っているという部屋へ案内されて一連の出来事を話した。
 クロニクがあの場に意外と早く辿り着いたのは元々俺たちのデートに監視が付いていて、モモが変化する前の魔族の男から言いがかりを付けられた辺りから報告を受けて向かって来ていたらしい。
 さっきの悪質なストーカーとは別にずっと視線を感じていたが、それがクロニクが付けた監視の奴らだったようだ。悪意を感じなかったから放置していてよかったようだ。

「あなたって本当に強かったのね……」

 そして同じように連れて来られたモモが疑うような目で俺を見てくる。やはり俺がコロシアムで竜を倒して優秀したというのが信じられてなかったみたいだ。

「ところでアレはどんな現象だったんだ?人が……魔族だった奴が魔物みたいな姿に変化するのは」

「わからない……あんなのは初めて見たし、聞いたことがないわ」

 俺の疑問にヴェルネは親指の爪を噛みながら答える。ヴェルネは何かを考えるようにしばらく黙っているかと思うと、溜め息を吐いてクスリと呆れたような笑みを零す。

「あんたといると本当に退屈しなくて済むわよね」

 ヴェルネが言ったそれは本心ではあるが、「のんびりする暇がない」という皮肉が込められていた。
 それを知った上で俺はこう答える。

「楽しいだろ?」

 俺の答えにヴェルネはフッと笑うと、無言で脛を蹴ってきた。痛い。

「にしても少し引っかかるところもある」

「というと?」

 あの魔物になった魔族が魔物になる直前に言った言葉を思い出していた。

「『アイツが言っていた』……魔物の姿になる前の男がそう言っていたのを聞いた」

「ああ、そういえばそんなこと言ってたわね。『アイツ』って誰のことか心当たりはあるの?」

 ヴェルネの質問には首を横に振るが、代わりにスマホを見せる。

「……あぁ、あんたにはそれがあったわね。もしかして魔族が魔物化した理由とか犯人の特定もできちゃうの?」

 「いや、直接の特定はできないっぽい。ただ代わりに原因の特定ぐらいならできるぞ」

 そう言ってスマホをいじり、検索画面を出して「魔物化」で調べてみた。
 途中でモモが珍しそうにスマホを触ろうとしてきたので、その手を叩き落とす。
 手を撫でて落ち込むモモを他所に検索結果を見る。

 ――『狂化の遺伝子組み換え』……「遺伝子レベルで体の構造が書き換わり、全く別の生物へと変化する。どのような生物へと変化させるかは術者の魔力と熟練度次第であり、他社に自らの一部を与えていればその者も変化させることができる。しかし変化した細胞を元の状態に戻すのは困難であり、もし他者へ力を行使した場合は不可能に近い。この狂化の遺伝子組み換えは魔法ではなく固有の能力(超術)のため、一部の生物しか使用ができない」――

 スマホの情報を読み上げたところでクロニクが眉間を押さえる。

「……遺伝子組み換え、か」

「誰かまではわからないが、『誰か』が裏にいるのは確定したな。超術を持った誰かが魔族を魔物へ変化させたみたいだな」

「…………」

 神妙な表情で考え込むクロニク。それとは別にモモが体を震わせていた。
 自分に突っかかって来た魔族の男が魔物となって暴れ回ったのだが、それが他の誰かが仕組んだことだとわかり恐怖を感じてしまったのだろう。
 それはつまり、これからもその誰かさんに狙われる可能性があるということなのだから。
 するとモモは大きく息を吐き、空元気に満面の笑みを浮かべようとする。

「ま、でもまたすぐに仕掛けて来ないってことは、あっちもそう簡単に魔物を作れないってことよね!」

 胸を張って自信満々に言うモモ。それは俺に対して質問してるもいうより、「だからきっと大丈夫」なのだと自分に言い聞かせて落ち着かせようとしているようだった。
 なら下手に不安を煽るようなことは言わなくてもいいだろう。

「お茶だぜ!」

 そんな俺たちの会話に入りたかったのか、グルドが淹れたお茶を雑に置き、モモの方へ少し飛んでしまった。

「あっつ!? もう少し丁寧に置きなさいよ!本当にもう……」

「悪い悪い!」

 モモに怒られつつもへへへと笑うグルド。彼らの会話を聞いていて気になったところがあったので、辛気臭い話題を変えるという意味でも聞いてみるとするか。

「クロニクたちとモモがアイドルなる以前から知り合いだったりするのか?」

「およ?よくわかったな!」

「ちょっ……なんでバラすの⁉」

 グルドが当たり前のように言ったことにモモが過剰に反応する。何か不都合だったか?

「おいおい、まだ気にしてんのかよ?アイドルだって一人の魔族なんだから、幼馴染の一人や二人がいたっていいだろうに?」

「へぇ、三人は幼馴染だったのか?」

「まぁな。俺たち三人はここじゃない他の町にいて、昔からそれぞれ夢を語って育ってきたんだ。モモは歌って踊るアイドル、グルドは喋りながら自分も人も楽しませる仕事に就きたい……そして俺はそれらを全部丸ごと叶えられるような町を作りたい、ってな」

 それが今のこの町、センタールという町が作られた経緯ってわけか。

「……そう考えるとこの町の凄さが別の意味で尊敬できるな」

 そう言って窓から覗く町の景色に目を向ける。
 グルドやクロニクも誇らしそうに「へへへ」と照れ臭そうに笑い、モモもそっぽを向きながらもその耳は赤くなってしまっていた。

「あ、ところで今日のモモちゃんはどうだった?」

 せっかく感動的な雰囲気だったっていうのに、また別の話題へ逸らそうとモモが雑な疑問を投げかけてきた。コイツは……

「どうって……何が?」

「一日中私と一緒にいて、その可愛さに惚れちゃったとかしちゃったんじゃない?」

 フフンと自信満々に胸を張って言うモモだが……

「いや、特には」

「なんで!?」

「だってそりゃお前……一人で勝手に楽しんでただけじゃん」

「その姿が可愛くて惚れちゃうでしょ、普通は!」

「サキュバスじゃあるまいし、歩いてるだけで人の好感度が勝手に上がると思うなよこの箱入り娘が」

「辛辣!?」

 納得がいかずにギャーギャーと騒ぐモモを視界から外し、何か言いたそうにしていたクロニクを見る。

「何か言いたいことがあるのか?」

「……一つ、依頼したい仕事があるんだ」

「まぁ、断る」

「判断が早い!というかまだ何も言ってないじゃないか……」

 このタイミングで仕事を依頼したいと言われたらなんとなくだけど予想がつく気がするんだよなぁ……

「モモの護衛と犯人の特定のどっちを依頼しようとしてる?」

「あー……よくわかったな?護衛の方を頼もうかと思ったんだが……ダメか?」

 恐る恐ると聞いてくるクロニク。

「町から町への一時的な護衛ならしないでもない。でもお前の言う護衛ってのはほぼ四六時中近くにいてくれって話だろ?」

「ああ。ラウでも相手にできない相手が出てきたとなると心配でな。もちろん元の原因を絶ってくれるならそれに越したことはないが……できるのか?」

 魔族の男を魔物化させた犯人の特定……一人をずっと護衛するよりも色々と楽だからやりたいのは山々なんだが、言ってみたはいいもののこの事件を解決する手立てが元の世界と違うから「できる」と断言できないのだ。
 物理的な事件であれば何かしらの痕跡が残るものだけども、魔法によって起こされたものだとそこら辺が曖昧になりそうだしな。
 チラッとモモの方を見ると、恐怖混じりの期待が込められた眼差しを俺に向けてきていた。
 ……とはいえ、放っておくわけにもいかないか。

「しゃーない、これも乗りかかった船ってやつか」

「それじゃあ……!」

 クロニク、グルド、モモの表情がパッと明るくなり、ヴェルネは「やっぱり」と言いたげな呆れつつも笑っていた。
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