上 下
154 / 324

竜に似た何かとそして

しおりを挟む
☆★☆★
~その他視点~

 ――翼を大きく広げただけで強い風が吹き荒れ、周囲のものを無差別に吹き飛ばす。

 「それ」が何かを理解した者たちは野次馬を止め、自分の身可愛さで真っ先に逃げ去ろうと走り出す。

 ――巨大な足を一歩踏み出した地面は地鳴りが起き、逃げ惑う者たちのバランスを崩させて足をすくう。

「ま、魔物……竜だァァァァッ⁉」

「オオォォォォォォッ‼」

 ――自分がここの王だと言わんばかりに空に向かって咆哮を放つ。

 赤い皮膚、鋭い牙と爪、炎を今にも噴き出そうとする口内。竜に酷似した姿だが、腕と翼が一体化しているところなどカズが見てきた竜とは異なる特徴を持つその魔物は「竜」と呼称され、人々に恐怖を与えた。
 そしてその竜が最初にターゲットとしたのは、男と言い争っていたモモとその隣にいるヴェルネだった。

「グオォォォォォッ‼」

 先程の男が変化した影響か、誰よりもその二人を「敵」と認識した竜が二人に吠えて敵意を剥き出しにした。
 竜の存在感に圧倒されたモモはその場に座り込んでしまう。
 竜は喉を膨らませて口の中に炎を溜める動作を見せる。モモはもうダメだとほとんど生を諦めかける……しかしヴェルネがすかさずモモを持ち上げて肩に抱え、地面に氷を張ってスケートリンクを滑るように移動をし始めた。

「えっ、何……ヴェルネさん⁉」

「アイツは今日見てきた展示物じゃないんだから、あんな近くで見てたら食べられるわよ!アイドルが排泄物になるなんて笑い話にもならないんだから!」

 女性とはいえ人一人を持ち上げる膂力と凄まじい迫力を放つ竜を前に動ける胆力、その二つに驚きを隠せずにいたモモ。

「でもあんなの相手にどこへ逃げても……!?」

「少し離れるだけでいいのよ。あとはカズがやってくれるから」

 モモの不安を他所にヴェルネは緊張の一つもない不敵な笑みを浮かべ、言葉通り竜から少し離れた位置でモモを下ろす。
 モモが心配そうに竜がいた背後を確認する。
 直前の記憶では竜は炎を吐こうとしていたはず……だが彼女の目に映った光景が心配を吹き飛ばしてしまった。

「うちの嫁に何危なっかしいもんを放とうとしてんだこの赤クソトカゲがァァァァッ‼」

「ゴォォォォォッ⁉」

 カズが竜の顎へアッパーを繰り出されて顔が上へ向けられ、口内の炎は空へと放たれた。

「どさくさに紛れて何言ってんだあんたはァァァァッ⁉」

 そして大声で叫んだカズの言葉が聞こえていたヴェルネが顔を赤くし、魔法で槍のように形取った鋭い氷をカズに向かって放つ。
 背中から撃たれたカズだが、視線を竜に向けたままヴェルネの魔法を当たり前のように避け、その射線上にいた竜に直撃してしまう。
 竜に傷を負わせることはできなかったが、怯む様子は見せた。その瞬間、上空から別の白い竜が出現して赤い竜を踏み付ける形で押さえ付けた。

「大丈夫か!」

 白い竜の背中から男の声が聞こえ、カズが視線を向けるとそこにはクロニクが乗っていた。

「おっ、早いなクロニク。モモはヴェルネが避難させたから無事だぞ」

 カズがそう言って指差した先のモモの姿を確認したクロニクがホッと息を漏らし、そして厳しい目を赤い竜に向ける。

「しかしなぜ急に町中に竜が……こんな巨体を監視員が見逃したってのか?」

「いいや、ソイツは元々魔族だった」

「なんだと⁉」

 暴れる赤い竜とそれを威嚇して押さえ続ける白い竜のラウを他所にクロニクが怒りに似た驚きの声を上げる。

「……いや、話は後だ。今はコイツをどうにかしなければ――」

 クロニクがそう言いかけると赤い竜から再び黒い霧が噴き出す。

「なんだ⁉」

 それを初めて見たクロニクとラウが驚いて飛び退く。
 ラウの拘束がなくなった赤い竜は体を起き上がらせ、その体がさらに大きく膨張し始め、青白く細長い女性の腕のようなものが腹部の両側面や背中からいくつも生えてくる。その姿はすでに竜のそれとは掛け離れていた。

「ッ……あんなの絶対に竜じゃない。少なくとも私が知ってるラウと同じなんて思えない!」

「当り前よ。たしかに恐怖を感じる威圧感は感じるけど、竜や災厄の魔物と違ったおぞましさが混じってるわ。あんな『混ざりもの』が竜とは思えない」

 本当の竜を目にしたことがある二人が確信を持って言う。
 その通りに先程までは「竜」を連想させていた姿から魔物らしい「化け物」へと変貌していた。

「――――」

「ッ……なんだこの鳴き声は⁉」

 不快感を彷彿とさせる言い表せない鳴き声を発する魔物。その範囲はかなり広く、逃げ惑う魔族や獣人たちも立ち止まって頭を抱えながらその場で膝を突いてしまう。
 それはヴェルネやモモ、クロニクも同じだった。

「これは……心に直接不快感を与えるっていう魔物が使う特異魔法?だとしたらマズイわね……!」

 魔物の正体に心当たりがあるヴェルネが歯軋りをする。

「カズ!ソイツは特異個体よ!今までの魔物とは生体そのものが違うから気を付けなさい!」

「特異個体……ね。普通じゃないとは思ってたけど、そんな魔物までいるのか、この世界は」

 周りに聞こえない程度の声で呟くカズ。その眼前でラウと竜のような魔物が取っ組み合いをしていた。
 だが変化した方の竜は体が大きくなり腕が増えたことでラウの方が劣勢となっていた。

「くっ……一旦引くぞ、ラウ!」

 クロニクの指示にラウが「ギャウ!」と返事をして口から炎を吐き出し、怯んだ隙に上空へ飛んで距離を取る。
 炎によるダメージがない魔物も彼らを追いかけようと翼を広げるが、何かに足を取られて飛ぶことができずにいた。

「…………?」

 自分の足元を確認する魔物。そこには自らの影が意志を持っているかのように浮き上がり、足に絡まっていたのだった。

「まぁ慌てるなって。お前に用がある奴は他にもいるみたいだから相手してやってくれよ」

 影を操る魔法を使った本人であるカズがそう言うと周囲の建物から魔族や獣人が次々と現れて一斉に魔物を攻撃し始めた。
 それはカズがコロシアムで戦った荒くれ者ども……もとい戦士たちだった。

「「「モモちゃんに指一本触れさせてたまるかァァァァッ!!」」」

「えぇ……」

 狂戦士のような勢いで突撃する者たちが発した言葉にヴェルネが思わず困惑してしまっていた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

余りモノ異世界人の自由生活~勇者じゃないので勝手にやらせてもらいます~

藤森フクロウ
ファンタジー
 相良真一(サガラシンイチ)は社畜ブラックの企業戦士だった。  悪夢のような連勤を乗り越え、漸く帰れるとバスに乗り込んだらまさかの異世界転移。  そこには土下座する幼女女神がいた。 『ごめんなさあああい!!!』  最初っからギャン泣きクライマックス。  社畜が呼び出した国からサクッと逃げ出し、自由を求めて旅立ちます。  真一からシンに名前を改め、別の国に移り住みスローライフ……と思ったら馬鹿王子の世話をする羽目になったり、狩りや採取に精を出したり、馬鹿王子に暴言を吐いたり、冒険者ランクを上げたり、女神の愚痴を聞いたり、馬鹿王子を躾けたり、社会貢献したり……  そんなまったり異世界生活がはじまる――かも?    ブックマーク30000件突破ありがとうございます!!   第13回ファンタジー小説大賞にて、特別賞を頂き書籍化しております。  ♦お知らせ♦  余りモノ異世界人の自由生活、コミックス3巻が発売しました!  漫画は村松麻由先生が担当してくださっています。  よかったらお手に取っていただければ幸いです。    書籍のイラストは万冬しま先生が担当してくださっています。  7巻は6月17日に発送です。地域によって異なりますが、早ければ当日夕方、遅くても2~3日後に書店にお届けになるかと思います。  今回は夏休み帰郷編、ちょっとバトル入りです。  コミカライズの連載は毎月第二水曜に更新となります。  漫画は村松麻由先生が担当してくださいます。  ※基本予約投稿が多いです。  たまに失敗してトチ狂ったことになっています。  原稿作業中は、不規則になったり更新が遅れる可能性があります。  現在原稿作業と、私生活のいろいろで感想にはお返事しておりません。  

危険な森で目指せ快適異世界生活!

ハラーマル
ファンタジー
初めての彼氏との誕生日デート中、彼氏に裏切られた私は、貞操を守るため、展望台から飛び降りて・・・ 気がつくと、薄暗い洞窟の中で、よくわかんない種族に転生していました! 2人の子どもを助けて、一緒に森で生活することに・・・ だけどその森が、実は誰も生きて帰らないという危険な森で・・・ 出会った子ども達と、謎種族のスキルや魔法、持ち前の明るさと行動力で、危険な森で快適な生活を目指します!  ♢ ♢ ♢ 所謂、異世界転生ものです。 初めての投稿なので、色々不備もあると思いますが。軽い気持ちで読んでくださると幸いです。 誤字や、読みにくいところは見つけ次第修正しています。 内容を大きく変更した場合には、お知らせ致しますので、確認していただけると嬉しいです。 「小説家になろう」様「カクヨム」様でも連載させていただいています。 ※7月10日、「カクヨム」様の投稿について、アカウントを作成し直しました。

異世界転生者のTSスローライフ

未羊
ファンタジー
主人公は地球で死んで転生してきた転生者。 転生で得た恵まれた能力を使って、転生先の世界でよみがえった魔王を打ち倒すも、その際に呪いを受けてしまう。 強力な呪いに生死の境をさまようが、さすがは異世界転生のチート主人公。どうにか無事に目を覚ます。 ところが、目が覚めて見えた自分の体が何かおかしい。 改めて確認すると、全身が毛むくじゃらの獣人となってしまっていた。 しかも、性別までも変わってしまっていた。 かくして、魔王を打ち倒した俺は死んだこととされ、獣人となった事で僻地へと追放されてしまう。 追放先はなんと、魔王が治めていた土地。 どん底な気分だった俺だが、新たな土地で一念発起する事にしたのだった。

冒険がしたい創造スキル持ちの転生者

Gai
ファンタジー
死因がわからないまま神様に異世界に転生させられた久我蒼谷。 転生した世界はファンタジー好きの者なら心が躍る剣や魔法、冒険者ギルドにドラゴンが存在する世界。 そんな世界を転生した主人公が存分に楽しんでいく物語です。 祝書籍化!! 今月の下旬にアルファポリス文庫さんから冒険がしたい創造スキル持ちの転生者が単行本になって発売されました! 本日家に実物が届きましたが・・・本当に嬉しくて涙が出そうになりました。 ゼルートやゲイル達をみことあけみ様が書いてくれました!! 是非彼らの活躍を読んで頂けると幸いです。

巻き込まれ召喚!? そして私は『神』でした??

まはぷる
ファンタジー
60歳になり、定年退職を迎えた斉木 拓未(さいき たくみ)は、ある日、自宅の居間から異世界の城に召喚される。魔王に脅かされる世界を救うため、同時に召喚された他の3人は、『勇者』『賢者』『聖女』。そしてタクミは『神』でした。しかし、ゲームもラノベもまったく知らないタクミは、訳がわからない。定年して老後の第二の人生を、若返って異世界で紡ぐことになるとは、思いもよらず。そんなお話です。

スキル「糸」を手に入れた転生者。糸をバカにする奴は全員ぶっ飛ばす

Gai
ファンタジー
人を助けた代わりにバイクに轢かれた男、工藤 英二 その魂は異世界へと送られ、第二の人生を送ることになった。 侯爵家の三男として生まれ、順風満帆な人生を過ごせる……とは限らない。 裕福な家庭に生まれたとしても、生きていいく中で面倒な壁とぶつかることはある。 そこで先天性スキル、糸を手に入れた。 だが、その糸はただの糸ではなく、英二が生きていく上で大いに役立つスキルとなる。 「おいおい、あんまり糸を嘗めるんじゃねぇぞ」 少々強気な性格を崩さず、英二は己が生きたい道を行く。

異世界ゆるり紀行 ~子育てしながら冒険者します~

水無月 静琉
ファンタジー
神様のミスによって命を落とし、転生した茅野巧。様々なスキルを授かり異世界に送られると、そこは魔物が蠢く危険な森の中だった。タクミはその森で双子と思しき幼い男女の子供を発見し、アレン、エレナと名づけて保護する。格闘術で魔物を楽々倒す二人に驚きながらも、街に辿り着いたタクミは生計を立てるために冒険者ギルドに登録。アレンとエレナの成長を見守りながらの、のんびり冒険者生活がスタート! ***この度アルファポリス様から書籍化しました! 詳しくは近況ボードにて!

【書籍化決定】TSしたから隠れてダンジョンに潜ってた僕がアイドルたちに身バレして有名配信者になる話。

あずももも
大衆娯楽
「あれがヘッドショット系ロリなハルちゃんだ」「なんであの子視界外のモンスター一撃で倒せるの……?」「僕っ子かわいい」「見た目は幼女、話し方はショタ……これだ」「3年半趣味配信して今ごろバズるおかしな子」「なんであの子、保護者から何回も脱走してるの?」「野良猫ハルちゃん」」「百合百合してる」「ヤンヤンしてる」「やべー幼女」「1人でダンジョン壊滅させる幼女」「唯一の弱点は幼女だからすぐ眠くなることくらい」「ノーネームちゃんとか言う人外に好かれる幼女」「ミサイル2発食らってぴんぴんしてる幼女」(視聴者の声より) ◆1年前に金髪幼女になった僕。でも会社は信じてくれなくてクビになったから生計のためにダンジョンに潜る生活。ソロに向いてる隠れながらのスナイパー職で。◇今日も元気に姿を隠して1撃1殺しながら稼いでたところに救助要請。有名配信者って後で知ったアイドルの子をFOE的に出て来たボスからなんとか助けた。で、逃げた。だって幼女ってバレたらやばいもん。でも僕は捕捉されて女の子になったこととか含めて助けてもらって……なぜかちょっと僕に執着してるその子とかヘンタイお姉さんとかポニテ委員長さんとか、追加で髪の毛すんすんさんと実質的に暮らすことに。 いやいや僕、男だよ? 心はまだ……え、それで良いの? あ、うん、かわいいは正義だよね。でも僕は男だから女の子な君たちはお風呂とか入って来ないで……? 別に着替えさせるのは好きにすれば良いから……。 ◆TSロリが声出しまで&フェイクの顔出しでダンジョン配信するお話。ヒロインたちや一部の熱狂的ファンからは身バレしつつも、大多数からは金髪幼女として可愛がられたり恐れられたりやべー幼女扱いされます。そして7章でこの世界での伝説に…… ◆配信要素&掲示板要素あり。他小説サイト様でも投稿しています。 ◆フォローやブクマ、レビューや評価が励みになります! ◆130話、7章で一旦完結。8章が箸休めのTS当初な場面、9章から7章の続きです。 ◆Xアカウントにたどり着くと、TSネタ、ハルちゃんのイラストや告知が見られます。

処理中です...