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原初の獣たち

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 ディールと名付けたデク人形の体がメキメキと音を立てて少しずつ変化し、元の人形とは掛け離れてより人間に寄ったものになっていく。
 肌の滑らかさ、膝や膝などの可動部、胸や臀部の凹凸、さらには口の中には舌が形成されていた。
 今まで「無機物の人形」だった姿から、完全な「生物」へ変質した瞬間だった。

「魔物として新たな存在……種族名はブラックドールとでも言おうか」

 完全に姿を変えたディールを見てヤトが嬉しそうに言う。
 ディールは姿の変わった自分の姿を眺め、指のある手を動かす。全体像のシルエットだけを見るとまるで人間の女のようだ。

「コノ姿……ドウ?」

 ディールが俺に近付いて首を傾げて聞いてきた。
 さっきまでノイズまみれだった声も少し低めのハスキーな女声で普通に聞こえる。

「どう、とはまた微妙な質問をしてくるな。……可愛くなった、とかか?」

 服を着たわけでもないし、カッコイイと言えるような外観はしてないし。どちらかというと女っぽい形になっているからそれが適切だと思った。

「戦イヤスクナッタ!」

 ディールがそう言ってグッと握った拳でガッツポーズを取る。ああ、そういう……
 たしかに「指」が作られたことで掴みや細かい技が使えるようになったということ。
 ……あれ、つまりコイツってバトルジャンキー?

「それじゃあ……試しに戦ってみるか?」

☆★☆★
~ジル視点~

 元の形から全く違った姿になってしまったデク人形、ディール……さん?とカズのアニキが手合わせとは思えない激しい戦いを始めてしまった。
 合図もなくディールさんがいきなりアニキに襲いかかり、アニキも素早く反応して受け流すと同時に反撃していた。
 見えたのはそこまでで、次の瞬間にはどちらの姿も目で捉えられなくなってしまうほどの移動をし始めてしまったのだった。
 流石というか……少しでも本気を出したらアニキの姿が見えなくなってしまう。それほどの実力差があるということ。
 しかもディールさんの姿も同じように見えない。アニキと同じくらいの強さなのかな……?

「ハハハ、凄まじいな。目で追うのがやっとだ……カズに勝つ自信がないとは常々感じていたが、あの人形にも苦戦しそうだ」

 残された俺と竜のヤトさん。ヤトさんがアニキたちの動きが見えているらしく、あちこちに顔を向けて楽しそうに言う。
 すると何を思ったのかアニキたちを目で追うのやめて俺の方に向く。

「さて、ジルと言ったな。我が友が楽しんでいる間は私がお前の指南役になろう」

「え?」

 一瞬、彼が何を言ってるのかわからなかった。

「だって……俺にはアニキが……」

「何も師と仰ぐ者が一人でなければならないという決まりがあるわけでもなかろう。たしかに肉体的な強さのみであればいいが、カズはそれ以外が疎い。魔法もだが、獣人でないカズが獣人特有の強みを教えることができない。それを私が教えようということだ」

 それがわからない。なんで竜が俺みたいな普通の獣人に……

「ちなみに私が親切にする理由はお前がカズの弟子だからだ。ならより強くなってもらうために私も少し手を貸そうと思ってな……まぁ、年寄りの気まぐれとでも思ってくれ。ただ……」

 ヤトさんがそこまで言うとフッと笑みを浮かべる。

「カズが時々お前のことを話す姿がとても楽しそうだった。誰かに何かを教える楽しさ……それを少し味わってみたいとも思ったんだ。というわけで、ジルには獣化と魔法を教えようと思う」

「獣化……」

 父から聞いたことがあった。獣人だけが使える技らしいけど……

「でもそれって大人にならないと使えないんじゃ……?」

「なるほど、獣人の間ではそんな話になっているのか。恐らく獣化は体に負担が大きい身体強化の一種だからだろう。未熟な体の子供では耐えられないから『ひとまずは体が成長してから』という意味で言っているのかもしれないな」

 ヤトさんはそう言うと、彼の体の一部が変化する。さっきヤトさんが竜に変化した時のような獣っぽい手と足になり、歯もギザギザした鋭利なものに変わった。

「それが獣化……」

「そうだ。私は元々竜だから手と足と口の中を竜の一部へと変化させた。自分の種族の起源となる『原初の獣たち』をその身に宿らせる」

「原初の獣たち?」

 俺の聞き返しにヤトさんは頷き、獣化した姿を解いてその場に座る。

「今でもお前たち獣人は獣の部分を残しつつも人の姿に近いが、昔は魔物に近い獣だった」

 彼の言葉が理解できずに困惑した。
 しかし俺が聞き返すよりも早くヤトさんは話を続ける。

「私が若い頃……細かい年数は覚えてないが、数千年は昔のこと。人間も魔族もおらず、今の世界でいう魔物のみが生存競争をしていた時代。フェンリルや白虎など、私と張り合える力を持った者たちが当たり前のようにいた。それが原初の獣たち……原獣だ」

 「フェンリル」「白虎」……それは今では絵物語でしか聞かない名前、神話の時代を生きたとされる魔物だった。

「しかし時代の流れと共にその数は減少し、ほとんどの魔物は退化していき、代わりに繁殖し易い生物へと変化していった。気付けばあの頃殺し合った友人や強敵の顔はどこにもなく、代わりに小さな者たちが集まり生活を初めていた」

「……それが俺たち獣人?」

 ヤトさんは「そうだ」と言って話を続ける。

「最初こそ魔物が二足歩行で不器用に物を作っているだけだったのだが、段々とそちらの方も変化していっていた。それもまた進化の一つとも言えるのだろうな……ともあれ、獣人の中に眠っている原獣の力を一部だけ引き出すのが獣化というものだ」

 説明が終わったのかヤトさんは憂いのある表情でうつむく。

「……今思えば繁殖を必要としないほど長寿だからいって余裕を感じ、それでいて殺し合って数を減らしていてはいつかいなくなるのも当然だとな」

 俺にはわからない感覚を反省気味に呟くヤトさん。言ってることが理解できるだけに、そもそもなんでそんなになるまで殺し合ってたんだろうなと思ってしまう。

「だが、だからこそ獣化を使いこなすことができればお前は私と同等以上の力を得ることができる」

「俺が竜以上?それは流石に冗談じゃ……」

 竜なんて誰も相手にできない、災害や災厄よりもどうにもできない神話の存在とされている。もし彼らが本気を出せば国や世界なんて簡単にどうにかなってしまうのに……
 そんな存在になれる?冗談以外に聞こえない。
 でもヤトさんは確信を持っているような自信に満ちた笑みで俺をしっかりと見据えてくる。そんな彼の言葉が冗談とは思えなかった。

「……本当に?」

「もちろん簡単じゃない。獣化を使いこなせる者がいれば今頃、獣人以外の人間と魔族を従えていたかもしれないからな。『獣化ができる』だけと『獣化を使いこなす』では全く意味が違ってくる。その獣化の使い方を教えてやる!……といってもまずは基本からなのは変わらないがな」

 そう言って不敵な笑みを浮かべるヤトさん。アニキ以外に竜の師匠が俺にできたのだった。
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