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なんか覚醒した

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「おはようございます、フーリ様。今日はどのようなご用件で?」

「用件も何も、近くでこんな楽しそうなお祭りをやってれば僕たちアマゾネスは参加したくもなるヨ!……というより変な感じがさっきからずっとしててネ、こういうのが虫の知らせっていうのかナ?」

 そう言ってある方向を見るフーリ。そっちにはヴェルネたちが住む屋敷があり、ジークは納得したようだった。

「その獣の如き直感、見た目は人でもやはりアマゾネスも獣人というわけですか」

 感心したジークも同じくヴェルネの屋敷のある方を見る。

「あれはお祭りなど愉快なものではなく……ただの喧嘩ですよ。そう、犬も食わない痴話喧嘩です」

「あぁ、なるほどネ。でも……」

 手を腰に当てて眉をひそめるフーリ。そんな彼らの後ろで吹き飛ばされたジンが起き上がり、歯を剥き出しにした憤怒の表情で襲い掛かろうとしていた。
 だがその直前、地震のような揺れが辺りを襲う。
 しかし地震というには短く、大きな衝撃を与えられたかのようだった。
 シャルアとジンはそれに驚きその場に腰を抜かすが、ジークとフーリは至って冷静なままヴェルネの屋敷の方角を向いたまま、その震源を見つめている。
 屋敷がある方角からは黒い火柱が大きく立っていた。

「ただの痴話喧嘩にしては壮大じゃなイ?」

「……みたいですね」

 辺り一帯を吹き飛ばしそうな勢いにジークとフーリも思わず顔をしかめる。
 そしてそれを同じように目撃したシャルアたちは体をガクガクと恐怖に震わせていた。

「あれって、何……?」

 いつも天真爛漫に笑っていた少女から笑みが消え、同じようにユースティックも冷や汗を流していた。

「まさかアレも俺の雇い主の仕業か……?」

「ふむ、カズ様がルルア様相手にそんな技を使うとは思えませんが……」

「どっちかっていうとルルアちゃんが癇癪かんしゃくを起こしてやってそうだネ」

 冷静に考察するジークとケラケラと笑うフーリ、そんな二人を見たユースティックは「笑い事じゃねえぞ!」とツッコミを入れる。

「おいおい、そのルルアって子はどうなってるんだ!? 癇癪でこの辺りを吹き飛ばす気じゃないよな?」

「本人にはその気はないだろうけどネ……だって、今の彼女の状態は――」

――――
―――
――


 ルルアが凝縮させて放った一つの魔法。それはカズを直感的に焦らせるほどのものだった。

「《逆結界》」

 しかしカズの判断も冷静で、彼が発動した魔法によりルルアが放った小さな球体が透明な六角形のものに包み込まれる。
 するとその直後に小さな球体は眩い光を放って爆発し、逆結界が一瞬だけ膨張する。
 その衝撃がカズの腕に直接伝わって力が入り、彼の表情に苦悶が浮かぶ。
 内側からゴリゴリと精神が削られる感覚に歯軋りし、そんな結界に集中しているカズの横にルルアが移動していた。
 ルルアは貫手でカズに襲い掛かる。

「クッ……」

 ギリギリで反応したカズは片手でルルアの腕を弾き、その後も全力で追撃してくる彼女をその片手だけで対応していた。
 そして逆結界で囲っていた魔法も消えてカズの両手が自由になるも、ルルアの方も両手で攻撃をしつつ魔法を同時に展開し放っていたために対応が遅れていた。
 いつもの近接格闘に加えて魔法による同時攻めという不慣れ。さらにルルアが反応できないほどの素早い反撃をするが、彼女もまた結界を作り出して防ぐ。
 結果としてカズは防戦一方を強いられていた。

「魔法と体術の組み合わせ……さすがに面倒だな」

 単なる体術のみという話ならカズが負ける方が難しいが、「魔法」という元の世界にはなかった技術を取り入れた戦い方に攻め切れずにいるカズ。
 だから彼は「沈む」。
 意識を深く沈ませ、研ぎ澄ます。
 たとえ不慣れな戦いであっても、神経を研ぎ澄ませることで負けることを避ける。
 避け、観察し、隙を見付ける。それが――

「だが、ここからは達人の本分だ。お前の一方的な『ずっと俺のターン』は終わりだよ」

 そう言うカズは素早くルルアの背後に回り込み、肘打ちを食らわせた。
 ルルアが周囲に貼っている結界は壊せずにいたものの、結界ごと吹き飛ばして地面へと叩き付ける。
 もちろんルルアに地面へ叩き付けられたダメージはないが、カズの息吐く暇も無い追撃が彼女に向けられた。
 するとルルアの結界と何かがぶつかり合う。
 それはカズが展開した結界。互いを弾こうとし、相殺してしまう。

「ッ……!」

「結界っていうのは本人の魔法適性によって弱点が変わってくるらしいな。火の魔法が少しでもあるなら火以外が、水と風なら火と風以外が。適性を持たない属性魔法で結界は壊される。それに直接殴ろうとすれば今みたいに弾こうとする……なら結界同士がぶつかれば?」

 結界は本来自分の身を守る、もしくは相手を閉じ込めるためのものというのが常識。大抵は魔法を使う者がその場で固定させて戦うことが多く、「結界同士がぶつかる」ことは想定されていない。
 しかしカズには異世界の知識が詰められたスマホがあり、彼自身が知らないその結果を容易に調べることができた。
 そしてそれを偶然知った……わけではなく、たった今スマホを片手に調べて知ったのだった。

「悪いな、これで優劣はリセットだ。俺はお前みたいに魔法が勝手に頭に浮かぶような天才じゃないが、頼もしい相棒がいるんでな。これは流石に『チートズル』って言われても仕方ないかもしれないけど」

 そのスマホの存在を疎ましく思ったルルアがカズから奪おうと、もしくは壊そうとするが、カズは余裕の表情で躱していく。
 そう、彼にはすでに余裕が生まれており、いつもの調子を取り戻していた。
 ルルアの魔法も加わった攻撃の苛烈さは更に増していき、カズも同じように魔法を放ちつつ彼女の攻撃を受け流す。
 すると猛攻撃をしていたルルアの動きが突然止まる。
 合わせて手を止め、眉をひそめるカズ。

「もう満足したか?」

「…………」

 ルルアは「もう終わりでいいだろ」と意味を含めたカズの質問には答えず、依然として敵対する意思を持った冷たい視線を向けていた。
 そんな彼女の口がゆっくり開く。

「……《獣化――まといドレス『黒龍の返り血』》」

 それはカズとの会話のためではなく、更なる戦闘をするための魔法を発動するための詠唱だった。
 ルルアを中心とした黒く大きな火柱が彼女を包み込むようにして上がり、その熱さにカズが後ろへ飛び退く。

「ちょっと!いくらなんでも暴れ過ぎじゃない⁉」

 そこへヴェルネが窓を開けて顔を出す。
 カズもハッとして周囲を見渡すと、彼自身が綺麗にしてあった庭の草木や地面のほとんどが滅茶苦茶になったしまっていた。
 目の前の悲惨な光景にカズは「あちゃー……」と声を漏らす。

「……や、屋敷の方には被害がないみたいで何よりだ」

「これ以上暴れられたら無事じゃなくなるのも時間の問題なんだけど?」

「それもそうだな……暴れても問題なさそうな場所ってあるか?」

「だったら向こうの森にでも言っててよ。ほら、あたしたちが初めて出会ったあの森。あそこなら他の町とも距離が離れてるし、ギルドにはそっち方面の依頼は今出てないはずだし」

 ヴェルネの提案にカズが驚いた顔をしていた。

「……何よ?」

「いや、ギルドの依頼を把握してたんだなって」

「どうせ忘れてるだろうけど、あたしこの町の領主だからね?って言っても流石に全部は把握してないけど。あの森を行き過ぎると人間領だから、線引きの意味でそっち方面の魔物は必要以上間引きしないことにしてあるのよ。もちろん薬草の採取も控えてる状態だしね。だから行き過ぎないようにね」

 ただでさえ他にも問題を抱えている状態のカズ。「これ以上問題を増やさないで」と言いたげにヴェルネからジト目で睨らまれ、カズは笑顔を引きつらせる。

「それじゃまぁ、あの怖い我が儘娘をそっちまで誘導しないとな」

 そう言って視線をルルアに戻すカズ。視線の先では黒い炎をドレスのように身に纏った彼女が立っており、周囲の地面が少しずつ溶けてしまっていた。
 そして黒炎のドレスの所々には鋭い鱗のようなものが彼女の身を守るように生え、吸血鬼として歪だった背中の羽は黒く染まり更に禍々しい形へと変わっていた。

「うわぁ……触ったら痛そうだし熱そうだな。ああいう覚醒って普通強敵とか相手にするのが定番じゃないのかよ?」

「なんでアレ見てそんな語彙力低い感想しか出てこないのよ。絶対触ったら痛い熱いじゃ済まないわよ……」

 カズはルルアが暴れる前に移動を始める。
 ルルアもすぐにその場で暴れることはなく、移動する彼の姿を目で追いかけた後に彼女自身も彼の後を追う。
 そんな彼らを見送ったヴェルネはその場の空気が軽くなりホッとする。

「……はぁ、なんであたしの周りにはあんな化け物ばっかりなのかしら。でも――」

 精神的に披露したヴェルネは溜め息を吐くが、すぐに口角を上げて笑う。

「――おかげで怯えるだけ日々から抜け出せたわけなんだけどね……」

「前はいつ人間が侵攻してくるのかとか、大量の魔物が押し寄せてくるんじゃないかとか心配事が多かったですもんね。あの時ヴェルネ様が魔物の間引きに向かって下さったのが幸運を引き当てたって感じです?」

 ヴェルネの後ろで待機していたマヤルが彼女の呟きに応える。

「幸運……幸運って言っていいのかしらね?アイツが来てからロクなことが起きてない気がするんだけど」

「それは色々なことが重なったせいでそう感じてるだけですよ!だってカズさんがいないままヴェルネ様がサソリの魔物と遭遇してたり、アスタの森で発生したモンスターパレードでこの町は危機に晒されていたでしょうからね。そこにたった一人で全て対処できるカズさんがいてくれたからこそ、今私たちは何事もなく過ごせているのだと思えば……」

 マヤルがそこまで言うとニッと笑った表情でヴェルネの顔を下から覗き込む。

「……要は考え方ってことね。わかってるわよ、あたしの考え方が卑屈だってことくらい。実際アイツが来てから悪くない日々を送ってるわけだしね」

 ヴェルネがそう言うとマヤルはニヤニヤと、よりいやらしい笑みをして彼女の顔を見ていた。

「な、何よ……」

「いえ、良い男性を見付けて来たなぁ~って。種族を越えた恋って素敵ですよ!」

 マヤルのからかう言葉にヴェルネはブッと噴き出してしまい、その後屋敷中に彼女の怒号が響き渡るのだった。
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