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まさかの再会

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「あ」

「あん?……あ」

 道中で出会ったシェリルの婆ちゃんにある程度掻い摘んで説明をしたら「お礼がしたいからちょっとだけ上がってって」とお誘いを受けたので届けついでに家に上がることになった。「雑草を拾い食いして、それがたまたま危険な毒だった」などと適当なことを言って。それが気に入らなかったシェリルが「私は野良犬かっ!」と頭突きしてきたけれど、俺の方が頭は硬かったのでシェリルだけが痛がるだけの結果となった。
 すると案内されたそこで前に奴隷商人のところで暴れた人間の男がエプロンを着て玄関に立っていたのと鉢合わせた。

「ああ、思い出した。奴隷商人のとこで暴れた男を買って行った婆ちゃんだったか」

「あら、見られてたのね。私も見てたわ、この人から女の子を助けた人間さん。まるで物語に出てくる英雄みたいで格好良かったわよ」

 うふふと笑う婆ちゃんと、その時のことを思い出して気まずくなっていた俺と同じ人間の男。まさかこんな形で再会するとは思ってなかった。

「へっ、相変わらず魔族と仲良くしてんのかよ……」

「こーら、そんなこと言わないの」

 婆ちゃんは笑顔のままそう言って手の甲を男に向けると、男は全身からバチバチと音を立てて電流でも流されたかのような状態となる。

「ギィヤァァァァッ!?」

「さっさと従順にならないからそうなるんだし」

 焦げた臭いを漂わせて倒れた男を見たシェリルが背中で呟く。

「騒がしくてごめんなさいね、改めてご挨拶させていただくわ。私はシェリルの祖母でエルザよ」

 彼女が名乗ったのでこっちも「カズだ」と簡単に名乗っておいた。

「あなたは……シェリルちゃんの良い人かしら?」

「ぶっ!?」

 エルザの発言に俺の背中でシェリルが吹き出す。汚ねえな。
 しかしこの場合は仕方ない。エルザの言った「良い人」ってのは恋人かどうかという意味で聞いているのだろうし。

「んなわけないだろ婆ちゃん!なんでこんな奴と……」

「だってシェリルちゃん、物凄い男嫌いなのにそうやって男の人の背中で大人しくしてるってことはそういうことなのかなーって思って?」

「ちげーから!体が動かなくて仕方なくこうしてるだけで、じゃなかったらコイツの玉を蹴り潰してやってるから!」

 この世に存在する全男性が聞いたら思わず股間を押さえてしまうようなことを言うシェリル。
 人間の男も苦虫を潰したような顔をして内股になってるし、エルザはそれに「あらあら強気ね」と笑うだけだった。

「ビリーもここに来てから何度もシェリルちゃんと喧嘩ばかりしてたしね。今ではだいぶ大人しくなった方なんだけど……」

「ビリー?」

「俺の名前だよ」

 気恥しそうにそっぽを向いてそう言う男。コイツの名前がビリーっていうのか。

「大体、婆ちゃんがいきなり奴隷を買ってきたって言って人間の男を連れて来るんだもん……驚くじゃん」

「俺だって驚いたよ、ここに来てすぐに悲鳴を上げながら殴られたんだからな」

 皮肉を言い合ってお互い「ケッ!」と悪態を突く。男嫌いと軽犯罪奴隷……なるほどかなり相性が悪い。
 シェリルが男のどこを嫌ってるかにもよるが、犯罪を起こすような男を好む奴なんてそうそういないとは思うし。
 ……お前らが言うな、なんて言われそうだけど気にしないでおこう。

「そんじゃ、コイツを届けたことだし、俺はこれで失礼するよ」

「あら、お茶くらい飲んでいかないの?」

「婆ちゃん、コイツを甘やかさないでよ……」

 シェリルが呆れて溜め息を零し、「用意するのは俺ですしね」と愚痴を零すビリー。

「時間が時間だしな。こんな夜中に他人の家に押しかけてる時点で迷惑になるし、ウチのヤツらが心配する前に帰らないとだしな」

「あら、迷惑なんて……でも心配させるのは悪いわね」

 物分りよくそう言ってくれるエルザ。
 動けないシェリルを彼女自身の部屋へ送り寝かせ、エルザとビリーが帰り際に見送ってくれた。

「カズさん」

「ん?」

「あの子をよろしくね」

 エルザからそんなことを言われてキョトンとしてしまう。

「よろしく、って言われてもな……」

 シェリルとは仕事仲間としてはいいが、それ以外で関わる気はなかった。
 こうやってお互い仮面を外して素顔を知ってしまったわけだけれど、シェリルの方から接触して来ない限りすれ違ってもこっちから声をかけることはない。

「だってあの子は何も言わないけど、今日も大変なお仕事をして来たんでしょう?だからたまに気にかけるくらいでいいの、今日みたいに何かあったら連れて帰って来てもらったりしてもらえないかしら……私みたいな娘夫婦に見捨てられた老い先短いお婆ちゃんの面倒を見ようとする良い子だから」

 サラッとヘビーな話題が飛んだ気がするけど無視していいよな?だって他人の家のそんな事情にどう反応していいのかわからないんだもの。
 それともしかしてシェリルが危ない仕事をしてることを彼女は何となく察してるらしい。

「まぁ、手助けするくらいはできる限りな。あまり構うとウチの怖い女の子が怒るし」

「あら、そちらにもう相手がいたのね。それは残念♪」

 何が残念なのかは聞かなくてもなんとなく察せるので深くは掘り下げないでおく。全く、男嫌いの女とくっつかせようなんて……案外逞しいな、この婆ちゃん。

「……なぁ」

 するとここまでついて来たビリーが声をかけてくる。

「ん?」

「なんでお前は魔族を気持ち悪いとか思わないんだ?」

 婆ちゃんもいるというのに、それを無視した堂々たる質問。当人はニコニコして気にしてないみたいだけど。

「むしろなんで魔族を嫌うのかがわからんね。目の色が違おうと肌の色が違おうと、人間とやってることはほとんど変わらないってのに」

「でも魔族の中には魔物みたいな姿をしてる奴もいるし、怖くないのかよ……?」

 逆に言えばこの男が魔族に抱いているのは恐怖ってことらしい。そりゃたしかに角が生えたり腕が多く生えたりって見た目は若干ホラーっぽいけど……

「なんかやらかしてるお前よりは」

「なんでだよ⁉」

「だってお前、犯罪を犯して奴隷にされてたんだろ?花を愛でてる筋肉マッチョと包丁持って魔法ぶっ放しながら襲ってくる子供だったら、子供の方が怖いだろ?」

 自分のやったことを引き合いに出されたビリーが「うっ」と気まずそうに零す。

「それは……まぁ……」

「魔族全員が冷酷な好戦的種族だってんならまだわかるけど、俺という人間を相手にしても引き気味だったりおっかなびっくりではあるが普通に話して接してくれる奴らばかりだ。とはいえ襲ってくる盗賊みたいな奴らもいたけど、それは人間にもいるし……そう考えると人間も獣人も魔族も変わらないとは思わないか?」

「うふふ、面白い考え方のね。やっぱりシェリルの言っていた通りの人だわ」

 エルザが愉快そうに微笑んでそう言う。

「何を聞いたのか気になるところだな」

「少し前にあなたがシェリルの職場に来て同僚になったこと、そのあなたの性格がとても変だ!って。いつも男の人を毛嫌いして話題にすら出さなかったあの子がその日からあなたの話ばかりするんだもの。だからこうやってあなたという人と話せて、その人柄が知れたから凄く満足よ♪」

 本当に嬉しそうに話すエルザの純粋さを見て、少しだけ彼女とルルアの姿が重なりフッと笑みが零れてしまう。
 するとビリーが神妙な顔をして俺を見ていた。

「……やっぱりそんな考えができるお前は……変だよ。俺たち人間はガキの時から『それが当たり前だ』って教わって生きてきた。いきなり他人から『お前の呼吸はおかしい』『歩き方が変だ』って言われてすぐに変えられるわけがないんだよ。なのにお前は当たり前のように言うよな……まるで別の世界で生きてきたみたいに」

 鋭く言い当ててきたビリーに俺は少し驚きつつも笑う。

「意外と良い感をしてるな。実際、俺はお前らみたいな常識を教わっては育ってこなかったから、そのせいもあるだろうよ。でも環境ってのはきっかけの一つに過ぎない。結局心の底で自分と違う形をしたものを受け入れられなけりゃ、世界が変わってもそこは変わらないだろうさ」

 元の世界でも肌の色なんかで争ってたりしているのだから、多分魔族だとか関係ないんだと思う。
 自分と違うものを見つければ、すぐに馬鹿にして笑ったり迫害したりして否定してばかりしようとする。しかし魔族や獣人は「自分たちを嫌ってる俺が危害を加えてくるんじゃないか」という苦手意識があるだけで、俺自身を否定しようとは思ってない奴が多い。
 そう考えると人間の悪いところばかりが浮き彫りになって、同じ人間として何とも言えない気持ちになってしまう気がするな……もちろん人間の方だって全員が同じってわけじゃないんだが。

「……お前って俺より年下に見えるけど、まさか何百歳とかじゃないよな?」

「あんたが二十歳より前で老けた見た目をしてるってわけじゃなければ見た目通りの年下だよ」

 寿命は人間より増えているけれど、なんてのはわざわざ言わないけど。

「それにしては達観してるのね?私みたいなお婆ちゃんよりも立派な考えを持っているわ」

「そこまで言われるようなことでもないだろ……」

 クスクスと少女のように笑うエルザ。達観してるって言われた俺とまるで正反対だな。
 そんな会話も程々に二人と別れ、俺はある場所へと向かった。
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