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本当はね……

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「こっちよ、お兄ちゃん」

 吸血鬼たちとの戦いも一段落したところでルルアに手を引かれ、再び彼女の実家である城の中へと入ることとなった。

「忘れ物でもしたのか?」

「ううん、違う。でもやりたいことがあるの」

 そう言って俺の手を引っ張り続けるルルア。
 その道中では俺が手にかけたはずの吸血鬼たちの遺体が無くなっていた。
 アルケイドのように消滅したと考えるのが自然だが、その前にルルアの服や肌についていた血から考えてアルケイド同様に奴らの血も吸ったんだろう。
 「吸血した相手の知識と力の一部を得られる」……なんとなくルルアから感じられる違和感はその知識や力を得て少しだけ大人びて見えるせいだろう。
 ほんの少し。普通なら気付くこともないような僅かな変化だが、いつも相手の言動を見て感情や嘘を見抜いているからこそそう感じてしまうのだろう。
 そんなことを考えているうちに彼女に連れられてきたのは、祭壇があり長椅子がいくつも並べられた広く仰々しい部屋だった。

「なんだここは……結婚式場か何かか?」

「ある意味正解。ここは吸血鬼が色んなことを誓う場所なの」

「色んなこと?」

「偉い人に忠誠を誓ったり自分自身に誓いを立てたり互いが夫婦になることを誓い合ったり……神様に誓う人だっているみたいよ?……もうここを使う人はほとんどいないみたいだけど」

 彼女の言う通り、あまり使われていないせいで埃を被っているところが多い。
 そもそもアイツらが「誓う」なんて似合わないしな……

「それでルルアはここで何かを誓うのか?」

「正確には。お兄ちゃんと一緒に誓いたいことがあるの」

 そう言うとルルアは俺から手を離し、祭壇の前でクルリと回転してこっちに振り返る。

「お兄ちゃん、ルルアと契約して?」

「魔法少女にはならないぞ?」

「え?」

 どこかのアニメでそういうネタがあったのを思い出して思わず口に出してしまった。
 ルルアが「魔法少女?」と聞き返してきたので「なんでもない」と返してその意味を説明するよう促す。

「誰かの記憶にあったことなんだけど、吸血鬼が一緒に生きたいっていう他の種族がいた場合にこの契約をするんだって。『私はあなたと共に』っていう誓い」

 ルルアは誰かの知識を読み取ることができるというのだから吸血鬼の中にそういう知識を持った奴がいたということ。
 もしくは実際にそういう契約をした奴がいたのか……?

「そのメリットとデメリットは?」

 あまりルルア相手にそういうことを言いたくはないが、「契約」と言うくらいだからただの口約束ではないんだろうと思った。
 そんな俺の問いにルルアは首を捻って唸る。

「うーん……この場合お兄ちゃんに良いことが起きるだけじゃないかな……寿命が延びるとか?」

 寿命が延びるって……胡散臭い健康食品の押し売り文句みたいなんだけど。
 まぁでも、それがガセ情報だったとしてもルルアが満足するなら合わせた方がいいだろう。
 こういうおままごとというか、迷信っぽいのは女の子は好きだってら聞いたことあるし。
 仮に寿命が伸びるってのが本当だったら万々歳とでも考えておけばいい。

「お兄ちゃん♪」

 ルルアがハグをするような感じで両手を広げて来てほしいことを伝えてくる。
 彼女の近くまで行くと祭壇の前の少し開けた空間の地面に円形の模様が描かれてあった。
 まるで魔法陣のようだが……
 その上に俺たちは立った。

「しかし俺はその契約の過程とか知らないけど、何をすればいいんだ?」

「特別に何かする必要はないわ。ただお互いがお互いの血を飲めばいいの」

 互いの血を飲むとか流石だな、吸血鬼らしい契約方法だ。

「ってことは盃でも用意した方がいいのか」

「ううん、必要ないよ」

 ルルアがそう言うと自らの首、頸動脈けいどうゃく辺りを尖った爪で傷付ける。
 ……あまり女の子が自分の身体を傷付けるのを見ていて気持ち良くはないな。
 そういう気持ちが顔に出てたのか、ルルアが俺の顔を見てクスリと笑う。

「大丈夫よ、お兄ちゃん。吸血鬼って獣人の中でも治癒は高いし、ルルアは怪我もすぐに治っちゃうから!」

「そういう問題じゃないんだがな……」

 まぁ、これっきりってことで多目に見るか。次やったらデコピン百回の刑とか考えておこう。

「それじゃあ、始めるわ」

 ルルアがそう言って抱き着いてくる。

「ルルアも血を吸うから、ちょっとチクッとするよ。お兄ちゃんもルルアの血を吸ってね?」

「吸うって……この状態でかよ?」

 ルルアは疑問に答えずに俺の首に歯を突き立ててきた。
 仕方ないと思うことにして言われた通りにルルアの首に目を向ける。
 ……なんか、改めて考えるといやらしいことをしているように思えてきてちょっと躊躇ちゅうちょするんだが。
 別にキスをするだとかそれ以上のことでもないし、年齢に関してはむしろ俺よりもルルアの方が年上だ。
 だから問題ない。問題ないはずなんだけど……
 もしかしたら傍から見て犯罪的な絵面になってね?という考えが拭い切れないのである。
 それでもこれが最初で最後だと自分に言い聞かせ、血が溢れるルルアの首に口を付けた。
 自分の首にもチクリとした痛みを感じ、ルルアが噛み付いたのだと理解する。
 不思議な感覚だった。
 自分の首から色んなものが抜け出ていき、そしてルルアの首から口へ何か熱いものが流れ込んできて、さらに自分の体の一部になっていくような感覚。
 体が熱い。
 中から熱が広がっていく。
 しかしそれは嫌なものではなく、次第にルルアと触れ合っている部分に心地良さを覚え始めていた。
 昔、母親に甘えていた頃の幼少時代に似た温もりを感じていたことを思い出す。
 ルルアも同じ感覚を感じているのか、体を震わせながら抱き着いてきている腕に力がさらに込められていた。

☆★☆★☆★
~ルルア視点~

 美味しい。
 気持ち良い。
 心地が良い。
 カズお兄ちゃんの血の温かさ?ううん、それだけじゃない。
 家族とはまともに触れ合って来なかったせいで普段手を握るだけでも温かく感じていたけれど、こうやって抱き合っていると凄く安心する。
 人との温もりがここまで落ち着くなんて、お兄ちゃんと出会うまで知らなかった。
 いつも冷たくて寒くて、布団に包まっているのが当たり前だった今までからすれば考えられなかったこと。
 ついには奴隷にされて捨てられたんだと悟り、だったらせめて他の人から愛してもらいたいと思うようになっていた。
 でも自分を買って行こうとする人はルルアが求めてるものをくれる人はいなかった。
 男の人はルルアじゃなくて女の子を、女の人は着せ替え人形を求めてばかり。
 そんな人しかいないのかなと思い始めた時に初めてルルアを家族だって言ってくれたお兄ちゃんが現れた時は凄く嬉しかった。
 ……だけどここにきてルルアは欲張りになってしまったかもしれない。
 ルルアのために怒って戦ってくれるお兄ちゃんを見て、今までの「好き」が変わってしまった気がする。
 ちょっと前なら手を繋いだり抱き締められても「嬉しい」と感じるだけだったけど、今こうしているとドキドキが止まらなくなってた。
 こんなのは初めてだけど、きっとこれは女の子のドキドキだと思う。
 お兄ちゃんは人の感情に敏感だっていうから気付かれてるかもしれないけど、隠す気はないから知られても別に良いと思ってる。
 だからお兄ちゃん……ルルアは少し悪い子になるね?
 この契約は本当に相手の寿命を延ばす儀式。でもお兄ちゃんには言ってないことがあるんだ。
 それはね……この儀式をすると「吸血鬼と同じ寿命になる」っていうのが正確な内容になるんだ。
 そして吸血鬼の寿命は一万歳以上生きた人だっているらしい。
 つまり最悪、お兄ちゃんには一万年生きてもらうかもしれない。
 嘘だと見抜かれちゃうからそういうことは言わないでおいたから、お兄ちゃんは延びる寿命はちょっとだけだと思ってると思う。
 それが一万年だって知ったらお兄ちゃんはガッカリしちゃうかな?ルルアのこと怒るよね?
 でもしょうがないよね、ルルアがお兄ちゃんを好きになっちゃったんだもん。お兄ちゃんが好きにさせちゃったんだもん。
 だけどお兄ちゃんも悪いんだよ?優し過ぎるんだから。
 だからルルアみたいな子に好かれちゃうんだよ……責任取ってルルアと一緒に一万年くらい生きてくれるよね、お兄ちゃん……?

☆★☆★☆★
~カズ視点

 なぜかまた悪寒を感じる。最近ルルアといるとそういうのを感じることが多くなった気がする。
 少しだけ目を開けると、さっき見た足元の魔法陣が眩く光っているのに気付く。どうやら契約っていうのは本当だったらしい。
 その光が徐々に収まっていくと、体の熱も消えていく。
 口惜しさを感じるその心地良さが無くなったことで契約が完了したことを知らされたかのようだった。
 ルルアの首から口を離すと液体が垂れる感覚を覚え、親指で拭き取ると血が付いていた。思いの外切り傷からの出血が多かったようだ。

「大丈夫かルルア?貧血でフラフラしたりしないか?」

 確認のために声をかけるが返事が無い。
 ルルアを見ると恍惚とした表情をしたままボーッとしていた。

「ルルア?」

「……ん」

 何かの余韻に浸っていてしばらく動かなかったが、少しして小さく返事をするルルア。

「大丈夫だよ、ありがとう……ごめんなさい」

 ごめんなさい?何を謝ってるんだ?

「この契約に付き合ったことなら気にしなくていいんだぞ?」

「……うん」

 頷きながらも後ろめたさを感じているルルア。
 普段子供らしいのに、こういう遠慮するところは子供らしくないんだよな……まぁ、年齢的に言うなら子供らしさがなくて当たり前なんだが。

「ともかく、忘れ物ややりたいことがないならもう帰ろうぜ」

「そうだね、早くヴェルネ姉様に会いたいわ!」

 ルルアは両手を後ろに回して、後ろめたさの消えた笑顔でそう答えた。
 その日はもう遅いので、この城で夜を明かしてから戻ろうという話で終わった。

「そうだ、お兄ちゃん!」

「なんだ?」

 その場から移動しようとしたところでルルアが呼んでくる。

「えっとね……またお兄ちゃんの血、吸っていい?」

 艶めかしくそう言うルルアに俺は引きつった笑いをしてしまう。

「死なない程度になら、な……」

「やったぁ!」

 ルルアが子供のように両手を上げて喜ぶ。
 血の味を知ってしまった獣は危険だと言うが、どうやらルルアは俺の血を美味しいと感じてしまったようだ。
 はてさて、この先どうなることやらな……
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