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血塗れの道を通って
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☆★☆★☆★
~他視点~
薄暗く、罪人でも入れられるようなジメジメした部屋。
そこに人が殴られている鈍い音が何度も鳴っていた。
そしてより一層大きな音をが鳴るとルルアが壁に叩き付けられ、血で壁を濡らしながらずり落ちる。
そんな彼女の襟首を掴み、壁に押し付けながら持ち上げる吸血鬼の男。ルルアとどことなく似た雰囲気をしている彼はその兄であるヴィクターである。
ヴィクターが下卑た笑みを浮かべてルルアの顎を乱暴に掴む。
「まだへばるなよ?お前がいなかった分、たっぷり可愛がってやるから」
ヴィクターがそう言いながらルルアを掴む手に力を入れる。
彼女は抵抗こそしないものの、自分を痛め付けてくる兄を睨んでいた。
「……んだぁ、その生意気な目は?せっかくテメェみたいなクズを必要として探し出してやったんだから、?ありがたく思え……よっ!」
ルルアの腹部に膝蹴りを入れるヴィクター。
普通なら嘔吐するような威力だが、ルルアはこの場所に連れて来られてからまともな食事をしていなかったため吐き出すことはなかった。
代わりに血液だけを吐き出される。
その場に崩れ落ちるルルアだが、目は鋭く兄を捉えていた。
「……なんだよ……何なんだよその目はよぉっ!! 俺が!親父が!お袋が!テメェみたいな!薄気味悪い!奴を!ここに置いて生かしておいてやってるだけでも有り難がれよ!」
ヴィクターは言葉の一つ一つを強調させながらルルアを蹴る。
ルルアはせめて痛みを軽減させようとうずくまり腕で頭を守る。
ただ蹴るだけでは意味が無いと悟ったヴィクターが彼女の首を無理矢理掴み再び持ち上げた。
「お前みたいな出来損ないの失敗作を欲しがる奴なんていない!必要とする奴なんていないんだよ!だから大人しくサンドバッグになってやがれ!」
暴言を吐くヴィクターにルルアが今までよりも思いっきり睨み付ける。
「そんなことないっ!」
「な……に……?」
「それ」はルルアが生まれて初めて兄に、家族に怒鳴り反抗した瞬間だった。
「ルルアがどんなのでも受け入れてくれた人がいた!その人はお兄様やお父様たちみたいに痛いことしてこないもん!ルルアがいけないことをしたら注意してくれるし、いいことをしたら頭を撫でてくれるもん!だからルルアは――」
ルルアが今まで大人しく痛め付けられていたのはカズが超術の使用を禁止したからというだけではなく、例えどんな最低な理由でも自分を必要だと言われたことによる戸惑いがあったからだった。
しかしその我慢も限界を迎え、彼女は自分の意志を言葉にして表す。
「あなたたちに必要とされなくても、『私』を必要だって、一緒にいてもいいって人がいるの!あなたたちよりも大切にしてくれる人がいる!だから――」
「もういい」
「……え?」
――グシャッ!
ルルアが必死に紡ぐ言葉を遮り、ヴィクターは彼女の顔面を思いっきり殴った。
今まで本気ではなかった吸血鬼が強く殴ったことでルルアの頭が後ろの壁に大きく埋まる。
殴られたルルアは体を痙攣させ、しばらくしてピクリとも動かなくなってしまう。
「……チッ、ムカつくことばっか言うからついカッとなっちまった。流石に死んじまったか……?ま、しょうがねえか。ストレス発散のために連れ戻したコイツにイラついてたら意味ねえし。親父たちには後でどうとでも言っておけば――」
「おい」
独り言を呟くヴィクターへ後ろから声が掛けられる。
その声には怒気が含まれており、異様なほどに部屋の空気が重くなる。
ヴィクターも只事ではない雰囲気に大量の汗を吹き出して振り返った。
「ッ……誰、だ……!?」
ヴィクターが見る先には彼自身が知らない人物が立っていた。
その彼に常人ならすでに死んでいるほどの重症を負わされたルルアも視線をそちらへ向ける。
「カズ……に、い……さま……」
そこにいたのは尋常ではない怒りを放つ異様な仮面を被った男、カズだった。
彼女がいない時に購入して付けている仮面だが、ルルアは服装と雰囲気からカズであると理解していた。
「親父の客か?いや、でも親父はいねえし……つーか、ここがどこだかわかってんのか?」
コツコツと足音を響かせ、ルルアとヴィクターに近付くカズ。その足取りはゆったりと、重い。
「ここは俺たち家族がオモチャで遊ぶ場所だ、他は立ち入り禁止……いや待て、この匂い――」
顔を隠していても匂いで判別される。彼が人間であるということが。
「は、はは……人間だと?親父かお袋が攫って来たのか?どっちでもいい、ここに迷い込んだのが運の尽きだな……久しぶりのご馳走なんだ、血も肉も残らずこの場で食らい尽くして――ガッ」
カズはヴィクターの言葉にも動じず近付き、彼の頭を両手で力強く掴む。
ヴィクターはすぐにその手を外そうとカズの腕を掴むが、ビクともしていなかった。
「は、外れない……なんだ、このバカげた力はっ!? ……それにこの匂いは……お前、ここに来るまでにどれだけの同族を殺しやがった!?」
カズがさらに近付いたことで多くの吸血鬼を殺した匂いが染み付いているのを感じ取ったヴィクター。
その得意げだった顔が徐々に恐怖へ染まっていく。
しかしカズは言葉を交わそうとせず、冷めた目でヴィクターを睨むだけだった。
カズはさらに手に力を込め、ヴィクターは悲痛な叫びを上げる。
「お、俺にこんなことをしてタダで済むと……アアァァァァァッ!! クソッ、一体何が望みなんだよ!欲しいもんがあるなら俺じゃなく親父に言えって!クソッ、クソがッ!」
ヴィクターの言葉と問答する気がないカズは未だに答えず、痛みを与え続けた。
ヴィクターが殴る、蹴るをして抜け出そうと試みるもビクともしない。
次第に与えられる痛みによってヴィクターの抵抗する力が失われていく。
そんなカズの後ろに女性が現れる。
ルルア、そしてヴィクターの母親だった。
「何を……してるの……?」
信じられない光景を見たかのように目を丸くしてワナワナと震える女性。
「おふ、くろ……たすけて……」
痛みを与えられ続けて脱出できずについには涙まで流すヴィクターから助けを求められた女性はハッとし、止めようと動き出す。しかし……
「やめなさ――」
女性が止める間もなく、ヴィクターは呆気なく半分に千切られてしまった。
人を、人より頑丈な吸血鬼という生物を、まるで饅頭を半分にするかの如く簡単に。
「あ……あぁ……」
目の前で息子の命を散らされた母親は声を漏らしながら唖然として固まってしまう。
そして彼女の様子が一変する。
「よくも息子をッ!」
背中から大きな翼が生え、目が全体的に赤くなり牙も明らかにむき出しになる。
人間からかけ離れた姿となってカズに襲いかかっていく。
元々人間離れした力に加えて吸血鬼特有の変身で身体能力が上がり、さらにルルアの家系は吸血鬼の中でも力が特別に強く生まれてくる者ばかりだった。
それは吸血鬼の間では周知の事実であり、カズは知り得ない話である。
だが彼にとってそんなことは些細な問題でしかない。
カズに向かっていたはずの女性、しかし彼女はいつの間にかカズを通り過ぎていた。
……ではなく、カズが素早く移動したことで女性の最初の立ち位置と入れ替わっていただけである。
「何っ――」
女性が反撃するために振り返る。が、そこにカズはいなかった。
たしかについ今の今、そこにいたはずのカズの姿がなく困惑する。
人間の独特な匂いはする。だがその匂いがあちらこちらと振り撒かれ、居場所を特定することが困難となっていた。
そんな彼女の胸が貫かれる。
「――あ……」
死にゆくルルアの母親は顔からは諦めるように怒りが消え、代わりに悲しそうなものになる。
自分の息子を一瞥し、そして自分を殺した者の顔を見ようと後ろを向こうとする。
視界の端で僅かに捉えたのは仮面を少しだけ外すカズの姿。
その間から垣間見えた彼の素顔を見た彼女は目を見開く。
――到底普通の人間とは思えない、見るだけで貫くような鋭い眼光だった。
「あ、くま……」
女性はそれだけ呟くと静かに目を閉じる。
カズは胸を貫いた腕を抜き、倒れた彼女に目を向けることなく一直線にルルアのところへ向かう。
「ルルア」
「……やっぱり来てくれたのね、カズ兄様……」
血まみれで壁に寄りかかって座るルルアが微笑む。
あまりに悲惨な姿にカズは目を閉じて怒りや悲しみなどの激しい感情を表に出そうとせず抑え込み、目を開けると優しくルルアを抱き上げる。
「待たせたな……」
仮面でわからないが、カズは優しい声色で言う。
「うん、凄く待ってた……また会えたら言いたいこととか、お願いしたいこととかあったから……」
「そうか……」
ルルアの言葉にカズが軽く答えると、その部屋からゆっくりした足取りで出て行く。
「ルルアね、キュッてしたくても我慢できたんだよ……?我慢したらお兄様が褒めてくれると思ったから……また撫でてもらいたいなって思えたから我慢できたんだ……」
「我慢させちまったんだな……悪かった。でも耐えられたのは偉かったぞ」
頭を撫でるカズと撫でられて嬉しそうに笑みを浮かべるルルア。その彼らが歩む廊下では多くの吸血鬼たちが死に絶えており、ほとんどが絶望の表情を浮かべていた。
男も女も関係なく、全員体のどこかが必ず欠損していた。
どのようなことが起きたかを語る者は一人もおらず、床壁天井が血で一色に染まっている。
まさに地獄絵図である。
しかしそれを気に止めず、カズはどこかへと向かい続けた。
「それでねお兄様、最後のお願いなんだけど……」
「…………」
ルルアにとっては「二つ目のお願い」という意味で言っただけだったが、心に余裕があまりないカズにとって聞いて気分の良い言葉ではなかった。
「『お兄様』じゃなくて『お兄ちゃん』って呼んでいい……?」
「ハッ、全く……」
ルルアのお願いにカズは鼻で笑い呆れる。
「ダメ……?」
「むしろそんなことでお願いなんて使うなって。呼び方くらいいくらでも、いつでも変えればいい」
「……ふふっ、やっぱりカズ兄様は優しい……ううん、カズお兄ちゃん」
ルルアの言い直しに仮面の奥で再び笑うカズ。
ふとカズがある一室の前で立ち止まり、扉を開けて入って行く。
そこは赤やピンクなどの色の家具が多く置いてあり、カズは躊躇なく入り大きなベッドがある中央へ向かい、ルルアをそこへ寝かせる。
「ここで少し待っててくれるか?」
カズが仮面を取って微笑んだ笑みを見せてそう言うと、ルルアも無言で微笑み返してそのまま眠りに就く。
眠ったことを確認したカズは再び鋭い雰囲気を纏い仮面を被る。
カズが向かう先、城の外では吸血鬼の大軍が待ち構えていた。
~他視点~
薄暗く、罪人でも入れられるようなジメジメした部屋。
そこに人が殴られている鈍い音が何度も鳴っていた。
そしてより一層大きな音をが鳴るとルルアが壁に叩き付けられ、血で壁を濡らしながらずり落ちる。
そんな彼女の襟首を掴み、壁に押し付けながら持ち上げる吸血鬼の男。ルルアとどことなく似た雰囲気をしている彼はその兄であるヴィクターである。
ヴィクターが下卑た笑みを浮かべてルルアの顎を乱暴に掴む。
「まだへばるなよ?お前がいなかった分、たっぷり可愛がってやるから」
ヴィクターがそう言いながらルルアを掴む手に力を入れる。
彼女は抵抗こそしないものの、自分を痛め付けてくる兄を睨んでいた。
「……んだぁ、その生意気な目は?せっかくテメェみたいなクズを必要として探し出してやったんだから、?ありがたく思え……よっ!」
ルルアの腹部に膝蹴りを入れるヴィクター。
普通なら嘔吐するような威力だが、ルルアはこの場所に連れて来られてからまともな食事をしていなかったため吐き出すことはなかった。
代わりに血液だけを吐き出される。
その場に崩れ落ちるルルアだが、目は鋭く兄を捉えていた。
「……なんだよ……何なんだよその目はよぉっ!! 俺が!親父が!お袋が!テメェみたいな!薄気味悪い!奴を!ここに置いて生かしておいてやってるだけでも有り難がれよ!」
ヴィクターは言葉の一つ一つを強調させながらルルアを蹴る。
ルルアはせめて痛みを軽減させようとうずくまり腕で頭を守る。
ただ蹴るだけでは意味が無いと悟ったヴィクターが彼女の首を無理矢理掴み再び持ち上げた。
「お前みたいな出来損ないの失敗作を欲しがる奴なんていない!必要とする奴なんていないんだよ!だから大人しくサンドバッグになってやがれ!」
暴言を吐くヴィクターにルルアが今までよりも思いっきり睨み付ける。
「そんなことないっ!」
「な……に……?」
「それ」はルルアが生まれて初めて兄に、家族に怒鳴り反抗した瞬間だった。
「ルルアがどんなのでも受け入れてくれた人がいた!その人はお兄様やお父様たちみたいに痛いことしてこないもん!ルルアがいけないことをしたら注意してくれるし、いいことをしたら頭を撫でてくれるもん!だからルルアは――」
ルルアが今まで大人しく痛め付けられていたのはカズが超術の使用を禁止したからというだけではなく、例えどんな最低な理由でも自分を必要だと言われたことによる戸惑いがあったからだった。
しかしその我慢も限界を迎え、彼女は自分の意志を言葉にして表す。
「あなたたちに必要とされなくても、『私』を必要だって、一緒にいてもいいって人がいるの!あなたたちよりも大切にしてくれる人がいる!だから――」
「もういい」
「……え?」
――グシャッ!
ルルアが必死に紡ぐ言葉を遮り、ヴィクターは彼女の顔面を思いっきり殴った。
今まで本気ではなかった吸血鬼が強く殴ったことでルルアの頭が後ろの壁に大きく埋まる。
殴られたルルアは体を痙攣させ、しばらくしてピクリとも動かなくなってしまう。
「……チッ、ムカつくことばっか言うからついカッとなっちまった。流石に死んじまったか……?ま、しょうがねえか。ストレス発散のために連れ戻したコイツにイラついてたら意味ねえし。親父たちには後でどうとでも言っておけば――」
「おい」
独り言を呟くヴィクターへ後ろから声が掛けられる。
その声には怒気が含まれており、異様なほどに部屋の空気が重くなる。
ヴィクターも只事ではない雰囲気に大量の汗を吹き出して振り返った。
「ッ……誰、だ……!?」
ヴィクターが見る先には彼自身が知らない人物が立っていた。
その彼に常人ならすでに死んでいるほどの重症を負わされたルルアも視線をそちらへ向ける。
「カズ……に、い……さま……」
そこにいたのは尋常ではない怒りを放つ異様な仮面を被った男、カズだった。
彼女がいない時に購入して付けている仮面だが、ルルアは服装と雰囲気からカズであると理解していた。
「親父の客か?いや、でも親父はいねえし……つーか、ここがどこだかわかってんのか?」
コツコツと足音を響かせ、ルルアとヴィクターに近付くカズ。その足取りはゆったりと、重い。
「ここは俺たち家族がオモチャで遊ぶ場所だ、他は立ち入り禁止……いや待て、この匂い――」
顔を隠していても匂いで判別される。彼が人間であるということが。
「は、はは……人間だと?親父かお袋が攫って来たのか?どっちでもいい、ここに迷い込んだのが運の尽きだな……久しぶりのご馳走なんだ、血も肉も残らずこの場で食らい尽くして――ガッ」
カズはヴィクターの言葉にも動じず近付き、彼の頭を両手で力強く掴む。
ヴィクターはすぐにその手を外そうとカズの腕を掴むが、ビクともしていなかった。
「は、外れない……なんだ、このバカげた力はっ!? ……それにこの匂いは……お前、ここに来るまでにどれだけの同族を殺しやがった!?」
カズがさらに近付いたことで多くの吸血鬼を殺した匂いが染み付いているのを感じ取ったヴィクター。
その得意げだった顔が徐々に恐怖へ染まっていく。
しかしカズは言葉を交わそうとせず、冷めた目でヴィクターを睨むだけだった。
カズはさらに手に力を込め、ヴィクターは悲痛な叫びを上げる。
「お、俺にこんなことをしてタダで済むと……アアァァァァァッ!! クソッ、一体何が望みなんだよ!欲しいもんがあるなら俺じゃなく親父に言えって!クソッ、クソがッ!」
ヴィクターの言葉と問答する気がないカズは未だに答えず、痛みを与え続けた。
ヴィクターが殴る、蹴るをして抜け出そうと試みるもビクともしない。
次第に与えられる痛みによってヴィクターの抵抗する力が失われていく。
そんなカズの後ろに女性が現れる。
ルルア、そしてヴィクターの母親だった。
「何を……してるの……?」
信じられない光景を見たかのように目を丸くしてワナワナと震える女性。
「おふ、くろ……たすけて……」
痛みを与えられ続けて脱出できずについには涙まで流すヴィクターから助けを求められた女性はハッとし、止めようと動き出す。しかし……
「やめなさ――」
女性が止める間もなく、ヴィクターは呆気なく半分に千切られてしまった。
人を、人より頑丈な吸血鬼という生物を、まるで饅頭を半分にするかの如く簡単に。
「あ……あぁ……」
目の前で息子の命を散らされた母親は声を漏らしながら唖然として固まってしまう。
そして彼女の様子が一変する。
「よくも息子をッ!」
背中から大きな翼が生え、目が全体的に赤くなり牙も明らかにむき出しになる。
人間からかけ離れた姿となってカズに襲いかかっていく。
元々人間離れした力に加えて吸血鬼特有の変身で身体能力が上がり、さらにルルアの家系は吸血鬼の中でも力が特別に強く生まれてくる者ばかりだった。
それは吸血鬼の間では周知の事実であり、カズは知り得ない話である。
だが彼にとってそんなことは些細な問題でしかない。
カズに向かっていたはずの女性、しかし彼女はいつの間にかカズを通り過ぎていた。
……ではなく、カズが素早く移動したことで女性の最初の立ち位置と入れ替わっていただけである。
「何っ――」
女性が反撃するために振り返る。が、そこにカズはいなかった。
たしかについ今の今、そこにいたはずのカズの姿がなく困惑する。
人間の独特な匂いはする。だがその匂いがあちらこちらと振り撒かれ、居場所を特定することが困難となっていた。
そんな彼女の胸が貫かれる。
「――あ……」
死にゆくルルアの母親は顔からは諦めるように怒りが消え、代わりに悲しそうなものになる。
自分の息子を一瞥し、そして自分を殺した者の顔を見ようと後ろを向こうとする。
視界の端で僅かに捉えたのは仮面を少しだけ外すカズの姿。
その間から垣間見えた彼の素顔を見た彼女は目を見開く。
――到底普通の人間とは思えない、見るだけで貫くような鋭い眼光だった。
「あ、くま……」
女性はそれだけ呟くと静かに目を閉じる。
カズは胸を貫いた腕を抜き、倒れた彼女に目を向けることなく一直線にルルアのところへ向かう。
「ルルア」
「……やっぱり来てくれたのね、カズ兄様……」
血まみれで壁に寄りかかって座るルルアが微笑む。
あまりに悲惨な姿にカズは目を閉じて怒りや悲しみなどの激しい感情を表に出そうとせず抑え込み、目を開けると優しくルルアを抱き上げる。
「待たせたな……」
仮面でわからないが、カズは優しい声色で言う。
「うん、凄く待ってた……また会えたら言いたいこととか、お願いしたいこととかあったから……」
「そうか……」
ルルアの言葉にカズが軽く答えると、その部屋からゆっくりした足取りで出て行く。
「ルルアね、キュッてしたくても我慢できたんだよ……?我慢したらお兄様が褒めてくれると思ったから……また撫でてもらいたいなって思えたから我慢できたんだ……」
「我慢させちまったんだな……悪かった。でも耐えられたのは偉かったぞ」
頭を撫でるカズと撫でられて嬉しそうに笑みを浮かべるルルア。その彼らが歩む廊下では多くの吸血鬼たちが死に絶えており、ほとんどが絶望の表情を浮かべていた。
男も女も関係なく、全員体のどこかが必ず欠損していた。
どのようなことが起きたかを語る者は一人もおらず、床壁天井が血で一色に染まっている。
まさに地獄絵図である。
しかしそれを気に止めず、カズはどこかへと向かい続けた。
「それでねお兄様、最後のお願いなんだけど……」
「…………」
ルルアにとっては「二つ目のお願い」という意味で言っただけだったが、心に余裕があまりないカズにとって聞いて気分の良い言葉ではなかった。
「『お兄様』じゃなくて『お兄ちゃん』って呼んでいい……?」
「ハッ、全く……」
ルルアのお願いにカズは鼻で笑い呆れる。
「ダメ……?」
「むしろそんなことでお願いなんて使うなって。呼び方くらいいくらでも、いつでも変えればいい」
「……ふふっ、やっぱりカズ兄様は優しい……ううん、カズお兄ちゃん」
ルルアの言い直しに仮面の奥で再び笑うカズ。
ふとカズがある一室の前で立ち止まり、扉を開けて入って行く。
そこは赤やピンクなどの色の家具が多く置いてあり、カズは躊躇なく入り大きなベッドがある中央へ向かい、ルルアをそこへ寝かせる。
「ここで少し待っててくれるか?」
カズが仮面を取って微笑んだ笑みを見せてそう言うと、ルルアも無言で微笑み返してそのまま眠りに就く。
眠ったことを確認したカズは再び鋭い雰囲気を纏い仮面を被る。
カズが向かう先、城の外では吸血鬼の大軍が待ち構えていた。
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