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遺伝なら納得だね

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「それじゃ、まずは俺に敵意が無いことだけは伝えておく。ヴェルネにも言ったし、ここ数日間彼女と過ごしているのが伝わってるなら何となく察してるとは思うが」

「ほう、そうか。では目的は?」

 ダイスは表情を変えないまま質問をしてくる。

「ない。強いて言うならどこかで生活ができる程度になるまでは知識を身に付けたい」

「面白い回答だ。ところでこちらのギルドで冒険者の登録をしたらしいな?」

「ああ」

「質問の方向が変わるが――」

 無表情に近い状態で表情に変化がなかったダイスの顔が僅かに変化する。

「――もし我々魔族と人間が戦争をすることになったら、魔族の味方をしてくれるか?」

「っ……!」

 部屋の中が一気に重苦しい空気になり、ジェスは変化が無いがヴェルネの顔には緊張から嫌な汗が垂れ流れる。
 俺はというとこれくらい平気なので平然と答える。

「状況次第」

「状況……とは?」

 そこでレトナが退出してから初めてダイスの表情に変化が生じる。

「もしあんたが単なる略奪を考えて進軍するというのなら敵になる。それが逆に人間側が同盟も考えずそうしようというのなら味方として共に戦う。そういう話だ」

「たとえ大金を積まれたとしても?」

「俺にとって金は意味を成さない。そして俺の大事なものを人質にしようものなら……ソイツを絶対にゆるさない」

 最後の忠告とも言える言葉を発する際、本気であることを伝えるため同時に威圧を加える。

「っ……あんた……!」

「なるほど……種族や国で考えるのではなく、事情によってどちらかに加わるか、もしくは不干渉を決めると。君は思っていたよりも面白い人間のようだ」

 ダイスから威圧が消え、同時に俺も威圧するのをやめて部屋の空気が一気に軽くなる。

「まぁ、とは言っても、もし戦争に加担させる気なら報奨金くらいは貰うがな。タダ働きはゴメンだ」

「それはそうだ!」

 大きめの声で笑うダイス。どこの声帯から出してるのだろうか……
 すると外で待機していたのか、扉が開いてレトナが顔を覗かせてくる。

「……もういい?」

「ああ、いいぞ。災害級の魔物を倒したと聞いていたが、そこまで危険な者でないことがわかったからな」

 ダイスが許可したことでレトナが入って来て俺の横に並ぶ。というか、俺の顔をめっちゃ凝視してくるんだが……

「なんじゃい?」

「悪い。でも人間なんて初めて見たから……」

 さっきよりも興味津々に俺の顔を観察してくるレトナ。
 しかしコイツがあの骸骨の娘か……母親似か?似てないどころの話じゃないんだけど。
 まず骨の体でどうやって子を産むのか凄く気になる。
 なんてことを考えているとレトナは俺の左手を掴んで自分のところに持っていき――

 ――もにゅ

 自らの胸を揉ませた。

「「なっ!?」」

「あら」

「えぇ……」

 ヴェルネとダイスが同時に驚きの声を上げ、ジェスは初めて目を丸くして表情を崩し、俺は取り乱さない程度に混乱した。
 どういう思考からこういう行動に移したの、この子は……?

「何してんのよ、変態!」

 真っ先に行動に移ったのはヴェルネだった。
 胸に当てられていた俺の腕をレトナから奪う形で引っ張り、彼女から距離を取らせようとする。
 故意でなくとも触ってしまったが、それでも敢えて言わせてもらおう。
 『僕は悪くない』

「ななな、なぜ……娘よ、なぜそのようなハレンチなことを……そんなことをさせるよう育てた覚えはないぞ……!」

 そう言ってワナワナと震えるダイス。ハレンチて……
 その震えには怒りがほぼなく、動揺と混乱でどうしていいのかわからないといった感情を抱いているようだった。
 そしてそんなことをしでかした本人はというと、触らせた自分の胸を見て首を傾げていた。

「ねぇ、カズは本当に人間なのか?」

 突然そんな質問をしてきた。

「そこを否定されたら悲しいからせめて自分だけでも肯定させてもらうぞ。私は人間だ!」

 最後だけ顔をキリッとさせて答える。
 それでも納得してないのか、レトナが唸る。

「人間の男って性欲の権化ってやつじゃないのか?母上が言ってたぞ。『人間の男なんて種族がどうのこうの言ってても結局は性欲を優先させる生き物。あなたの大きな胸を触らせておけば一発で虜よ!』って」

「なんてことを教えてるんだ、あの人は……」

 レトナの話を聞いたダイスが頭を抱えて机に塞ぎ込む。
 スゲー母親だな……

「なんだ、お前の母親はサキュバスかなんかなのか?」

「おっ、よくわかったな。そうだよ、だから俺にもサキュバスの血が流れてるみたいなんだ」

 適当に言っただけなのに当たってしまった。
 だが逆にそのおかげでその母親の言葉やコイツの特異な身体付きなど色々納得できてしまった。
 サキュバスと言ったら男を惑わし、精を食らう存在として有名だ。
 その遺伝がレトナの身体的特徴に表れてしまっているのだろう、と推測してみる。

「というかその話の流れだと、お前が俺を虜にしようとしてるように聞こえるぞ」

「ちょっとした実験みたいな感じだよ。それにヴェル姉ちゃんや親父がいるんだし、大丈夫だと思っていたんだけど……どうしたの、ヴェル姉ちゃん?」

 「でしょ?」と同意を求めて視線を向けたヴェルネが気まずそうは顔をしていたのが気になったレトナが疑問を抱く。
 ああ、そういう行動原理ならヴェルネもそんな反応になるわな。

「あのですね……ソイツ、多分ここにいる誰よりも強いです……」

「……えっ」

 ヴェルネの言葉を聞いたレトナが固まる。

「だから……もしカズが本気でレトナ様のことを襲ってしまえば誰も止められないかと……」

「……たしかに。災害級の魔物を一蹴したという話が本当なら、タダでは済まなかっただろうな……しかし本当にそんなことが?」

「はい、あたしがこの目で見ましたので間違いありません」
 
 ヴェルネとダイスの会話を聞いたレトナの顔が次第に赤く染まっていく。

「あー、そっかそっか……それは早計だったかな?あはははははは……」

 ヴェルネと魔王が強者であることを知っていたレトナが自身の無事を保証してくれるだろうという過信からの行動。
 しかし運悪く、というべきか。それだけの実力を持ってると自負はしている。
 一歩間違えれば俺が襲っていたし、そうなればほぼ確実にキズものになっていただろう。
 正直言えばそれだけのことをして逃げることも、ここにいる他の全員を倒してしまってから、なんてことも可能だと断言できちまうんだよな……
 それこそ、ここに時間を止めたりできるチート級の奴でもいない限り。
 どちらにせよ彼女の行動は軽率としか言いようがない。

「次からそういうのは好きな奴にやってやれ。勘違いさせるようなことをしといて襲われても知らんからな」

「でもお前は襲って来ないんだな。他の奴と違うのか?それとも俺に魅力がないのか?」

 そう言って妖美な笑みを浮かべて近付いてきて、レトナの赤い瞳がほんのり光を帯びた気がした。
 その瞬間、心がざわつく。
 愛せと、誰かが耳元で囁いてくる。
 暗示に似た何かなのか、急にレトナのことが愛おしく自然に思えてきた。それが逆に不自然にも思えて……

「レトナッ!」

「っ!?」

 ダイスの叱咤する声でレトナがハッとし、同時に俺の中にあった感情もスッと消えていった。

「な、なんだよ親父……?そんな大声出して……」

 レトナは怒られた意味がわからいという風に動揺してダイスの方を見る。

「……いや、さっきも言ったが下手に手を出して襲われても知らないぞと言いたいだけだ」

「でもコイツは襲って来なかったぞ?貴重な人間の男だし、もう少し見てても……」

「そういえばレトナ、今は勉強している時間のはずじゃなかったか?」

 少し駄々をこねようとするレトナをダイスは目を細めてそう言う。
 レトナはサボっていることがバレて「あっ……」と声を漏らす。

「……おやつ抜き――」

「あー!なんかすっごく勉強したくなってきたなー!だったらこの国のためにも一生懸命勉強しなきゃ!あー忙し忙し!」

 ダイスがボソッと呟くとレトナはわざとらしく声に出しながら急いでその場から去って行った。
 同時にどこか近くでチンッとベルみたいな音が鳴った気がした。
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