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町へお出かけ

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「おぉ、これは凄い!」

 ジークフリートが玄関から眺めた庭を見てそんな感想を零す。横ではマヤルも「おー」と拍手していた。
 俺も彼らの隣にホウキを持って立ち、正面の光景に満足する。
 昨日は荒れ果てて悲惨だった庭がなんということでしょう。綺麗さっぱり片付けられていた。
 枝木を地面から片付けるだけでもかなり違って見える。
 プロの庭師じゃないから剪定せんていなどはあまりできないが、マシだと思えるくらいには整えておいた。
 結果、見違えるほどの光景にビフォーアフターしていた。

「この短期間でここまで綺麗になっちゃうなんて……カズさんってあっちたちよりも強いし、料理もできるし、掃除もできるんですねー……」

「私たち、暗殺以外がさっぱりでして……久しくこの庭の本来の姿を見ることができましたよ」

 感心するマヤルと感慨深そうに涙を目に浮べるジークフリート。
 いつも掃除とかどうしてんだよ……

「たまに誰かを雇い綺麗にしようとはしているのですが、何せこの通りここは敷地が広く、一度でも掃除しようにもそれなりの人数を雇わなければなりません。ですがこちらもあまり裕福ではなく、このお屋敷の中の清掃員を雇うので精一杯という状況でして……」

「ああ、だから屋敷の中は普通に綺麗だったのか」

「ちなみにあっちたちが掃除なんてしようものなら逆にものを壊して散らかっちゃいますんで!」

 マヤルはハッキリとそう言うが、胸を張って言うことじゃないからな?

「しかしカズ様も早起きなのですね。まだ早朝、先程まで騒いでいたヴェルネ様も二度寝に向かわれたというのに」

 ヴェルネは俺たちと騒いだ後にぐったりとした様子で「まだこんな時間じゃない……寝るわ……」と言って今度こそ自分の寝室に向かって行った。

「まーな、早起きはもう習慣なんだよ。お前らの方こそ早起きして何してるんだ?何も出来ないのに」

 最後に俺が余計な一言を付け加えたせいで「ウッ!」と精神ダメージを受ける二人。

「痛いところを突いてくださる……たしかに唯一暗殺しか取り柄が残されていない我々からそれを取って後は何が残るかと言われてしまえば……!」

「あ、あっちは元気が取り柄って言われてます……よ?」

 自分で言っといてなんだけど、なんかゴメン……

「私たちは暗殺家業が主ですが、書類の整理ぐらいはできますので」

「……そうか」

 掃除ができないのになんでそっちができるってなんだろうという喉まで出かかった言葉を飲み込みつつ返事を返した。

「カズ様はこれから何を?」

「んー……町の探索でもしようかな。あっ、どうせだからこの世界の共通語が勉強できる本とかあるか?できれば子供用とか」

 俺がそう言うとジークフリートとマヤルは不思議そうに互いの顔を見つめた。

――――
―――
――


「おい、クソ人間!いっちょ前に町をフラついてんじゃねえぞ!」

 ヴェルネの屋敷から町に出てすぐに罵声を浴びせられた。しかもソイツは手元にあった酒瓶を投げ付けてきやがった。
 それを上手くキャッチし、一口飲ませてもらう。

「……やっぱ酒はあんまり美味くねえな」

「おいコラ!誰の許可得て俺の酒を飲んでんだ!?」

 俺に酒瓶を投げてきた魔族のおっさんがギャーギャーと騒ぐ。お前が投げてきたらんだろうに……
 俺はそれを上に投げ、宙を舞うその酒瓶は1滴も零れることなく投げてきた奴が座ってるテーブルに見事乗る。
 唖然とする魔族のおっさんを横目に俺は魔族の町の光景を歩きながら眺める。
 建物の造りは外国で見たものに近く、屋台や出店が多く並んでいた。
 しかしそれよりも気になるのは魔族たちの視線。
 昨日はヴェルネと一緒にいたからかあまり気にならなかったが、今こうして歩いていると色んな視線が飛んでくるのがわかる。
 その大半は怒りや軽蔑といったあまり良くないものだった。やっぱり人間というだけで向こうも気分が良くないらしい。
 と、そこに背後から何かが飛んでくる気配を感じる。
 体を少し捻ってそれを避けるとそれは石であり、投げたのは幼い子供だった。

「あ、アイツ避けやがった!」

「だっせ、外してやんの!」

「ちげーって、絶対アイツわかってて避けたんだって!」

 何やら悪ガキっぽい感じの子供が数人。
 やっていいことと悪いことの区別がつかない子供はこうやって行動に移しやすいのは魔族とか関係ないようだ。
 多分、誰もやらないことをやれば「自分カッコイイ!」とでも思ってるんだろう。
 だが残念だなガキ共、俺は大人しく当たる気はないぞ。
 立ち止まって顔だけ振り向く。

「「「っ!」」」

 俺が見ただけでビビる子供たち。ソイツらに向かって俺は片目の下まぶたを人差し指で伸ばし、舌を出して「べー」と子供っぽく挑発した。
 すると子供たちの顔が恥ずかしさと怒りでカッと赤くなる。

「アイツ、ぜってー殺す!」

 頭に血が上った一人の少年がそう言って足元に落ちている石を拾い上げてまた俺に投げ付けてくる。
 他の子供たちも便乗して投げ始めた。
 だが俺はそれを笑いながら余裕で避けて再び歩き始める。
 無駄無駄無駄ァ!
 若干の大人気なさを自分でも感じつつも少し楽しさを感じてしまっているのだから困ったものだ。

「何してるんだい、この悪ガキ共ッ!」

 すると後ろから人の頭を殴る音が聞こえ、振り向くと一人のふくよかな体型をした女が玉杓子たまじゃくしを持って立っていた。
 そして子供たちは実際に殴られたであろう頭を抱えていた。

「っつ~……何すんだこのバ――」

「あ゛?」

「――母ちゃん……」

 恐らく「ババア」と言おうとした子供は女から鬼のような形相で睨まれると、萎縮してすぐに言い直した。親子か……

「ったく……悪いね、うちの子が。ほら、お前も謝るんだよ!お前らもだ!」

「うぐっ……ご、ごめんなさい……」

「「ごめんなさい……」」

 女に促されて渋々謝る子供たち。

「んまぁ、気にしないさ。あんたらにとって人間が居てあまり気分がいいものじゃないってのはわかってるから。だけど石を投げるのはやめとけよ?気の短い人間だったらやり返されちまうからな」

「うっせいやい!俺たちが人間なんかに負けるかよ!」

 女の息子であろう少年が威勢良くそう言う。
 子供の頃は元気が有り余って何でもできる気がしてしまうのはよくあることだ。だが――

「じゃあ今、母ちゃんに勝てると思うか?」

「え……」

 俺が視線で一瞥いちべつして指摘してやり、少年たちが彼女の顔を見た時には再び恐ろしい形相をしていて、手に握られていた玉杓子が曲がってしまっていた。

「「「ひっ!?」」」

 短い悲鳴と共に子供たちが後退りする。
 俺もその顔を見た時は思わず肝を冷やしたのだからしょうがないだろう。
 つーか、目が黒いせいで本当の鬼に見えてしょうがないんだが。
 母は強しとはよく言うが、それ以上に対峙した奴はこうも恐ろしく感じるのか……
 その恐ろしさに耐えきれなくなった子供たちは「うわー!」と悲鳴を上げて逃げて行ってしまう。
 女は追いかけることはせず、軽く溜め息を吐いて落ち着いていた。

「ありがとね、言葉だけで済ませてくれて。あんなバカ息子だけど私の大切な子供なんだ」

 それだけ言うと女は子供たちが逃げた方向とは別の方へと去って行った。
 そこからだろうか、視線は相変わらずだがちょっかいを出してくる奴はいなくなっていた。
 俺にちょっかい出しても意味がないと悟ったのか、それとも別の何かを感じたのか……まぁ、何の気兼ねもなく歩けるのならそれに越したことはない。
 すると一つの建物から歓声のような声が聞こえてきた。
 そこはそれなりに大きな建物で、何かが書かれた看板があるので何かの店のようだった。

「相変わらずよくわからん文字だな。えっと……」

 俺はジークフリートから庭の掃除のお礼ということで貰った文字の本を開く。
 ここには日本語のようにカタカナや漢字といった複数の文字はなく、全て五十音のみで形成されているようだった。
 だから読むのは簡単だし、それを知った時は文字を早めに覚えられそうでホッとした。
 それよりも今ここに書かれてる文字は……

「ど、どれ……どれい……奴隷?」

 その看板に書かれていたのは「どれいしょうかん」……奴隷商館と書かれた文字だった。
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