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化け物だってさ

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「クレイジースコーピオン!? なんでこんな奴がこの場所にいるのよ!」

 青い肌の少女はありえないと言いたげな表情でそう言い放った。
 俺からすればなんでこんな奴が存在してるのか自体を問いたいんだが……

「何あのでっかいサソリ?」

「知らないの?アイツ1匹で村や町が壊滅させられるような災害級の化け物よ!しかも表面が硬すぎて物理も魔法も聞きにくいし……!」

 彼女の口から「魔法」という言葉が出て「ああ、やっぱりさっきの氷塊は彼女が作り出したんだな」と再認識した。
 魔法に大きな化け物……まるで昨今流行っているファンタジーものの世界にでも来たみたいだな。
 いや、もう「みたい」だとかいう現実逃避はやめよう。
 ここは俺の知ってる世界とは別の世界だと認識しろ。裏でも表でもなく、全く新しい異世界なのだと。
 そして目の前にいるアレは明確な「敵」だ。

「あのサソリ、倒しても問題ないよな?」

 少女の体に俺が着ていたガウンコートを羽織らせながら聞く。あ、なんか死亡フラグっぽいことを言っちゃった気がする。

「は……何言ってんのよあんた!? あんな化け物倒せるわけないじゃない!死にたいなら1人で勝手に死になさいよね!」

 少女はそう悪態を突いてサソリのいる方向とは反対の方へと逃げ出す。
 ――つまりは問題ないってことだよな?
 ニヤリとつい笑みが零れてしまう。
 さぁ、この化け物は俺を満足させてくれるだろうか。

☆★☆★☆★
~青い少女視点~

 あたしはただひたすらに走っていた。
 自分が助かるために全力で。
 ついさっき出会った人間の男のことなんて知らない。
 世間知らずなのか ただのバカなのかはわからないけど、例えあの化け物が何なのか知らなくてもあの巨体を前にして「倒してもいいか?」なんて聞く阿呆に付き合っていられない。
 正常な考えをしてたらそんな考えには至らないはずなのだから。
 どちらにしろアイツは敵対種族である人間だ。だからアイツを囮にしてあたしが逃げても構わないはずだ。
 それが正しい選択……そのはずなんだ……
 スンッ……とさっき男が羽織らせてきた服の匂いを思わず嗅いでしまう。
 人の温もりを感じ、不思議な匂いが服には付いていた。
 そして気付いたら全速力で走っていたはずの足は速度を落とし、その場で止まってしまっていた。

「……クソッ!」

 さらには道を戻ろうと振り返る。
 何をやってるんだ、あたしは?あんなバカに付き合う必要もないのに。
 あんなのはただ無駄死にするだけ。嵐と同じで安全な場所にいて過ぎ去るのを待てばいい。
 立ち向かうなんてバカ以外の何者でもないわ。
 なのにどうして……
 ――ズドンッ!

「ッ……!? キャッ!」

 頭の中で泥沼のような考えがグルグルと回っていると爆発音と共に地面が大きく揺れた。
 走るのを止めて覚束ない足でバランスを取ろうとするが、結局尻もちを突いてしまう。
 まさか本当に戦っているの?だとしたら今ので男はやられてしまったのかもしれない。
 そう思っていると何か違和感を覚えた。
 ……静かだ。静か過ぎるほどに。
 あのサソリの化け物が動けばそれだけで大きな音が周囲に響く。なのに草木の揺れる音しか耳に入ってこないのはなぜ?
 しばらくするとさっきまでいた場所へと戻って来たのだけれども、それでも静かであることは変わらなかった。
 むしろクレイジースコーピオンはまるで死体のように動いておらず、代わりにあの人間の男が立っていた。

「…………は?」

 混乱のせいで長く硬直してしまい、その後ようやく口から一言だけ漏れ出た。

☆★☆★☆★
~他視点~

 柏木家にて和の失踪からしばらく経った頃。
 全員慌てた様子もなくコタツを囲んで食事を取っていた。

「ったく、孫から目を離すなんて……ジジイの風上にも置けない奴だね!」

「だーかーら!目を離してなんぞいないっつってるだろうが!あとなんだ『ジジイの風上』って?ジジイ関係ないだろう!」

「二人共、叫ぶと口の中のものが飛ぶのでいい加減にしてください。それにあの子だって立派な達人なんですから心配いりませんよ」

「そうだな、今頃世間で話題になってる異世界とかに行ってたりな!」

 祖母、祖父、母、父がそれぞれ和の話をしながら鍋の中のものを突っついて食べる。
 そして父がまさに正解を口にするも、本人を含めただの冗談としてスルーされてしまう。

「ま、和は死んでなければどこでも生きられる。ワシがそう教えてきたからな」

「ですね。あの子には料理も教えましたし」

「なんだかんだで人付き合いも良い方だ。我ながら出来た息子だったよ……」

 祖父と母が自慢げに言う中、父がまるでお通夜のような言葉を発してしまったがために母と祖母から鉄拳を食らって地面にめり込んでしまう。

「バカはジジイ譲りか……」

「ワシは悪くないぞ」

「でもあの子、武術に関しては本当に天才でしたね」

 祖母が溜め息を吐き祖父が一言付け加える横で母がそう言うと全員が頷いた。

「なんせ見様見真似で技を簡単に盗まれる上にそれをアレンジされてさらに強い技として使ってくるんだもんなぁ……」

 いつの間にか復活していた父がしみじみと言う。

「しかも達人ではないとはいえ、訓練を積んだ大人軽く一蹴しちまったのが10歳にもなってなかった時」

「達人を倒しちまったのがその3年後」

「そして人を殺してしまったのがその翌年……思えば色んなことがあったよな」

 祖父、祖母、父がそれぞれの記憶を思い出す。
 サラリと家族が殺人を実行したことを口にする父だったが、命のやり取りが日常の彼らにとっては気にすることはない。
 息子が、孫が、家族が急に姿を消失し心配しても誰も慌てていないのが感覚のズレを証明していた。
 そして彼らが話題にしている和も普通ではなかった。

「そういえば昔ダンプカーで突っ込んできた奴いたけど、和がダンプカーごと背負い投げしちゃったことあったわよねー、あっはっはっは!」

「……あれ、母さん飲んでる?」

 いつの間にかビールを飲んで出来上がってしまっていた。

「和がいないなら飲むでしょ?未成年がいないし、年越しなんだから無礼講よー!」

「無礼講とは違うような……そもそも息子がいなくなって喜んでビール飲むってどうなの……?」

 父親の発言も虚しく、母親は缶ビールを次々と開けて飲んだ。

☆★☆★☆★
~柏木 和視点~

「……こんなもんか」

 俺の攻撃に数分と耐えられず倒れている大きなサソリを見て小さく呟く。
 ここに来る前に爺さんから俺が最強だと言われて実感が湧かなかったが、今考えると納得できた。
 家族以外と手合わせや殺し合いをしても、俺とまともに渡り合える奴はいなかった。
 それこそ依頼のおかげで全国全世界を行き来して色んな奴と戦ったが、俺が本気を出すような苦戦する相手は存在しなかった。
 つまりそれが最強の証明にもなっていたということだ。なんともつまらん。
 ……そう考えるともしかしたらこの現象はある種のチャンスなのかもしれない。
 「新しい世界で強敵を探せ」と。
 コイツは期待ハズレだったが、化け物が多くいるこの世界ならあるいは――

「…………は?」

 すると声が聞こえ、そっちに振り向くとさっき逃げていったはずの少女が戻ってきており、目を大きく開いて驚いていた。

「なん……で生きてるの……!?」

 俺を見て絞り出したような掠れた声を出す青肌の少女の顔は恐怖に染まり、腰が抜けてしまっているのか近くの木に寄りかかる。

「まるで化け物を見たような反応だな?」

「そんな……そんなの当たり前でしょう!そのデカイのがどんだけ馬鹿げた存在かわからないの!? 常識が通用しない化け物なのよ?それをあんたは平然と……どうやったのよ?」

 声が震えている。それほど怖がっているにも関わらず好奇心が勝っているようだった。

「どうって……まぁ――」

 俺が答えようとしたところで動かなくなっていた巨大なサソリが動き出した。

「あっ――」

 少女も驚く声を漏らす。
 まだ生きてたか……案外タフだな?
 だけどまぁ、丁度いいしお手本として見せてやるか。
 暴れようとするクレイジースコーピオンよりも先に動いて先手を打つ。
 ――螺旋浸透勁
 指先を中折にした熊手を当て、ドッという音と同時に暴れ出す寸前のクレイジースコーピオンがピタリと止まる。

「何を……したの……?」

 困惑する少女。
 その疑問に答えるべく振り返り、そして時間差でクレイジースコーピオンの体に螺旋状の亀裂が走る。

「簡単な話だ。『外側』が固いなら『内側』から破壊すればいい……そうしただけだ」

 クレイジースコーピオンの亀裂が走った甲殻から青色の液体が噴き出し、大きく地響きを立てて倒れた。これで完全に死んだだろう。
 螺旋浸透頸――内部から破壊する浸透頸を螺旋状にして相手の体全体に広げてダメージを与えるという技。
 そして納得させる当人は口をあんぐりと開けて呆然とし、とうとう完全に膝が折れて尻もちを突いてしまった。
 ……やり過ぎた?
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