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幕間 古森満月編

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「付き合うのです」
 仏頂面にツインテール。
 そして、低い身長に不釣り合いな巨、いやいっそ爆乳と言ってしまおう。
「……は?」
 俺は目を瞬かせた。
 古森満月(こもり‐みづき)だ。
 同じクラスの関友也(せき‐ゆうや)のことを見ているのをチラホラ見かける。
 だから、こいつは関のことが好きなんだろうと思っていたのだが?
「だから! 放課後、書店行くの、付き合うのです!」
「俺が、古森と?」
 重々しく頷く古森。
「なんで?」
「わけは、その時に話すのです」
「ちょっと。水野くんには、私との先約があるんですけど」
 立ち去ろうとする古森の前に立ちはだかるのは、プラチナブロンドの髪をかき上げる居丈高な女子。
「新城さんも、来ればいいのです」
「はあ? どこでもできるわけじゃないんだけど」
「ジョージア・ガイドストーン」
 ぴくり、新城の眉が動く。
 以前、世界史の小テストで新城が答えられなかった、悪問の答え。
 新城が、というよりも正解者は俺と古森しかいなかった。
 ははあ。
 古森が書店でどういう本を買いたいのかは、察せられた。
「それが? その手の情報を集めるのは、別にテスト対策に役立ちはしないでしょう?」
 古森のトラウマ攻撃を、鼻で笑ってあしらう新城。
 都市伝説を知らないとテストで満点を取れないのは、さすがに酷いからな。
 新城の猛抗議で安心したわが校の生徒も、少なくないだろう。
「都市伝説、陰謀、陰謀論。歴史と切り離すことは、できないのです」
 唐突に義経=チンギス・ハン説について、一歩踏み込んだ解説を熱く語りだす古森。
 げんなりする新城をよそに、俺はぷるんぷるん揺れる古森の胸を見ていた。
 目の保養になる子だな。



 やって来たのは、三鹿堂(ミロクどう)書店。
 学校から近く、地味にポイントカードを発行していたりする。
 つまり、俺もよく利用する書店だ。学校帰りに、漫画の新刊を買いに寄る。
「新城は、参考書とか見てる?」
「いいえ。ここまで来たら、いっそ胡散臭いオカルト本を見るあなたたちを見てます」
 今度は新城が仏頂面だ。
 一方の古森は、ツインテールに結んだ髪をぴょこぴょこさせる。
 まるで髪自体が別の生き物みたいだった。
 髪の毛ぴょこぴょこ胸ぴょこぴょこ、合わせてぴょこぴょこ目の保養。
「水野くん? そういうの、女子にはわかるからやめた方がいいと思いますけど」
「へっ? 何が?」
「ん? 何ですの?」
 古森の弾む胸を見ていたことを指摘されて驚くと、古森も何をされたのかわからない風に新城に訊ねた。
「わかってないじゃん」
「そんなこともわからないほど純粋な子に、そういう視線を向けるの、最低ですよ」
「話のゴールポストを動かすなよ」
「スタートを見誤っていたのなら、当然でしょう?」
「水野くんは最低じゃないのです。最低は関くんなのです」
 ぷくぅ、と頬を膨らませ、ここにいない男の名前を出す古森。
 俺が、古森から書店へ誘われた理由だった。
 なんでも、関と古森は幼馴染みだという。
 高二に上がる際のクラス替えで、小学校卒業以来、久しぶりに同じクラスになった。
 だというのに、関はいつも男友達かギャル層の女子とツルんでばかり。
 古森と旧交を温めようとはしないのが、不満らしい。
「いや、古森から声掛けたらいいじゃん」
「楽しそうにしてる関くんの邪魔は、したくないのです。あくまでも、関くんにもう一度、私を見つけてほしいのです」
 顔を俯かせ、両手の人差し指同士を突き合わせる古森。
「健気だねぇ」
「関くんも、私が他の男の子と一緒に遊んでると知れば、嫉妬して私を意識するはずなのです!」
「迂遠だねぇ」
「こういうのは、奥ゆかしい、と言うの」
 なにか言いたげな顔で、新城に言葉を訂正される。
 嫉妬させて歓心を買う、か。
 関やその友人たちが放課後に遊びに寄るのは、カラオケ、ファミレス、コンビニあたりだろう。
 三鹿堂書店は、カラオケ店やファミレスからは遠い。
 コンビニは近くにあるけど、おそらくあいつらが寄るのはこの辺の店舗ではないはずだ。
 つまり、関の目に入らないところで俺と一緒にいても、効果はないと思う。
「よーし、行くのです。今日はいい本との出会いがあると、私のお姉ちゃんも囁いているのです!」
 お姉ちゃんが何者かはわからないが、スルーして古森に続いて入店する。
「いらっしゃいませ」
 墨を流したような長い黒髪の女性店員が、静かに挨拶してくれる。
 TPOを理解したいい店員だ。
 書店などでも、運動部の声出しやラーメン屋みたいな活きのいい「いらっしゃいませーッ!!」みたいな挨拶をする店員がたまにいる。
 あいつらはマジでわかってない。店員本人が悪いのか、指導する店長が悪いのかは知らんけど。読書のイメージと乖離が激しいから、びっくりするんだよ!
 さておき、わかり手店員さんに感動したついでに、彼女が設営中の特設コーナーに目が行く。
 入店してすぐの平台に、アーチ状に切り取られた紙が飾られている。
【村づくりコーナー】
 食べられる野草、水棲生物、昆虫。
 借りる土地の選び方、農業、酪農、建築、治水、キャンプ、サバイバル術。
 自給自足をテーマにした書籍群の帯には、YouTuberらしき人物の写真が印刷されている。
 釣りを嗜む者としては、食べられる水辺の生き物の本には興味を惹かれる。
 釣りでは外道でも、実際にはおいしい魚もいるかもしれない。
「おおぉ……」
 古森も興味を持ったのか、陳列された本を手に唸っている。
 アウトドアなイメージはないのに意外だな、と思ったがその表紙を見て察した。
『教祖様になろう! 無宗教日本人絶対洗脳マニュアル~メンバーシップからカルト教団まで~』
 著者は炎上騒ぎでときどき名前を聞くYouTuberのウリエルだ。
 誰だ、村づくりコーナーにこんな本を置いたのは。
 古森はコミュニケーション強者には見えないが、万が一にもクラスメイトからカルトの教祖が生まれたら、と思うと怖い。
「おい、古森! あっちに古史古伝の本があるぞ」
 そこで俺は一計を案じた。
 義経=チンギス・ハン説に興味があるなら、と歴史ロマン寄りのネタで誘導を試みる。
「おおおっ! 『東日流外三郡誌』なのです! アラハバキ信仰はあったのです!」
 教祖マニュアル本を俺に託し、オカルトコーナーへ小走りで向かう古森だった。
 計 画 通 り 。
 かと思えば、急に手の中から本の重みが消える。
「へぇ……教祖やYouTuberはともかく、上に立つ者は人心掌握をマスターしておくべきよね」
 教祖マニュアル本を、今度は新城がパラパラとめくっていた。
「お前が興味を持ってどうする」
「ふふん、冗談よ。半分はね」
 おどけた顔で肩を竦めると、新城は本を平台に戻した。
 ハーフだからか、肩を竦めるのが妙に画になるんだよな、新城。
「え? 半分?」
「ほら、行きましょ。あの子、目を離すと危なっかしいから」
 新城は、食い入るように本を立ち読みする古森の下へ歩いていった。
 半分冗談、ということは半分本気なのか。
 末恐ろしく思いながらも、新城の後を追った。
 レジへと古森が本を持って行く頃には、二〇分ほど経過していた。
「はあ~、いい買い物ができたのです! お姉ちゃんの言う通りだったのです!」
 口に出して言ってしまうくらい、古森はご満悦だ。
 買ったのは日本の超古代文明の本、そしてアメリカのUFO事件本。
 なんでも、ネットで品切れな上、電子書籍非対応の本らしい。
 俺も食べられる水棲生物の本と、読んでる漫画の新刊を買った。
「今日は、ありがとうございました、なのです」
 俺と新城に礼を言い、古森はツインテールを揺らしてお辞儀した。
「そんな畏まらなくても。俺ら、えーと、同じクラスなんだし。またいつでも言ってくれよ」
「そうそう。この男は、胸が大きな女の子が好きなだけだから」
「おいおい、そんな言い方しなくてもいいだろ」
 つん、とそっぽを向く新城は胸の下で腕を組んでいた。
「胸? 胸は新城さんもおっきいのでーす」
「きゃっ!? ちょっと、古森さん!?」
「お、おおおっ!?」
 隙だらけの新城の胸に、古森が飛び込んだ。
 新城の細い腰に腕を回し、腹に古森は頬ずりし始める。
「もう、こんな人の目のあるところで! やめて、古森さん!」
「まま~」
 意外にも人懐っこい様を見せる古森と、それに顔を真っ赤にしてたじろぐ新城。
 胸を打つ尊いコミュニケーションに、俺の胸も熱くなる。
「……生きててよかった」
「感動してないで、剥がすのを手伝いなさい!」
「ままは、私のこと嫌いなのです?」
 目をうるうるとさせ、ツインテールをぷるぷるさせる古森。
 さすがの新城もたじたじのようだ。
 あの目で見られたら、何もしてなくても罪悪感が湧くよな。
「…………別に、私は誰かを安易に嫌ったりはしません」
「まま~」
「でも! こんなところで抱き着かれるのは、恥ずかしいんです!」
 もっとこのやり取りを見ていたかったが、射殺すような新城の視線に屈してしまった。
「ほら、古森。からかうのは、もうそのくらいにしてやれ」
「へへへ~、なのです」
 古森の手を剥がし、新城を解放してやる。
 柔らかくてぷにぷにした古森の手は、とても同年代とは思えなかった。
「まったく……こんな子を放っておく男子の幼馴染みがいるなんて」
 抱き着かれるのは恥ずかしくても、懐かれたのはまんざらでもなかったのだろう。
 新城は、古森の頭をしきりに撫でまわす。
 気持ちよさそうに目を細める古森は、子犬か子猫みたいだった。
「にわかには信じがたい話だよな」
 言葉を継いでやると、新城は小刻みに首肯した。
 暗い感じの子、という印象だっただけに、この古森の姿は衝撃的だ。
 再発見、とやらを関に期待しているせいで、教室では緊張しているのかもしれない。
 もっと素を出していけば、マスコットとして陽キャ集団にも可愛がられそうだ。
「ばいば~い」
 小さい子みたいに大きく手を振る古森。
 駅で新城とそれに手を振り返して、別れる。
「水野くん。古森さんのことだけど」
 ホームで電車を待っていると、新城が話を振って来た。
「うん」
「あの子、関くんと幼馴染みとしてやり直せると思う?」
「んなこと、俺にわかるわけないじゃん」
 幼馴染みとしてやり直すだけで、古森が満足するのかもわからないし。
「それもそうね」
 つまらなさそうに言い捨てる新城。
 薄情かもしれないが、そればっかりはあいつらの問題だ。
 やがて、ホームに電車が滑り込んで来た。
「じゃあね。私、下り線だから」
「そうだったのか? なんでこっちに並んでたんだ」
「ちょっと、あなたと話したかっただけ……古森さんのこと」
「そうか」
 下り線側にも、長蛇の列ができている。
「じゃな」
「ええ、また」
 悪いことをした気分になりながらも、乗客が降車した後の電車に乗り込む。
 やがて電車は走り出し、ホームの新城が見えなくなる。
「そうか」
 今日の古森の発言を反芻し、その事実を噛みしめる。
「新城も、別に、小さくはないよな」
 何がとは言わないが、古森や浅海先輩がもっと大きいだけだ。
 これが、古森の言う再発見なのかもしれない。
 関。
 お前もさっさと再発見してやれよ、大事な幼馴染みのこと。
 届くはずもなく、届けるつもりもないエールをクラスメイトに送るのだった。
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