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第3章:七海の願いとリッカの夢
第27話:太陽の子(ティダヌファ)
しおりを挟むぼくはひとりっ子だけど、本当は妹がいるはずだったんだよって、おばぁから聞いたことがある。
ぼくの妹になるはずだった子は、ぼくがまだ赤ちゃんのころに、ママのお腹の中で死んでしまった。
そのせいでママは心配性になって、ぼくが保育園に通っているころは、ちょっと転んでケガをしたくらいで休ませたりしていたんだよ、ってパパが笑って言っていたっけ。
だから母上がリッカにぃにぃをすごく心配するのを見て、あ~ぼくのママも前はこんな感じだったんだなぁって思ったよ。
そんなママも、ぼくが小学校に入ってからは、心配性は少しずつ減っていった。
ぼくはほとんどカゼもひかずに育ったから、おばぁは「太陽の子」と言っていたよ。
太陽の子は、健康に育つ子供のことを言うんだよって教えてくれた。
もうひとりのぼくも、たぶん健康な子供だったのかな?
母上がリッカにぃにぃばかり心配するってことは、そういうことなんだろうってぼくは思う。
もうひとりのぼくは、ぼくの世界でパパとママに会ったかなぁ?
ぼくの代わりに、パパやママやおじぃやおばぁにかわいがってもらえるといいね。
雲の無い青い空、波の無い青い海。
ぼくは白い鳥になって、水平線をめざして飛んでいた。
沖縄では人は死ぬと白い鳥になり、海の彼方の楽園を目指すと言われている。
それはたぶん、ヤイマ国にも言い伝えられているはず。
ぼくは死んだのかな?
悪いオジサンにナイフで背中を切られて、たくさん血が出てしまったから。
人間は体の中からたくさん血が流れ出てしまうと、生きていられないって何かの本に書いてあったよ。
ぼくはリッカにぃにぃの魔術で城に帰ったあと、ホッとしたらだんだん気が遠くなって、あとはどうなったか覚えていない。
『そなたは、まだこちらへ来てはならぬ』
ふいに、ぼくの心の中に不思議な声が流れこんでくる。
どこまでも青い空と海を見ながら飛んでいると、ぼくの進む先に弥勒さまが現れた。
ほほえみをうかべる白い顔、大きな耳、黄色い衣もそっくりそのまま。
島人なら豊年祭の行列で見るからよく知っている姿の弥勒さまだ。
弥勒さまが言う「こちら」が海の彼方の楽園のことだと、ぼくはすぐに分かった。
五穀豊穣や幸福をもたらす弥勒さまは、海の彼方の楽園の神様だ。
『せっかく本来在るべき世界へ帰したのだから、もっと長く生きなさい』
えっ?
ぼくはまだもとの世界に帰ってないよ?
弥勒さまの言葉を聞いて、ぼくは思う。
『そなたは、本来はヤイマ国のナナミなのだよ』
それを読んだように、弥勒さまは答えてくれた。
その言葉で、ぼくは自分がなぜ魔術を使えるのか、もうひとりのぼくがなぜ使えなかったのか、その理由が分かった。
本当は、ぼくがナナミ・シロマ・ユーマンディに生まれるはずだったんだ。
もうひとりのぼくは、城間七海になるはずだった。
どうして逆の世界に生まれてしまったんだろう?
『そなたとリッカを結びつけるためには、兄弟ではない者に生まれる必要があった。だからイリキヤアマリにたのまれて、わたしがあちらの世界のそなたと入れかえたのだ』
たしかに、もしもぼくが最初からこの世界で第七王子に生まれていたら、母上にかまってもらえず乳母に育てられて、リッカにぃにぃをうらんでいたかもしれない。
でも、どうしてリッカにぃにぃとの結びつきが必要なの?
『そなたはクイツバの力を強く受けついだ子、アカハチの力を受けつぐ子と力を合わせることで、この国を守る強い力となるだろう』
弥勒さまの話を聞いて、ぼくがなぜ赤い髪ではなく黒い髪なのか分かった。
クイツバさまは、黒髪だ。
『ヤイマは小さな国、領土を奪われぬように、強い魔術を他国に見せてやりなさい』
ぼくは、それがお祭り最後の魔術のお披露目のことだと、なんとなく分かった。
リッカにぃにぃとぼくは、明日の夜に光魔術を使った花火を見せる予定だ。
『分かったなら、帰りなさい。そなたの魂を呼ぶ声が聞こえてきたぞ』
弥勒さまはそう言って、ぼくの後ろを指さした。
後ろから、声が聞こえてくる。
「魂よ、魂よ、戻ってこい」
「魂よ、魂よ、戻ってこい」
「魂よ、魂よ、戻ってこい」
「魂よ、魂よ、戻ってこい」
リッカにぃにぃの声だ。
母上の声も聞こえてきた。
あと2人の声は、ぼくたちの世話をしてくれている女官たちかな。
白い鳥になっていたぼくは、くるりと向きを変えて、その声たちに導かれるように自分の体へと帰っていった。
ポタポタと顔に水がかかるのをなんだろうと思いながら、ぼくは目を開けた。
最初に見えたのは、大粒の涙をこぼしているリッカにぃにぃだ。
誰かのあたたかい手が、頬にふれている。
その手は誰かと思ったら、泣いている母上だった。
左右の手を誰かがにぎっている。
それは誰かと思ったら、女官たちだった。
さっき聞こえた声の主たちは、ぼくの体にふれながら魂戻しの言葉を唱えてくれていたんだね。
ぼくを抱くリッカにぃにぃの体のぬくもり。
頬にふれる母上の手のぬくもり。
両手をそれぞれにぎってくれている女官たちの手のぬくもり。
その温かさが、なんだかうれしくなって、ぼくは言ったよ。
「ありがとう。ただいま」
ってね。
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