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第4章:勇者と魔王

第36話:レアンカルナシオン

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 もう、何が起こるか予想がつかない。
 もはや僕が知っているシナリオなんて参考にならないぞ。
 魔王は死ぬと肉体が塵と化して消えるのに、僕の腕の中で息絶えた彼の肉体は消えなかった。
 それどころか、完全に死亡しているのに容姿が変化し始める。

 え? 何?
 まさかこのタイミングでファイナルバトル開始?!

 容姿が変化するといえばラスボス2戦目だけど。
 困惑する僕が抱く亡骸は、異形の怪物にはならなかった。

 青年の体格から、僕よりも小柄で華奢な少年の身体に。
 成人女性のような顔立ちから、あどけなさの残る少女のような顔に。
 夜空より暗い漆黒の髪は、南国の海のような鮮やかな水色に。
 地面に広がっていた血だまりや、サキと僕の身体に付いた血が消えていく。
 変身が終わり、僕の腕の中でグッタリしているのは、ヨブ湖に浮いていたときと同じ少年のサキだった。

 もしかして、今なら治癒の力が効くかも?
 
 淡い期待を寄せて、僕はもう一度サキと唇を重ねて治癒の力を送り込んでみた。
 ヨブ湖から助け上げた時は仮死状態で、キスをしたら蘇生できたけど。
 今の彼は完全に息絶えていて、治癒の力は及ばなかった。

「サキ、闇から抜け出せたんだね」

 優しい声に振り向くと、ファーが白い翼を羽ばたかせて空から舞い降りてくるのが見える。
 ミカとウリも一緒に降りてきて、天使の姿に戻ったサキを見つめる。

「ヒロ、サキを天界へ連れて帰ろう。神様にその魂をお届けして、輪廻の流れに還してもらうんだ」
「サキは転生できるの?」

 穏やかな声で言うウリを見上げて、僕は問いかけた。
【天使と珈琲を】には、転生システムというのがある。
 これはシナリオ途中で死んでしまった攻略対象の救済措置で、そのキャラの好感度と記憶がリセットされる代わりに、似た容姿の別キャラとして生まれ変わるというもの。

「その姿に変わったということは、負の感情が消えて生まれ変われるってことさ」

 ミカも穏やかに言う。
 生まれ変われば、サキは過去を全て忘れる。
 彼にとっては、それは救いだと思う。

「じゃあ、みんなで帰るか、天界へ」
「うん」

 ケイに軽く肩を叩かれて、僕は振り向いて頷く。
 サキを抱えて翼を広げ、空へ飛び立つ僕に大天使たちが続いた。


   ◇◆◇◆◇


 天界の神殿・神の間。
 きっと全て視ていたであろう神様は、サキを抱いて入ってきた僕を見て優しく微笑んだ。

「勇者よ、御苦労であった。水の大天使ジブリエルは転生させる故、安心するがいい」
「はい。ありがとうございます」

 僕が差し出す亡骸を受け取った神様は、愛し子を抱く聖母のような慈愛に満ちた微笑みを浮かべる。
 神様が口付けると、サキの身体は光の玉に変わり、僕の周囲を何度か回った後、神様の背後に立つ大木へと吸い込まれていった。

 瑞々しい緑の葉を付けた大木の、あちこちに光が煌めいている。
 その大木の名は、生命の樹セフィロト
 天使たちは皆、そこから生まれる。

 輪廻転生レアンカルナシオン
 サキの転生者は、再び水の大天使として生まれてくるだろう。
 記憶は無くても、その魂に水の大天使となる役割が刻まれているから。

 サキ、どうか来世は幸せに。
 忘れられてしまうのは寂しいけれど、サキが苦しい思いをするくらいなら、全て忘れてくれた方がいい。
 来世では愛し合える人に出会って、幸せになってほしい。
 生命の樹セフィロトを見上げて、僕はそんなことを思っていた。
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