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第3章:天界と魔界

第29話:嫉妬と悲哀

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 堕天した者を天使に戻す方法はある。
 それは、欲望や絶望などの負の感情に打ち勝つこと。
 例えば色欲に溺れた堕天使レビヤタなら、1人の相手だけを強く愛することが出来たら天使に戻れる可能性がある。
 本人にその気が全く無いからゴブリン抱かせて倒しちゃったけど。

「サキ、あの淫魔の痕跡なんてカケラも残さず消えてる筈だよ。約束は守るから天使に戻って」
「…それは、無理……」

 絶望に打ち勝ってほしくて、僕はサキを抱き締めて懇願した。
 でも、サキは僕の背中に腕を回して抱き締め返しつつも、力なく首を横に振るばかり。

「お願い、絶望しないで。あんな変態野郎のことなんか脳内削除しようよ」
「私の絶望の原因は、あの馬鹿ではないから」
「……え?」

 原因はレビヤタではないとサキは言う。
 身体を穢された精神的ダメージが原因ではないとしたら、他に何が?
 困惑している僕にキスをして、彼は言う。

「ヒロ、君を愛してしまったことだよ」

 その言葉に、僕は何と言えばいいかすぐには思いつかなかった。
 ステータスウィンドウのことや、好感度で恋愛感情の有無が分かることは、僕以外ではルウとケイしか知らない。

「君が天使長だけを愛していて、私には恋愛感情が無いことを知っているのに、私は君を愛してしまったんだ」

 告白をするサキの腕に力がこもる。

 僕はコッソリと今のサキの好感度を確認してみた。
 サキの好感度を表わすハートは、灰色で暗く表示されたまま。
 ハートの数は5つ。この数は僕に対してハッキリと恋愛感情を抱いていることを意味する。

「……いつから……?」
「君に【初めて】をあげようとした頃からかな。君に『恋愛感情が無くてもいいの?』って聞かれたとき、胸の奥に痛みを感じたよ」

 サキの好感度は、ウリのボスイベントをクリアする前から4になっていた。
 そのことに僕が気付いたのは、サキがレビヤタに襲われた朝のこと。
 おそらく、戦技を学んだ最終日の時点で4まで上がっていたんだろう。
 

 このゲームの好感度は
 ハート1:主人公を気に入る
 ハート2:友情の芽生え
 ハート3:信じ合える友・親友
 ハート4:恋愛感情の芽生え
 ハート5:ハッキリとした恋愛感情

 6以降は他の攻略対象よりも高いか低いかで違いが出てくる。
 今のルウのように他キャラよりも飛び抜けて高い場合は、ほとんど夫婦みたいな関係で、他NPCから「主人公の恋人」として認識されるようになるんだ。
 

「あの淫乱男に身体を奪われたと知ったとき、私は自分が穢されたことよりも、ヒロにあげるつもりだった【初めて】をあいつに取られたことが嫌で、ショックで気を失ったんだよ」
「……もらいそこねて、ごめん」

 もしもあの日、僕が最後まで進んでいれば。
 サキが受ける精神ダメージは、もっと低かったかもしれない。

「詫びは要らないから、抱いて」
「それは、サキが天使に戻ってからだよ」
「私に天界へ戻れと言うの? 天使長と結ばれたヒロを見て生きろと?」

 サキの口調が強くなり、ベッドの上で僕に覆い被さるような体勢になって睨んでくる。
 僕は、どう答えたらいいか分からなかった。

 BLゲーム【天使と珈琲を】は、メインシナリオをクリアした後もゲーム世界の生活を楽しむことができる。
 でも僕は、クリアしたらケイを救出して現実世界へ帰ることだけを考えていたんだ。

「もう天界には戻れない。戻りたくない。君の手でこの悲しみを終わらせてよ」
「……!」

 サキが言ったその言葉。
 それは、ルウが闇落ちしてラスボスになる前の台詞だ!

 メイン攻略対象の四大天使たちと結ばれるルートで、ラスボスとなるルウはその台詞を言う。
 その台詞は公式ガイドにも載っているし、PVでも流れていたりする。
 ルウと結ばれるルートでは、その台詞を言うキャラはいない。

 なのに何故、サキが今その台詞を言う?!

「お願い。私を殺して……」

 僕に覆い被さりながら泣くサキの、その背中に漆黒の翼が現れる。
 夜の闇より暗い色彩の翼は6対、それはこのゲームのラスボスと同じだ。

 まさか、サキが?

 そういえば、僕を捕らえたフェイオはサキを「サキ様」と呼んでいた。
 四天王が様付けで呼ぶ相手といえば、1人しかいない。

 サキが【魔王】になった?!

「今なら簡単だよ? 私を抱いて体内に君の力を注ぎ続ければいいんだから」

 サキは涙を流しながら微笑み、僕を促すように下腹部へ片手を伸ばしてくる。
 強い刺激を受けて、僕はビクッとしつつ必死で耐えた。
 全攻略対象との身体の相性が抜群なことが、今は恨めしい。

「私は……どうせ死ぬなら……君に抱かれて逝きたい……」

 サキはそう言いながら、自らの体内に僕を迎え入れようとする。

 それは駄目! 
 こんなの嫌だ!

「やめてよ!」

 僕は全力で抵抗して、力いっぱいサキを突き飛ばした。
 サキはベッドから落ち、僕はシーツを掴んで身体に纏い、部屋の扉へ向かう。
 ドアノブを回して開けようと試みたら、扉は簡単に開いた。

 ここ、どこだろう?
 天井や壁や床は木でできていて、ログハウスっぽい。
 外に繋がるドアを開けて出たところで、僕はここがどこか理解した。

 ヨブ湖のほとりにある小屋。
 公式ガイドでは風景の1つとして掲載されているだけで、特にイベントは無かった建物だ。

 サキを連れ帰れないけど、とにかく天界へ戻って考えよう。
 僕の視界に映るものが視えるルウは、何があったかもう分かっているだろう。

「ヒロ!」
「ルウ?!」

 ……って、天使長自ら飛んできてるし!

「やっと居場所が分かった。いろいろ話があるから急いで帰ろう」

 ルウ……否、ケイは迷わず僕を抱き寄せて飛び立った。
 サキは小屋の中から出てこないので、どうしているかは分からない。

 混乱・困惑・動揺……頭の中が整理つかないよ。
 メイン攻略対象が魔王化するなんて、どうなってるんだ?!
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