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第1章:ヒロとケイ

第3話:夢枕のケイ

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「ヒロ、聞こえるか?」

 ケイの声がする。
 僕はすぐに、これが夢だと気付いた。
 だって目の前に現れたのはケイではなく、白い6対の翼を持つ天使だったから。
 サラサラで少し長い銀色の髪に、宝石みたいな蒼い瞳。
 ケイが演じたキャラ、ルウ・シフェルが碧空に浮かびながらこちらを見つめている。

「よし、姿は見えているな?」
「ケイ、どうしてその姿になっているの?」
「多分、これはゲームキャラに憑依したみたいなもんだな」

 僕は天使に問いかけてみた。
 見た目はルウだけど、中身はケイなのか。
 夢でも話ができるのは嬉しい。
 だけど、できればいつものケイの姿を見せてほしい。
 僕は泣きそうになるのを堪えながら、空に浮かぶ天使を見つめる。

 すると、ケイが演じる天使はこう言ったんだ。

「ヒロ、助けてくれ。ゲーム世界に閉じ込められた」
「え?!」

 どうしてそうなった?!

 昨夜のケイはゲームなんてしていなかったよ?
 飲み会では、お客さんにお酒やオツマミを渡している姿を見かけただけだ。
 やっぱり、夢だから突拍子もないことを言い出すんだろうか?

「信じてほしい。これは夢じゃない」

 でも、ケイが入ったルウは、真剣な顔で告げる。
 僕は彼が冗談を言っているワケじゃないと感じた。

「昨夜俺はベンチで誰かと話していたときに、うなじに何か針のような物が刺さるのを感じた。それから眩暈がしてしばらく意識が途切れた後、気が付くとルウの中に入っていたんだ」

 首に針を刺されて眠らされるなんて、まるでどっかの探偵みたいだけど。
 ゲームのキャラクターの中に入ってしまうなんて、創作界隈ではよくある話だけど。
 どうしてケイがそんなことになったんだろう?

「頼む、ヒロ。【天使と珈琲を】をプレイして、ルウ・シフェルのルートをクリアしてくれ。主人公役を務めたヒロが俺のキャラとエンディングを迎えれば、一緒にゲーム世界から出られるかもしれない」
「でも【天使と珈琲を】は、まだ発売されていないよ?」

 ケイの頼みなら引き受けるけど。
 まだ手に入らないゲームをプレイすることは無理だと思う。
 最後の収録が終わったのが先週くらいだったな。
 その時点でゲームのシステムは完成していると聞いた記憶がある。
 多分これからデバッガーたちによるチェックが始まる筈だ。
 発売予定日は2~3ヶ月後って聞いた気がするよ。

「開発チームから貰ったテストプレイ用があるんだ。後でヒロと2人で遊ぼうと思って寝室の引き出しに入れたから、探してみてくれ。小箱に入った指輪がそれだ」
「分かった。ケイを目覚めさせるためなら、ゲームでも隠しエンディング攻略でも何でもするよ」

 ケイがいない世界なんて、耐えられないから。
 なにがなんでも、目覚めてもらわないと困る。
 こうして、僕はケイを救うため、フルダイブ型BLゲームをプレイすることになった。

「ありがとう。愛してるよ、ヒロ」

 そう言って僕と唇を重ねた後、ルウ・シフェルの姿をしたケイは空に溶け込んで見えなくなった。

 夢から覚めて目を開けると、相変わらず昏睡状態のケイの寝顔が間近に見える。
 病室には付き添い用のサブベッドがあるけど、僕は今までいつもケイと一緒に寝ていたから、昨夜は寂しくてケイのベッドに潜り込んで寝たんだ。
 窓を見ると夜明けで、太陽の光がカーテンの隙間から漏れている。

 朝食の時間までには戻れるから、ちょっと自宅へ行ってこよう。
 寝室の引き出しに指輪が入った小箱があれば、あれは夢じゃなくて本当にケイが報せに来たってことだ。

 夢の中で触れた唇の感触は、現実のように温かさや柔らかさがあった。
 姿はルウだったけど、ケイの唇とそっくりな感触だったな。
 その感触を確かめるように、僕は眠ったままのケイの唇に口付けた。

 おとぎ話の姫ならキスで目覚めてくれるんだろうけど。
 姫じゃなくて天使になっているケイは、いつもより長いキスをしてあげても、目を覚まさない。

 ファーストキスから現在まで全て、僕はケイに捧げている。
 僕にとってケイは恩人で、家族で、恋人でもあった。


 朝食前に自宅へ行って寝室のサイドテーブルの引き出しを開けたら、空色の箱に入った2つの指輪を見つけた。
 昔のゲームはBOX型とか大きな物だったらしいけど。
 だんだん小型化されて、今ではアクセサリータイプが主流になっている。

 指輪タイプは確か、チャンネルを共有して協力プレイができるんだったかな?
 ケイは既にゲーム世界にいるから、同じチャンネルに入るためには2人で指輪を着けるのかな?

 そんなことを思いつつ病室に指輪を持ち帰って間もなく、食堂スタッフから内線がかかってきた。

「広瀬さん、お食事はどちらでとられますか?」
「病室にお願いします。ケイはまだ意識が戻ってないから、僕の分だけお願いします」
「分かりました」

 運んでもらった朝食を食べ終えてしばらくすると、看護師と担当医が部屋を訪れた。
 補液したり、呼吸や心音の状態を調べたりしている看護師や医師に、夢の中でケイが言っていたことを話したほうがいいんだろうか?

「何か変わったことはありませんか?」
「昨日と変わりません。ずっと眠ったままです」

 結局、僕は夢のことは話さなかった。


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