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勇者セイル編
第86話:六花
しおりを挟む「ジパングはこの世界では比較的新しい国で、今から1000年ほど前に日本から転移した祖先たちが建国しました」
山を案内しながら話すのは村長の息子で名前は宗月、転移者の子孫だ。
「セキの里はその500年後くらいに転移してきた刀工とその弟子たちが作った村です」
「もしかして渡辺さんが持ってる包丁を作った刀鍛冶と同じ系統ですか?」
「どうやらそうらしいです」
冬の山は積雪で歩きづらいので、星琉が風魔法で身体を浮かせて進んで行く。
宗月は星琉の身体につかまって一緒に運んでもらっていた。
「そろそろ六花の生息地です」
「じゃあ宗月さんはここに隠れてて下さい」
星琉は氷系魔法で頑丈なシェルターを作り、宗月に待機してもらう。
そして単独で氷の鳥・六花に向かう。
六花は白と水色に彩られた猛禽類系の鳥だ。
その飛行速度は地球でのハヤブサに近い。
水平飛行時には吹雪を纏った高速移動となる。
高速で滑空してくる氷の鳥を、刀を納めたままの星琉が迎える。
(納刀したまま? もしかしてあれは…)
地上に設置してもらったシェルターから星琉を見上げ、宗月が期待する。
六花が間近まで迫った直後、粉々に砕けた。
いつの間に抜刀したか、星琉は右手に刀を握っていた。
そして左手には、六花がドロップした魔石。
(凄い! 刀をいつ抜いたか全く見えなかった!)
刀鍛冶の1人として、その技に感動する。
祖先がまだ日本に居た頃、刀を鞘に納めた状態から高速で放つ技の使い手が存在したという。
しかし、その使い手はこちらに転移してこなかったので、アーシアには抜刀術は伝わっていない。
「六花魔石、これですよね?」
シェルターまで降りて来た星琉が魔石を手渡す。
間違いなく六花魔石だ。
「ありがとうございます。間違いありません」
宗月が礼を言い、依頼は予想以上に短時間での達成となった。
「お雑煮の食材・雪茸もこの近くに群生してますよ」
との事で、ついでに渡辺が使う食材も確保する事に。
目当てのキノコはすぐ見つかった。
採集した雪茸をストレージに入れる。
そして宗月と談笑しながら風魔法で浮遊して帰る途中、雪原に点々と赤い血が見えた。
よく見ればその先に何か倒れている気配。
「誰か獲物を落としたかな?」
気になって近寄ってみると、白い仔犬だ。
あちこち傷だらけで出血している。
クゥ~と弱々しい声を漏らしているので、まだ生きている様子。
「そ…それ神獣の子です! 殺したりしたら親が暴れて雪崩が起きます!」
それが何か分った途端、宗月が慌てる。
「じゃあ助けよう」
星琉は仔犬に手をかざした。
最上級回復魔法
2~3秒で怪我が完治する。
仔犬はパチッと目を開けて起き上がった。
「これでいいかな?」
「セイルさんそんな凄い回復魔法使えるんですか…」
話していると、仔犬がハッとした顔でこちらを見ると、バッと飛びついてきた。
「助けて!」
攻撃の意志は感じられなかったのでそれを受け止めると、仔犬が言葉を発する。
「どうした?」
星琉は仔犬を撫でて話しかけてみた。
「お母さんの怪我も治して!」
「いいよ。 どこにいるの?」
「…あの、セイルさん神獣の言葉が分るんですか…?」
こうした【会話】に慣れている星琉、普通に受け答えしていると宗月に困惑された。
転移者ではない彼は【言語理解】スキルを持ってないらしい。
「こちらの世界へ来る時に貰えたスキルで会話が出来るんですよ」
そして星琉は仔犬を抱き、宗月も連れて風魔法で浮遊、仔犬の血痕を辿って母犬のところへ向かう。
白い大きな犬(?)が、雪原を真紅に染めて倒れていた。
苦しそうに息をしているので生きているのはすぐ分る。
傍に降り立ち、撫でてやりながら最上級回復魔法を発動。
母犬も2~3秒で完治すると目を開けて起き上がった。
仔犬が母犬にすり寄り、完治を喜んでいる様子。
「他に治療する家族はいないかな?」
「うん。他はいないよ」
星琉が問うと、仔犬はシッポを振って答えた。
すると、その後ろに座る母犬が、何か言いたそうな顔をする。
気付いた星琉は母犬に話しかけた。
「どうした? 他にも治療が必要な仲間がいるなら治すよ?」
「ありがとうございます…」
母犬は何か言うのを迷っている感じがした。
「宗月さん、先に村へ戻って下さいね。転送します」
「わ、分かりました」
声をかけて同意してもらった後、星琉は宗月を集落へ転送した。
ストレージに入れていたキノコを渡辺に転送、通信アプリを開く。
『キノコを先に送ります。追加の依頼が入って帰りが少し遅れそうです』
『分った。セイル君のお雑煮は残しておくから後で食べにおいで』
そんな通信を済ませて、彼は大きな白い犬を見上げる。
何か頼み事があると感じた。
多分あまり他の人には聞かれたくない事だろう。
だから宗月には先に帰ってもらった。
「これでいいかな? 何か俺に出来る事があるなら話してみて」
そう言われて、ようやく母犬は話す決意をした。
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