上 下
68 / 169
勇者セイル編

第67話:遠い昔の兄妹

しおりを挟む


聖王国トワ。
その首都にある大神殿の奥、勇者の為の居室でセイラは窓の外を眺めていた。
半島に位置するトワ首都は三方が海に面している。
神殿は高台にあるので、その部屋の窓からも海が見えた。

今は住む者のいない部屋。
この部屋の最初の住人となった勇者は、20歳の若さで世を去った。
双子は神の力で肉体を作られ生まれてきたので、他に親族はいない。
転生し続ける聖女に親は無く、肉親と言えるのは初代勇者のみ。
彼の死と共に彼女は孤独になった。
2代目以降の勇者は人間の夫婦から産まれた子供で、魂は初代とは異なる。

けれど、当代は違う。
聖剣が伝える、その前世。
彼の魂が、初代のものだと分かった。
魔道具で変身したというその姿は、初代の幼い頃にそっくりだ。

「………?」
セイラは、ふと気配を感じて背後を振り返る。
そこに現れた青年を見た瞬間、涙が頬を伝う。
駆け寄ろうとして、ハッと立ち止まる。
(…幻影…姿は見えても触れられない人…)
溜息をついて、懐かしい人の姿を見詰めた。
青年の姿も、青い子竜を伴っている事も、最期となった戦いに出る前と同じ。
唯一違うのは、聖剣を携えていない事。
そこでセイラは気付いた。
「…プルミエの勇者ですね? 何か御用でしょうか?」
服の袖で涙を拭い、突き放すように他人行儀な事を言ってみる。
青年は意表を突かれたのか少々間があったが、穏やかな笑みを浮かべて歩み寄り、セイラの手に青い星型の小さな花が付いた1枝を渡した。
鎮魂花レエム?」
セイラは花を受け取りつつ、首を傾げる。
「貴方のお墓に供えればいいのですか?」
「え? いや俺まだ死んでないよ?」
「言葉が抜けました。貴方の前世のお墓に、です」
セイラは言い直す。
相手の反応から、見た目は初代だが中身はやはり当代だなと把握した。
「こっちです」
セイラは前世の双子の片割れそっくりな青年の手を掴み、賢者シロウから贈られたペンダントの転移アプリを起動する。

神殿の裏手にある墓地、白い墓石が並ぶ場所に2人は現れた。
殺風景な場所で、草も生えていない。
墓石の中でも特に古そうな石の前に立ち、セイラはそれが初代の墓だと説明した。
「プルミエの勇者は最上級回復魔法エクストラヒールを使えますよね。神がその魔法を作られた理由を御存知ですか?」
「分からない。アイラ様が俺にそれを授けた時は、俺が対戦相手に重傷を負わせた時に使えと言ってたけど」
セイラの問いに、星琉は異世界アーシアに初めて転移した時を思い出しつつ答えた。
「初代の死があったからです」
「え?!」
墓前に鎮魂花レエムを供えながら言うセイラ。
墓石を眺めていた星琉が驚いて振り向く。
「初代が生きていた時代は今ほど魔法が発展していませんでした…」
遠い前世を思い出しながらセイラが語る。
「当時は最上級回復魔法エクストラヒールは存在しなかった。致命傷を負った初代を助ける力は、誰にも無かったのです…」
「………」
星琉はセイラにかける言葉が見つからず沈黙する。
「この墓には初代の遺体はありません。魂の抜け去った初代の身体は神界へ返され、それを見た神々が後の勇者たちの為に最上級回復魔法エクストラヒールを作ったのです」
乾いた地面にポツッと雫が落ちる。
今なら助けられたのに…。悔しさと悲しさが混ざり合い、セイラは涙を抑えられなかった。

『そう、私たちは彼を助けられなかった』
『流れ続ける血を、離れてゆく魂を、止められなかった』
姿無き者たちの声が聞こえる。
星琉には何となくそれが初代勇者と共に戦った人々だと分かった。
そして、この墓地に草すら生えない理由も…
深い悲しみ、負のオーラが墓地を覆い、植物が育たなくなっている。

『ライム、ちょっと協力してくれる? 魔力は好きなだけ持ってっていいから』
服の胸元をつまんで、その中にいる妖精に話しかける。
『いいよ。前からここ気になってたんだ』
緑の羽根の妖精がフワリと出てくる。
前世の自分の墓前に置かれた鎮魂花レエムを地面に刺し、神樹の御使いたちに願う。

………この地を彷徨う霊たちに癒しを………

緑の羽根の妖精たちが星琉の周囲に集う。
彼の願いに呼応して、妖精たちが一斉に光を放った。
1枝だけだった鎮魂花レエムの青い星型の花が、その数を増やして墓地全体に散らばる。
心を落ち着かせる微かに甘い花の香りが広がった。

『私たちは、許して頂けるのか?』
『輪廻の輪に、還ってもいいのか?』
姿無き者たちが問いかけてくる。
『許すも何も、お前たちに罪は無いよ』
彼等が慕っていた勇者と同じ姿をした青年が微笑む。

「…これは…何を…したの………?」
泣くのをやめて、幼い少女が問う。
草も生えない殺風景だった墓地が、鎮魂花レエムの花畑に変わっていた。
「ここは、私が何度力を使っても変わらなかったのに」
「多分それは、セイラ自身の心に深い悲しみがあったからじゃないかな?」
小さな少女をヒョイッと抱き上げて、星琉は言う。
年齢差と性別の違いはあるが、元は双子のようにそっくりだった者同士、顔立ちは似ている。
「過去を悔やまないで…」
また泣き出してしまうセイラを抱き締めて、星琉は穏やかな声で話しかけた。
「君の兄弟だった魂は、今ここにいるよ」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

「おまえを愛することはない!」と言ってやったのに、なぜ無視するんだ!

七辻ゆゆ
ファンタジー
俺を見ない、俺の言葉を聞かない、そして触れられない。すり抜ける……なぜだ? 俺はいったい、どうなっているんだ。 真実の愛を取り戻したいだけなのに。

愚かな父にサヨナラと《完結》

アーエル
ファンタジー
「フラン。お前の方が年上なのだから、妹のために我慢しなさい」 父の言葉は最後の一線を越えてしまった。 その言葉が、続く悲劇を招く結果となったけど・・・ 悲劇の本当の始まりはもっと昔から。 言えることはただひとつ 私の幸せに貴方はいりません ✈他社にも同時公開

蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる

フルーツパフェ
大衆娯楽
 転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。  一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。  そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!  寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。 ――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです  そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。  大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。  相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。      

他国から来た王妃ですが、冷遇? 私にとっては厚遇すぎます!

七辻ゆゆ
ファンタジー
人質同然でやってきたというのに、出されるご飯は母国より美味しいし、嫌味な上司もいないから掃除洗濯毎日楽しいのですが!?

下げ渡された婚約者

相生紗季
ファンタジー
マグナリード王家第三王子のアルフレッドは、優秀な兄と姉のおかげで、政務に干渉することなく気ままに過ごしていた。 しかしある日、第一王子である兄が言った。 「ルイーザとの婚約を破棄する」 愛する人を見つけた兄は、政治のために決められた許嫁との婚約を破棄したいらしい。 「あのルイーザが受け入れたのか?」 「代わりの婿を用意するならという条件付きで」 「代わり?」 「お前だ、アルフレッド!」 おさがりの婚約者なんて聞いてない! しかもルイーザは誰もが畏れる冷酷な侯爵令嬢。 アルフレッドが怯えながらもルイーザのもとへと訪ねると、彼女は氷のような瞳から――涙をこぼした。 「あいつは、僕たちのことなんかどうでもいいんだ」 「ふたりで見返そう――あいつから王位を奪うんだ」

【完結】私だけが知らない

綾雅(りょうが)祝!コミカライズ
ファンタジー
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。 優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。 やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。 記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位 2023/12/19……番外編完結 2023/12/11……本編完結(番外編、12/12) 2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位 2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」 2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位 2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位 2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位 2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位 2023/08/14……連載開始

【画像あり】転生双子の異世界生活~株式会社SETA異世界派遣部・異世界ナーゴ編~

BIRD
ファンタジー
【転生者モチ編あらすじ】 異世界を再現したテーマパーク・プルミエタウンで働いていた兼業漫画家の俺。 原稿を仕上げた後、床で寝落ちた相方をベッドに引きずり上げて一緒に眠っていたら、本物の異世界に転移してしまった。 初めての異世界転移で容姿が変わり、日本での名前と姿は記憶から消えている。 転移先は前世で暮らした世界で、俺と相方の前世は双子だった。 前世の記憶は無いのに、時折感じる不安と哀しみ。 相方は眠っているだけなのに、何故か毎晩生存確認してしまう。 その原因は、相方の前世にあるような? 「ニンゲン」によって一度滅びた世界。 二足歩行の猫たちが文明を築いている時代。 それを見守る千年の寿命をもつ「世界樹の民」。 双子の勇者の転生者たちの物語です。 現世は親友、前世は双子の兄弟、2人の関係の変化と、異世界生活を書きました。 画像は作者が遊んでいるネトゲで作成したキャラや、石垣島の風景を使ったりしています。 AI生成した画像も合成に使うことがあります。 編集ソフトは全てフォトショップ使用です。 得られるスコア収益は「島猫たちのエピソード」と同じく、保護猫たちのために使わせて頂きます。 2024.4.19 モチ編スタート 5.14 モチ編完結。 5.15 イオ編スタート。 5.31 イオ編完結。 8.1 ファンタジー大賞エントリーに伴い、加筆開始 8.21 前世編開始 9.14 前世編完結 9.15 イオ視点のエピソード開始 9.20 イオ視点のエピソード完結 9.21 翔が書いた物語開始

【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?

アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。 泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。 16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。 マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。 あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に… もう…我慢しなくても良いですよね? この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。 前作の登場人物達も多数登場する予定です。 マーテルリアのイラストを変更致しました。

処理中です...