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翔が書いた物語
第21話:アムルの実
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リオが前世で使っていたという部屋に入ると、同居人の姿は無く、整えられたままの二つの寝台と質素な家具だけが彼を待っていた。
白夜とはいえ、室内は薄暗い。
隅にある飾り気の無い四角い机に歩み寄り、リオは燻し銀の燭台に灯を点そうとした。
が、傍らにある白い二つの塊が火打ち石のような物だと判っても、慣れない者に扱える筈はない。
何度かカチカチやっていると、背後で木戸の開閉する音が聞こえた。
「何してんだ?」
声をかけられて、彼は背後を振り返った。
「シアル?」
そこに居たのは、銀髪の少年。
大きな蒼い瞳は、最初に会った時より鋭さが和らいでいる。
「貸してみな」
シアルはリオから火打ち石を受け取ると、二回ほど打ち合わせて蝋燭に点火した。
そして、膨らんだシャツのポケットから、桃によく似た果実を掴み出し、差し出す。
「食えよ」
「ありがとう」
一瞬戸惑ったけれど、リオは両手でそれを受け取った。
「美味いぜ。さっき採って来たやつだから」
言うと、シアルはもう一つ取り出し、先に齧ってみせる。
リオは両の掌に乗せた果実に視線を落とし、片手に持ち変えてかぶりついた。
「美味い」
赤みがかった果皮は、スモモに似た酸味。
中の果肉は柔らかで甘く、白桃を思わせる。
「だろ? それ見つけるの、けっこう苦労したんだ」
満足そうな笑みを浮かべる少年の頬には、浅い切り傷が幾つかあって、うっすらと血が滲んでいた。
見事な銀髪には、細かい枝が絡まっている。
「もしかして、ずっとこれを?」
汁気の多い果肉で喉を潤しながら、リオはふと、シアルが朝から居なかったことを思い出した。
「転生者が来たら、食べさせようと思ってたんだ」
微笑んだのに寂し気な、彫りの深い顔。
「アムルの実、リュシアが好きだった食べ物だから」
蒼い瞳が深い色に翳り、少年は一瞬、幼い子供のように頼りなく見える。
「……それから、昨日は剣を向けたりしてごめん……」
まっすぐに向けられる瞳は、僅かに潤んで揺れていた。
激しい気性に隠れた心。
シアルには、リュシアを慕う一途さがあるようだった。
「気にしてないよ」
リオは本心から、そう答える。
お愛想ではなく、相手を気遣う優しさから浮かべられる笑みは、シアルを安堵させた。
枝か何かで切ったらしい傷に片手を近付け、リオはそれが癒えるよう願った。
自分の中に眠る【力】が、いつどんな時に発せられるのか、まだ判らない。
ミーナの腕のケロイドを消した時、それよりも新しい指先の傷はそのままだった。
今のところ意識して使った事は一度も無く、前世の心が浮上した時、自然に奇跡は為されていた。
けれど今、リオは初めて自ら望んで「力」を使おうとしている。
水の妖精を救った時とは違う柔らかな光が掌から染み出し、少年の頬を包み始めた。
すると、急速に傷が癒えてゆく。
シアルは最初目を丸くしたものの、それはすぐに無邪気な笑みへと変わった。
(間違いない。今ここに居るのは、俺を拾ってくれたあの人なんだ)
十三年前、魔物に殺された両親の無残な骸の下で、傷と飢えとで泣くことすら出来ぬほど衰弱していた彼を、ふいに包んだ温もり。
抱き上げられたのだと分ったのは、全身の傷がすっかり癒えた後。
シアルを連れ帰った人物は、当時十三歳の少年だった。
それは、白き民の中でもエルティシア大陸東方に住む少数民族の子として生まれ、不思議な力を持つ少年。
魔物の襲撃を逃れた人々がこの地に集まった時に長と定められた、瑠璃色の瞳をもつ聖者。
シアルの恩人は数ヵ月前、ラーナ神殿とその周辺に強固な結界を残し、輪廻の旅に出た。
彼は新たな生を受け、ここに戻って来た。
シアルはやっと、言うことが出来る。
待ち望んでいた者を迎える、ただ一つの言葉を。
「ありがとう。……それから……おかえり、リュシア……」
胸が熱くなるのを感じつつ、彼は微笑む。
澄んだ蒼い瞳から、温かい滴が溢れた。
白夜とはいえ、室内は薄暗い。
隅にある飾り気の無い四角い机に歩み寄り、リオは燻し銀の燭台に灯を点そうとした。
が、傍らにある白い二つの塊が火打ち石のような物だと判っても、慣れない者に扱える筈はない。
何度かカチカチやっていると、背後で木戸の開閉する音が聞こえた。
「何してんだ?」
声をかけられて、彼は背後を振り返った。
「シアル?」
そこに居たのは、銀髪の少年。
大きな蒼い瞳は、最初に会った時より鋭さが和らいでいる。
「貸してみな」
シアルはリオから火打ち石を受け取ると、二回ほど打ち合わせて蝋燭に点火した。
そして、膨らんだシャツのポケットから、桃によく似た果実を掴み出し、差し出す。
「食えよ」
「ありがとう」
一瞬戸惑ったけれど、リオは両手でそれを受け取った。
「美味いぜ。さっき採って来たやつだから」
言うと、シアルはもう一つ取り出し、先に齧ってみせる。
リオは両の掌に乗せた果実に視線を落とし、片手に持ち変えてかぶりついた。
「美味い」
赤みがかった果皮は、スモモに似た酸味。
中の果肉は柔らかで甘く、白桃を思わせる。
「だろ? それ見つけるの、けっこう苦労したんだ」
満足そうな笑みを浮かべる少年の頬には、浅い切り傷が幾つかあって、うっすらと血が滲んでいた。
見事な銀髪には、細かい枝が絡まっている。
「もしかして、ずっとこれを?」
汁気の多い果肉で喉を潤しながら、リオはふと、シアルが朝から居なかったことを思い出した。
「転生者が来たら、食べさせようと思ってたんだ」
微笑んだのに寂し気な、彫りの深い顔。
「アムルの実、リュシアが好きだった食べ物だから」
蒼い瞳が深い色に翳り、少年は一瞬、幼い子供のように頼りなく見える。
「……それから、昨日は剣を向けたりしてごめん……」
まっすぐに向けられる瞳は、僅かに潤んで揺れていた。
激しい気性に隠れた心。
シアルには、リュシアを慕う一途さがあるようだった。
「気にしてないよ」
リオは本心から、そう答える。
お愛想ではなく、相手を気遣う優しさから浮かべられる笑みは、シアルを安堵させた。
枝か何かで切ったらしい傷に片手を近付け、リオはそれが癒えるよう願った。
自分の中に眠る【力】が、いつどんな時に発せられるのか、まだ判らない。
ミーナの腕のケロイドを消した時、それよりも新しい指先の傷はそのままだった。
今のところ意識して使った事は一度も無く、前世の心が浮上した時、自然に奇跡は為されていた。
けれど今、リオは初めて自ら望んで「力」を使おうとしている。
水の妖精を救った時とは違う柔らかな光が掌から染み出し、少年の頬を包み始めた。
すると、急速に傷が癒えてゆく。
シアルは最初目を丸くしたものの、それはすぐに無邪気な笑みへと変わった。
(間違いない。今ここに居るのは、俺を拾ってくれたあの人なんだ)
十三年前、魔物に殺された両親の無残な骸の下で、傷と飢えとで泣くことすら出来ぬほど衰弱していた彼を、ふいに包んだ温もり。
抱き上げられたのだと分ったのは、全身の傷がすっかり癒えた後。
シアルを連れ帰った人物は、当時十三歳の少年だった。
それは、白き民の中でもエルティシア大陸東方に住む少数民族の子として生まれ、不思議な力を持つ少年。
魔物の襲撃を逃れた人々がこの地に集まった時に長と定められた、瑠璃色の瞳をもつ聖者。
シアルの恩人は数ヵ月前、ラーナ神殿とその周辺に強固な結界を残し、輪廻の旅に出た。
彼は新たな生を受け、ここに戻って来た。
シアルはやっと、言うことが出来る。
待ち望んでいた者を迎える、ただ一つの言葉を。
「ありがとう。……それから……おかえり、リュシア……」
胸が熱くなるのを感じつつ、彼は微笑む。
澄んだ蒼い瞳から、温かい滴が溢れた。
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