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転移者イオ編
第1話:大昔の薄い本(画像あり)
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王立アサケ学園図書館。
吹き抜けの館内は、バロック様式に似た豪華な内装。
天井には彫刻が施され、青い空が描かれている。
本棚はかなりの高さがあり、長いハシゴを使わないと上の棚にある本が取れない。
広大な図書館内の中心から放射状に伸びる、本棚に挟まれた幾つかの通路の1つ、その奥に隠された部屋がある。
中央の一般閲覧コーナーに比べて狭いけど、落ち着いて読書ができる個室のような空間。
そこが、俺のお気に入りの場所、禁書閲覧室。
「タマ、これって過去の転移者が持ってきた物?」
「そうだよ。確か【ドウジンシ】っていう種類の本らしいよ」
「……同人誌……」
禁書庫の棚から見つけた本を手に、俺は聞いた。
答えてくれたのは、ここの禁書を管理する神霊タマ・ヌマタ、通称タマ。
二足歩行の黒猫で、調理魔法を使って、いつも美味しいお茶とお菓子を御馳走してくれる。
この部屋にあるのは、黒いビロードみたいな布張りに金文字入りの禁書だけを収める棚。
そこに、なんだか場違いな感じで入っていたのは、1冊の同人誌だった。
表紙はアートポストかな? 同人誌によく使われる紙の質感だ。
同人誌=薄い本とも呼ばれる個人出版の本の事。
【コミケ】という通称で知られる同人誌即売会で売るために作られた本で、商業誌と違って作者のセンスが自由で野放しになっている。
ちなみにコミケとはコミックマーケットの略で、本来はコミックマーケット準備会が主催する世界最大の同人誌即売会のことを言うのだけど、同人誌即売会のメジャーな単語として定着している。
売られる本は文庫やコミックスに比べて厚みが無いため、【薄い本】と呼ばれるようになったらしい。
……で。
なんでそんなもんが禁書に混じってんの?
内心ツッコミつつ、俺はその薄い本を手に取ってみた。
俺は今日もアサケ学園の図書館、禁書閲覧室へ読書を楽しみに来ている。
1億冊以上の様々な書物を保管する図書館の、禁書を保管する部屋に入るためには、神から禁書の管理を任された神霊タマ・ヌマタを目視できることが条件だ。
俺は日本にいた頃から、物質界に属さないものが視える体質で、常人には見つけられない禁書の間に入ってタマを目撃してしまい、気に入られて現在に至る。
「図書館に落ちてたのを当時の司書が拾って、一般閲覧コーナーに置こうとしたんだけど、持ち主が気付いて嫌がったから、こっちで保管してるんだよ」
「持ち主は作者で、在学生だったのかな?」
「うん」
「……そりゃまぁ薄い本なんて、あまり一般公開はしたくないだろうな。まして自分の在学中なんて、出来れば封印しときたかったくらいだと思うよ」
同人作家は自作品を誰かに読んでほしいと思う反面、その本の作者だということを不特定多数に知られたり、同人誌属性が無い家族や友人知人に見られたりすることを極度に嫌がる人が多い。
同人作家に限らず、趣味の痕跡を家族に見られたら困る! って人、多いよね?
同人誌は作者の趣味の集大成だから、その世界の仲間以外には見られたくないものなんだよ。
「この厚み、懐かしいな。ジャンルは何だろ? どこで作られた同人誌かな?」
俺は苦笑しつつ薄い本の巻末を見たら、そこには奥付があった。
奥付があるって事は日本で発行されたものなんだろう。
和書には巻末に奥付を付ける慣習があるけど、洋書には無かったからね。
それに、この本の文字、日本語だし。
奥付に記載されていた作者名は全く知らないペンネーム、発行日はかなり古い。
オフセット印刷で、今はもう廃業した老舗印刷会社の名前が書いてある。
奥付の年代は小説投稿サイトの無かった頃で、アマチュア作家の作品発表の場は同人誌が主流、この本の作者もプロではなく趣味で小説を書いていた人なんだろう。
「今日はこれを読もうかな」
本なら何でも読んでみたくなる俺に、読まないという選択肢は無い。
まさか異世界で薄い本を読むとは思ってもみなかったけど。
作者も本の発行時はそれが異世界で読まれるとは思ってもみなかったようだ。
奥付の近くには小さく手書きで「まさか自分が異世界に来るとは思わなかった」って書いてあるよ。
この本が作られた頃は、我が社の異世界派遣部が出来る前の時代だから、異世界転移なんてアニメや映画だけの事と思ってたろうね。
そんな大昔に異世界転移した作者は、さぞ驚いた事だろう。
当時は創作でも異世界もの流行以前、異世界転移なんて言葉も多分使われてなかったんじゃないかな?
「ごゆっくり」
タマがそう言って、花の香りがするお茶を出してくれた。
図書館の本は全て状態維持魔法がかかっているので、万が一お茶を零しても汚れる心配は無い。
薄い本は英語タイトルで、20世紀に書かれたものらしい。
最初の数ページを読んだところで、創作の異世界転移ものと分かる。
異世界ブームがくる前の時代だから、即売会で売れ残ったんじゃないかな?
当時はBL含むアニメ二次創作ブームで、創作系は即売会の参加サークルに1割いるかいないかという時代だった筈。
全然売れない作品(多分)と一緒に異世界へスッ飛ばされたっぽい、アマチュア作家を気の毒に思いつつ、俺は同人誌を読み進めた。
吹き抜けの館内は、バロック様式に似た豪華な内装。
天井には彫刻が施され、青い空が描かれている。
本棚はかなりの高さがあり、長いハシゴを使わないと上の棚にある本が取れない。
広大な図書館内の中心から放射状に伸びる、本棚に挟まれた幾つかの通路の1つ、その奥に隠された部屋がある。
中央の一般閲覧コーナーに比べて狭いけど、落ち着いて読書ができる個室のような空間。
そこが、俺のお気に入りの場所、禁書閲覧室。
「タマ、これって過去の転移者が持ってきた物?」
「そうだよ。確か【ドウジンシ】っていう種類の本らしいよ」
「……同人誌……」
禁書庫の棚から見つけた本を手に、俺は聞いた。
答えてくれたのは、ここの禁書を管理する神霊タマ・ヌマタ、通称タマ。
二足歩行の黒猫で、調理魔法を使って、いつも美味しいお茶とお菓子を御馳走してくれる。
この部屋にあるのは、黒いビロードみたいな布張りに金文字入りの禁書だけを収める棚。
そこに、なんだか場違いな感じで入っていたのは、1冊の同人誌だった。
表紙はアートポストかな? 同人誌によく使われる紙の質感だ。
同人誌=薄い本とも呼ばれる個人出版の本の事。
【コミケ】という通称で知られる同人誌即売会で売るために作られた本で、商業誌と違って作者のセンスが自由で野放しになっている。
ちなみにコミケとはコミックマーケットの略で、本来はコミックマーケット準備会が主催する世界最大の同人誌即売会のことを言うのだけど、同人誌即売会のメジャーな単語として定着している。
売られる本は文庫やコミックスに比べて厚みが無いため、【薄い本】と呼ばれるようになったらしい。
……で。
なんでそんなもんが禁書に混じってんの?
内心ツッコミつつ、俺はその薄い本を手に取ってみた。
俺は今日もアサケ学園の図書館、禁書閲覧室へ読書を楽しみに来ている。
1億冊以上の様々な書物を保管する図書館の、禁書を保管する部屋に入るためには、神から禁書の管理を任された神霊タマ・ヌマタを目視できることが条件だ。
俺は日本にいた頃から、物質界に属さないものが視える体質で、常人には見つけられない禁書の間に入ってタマを目撃してしまい、気に入られて現在に至る。
「図書館に落ちてたのを当時の司書が拾って、一般閲覧コーナーに置こうとしたんだけど、持ち主が気付いて嫌がったから、こっちで保管してるんだよ」
「持ち主は作者で、在学生だったのかな?」
「うん」
「……そりゃまぁ薄い本なんて、あまり一般公開はしたくないだろうな。まして自分の在学中なんて、出来れば封印しときたかったくらいだと思うよ」
同人作家は自作品を誰かに読んでほしいと思う反面、その本の作者だということを不特定多数に知られたり、同人誌属性が無い家族や友人知人に見られたりすることを極度に嫌がる人が多い。
同人作家に限らず、趣味の痕跡を家族に見られたら困る! って人、多いよね?
同人誌は作者の趣味の集大成だから、その世界の仲間以外には見られたくないものなんだよ。
「この厚み、懐かしいな。ジャンルは何だろ? どこで作られた同人誌かな?」
俺は苦笑しつつ薄い本の巻末を見たら、そこには奥付があった。
奥付があるって事は日本で発行されたものなんだろう。
和書には巻末に奥付を付ける慣習があるけど、洋書には無かったからね。
それに、この本の文字、日本語だし。
奥付に記載されていた作者名は全く知らないペンネーム、発行日はかなり古い。
オフセット印刷で、今はもう廃業した老舗印刷会社の名前が書いてある。
奥付の年代は小説投稿サイトの無かった頃で、アマチュア作家の作品発表の場は同人誌が主流、この本の作者もプロではなく趣味で小説を書いていた人なんだろう。
「今日はこれを読もうかな」
本なら何でも読んでみたくなる俺に、読まないという選択肢は無い。
まさか異世界で薄い本を読むとは思ってもみなかったけど。
作者も本の発行時はそれが異世界で読まれるとは思ってもみなかったようだ。
奥付の近くには小さく手書きで「まさか自分が異世界に来るとは思わなかった」って書いてあるよ。
この本が作られた頃は、我が社の異世界派遣部が出来る前の時代だから、異世界転移なんてアニメや映画だけの事と思ってたろうね。
そんな大昔に異世界転移した作者は、さぞ驚いた事だろう。
当時は創作でも異世界もの流行以前、異世界転移なんて言葉も多分使われてなかったんじゃないかな?
「ごゆっくり」
タマがそう言って、花の香りがするお茶を出してくれた。
図書館の本は全て状態維持魔法がかかっているので、万が一お茶を零しても汚れる心配は無い。
薄い本は英語タイトルで、20世紀に書かれたものらしい。
最初の数ページを読んだところで、創作の異世界転移ものと分かる。
異世界ブームがくる前の時代だから、即売会で売れ残ったんじゃないかな?
当時はBL含むアニメ二次創作ブームで、創作系は即売会の参加サークルに1割いるかいないかという時代だった筈。
全然売れない作品(多分)と一緒に異世界へスッ飛ばされたっぽい、アマチュア作家を気の毒に思いつつ、俺は同人誌を読み進めた。
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