上 下
62 / 428
転移者イオ編

第1話:大昔の薄い本(画像あり)

しおりを挟む
 王立アサケ学園図書館。
 吹き抜けの館内は、バロック様式に似た豪華な内装。
 天井には彫刻が施され、青い空が描かれている。
 本棚はかなりの高さがあり、長いハシゴを使わないと上の棚にある本が取れない。
 広大な図書館内の中心から放射状に伸びる、本棚に挟まれた幾つかの通路の1つ、その奥に隠された部屋がある。
 中央の一般閲覧コーナーに比べて狭いけど、落ち着いて読書ができる個室のような空間。
 そこが、俺のお気に入りの場所、禁書閲覧室。





「タマ、これって過去の転移者が持ってきた物?」
「そうだよ。確か【ドウジンシ】っていう種類の本らしいよ」
「……同人誌……」

 禁書庫の棚から見つけた本を手に、俺は聞いた。
 答えてくれたのは、ここの禁書を管理する神霊タマ・ヌマタ、通称タマ。
 二足歩行の黒猫で、調理魔法を使って、いつも美味しいお茶とお菓子を御馳走してくれる。

 この部屋にあるのは、黒いビロードみたいな布張りに金文字入りの禁書だけを収める棚。
 そこに、なんだか場違いな感じで入っていたのは、1冊の同人誌だった。
 表紙はアートポストかな? 同人誌によく使われる紙の質感だ。

 同人誌=薄い本とも呼ばれる個人出版の本の事。
 【コミケ】という通称で知られる同人誌即売会で売るために作られた本で、商業誌と違って作者のセンスが自由で野放しになっている。
 ちなみにコミケとはコミックマーケットの略で、本来はコミックマーケット準備会が主催する世界最大の同人誌即売会のことを言うのだけど、同人誌即売会のメジャーな単語として定着している。
 売られる本は文庫やコミックスに比べて厚みが無いため、【薄い本】と呼ばれるようになったらしい。

 ……で。

 なんでそんなもんが禁書に混じってんの?

 内心ツッコミつつ、俺はその薄い本を手に取ってみた。
 俺は今日もアサケ学園の図書館、禁書閲覧室へ読書を楽しみに来ている。

 1億冊以上の様々な書物を保管する図書館の、禁書を保管する部屋に入るためには、神から禁書の管理を任された神霊タマ・ヌマタを目視できることが条件だ。
 俺は日本にいた頃から、物質界に属さないものが視える体質で、常人には見つけられない禁書の間に入ってタマを目撃してしまい、気に入られて現在に至る。

「図書館に落ちてたのを当時の司書が拾って、一般閲覧コーナーに置こうとしたんだけど、持ち主が気付いて嫌がったから、こっちで保管してるんだよ」
「持ち主は作者で、在学生だったのかな?」
「うん」
「……そりゃまぁ薄い本なんて、あまり一般公開はしたくないだろうな。まして自分の在学中なんて、出来れば封印しときたかったくらいだと思うよ」

 同人作家は自作品を誰かに読んでほしいと思う反面、その本の作者だということを不特定多数に知られたり、同人誌属性が無い家族や友人知人に見られたりすることを極度に嫌がる人が多い。
 同人作家に限らず、趣味の痕跡を家族に見られたら困る! って人、多いよね?
 同人誌は作者の趣味の集大成だから、その世界の仲間以外には見られたくないものなんだよ。

「この厚み、懐かしいな。ジャンルは何だろ? どこで作られた同人誌かな?」

 俺は苦笑しつつ薄い本の巻末を見たら、そこには奥付があった。
 奥付があるって事は日本で発行されたものなんだろう。
 和書には巻末に奥付を付ける慣習があるけど、洋書には無かったからね。
 それに、この本の文字、日本語だし。

 奥付に記載されていた作者名は全く知らないペンネーム、発行日はかなり古い。
 オフセット印刷で、今はもう廃業した老舗印刷会社の名前が書いてある。
 奥付の年代は小説投稿サイトの無かった頃で、アマチュア作家の作品発表の場は同人誌が主流、この本の作者もプロではなく趣味で小説を書いていた人なんだろう。

「今日はこれを読もうかな」

 本なら何でも読んでみたくなる俺に、読まないという選択肢は無い。
 まさか異世界で薄い本を読むとは思ってもみなかったけど。

 作者も本の発行時はそれが異世界で読まれるとは思ってもみなかったようだ。
 奥付の近くには小さく手書きで「まさか自分が異世界に来るとは思わなかった」って書いてあるよ。
 この本が作られた頃は、我が社の異世界派遣部が出来る前の時代だから、異世界転移なんてアニメや映画だけの事と思ってたろうね。
 そんな大昔に異世界転移した作者は、さぞ驚いた事だろう。
 当時は創作でも異世界もの流行以前、異世界転移なんて言葉も多分使われてなかったんじゃないかな?

「ごゆっくり」

 タマがそう言って、花の香りがするお茶を出してくれた。
 図書館の本は全て状態維持魔法がかかっているので、万が一お茶を零しても汚れる心配は無い。

 薄い本は英語タイトルで、20世紀に書かれたものらしい。
 最初の数ページを読んだところで、創作の異世界転移ものと分かる。
 異世界ブームがくる前の時代だから、即売会で売れ残ったんじゃないかな?
 当時はBL含むアニメ二次創作ブームで、創作系は即売会の参加サークルに1割いるかいないかという時代だった筈。

 全然売れない作品(多分)と一緒に異世界へスッ飛ばされたっぽい、アマチュア作家を気の毒に思いつつ、俺は同人誌を読み進めた。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

転生令嬢は現状を語る。

みなせ
ファンタジー
目が覚めたら悪役令嬢でした。 よくある話だけど、 私の話を聞いてほしい。

喰らう度強くなるボクと姉属性の女神様と異世界と。〜食べた者のスキルを奪うボクが異世界で自由気ままに冒険する!!〜

田所浩一郎
ファンタジー
中学でいじめられていた少年冥矢は女神のミスによりできた空間の歪みに巻き込まれ命を落としてしまう。 謝罪代わりに与えられたスキル、《喰らう者》は食べた存在のスキルを使い更にレベルアップすることのできるチートスキルだった! 異世界に転生させてもらうはずだったがなんと女神様もついてくる事態に!?  地球にはない自然や生き物に魔物。それにまだ見ぬ珍味達。 冥矢は心を踊らせ好奇心を満たす冒険へと出るのだった。これからずっと側に居ることを約束した女神様と共に……

俺、貞操逆転世界へイケメン転生

やまいし
ファンタジー
俺はモテなかった…。 勉強や運動は人並み以上に出来るのに…。じゃあ何故かって?――――顔が悪かったからだ。 ――そんなのどうしようも無いだろう。そう思ってた。 ――しかし俺は、男女比1:30の貞操が逆転した世界にイケメンとなって転生した。 これは、そんな俺が今度こそモテるために頑張る。そんな話。 ######## この作品は「小説家になろう様 カクヨム様」にも掲載しています。

ブレイブエイト〜異世界八犬伝伝説〜

蒼月丸
ファンタジー
異世界ハルヴァス。そこは平和なファンタジー世界だったが、新たな魔王であるタマズサが出現した事で大混乱に陥ってしまう。 魔王討伐に赴いた勇者一行も、タマズサによって壊滅してしまい、行方不明一名、死者二名、捕虜二名という結果に。このままだとハルヴァスが滅びるのも時間の問題だ。 それから数日後、地球にある後楽園ホールではプロレス大会が開かれていたが、ここにも魔王軍が攻め込んできて多くの客が殺されてしまう事態が起きた。 当然大会は中止。客の生き残りである東零夜は魔王軍に怒りを顕にし、憧れのレスラーである藍原倫子、彼女のパートナーの有原日和と共に、魔王軍がいるハルヴァスへと向かう事を決断したのだった。 八犬士達の意志を継ぐ選ばれし八人が、魔王タマズサとの戦いに挑む! 地球とハルヴァス、二つの世界を行き来するファンタジー作品、開幕! Nolaノベル、PageMeku、ネオページ、なろうにも連載しています!

チート能力を持った高校生の生き残りをかけた長く短い七日間

北きつね
ファンタジー
 バスの事故で異世界に転生する事になってしまった高校生21名。  神を名乗る者から告げられたのは「異世界で一番有名になった人が死ぬ人を決めていいよ」と・・・・。  徐々に明らかになっていく神々の思惑、そして明かされる悲しい現実。  それらに巻き込まれながら、必死(??)に贖い、仲間たちと手を取り合って、勇敢(??)に立ち向かっていく物語だったはず。  転生先でチート能力を授かった高校生達が地球時間7日間を過ごす。  異世界バトルロイヤル。のはずが、チート能力を武器に、好き放題やり始める。  全部は、安心して過ごせる場所を作る。もう何も奪われない。殺させはしない。  日本で紡がれた因果の終着点は、復讐なのかそれとも・・・  異世界で過ごす(地球時間)7日間。生き残るのは誰なのか? 注)作者が楽しむ為に書いています。   誤字脱字が多いです。誤字脱字は、見つけ次第直していきますが、更新はまとめてになります。

実はスライムって最強なんだよ?初期ステータスが低すぎてレベルアップが出来ないだけ…

小桃
ファンタジー
 商業高校へ通う女子高校生一条 遥は通学時に仔犬が車に轢かれそうになった所を助けようとして車に轢かれ死亡する。この行動に獣の神は心を打たれ、彼女を転生させようとする。遥は獣の神より転生を打診され5つの希望を叶えると言われたので、希望を伝える。 1.最強になれる種族 2.無限収納 3.変幻自在 4.並列思考 5.スキルコピー  5つの希望を叶えられ遥は新たな世界へ転生する、その姿はスライムだった…最強になる種族で転生したはずなのにスライムに…遥はスライムとしてどう生きていくのか?スライムに転生した少女の物語が始まるのであった。

男:女=1:10000の世界に来た記憶が無いけど生きる俺

マオセン
ファンタジー
突然公園で目覚めた青年「優心」は身辺状況の記憶をすべて忘れていた。分かるのは自分の名前と剣道の経験、常識くらいだった。 その公園を通りすがった「七瀬 椿」に話しかけてからこの物語は幕を開ける。 彼は何も記憶が無い状態で男女比が圧倒的な世界を生き抜けることができるのか。 そして....彼の身体は大丈夫なのか!?

処理中です...