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続いていた日常と、始まらなかったおとぎ話に。
ex.)) 閑話休題 とある夫婦の話 ★
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ジャンクフード本編に付けたデザートのようなものです。結婚式当夜のお話です。
”大学芋の砂糖漬け生クリームとアイスを添えて”くらいには甘いかもしれません。
特にお話に関わる意味もおちもなく、仲良く(?)してるだけです。
滑らかな肌触りのシーツの上で、エリスは今日の出来事を思い返し、緊張を紛らわせていた。
エリスとノアの挙式は本日、ミニアムにあるただ一つの教会で行われた。
集まれたのはシンハやラングロワを始めとしたノアやエリスの友人達と近隣の人々、己の能力と職権を駆使して駆けつけたサラ、高貴さを隠しきれてない謎の壮年――オルコット家当主――など。
挙式自体はこぢんまりとしており、昼食会中心の式ではあったが、幸せな一時であった。
教会での光景は忘れられない。
ステンドグラスからは魔鉱石を思い出す七色の光が零れ、天窓の淡い光と合わさり、洞窟の奥とは異なる神秘的な雰囲気を醸し出していた。
式服に身を包むノアは普段に増して凛々しく、精悍な姿に見た瞬間は式の最中に心臓が爆発したらどうしようかと本気で考えた。
しかしものの数十秒で、それらはノアの瞳から静かに雫が零れ落ちて覆る。
その後、式が始まるまで涙目だったノアも。指輪交換からは緊張で震えていたノアも。羞恥心から誓いの口付けを額にしたものの、結局は耐えられずにエリスを抱き締め、満面の笑みを浮かべてキスし直したノアも。その後、感極まり泣いてしまったノアも。
本人に伝えたら自尊心を傷つけてしまいそうなので言わないが、精悍さや凛々しさよりも、微笑ましさや愛らしさの方が勝っていたように思う。
今はまだ、心地良いふわふわの甘い夢に身を委ねているような気分だが、いずれは二人して語り合うような良い思い出になるような気がする。
既に、披露宴代わりに行った昼食会でのラングロワとシンハの祝辞と司会進行は、村人の伝説になっているとの話も聞く。主に笑い話の類だそうだが、それもまたエリスは嬉しく思う。
(サラ姉達も来れないと思ってたから、式なんて別にやらなくてもいいと思っていたけど……楽しかったな。お世話になったおじ様やお義母さんも喜んでくれて、薬局の人達とも会えて。ジウ達村の子供達もご馳走を喜んでくれた……)
正式な参加は難しかったものの、カルロもジーニアスも祝賀の手紙をくれた。
また遠くからではあるが、無事に散歩中のアメリアとジルフォード夫妻も眺めてくれたという。先程それを知ったエリスとノアは思わず抱き合って喜んだ。
(本当に良かった。幸せで、幸せで……嬉しい……ノアと再会できた事もまだ夢みたい……)
甘い香りがエリスの体温を上げていく。
濃密な薔薇の甘さと温もりを感じる異国の香木、微かに混じるのは爽やかなアオイ科の野草の香りだろうか。
初めて嗅いだ時はノアの調合かな? 良い香りだな、程度にしか感じていなかったというのに。
いつからか夜の寝室を満たす心地良いそれは、甘く激しいノアとの情事をエリスに想起させるようになった。
(平常心、平常心……は、初めてでもないし、治療院の準備で忙しかったのと我慢は極力しないけれどもやっぱり結婚までは少し節度を保とうって、それであまりまだ慣れてないだけでこれからは……)
緊張のあまり、脳内のエリスは早口多弁を極めている。
何事も実際経験してみなければわからない。それはその通りだとエリスも思う。だが、経験したとて展開も、得られるものも、成長度合いも当たり前に皆異なるのだ。
ことにエリスとノアの場合、恋愛的な手練手管に関してはいまだに初学者の域を超えられない。
毎回羞恥と緊張と興奮でぐちゃぐちゃになってしまうエリス達が、今宵から夫婦となり、この先恋愛小説の二人のようになれるかは全く自信が持てない。
「エリス、お待……」
「うわあぁぁっ?! っ、の、ノア! 」
「?! だ、大丈夫?」
ノアは瞳を丸くさせると、不安そうな面持ちでエリスの左横へと座った。温もりと共に石鹸の良い香りが届く。
エリスは視線を床へと落とし、しどろもどろに話し出す。
「ごめんねノア。あんまり式が楽しかったから、ぼーっとしてて。ちょっとびっくりしただけだから」
「ああ……うん。凄く楽しかったね。それに……凄く綺麗だった……」
エリスの左手に熱いノアのそれが重なる。ゆっくりと絡められ、撫でられた。
艶を帯びた仕草に、明確に示されていないにも関わらずそれが何を指しての言葉なのかわかってしまう。
そっとノアの様子を伺うエリスに対して、彼の視線は床へと落とされまま。深い青色には長いまつ毛が影を落とし、頬と耳は僅かに朱に染まる。
蕩けるようなエリスへの熱視線も羞恥を煽るが、請うように触れつつ何かに耐えるように俯く彼にも心音は乱されるものだ。
「エリス……」
おもむろに。熱を帯びた青色がエリスへと向けられる。
「エリスが欲しい…………今夜も、良かったら……」
切なげな声に続いて、不安と躊躇いが混じる言葉が補われた。返事の代わりに大きく頷き、ぎゅっと左手を握り返せば。欲を孕んだ瞳が近付き、ゆっくりと唇が重ねられる。
「っ……、ノア」
「……エリス」
互いの名を呼び合ったのも束の間、再び熱いそれが触れた。食むような執拗な口付けは、重なり合う度に長く深くなっていく。
合間に挟まれる荒い呼吸も互いの唇を濡らすそれも、どちらのものかもわからない。
ノアの大きな手に加え、滑らかなシーツを項と首筋に感じるようになってからも。ネグリジェと下着を丁寧に脱がされ、目の前のシャツのボタンが外れて傷だらけの裸体が視界に入るようになってからも。
エリス達は互いの名を呼び合いながら口付けを交わし合う。
互いを求める心を表すように熱を持つ肌は吸い付き合い、温い布団の中で蕩けてしまいそうだった。
「……独り占めしたい」
それは唐突に。艶めかしく濡れた唇から零れ落ちる。欲を隠さぬ深い青色がじっとエリスを見つめて、言葉を返す前に熱くなる頬を撫でられた。
「昔も今もずっと、そう思ってる」
熱情を孕んだ瞳が僅かに滲む。言葉にならない気持ちが胸を締め付け、エリスの瞳をも滲ませた。
「だから……」
ふ、とノアの頬が緩む。同時に口元に苦さを含んだ笑みが浮かんだ。
「もう一度会えるなら、僕も君も壊れてしまっても後悔なんてしない……謝っても許してくれなかったり、もう気持ちは無いって拒まれたら立場も悪魔も利用してエリスを…………そんな本質を失った方法を選ばなくて、良かった」
苦さを経て安堵へ。朗らかにはにかむノアを、エリスは堪らず抱き締めた。
「うん、私も……良かった……」
噛み締めるようにエリスも告げる。
ノアが万が一どこかで誤り、そんな方法を選んでしまっていたら。
彼は死ぬまで罪悪感を感じ、いつかは罪悪感と責任と己の犯した愚かさとの板挟みに耐えられなくなってしまっただろう。きっとエリスどころか誰にも知られずに、自ら死を選んだとも悟られずに、淡々と己の最後の願いを叶える為に事を遂げたに違いない。
幸か不幸か、ノアは悪事においても善事においてもやり切る意志と覚悟を持てる。
故に危うく、儚い。彼の善性が彼を苦しめ、一方で善性のみが彼を生に繋ぎ止めているのではないか。エリスは時々そんな風に感じる事がある。
「ノア、好き。お願い……ずっと、ずっと一緒にいよう……?」
「もちろん。僕からもお願いするよ……」
満足気な笑みが溢れて。そのまま耳元で真っ直ぐな愛の言葉を囁かれる。再び上がる熱に追い打ちをかけるように、ノアはエリスの胸へと手を伸ばした。
「……ノ、ノアっ」
「うん、何? エリス」
微笑みながらノアは問う。すくうように持ち上げられ、触れるか触れないかの柔さで先を弄られる。
「ふっ……ぅ、んっ……」
「我慢しないでも大丈夫だよ? 聞いてるのは僕だけだから……」
諭すような言葉に反して、声音も仕草も表情も。全てが甘く艶やかだった。エリスの唇から短い息と、意味を成さない甘い音が幾度も零れる。
「っ……ノア、あんまり……そこばっかり……」
期待に滲む涙も、懇願するような甘ったるい声も恥ずかしくて堪らないのに。それらを塗り替える程の快感と多幸感をエリスは既に知ってしまったからだろうか。エリスは思わずもどかしさに膝同士を擦り合わせてしまう。
「わかった。僕もそろそろ我慢できないから……こっちも良い……?」
エリスの様子に気付いてか、はたまた素直に応えた結果なのか。腰を抱いていたノアの手がエリスの脇腹へ。そのまま太股を撫で、下腹の淡い茂みへと降りていく。
「っ……あ、っ……ノアっ」
しとどに濡れる蜜口をゆっくりと前後に撫でられ、逃げきれぬ快感にエリスはノアの腕を掴んだ。蜜をまとったまま、ノアの指は敏感な花芽に程近い和毛に沈んでいく。
「ここ、触られるのエリスは好きな気がするんだけど……」
エリスが激し過ぎる快楽を好まない事を承知の上で、ノアは蜜口の周りと茂みとを優しくゆっくりと撫で続けた。
首筋には口付けと、堪えきれなくなった熱っぽい吐息がかかり。時折、緩慢に動く指の先が花芽を掠める。ノアの頬や耳は赤らみ、傷だらけの肌は熱く汗ばんでいた。抑え込んだ劣情に滲む羞恥心は益々エリスの熱を煽る。
じわじわと登っていく快感に淫らに腰を揺らしそうになる。必死に堪える為にノアの手を掴み身を捩るが、かえって強請るような仕草になってしまった。
「どう?」
官能の外側に優しく触れていたそれが、僅かに激情を見せて。エリスの蜜口をおし開く。返事の代わりに、エリスの唇から小さく甘い悲鳴が漏れた。
「あっ……」
しかしノアの笑みが深まった気がしたのもほんの一瞬。
浅い部分を撫でると、遠慮でもするようにすぐにそれは離れてしまう。
「教えて? これ、好き? 僕はエリスの好きな事も、本当は辞めて欲しい事も。恥ずかしくて気持ち良い事も……全部知りたい」
不安げに下がる眉も、確信犯じみた不埒な指も切なげな表情も。どれもノアの本音であるような気がして。エリスは羞恥を捨てて、ノアの首に手を回した。
「っ……好き……。ノアにされるなら……気持ち良くなくても……ぜんぶ、幸せ……」
素直な言葉は思ったよりもずっと小さく、薄暗い室内へとすぐに消えてしまう。それでもノアとの距離はいまや薄闇よりもずっと近い。
何かを堪えるような吐息と、喉を鳴らす音が耳元を掠めたかと思うと、エリスの太腿にノアの両手が触れる。
そのまま大きく足を開かされ、熱く固い雄心が希い濡れそぼるそこにぴったりとあてがわれた。
ノアの柔らかい香りと官能を煽る甘い香りに混じって、微かに淫らな欲の匂いが漂う。
「僕も……。エリス。もっと奥まで、君に触れて良い?」
こくりと頷き、エリスは手を伸ばす。
今宵もまた。求める右手に応えるようにノアの長い指が絡んで、ぎゅぅと握り返された。同時に熱い昂りが狭い中へと誘われるようにゆっくりと押し入っていく。
「あぁ……っ」
「っう……エリス」
繋がれてない方の手で腰を掴まれ、浅い所を擦られる。隠微な水音と獣のような荒い呼吸音が鼓膜を揺らし、切なげに囁かれる声が鼓動と交わりに悦ぶ奥を震わせた。
ノアのそれは固く熱いのに、毎回ひどく優しい。エリスの好いところをきちんと把握し、愛でるように攻めてくる。
「の、あ……」
一抹の不安を埋め、温もりを求めるように。シーツを掴んでいた手をもエリスはノアへと伸ばした。エリスの心を察したように、すぐに強い抱擁が返ってくる。
一層、交わりが深く激しくなって。触れ合い溶け合う熱も嬌声も香りも、全てがどちらのものかわからなくなる。
「エリス……好きだ」
「ひぁ……んっ、私も。好き」
ノアの雄がエリスの中を満たし何度も慈しむように舐れば、エリスの蜜洞はもっとと欲望を重ねて畝りそれを締め付ける。
「く、あぁ……ごめん。エリスもう、っ……う、」
首筋を艶やかな吐息が撫で、最奥で熱が弾ける。抑えが効かなくなった雄はしばらく震え続け、溢れた欲はエリスを満たすばかりか、太腿を伝って布団に滴り落ちた。
力が抜けぐったりとするノアを抱き締め直し、エリスは背を撫でる。
「ごめん……こんな、こんなはやく……」
罰が悪そうなノアにエリスは悪いと思いつつも、微笑まずにはいられない。
「ううん。幸せ。今日もノアでいっぱいになれて……すごく嬉しい。ありがとう、ノア」
「エリス……! 僕の方こそ……いつもありがとう。幸せ過ぎて、どうにかなってしまいそうだ……」
伝えきれぬ程の気持ちの代わりに、エリスとノアはぎゅぅっと抱き締め合う。心地好い熱と満たされる心に、自然と二人の頬も緩む。
「ノア、面白い。……ねぇノア……その、毎回幸せだとは思うんだけど、気持ち良さと言うか、そういうのは私ばっかり堪能しちゃってるような気がして……もし良かったら、今度はもっとノアにも……ゆっくり、いっぱい……気持ちよくなって欲しい。が、頑張るから……一緒に……」
「?!」
息を飲む音と共に、欲を吐き出したばかりのそれが再び芯を持ち始めた。
しかしその事に羞恥心でいっぱいいっぱいのエリスは気付けない。
驚くノアにはしたないと引かれないようにと願いながら。ただただ、自分もノアを大事にしたいのだと。告げ慣れぬ言葉に赤面しながら、必死に想いを伝える。
「だ、だって、今日から夫婦でしょう? 対等に在りたいと言うか……私のわがままなんだけど、でもあの、して貰ってばかりなのはなんか違うって言うか……私も少しは勉強してきたのよ……! もう遅いけど、う、ううう上に乗るのとか! ノアの気持ちいい時の仕草とか書き出して考査したり研究して……!」
もうどうにでもなれとばかりに告げてから、エリスは雰囲気を自らの手でぶち壊したのではないかと我に返る。
ぶち壊したどころか、とんでもなく気持ちの悪い発言だったのではないかと。羞恥の涙がピタリと止まり、青ざめ始めた瞬間。
暫し離れていた温もりがエリスを包んだ。
「嬉しい……ねえ、エリス。今夜もう一度……だめかな? 僕も……もっともっとエリスと愛し合いたい」
耳元でそっと請われる。そして。
「研究してくれたんだ? 全部……過程も目的も……結果は実施で……教えて。課題は一緒に取り組めるよ?」
どうする?との選択肢を委ねる問いかけには、エリスと同じ願いを含む艶笑が続く。
「一緒に……ノア。好き……」
「僕も……大好きだ」
重なった選択に、二人の頬は熱を帯びながら緩む。真っ直ぐに熱烈な愛の言葉を告げられ、エリスもまた同じ温度と熱量と意味をもった気持ちを返す。
窓の外では、いつもの黒ツグミも聞き慣れたフクロウも鳴いていなかった。
聞こえるのは虫の声と眠そうな鳥の声。
今夜も、この先も。慈しみ合う夫婦の日々は続いていく。
『夫婦となった幼馴染み 薬師と医師の話』
▸▸to be continued
”大学芋の砂糖漬け生クリームとアイスを添えて”くらいには甘いかもしれません。
特にお話に関わる意味もおちもなく、仲良く(?)してるだけです。
滑らかな肌触りのシーツの上で、エリスは今日の出来事を思い返し、緊張を紛らわせていた。
エリスとノアの挙式は本日、ミニアムにあるただ一つの教会で行われた。
集まれたのはシンハやラングロワを始めとしたノアやエリスの友人達と近隣の人々、己の能力と職権を駆使して駆けつけたサラ、高貴さを隠しきれてない謎の壮年――オルコット家当主――など。
挙式自体はこぢんまりとしており、昼食会中心の式ではあったが、幸せな一時であった。
教会での光景は忘れられない。
ステンドグラスからは魔鉱石を思い出す七色の光が零れ、天窓の淡い光と合わさり、洞窟の奥とは異なる神秘的な雰囲気を醸し出していた。
式服に身を包むノアは普段に増して凛々しく、精悍な姿に見た瞬間は式の最中に心臓が爆発したらどうしようかと本気で考えた。
しかしものの数十秒で、それらはノアの瞳から静かに雫が零れ落ちて覆る。
その後、式が始まるまで涙目だったノアも。指輪交換からは緊張で震えていたノアも。羞恥心から誓いの口付けを額にしたものの、結局は耐えられずにエリスを抱き締め、満面の笑みを浮かべてキスし直したノアも。その後、感極まり泣いてしまったノアも。
本人に伝えたら自尊心を傷つけてしまいそうなので言わないが、精悍さや凛々しさよりも、微笑ましさや愛らしさの方が勝っていたように思う。
今はまだ、心地良いふわふわの甘い夢に身を委ねているような気分だが、いずれは二人して語り合うような良い思い出になるような気がする。
既に、披露宴代わりに行った昼食会でのラングロワとシンハの祝辞と司会進行は、村人の伝説になっているとの話も聞く。主に笑い話の類だそうだが、それもまたエリスは嬉しく思う。
(サラ姉達も来れないと思ってたから、式なんて別にやらなくてもいいと思っていたけど……楽しかったな。お世話になったおじ様やお義母さんも喜んでくれて、薬局の人達とも会えて。ジウ達村の子供達もご馳走を喜んでくれた……)
正式な参加は難しかったものの、カルロもジーニアスも祝賀の手紙をくれた。
また遠くからではあるが、無事に散歩中のアメリアとジルフォード夫妻も眺めてくれたという。先程それを知ったエリスとノアは思わず抱き合って喜んだ。
(本当に良かった。幸せで、幸せで……嬉しい……ノアと再会できた事もまだ夢みたい……)
甘い香りがエリスの体温を上げていく。
濃密な薔薇の甘さと温もりを感じる異国の香木、微かに混じるのは爽やかなアオイ科の野草の香りだろうか。
初めて嗅いだ時はノアの調合かな? 良い香りだな、程度にしか感じていなかったというのに。
いつからか夜の寝室を満たす心地良いそれは、甘く激しいノアとの情事をエリスに想起させるようになった。
(平常心、平常心……は、初めてでもないし、治療院の準備で忙しかったのと我慢は極力しないけれどもやっぱり結婚までは少し節度を保とうって、それであまりまだ慣れてないだけでこれからは……)
緊張のあまり、脳内のエリスは早口多弁を極めている。
何事も実際経験してみなければわからない。それはその通りだとエリスも思う。だが、経験したとて展開も、得られるものも、成長度合いも当たり前に皆異なるのだ。
ことにエリスとノアの場合、恋愛的な手練手管に関してはいまだに初学者の域を超えられない。
毎回羞恥と緊張と興奮でぐちゃぐちゃになってしまうエリス達が、今宵から夫婦となり、この先恋愛小説の二人のようになれるかは全く自信が持てない。
「エリス、お待……」
「うわあぁぁっ?! っ、の、ノア! 」
「?! だ、大丈夫?」
ノアは瞳を丸くさせると、不安そうな面持ちでエリスの左横へと座った。温もりと共に石鹸の良い香りが届く。
エリスは視線を床へと落とし、しどろもどろに話し出す。
「ごめんねノア。あんまり式が楽しかったから、ぼーっとしてて。ちょっとびっくりしただけだから」
「ああ……うん。凄く楽しかったね。それに……凄く綺麗だった……」
エリスの左手に熱いノアのそれが重なる。ゆっくりと絡められ、撫でられた。
艶を帯びた仕草に、明確に示されていないにも関わらずそれが何を指しての言葉なのかわかってしまう。
そっとノアの様子を伺うエリスに対して、彼の視線は床へと落とされまま。深い青色には長いまつ毛が影を落とし、頬と耳は僅かに朱に染まる。
蕩けるようなエリスへの熱視線も羞恥を煽るが、請うように触れつつ何かに耐えるように俯く彼にも心音は乱されるものだ。
「エリス……」
おもむろに。熱を帯びた青色がエリスへと向けられる。
「エリスが欲しい…………今夜も、良かったら……」
切なげな声に続いて、不安と躊躇いが混じる言葉が補われた。返事の代わりに大きく頷き、ぎゅっと左手を握り返せば。欲を孕んだ瞳が近付き、ゆっくりと唇が重ねられる。
「っ……、ノア」
「……エリス」
互いの名を呼び合ったのも束の間、再び熱いそれが触れた。食むような執拗な口付けは、重なり合う度に長く深くなっていく。
合間に挟まれる荒い呼吸も互いの唇を濡らすそれも、どちらのものかもわからない。
ノアの大きな手に加え、滑らかなシーツを項と首筋に感じるようになってからも。ネグリジェと下着を丁寧に脱がされ、目の前のシャツのボタンが外れて傷だらけの裸体が視界に入るようになってからも。
エリス達は互いの名を呼び合いながら口付けを交わし合う。
互いを求める心を表すように熱を持つ肌は吸い付き合い、温い布団の中で蕩けてしまいそうだった。
「……独り占めしたい」
それは唐突に。艶めかしく濡れた唇から零れ落ちる。欲を隠さぬ深い青色がじっとエリスを見つめて、言葉を返す前に熱くなる頬を撫でられた。
「昔も今もずっと、そう思ってる」
熱情を孕んだ瞳が僅かに滲む。言葉にならない気持ちが胸を締め付け、エリスの瞳をも滲ませた。
「だから……」
ふ、とノアの頬が緩む。同時に口元に苦さを含んだ笑みが浮かんだ。
「もう一度会えるなら、僕も君も壊れてしまっても後悔なんてしない……謝っても許してくれなかったり、もう気持ちは無いって拒まれたら立場も悪魔も利用してエリスを…………そんな本質を失った方法を選ばなくて、良かった」
苦さを経て安堵へ。朗らかにはにかむノアを、エリスは堪らず抱き締めた。
「うん、私も……良かった……」
噛み締めるようにエリスも告げる。
ノアが万が一どこかで誤り、そんな方法を選んでしまっていたら。
彼は死ぬまで罪悪感を感じ、いつかは罪悪感と責任と己の犯した愚かさとの板挟みに耐えられなくなってしまっただろう。きっとエリスどころか誰にも知られずに、自ら死を選んだとも悟られずに、淡々と己の最後の願いを叶える為に事を遂げたに違いない。
幸か不幸か、ノアは悪事においても善事においてもやり切る意志と覚悟を持てる。
故に危うく、儚い。彼の善性が彼を苦しめ、一方で善性のみが彼を生に繋ぎ止めているのではないか。エリスは時々そんな風に感じる事がある。
「ノア、好き。お願い……ずっと、ずっと一緒にいよう……?」
「もちろん。僕からもお願いするよ……」
満足気な笑みが溢れて。そのまま耳元で真っ直ぐな愛の言葉を囁かれる。再び上がる熱に追い打ちをかけるように、ノアはエリスの胸へと手を伸ばした。
「……ノ、ノアっ」
「うん、何? エリス」
微笑みながらノアは問う。すくうように持ち上げられ、触れるか触れないかの柔さで先を弄られる。
「ふっ……ぅ、んっ……」
「我慢しないでも大丈夫だよ? 聞いてるのは僕だけだから……」
諭すような言葉に反して、声音も仕草も表情も。全てが甘く艶やかだった。エリスの唇から短い息と、意味を成さない甘い音が幾度も零れる。
「っ……ノア、あんまり……そこばっかり……」
期待に滲む涙も、懇願するような甘ったるい声も恥ずかしくて堪らないのに。それらを塗り替える程の快感と多幸感をエリスは既に知ってしまったからだろうか。エリスは思わずもどかしさに膝同士を擦り合わせてしまう。
「わかった。僕もそろそろ我慢できないから……こっちも良い……?」
エリスの様子に気付いてか、はたまた素直に応えた結果なのか。腰を抱いていたノアの手がエリスの脇腹へ。そのまま太股を撫で、下腹の淡い茂みへと降りていく。
「っ……あ、っ……ノアっ」
しとどに濡れる蜜口をゆっくりと前後に撫でられ、逃げきれぬ快感にエリスはノアの腕を掴んだ。蜜をまとったまま、ノアの指は敏感な花芽に程近い和毛に沈んでいく。
「ここ、触られるのエリスは好きな気がするんだけど……」
エリスが激し過ぎる快楽を好まない事を承知の上で、ノアは蜜口の周りと茂みとを優しくゆっくりと撫で続けた。
首筋には口付けと、堪えきれなくなった熱っぽい吐息がかかり。時折、緩慢に動く指の先が花芽を掠める。ノアの頬や耳は赤らみ、傷だらけの肌は熱く汗ばんでいた。抑え込んだ劣情に滲む羞恥心は益々エリスの熱を煽る。
じわじわと登っていく快感に淫らに腰を揺らしそうになる。必死に堪える為にノアの手を掴み身を捩るが、かえって強請るような仕草になってしまった。
「どう?」
官能の外側に優しく触れていたそれが、僅かに激情を見せて。エリスの蜜口をおし開く。返事の代わりに、エリスの唇から小さく甘い悲鳴が漏れた。
「あっ……」
しかしノアの笑みが深まった気がしたのもほんの一瞬。
浅い部分を撫でると、遠慮でもするようにすぐにそれは離れてしまう。
「教えて? これ、好き? 僕はエリスの好きな事も、本当は辞めて欲しい事も。恥ずかしくて気持ち良い事も……全部知りたい」
不安げに下がる眉も、確信犯じみた不埒な指も切なげな表情も。どれもノアの本音であるような気がして。エリスは羞恥を捨てて、ノアの首に手を回した。
「っ……好き……。ノアにされるなら……気持ち良くなくても……ぜんぶ、幸せ……」
素直な言葉は思ったよりもずっと小さく、薄暗い室内へとすぐに消えてしまう。それでもノアとの距離はいまや薄闇よりもずっと近い。
何かを堪えるような吐息と、喉を鳴らす音が耳元を掠めたかと思うと、エリスの太腿にノアの両手が触れる。
そのまま大きく足を開かされ、熱く固い雄心が希い濡れそぼるそこにぴったりとあてがわれた。
ノアの柔らかい香りと官能を煽る甘い香りに混じって、微かに淫らな欲の匂いが漂う。
「僕も……。エリス。もっと奥まで、君に触れて良い?」
こくりと頷き、エリスは手を伸ばす。
今宵もまた。求める右手に応えるようにノアの長い指が絡んで、ぎゅぅと握り返された。同時に熱い昂りが狭い中へと誘われるようにゆっくりと押し入っていく。
「あぁ……っ」
「っう……エリス」
繋がれてない方の手で腰を掴まれ、浅い所を擦られる。隠微な水音と獣のような荒い呼吸音が鼓膜を揺らし、切なげに囁かれる声が鼓動と交わりに悦ぶ奥を震わせた。
ノアのそれは固く熱いのに、毎回ひどく優しい。エリスの好いところをきちんと把握し、愛でるように攻めてくる。
「の、あ……」
一抹の不安を埋め、温もりを求めるように。シーツを掴んでいた手をもエリスはノアへと伸ばした。エリスの心を察したように、すぐに強い抱擁が返ってくる。
一層、交わりが深く激しくなって。触れ合い溶け合う熱も嬌声も香りも、全てがどちらのものかわからなくなる。
「エリス……好きだ」
「ひぁ……んっ、私も。好き」
ノアの雄がエリスの中を満たし何度も慈しむように舐れば、エリスの蜜洞はもっとと欲望を重ねて畝りそれを締め付ける。
「く、あぁ……ごめん。エリスもう、っ……う、」
首筋を艶やかな吐息が撫で、最奥で熱が弾ける。抑えが効かなくなった雄はしばらく震え続け、溢れた欲はエリスを満たすばかりか、太腿を伝って布団に滴り落ちた。
力が抜けぐったりとするノアを抱き締め直し、エリスは背を撫でる。
「ごめん……こんな、こんなはやく……」
罰が悪そうなノアにエリスは悪いと思いつつも、微笑まずにはいられない。
「ううん。幸せ。今日もノアでいっぱいになれて……すごく嬉しい。ありがとう、ノア」
「エリス……! 僕の方こそ……いつもありがとう。幸せ過ぎて、どうにかなってしまいそうだ……」
伝えきれぬ程の気持ちの代わりに、エリスとノアはぎゅぅっと抱き締め合う。心地好い熱と満たされる心に、自然と二人の頬も緩む。
「ノア、面白い。……ねぇノア……その、毎回幸せだとは思うんだけど、気持ち良さと言うか、そういうのは私ばっかり堪能しちゃってるような気がして……もし良かったら、今度はもっとノアにも……ゆっくり、いっぱい……気持ちよくなって欲しい。が、頑張るから……一緒に……」
「?!」
息を飲む音と共に、欲を吐き出したばかりのそれが再び芯を持ち始めた。
しかしその事に羞恥心でいっぱいいっぱいのエリスは気付けない。
驚くノアにはしたないと引かれないようにと願いながら。ただただ、自分もノアを大事にしたいのだと。告げ慣れぬ言葉に赤面しながら、必死に想いを伝える。
「だ、だって、今日から夫婦でしょう? 対等に在りたいと言うか……私のわがままなんだけど、でもあの、して貰ってばかりなのはなんか違うって言うか……私も少しは勉強してきたのよ……! もう遅いけど、う、ううう上に乗るのとか! ノアの気持ちいい時の仕草とか書き出して考査したり研究して……!」
もうどうにでもなれとばかりに告げてから、エリスは雰囲気を自らの手でぶち壊したのではないかと我に返る。
ぶち壊したどころか、とんでもなく気持ちの悪い発言だったのではないかと。羞恥の涙がピタリと止まり、青ざめ始めた瞬間。
暫し離れていた温もりがエリスを包んだ。
「嬉しい……ねえ、エリス。今夜もう一度……だめかな? 僕も……もっともっとエリスと愛し合いたい」
耳元でそっと請われる。そして。
「研究してくれたんだ? 全部……過程も目的も……結果は実施で……教えて。課題は一緒に取り組めるよ?」
どうする?との選択肢を委ねる問いかけには、エリスと同じ願いを含む艶笑が続く。
「一緒に……ノア。好き……」
「僕も……大好きだ」
重なった選択に、二人の頬は熱を帯びながら緩む。真っ直ぐに熱烈な愛の言葉を告げられ、エリスもまた同じ温度と熱量と意味をもった気持ちを返す。
窓の外では、いつもの黒ツグミも聞き慣れたフクロウも鳴いていなかった。
聞こえるのは虫の声と眠そうな鳥の声。
今夜も、この先も。慈しみ合う夫婦の日々は続いていく。
『夫婦となった幼馴染み 薬師と医師の話』
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コリウス王国の国王––レオン・コリウス。
彼は正妃セレリナの死を告げる報告に、ただ一言呟く。
「構わん」……と。
周囲から突き刺さるような睨みを受けても、彼は気にしない。
これは……彼が望んだ結末であるからだ。
しかし彼は知らない。
この日を境にセレリナが残したものを知り、後悔に苛まれていくことを。
王妃セレリナ。
彼女に消えて欲しかったのは……
いったい誰か?
◇◇◇
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