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続いていた日常と、始まらなかったおとぎ話に。

ある青年の帰還 ②

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「そう言えば、ノアと言えばびっくりだよな」
「え?」

 つと、ノアという言葉と共にジョニーの顔に影が指す。
 なんの心当たりもないエリスは、思わず首を捻った。

「ノアとおんなじ名前の王子様の方だよ。可哀想になぁ。婚約だの兄弟で揉めねぇかだの騒がれてたが、医者の話だと城に戻ったぁ時からもう長くはなかったらしいじゃねぇが。そう考えると最後は家族に囲まれて、美味いもん食って、寝て。全員に看取られて。親父とお袋と同じ墓に入れたんだよな……」

「ええ……」

 寂しそうに呟くジョニーに、エリスは言葉を濁す。


 第三王子、ノア・マリーツ・エリオット・ルイス・ファン・デル・ライはノアの言葉通り逝去した。


 両親の残酷な死と真相の無慈悲さにより、病弱な彼の命が潰えてしまったのか。最後は家族と過ごし、幸せに王宮殿の奥で息を引き取ったのか。それは誰にも

 わかっているのは、いずれは逞しい民衆から病弱な第三王子の存在は忘れ去られてしまうだろう事と。彼本人がそれを願っている事だけ。


「それでも若いしなぁ。王妃様達の変な噂が晴れたのは、せめてもの救いだったけどな」
「ええ……」
「フェルザー侯爵家も当主が隠居して息子が引き継いで。陛下ご夫妻の事もやっぱり偶然だったとは発表があったが、あそこら辺が悪魔を使って、事故やら病気やらを誘発させたなんて噂も……」

 当の悪魔が聞いたら苦い顔をしそうだ。
『よく言うぜ! 契約がない分人間の方が余っ程悪徳だし、悪魔如きに振り回される人間が弱いと思わねぇか? 大体よォ……』……そんな悪態が聞こえてきそうだった。

「おっと。いけねぇいけねぇ。御三方の無念が晴らせただけでも良かったよなぁ」

 ジョニーの言葉にエリスも同意を示す。

 当初計画通り、ノア達の目的の多くは達せられた。

 晩餐会の本当の目的。それは証拠の魔法記録機能付き万年筆の仕組み解明と、現時点での所在であった。
 フェリクス、そしてバルト両者の協力もあり、ノア達は万年筆の秘密を確かめ、入手し解析も無事に終わり。具体的な犯行方法など事件の詳細も明らかになり、公への発表も予定通りなされた。

 国王夫妻及び王弟は偶然に重なった不運であり、王妃や王弟にまつわる噂は私怨に囚われたエーミール伯爵が独断で行った――それが公の発表である。

 唯一、エーミールの自死だけはノア達の想定外の出来事であり、ノアが計画の為にエリオットを介し流した悪魔伯爵の噂やフェルザー侯爵家当主の隠居騒動と合わさって、悪魔とエーミールを結びつけたに噂もちらほらと見られる。


 大罪人を出したフェルザー家の当主の扱いが軽すぎるとの意見もあったが、そこは情報操作にも長ける植物プランツだ。

 王妃の実家と繋がりが深かった事や、独断による単独計画だった事、当人の死亡により証拠が不十分となり警察内部では犯行の立証に不安の声があった事などなど。
 ある事もない事も書き並べられる週刊誌を利用し、世論をうまく調整している。



 この先も真実は決して語り継がれない。
 ノアやカルロなどの王家の面々、五大家の当主ら、そして斜陽のバルト伯爵や悪魔までが噛んだ事は、第三王子の本当の行く末と共に永遠に明かされないだろう。

 同様にまた、一人の哀れな魔術師がどうして自ら命を絶つに至ったのかも、最期に何を思ったのかもわからない。

 全ては想像の範疇を超えず。彼が真に眠る場所を知る者も少ない。


「ま、でも明るい話題もあるしな! なんたって次期国王最有力のカル……」
「大家のおっさん! ちょっと匿ってくれ!」

 その時。薬局の扉の鈴の音と共に、エリスの想像の中で悪態をついていた声が薬局中に響き渡った。

 次いで。慣れ親しんだ柔らかな声音。
「ナー……ライ! あ、ジョニーさん。すみません!」

「へへへっ、ライのやつ、カミラ姉ちゃんがこわいんだ!」
 あどけない軽やかな笑い声と、

「ちょっとライ様! 貴方わかってますの? 貴方は私(わたくし)から離れられない身ですのよ?!」
 鈴の音を鳴らしたような愛らしい声が続く。

「元気だなぁ」
「そうですね」

 ジョニーとエリスは顔を見合わせ笑う。


 小さな薬局へと怒涛の勢いで入ってきたのは四人。

 ライと呼ばれた青年は、かの悪魔ナール・オロバス・ライである。
 長い手足に褐色の肌、紫紺の瞳と同じ色の長髪。逞しい体躯も不遜な態度も、周りの人間が認識しているという点事以外は、元の姿と変わらない。

 続けて入ってきたのはノアと、再来月から学校に行けるのが楽しみな少年ジウ。

 ノアは元上司ラングロワの計らいにより、治療院開院までは隣町の薬局で薬師として働いている。今日も今日とて午前中は仕事であった為に白衣を身にまとっているのは良いとして。ズボンの裾を捲り、泥だらけのジウを背負っているのは謎である。


 そして最後に入ってきたのは浮世離れした美しさの少女、カミラ・ハモンド。

 緩くカーブした金髪とエメラルドの瞳は晩餐会の時の記憶と同じだが、は雰囲気や装いがだいぶ違う。
 足元までの長さの黒いローブに、同系色のこざっぱりしたドレス、ブーツと生まれ待っての容姿以外は貴族としては大変地味だ。

 最近知ったハモンド家の令嬢カミラの噂――魔術研究にのめり込み、放課後は図書館に入り浸るか、学校指定のローブを翻して悪魔を追いかけ回しているという噂は――もしかしたら既に噂ではなくなっているかもしれない。

「逃げても無駄ですわ! これから異国の地で貴方と共に過ごす訳ですから、事前に隅から隅まで調べておくことは必然!! 羞恥心なんて持つだけ無駄です! それとも私が変な気を起こすとでも思ってらっしゃるの?」

「既に変な気を起こしてるじゃねーか!」

 自身の希望によりナールからライへと呼び名が変わった青年は、カミラにおののき、ジョニーの大きな体の後ろへと隠れる。

「大家、なんとかしてくれ!」
「えーと、カミラお嬢ちゃん、その……」
「おどき下さいませ。私は痴女でも変態でもありませんわ。魔術師の責任を果たす為に、その男を隅々まで調べ尽くす義務がありますの」

 大の男を前にし、カミラは言い切る。その瞳に宿る光は純粋な好奇心と責任感に満ち溢れ、非常にしたたかだ。

「ノアくん、おやつない? お腹すいたよ」
「消毒してからね、ジウ。エリス、ジウのお母さんに連絡できる? また土手で派手に転んじゃったみたいで」
「わかった。あ、奥の部屋空いてるよ?」
「ありがとう。ジウ、奥でお母さん待ちながら消毒しようか」
「えっ⁉ お、オレだいじょうぶだから! 母ちゃんよばなくていいよ!」
「ライ様! 観念して下さいな!」

 昼時の狭い薬局内は一時混乱を極め。

 その後、カミラはナールの首根っこを掴みどこかへ。ジョニーも家へと帰って行った。母親の到着に怯えていたジウも、消毒後のかぼちゃプリンが幸を期し、母が迎えに来る頃には機嫌をなおしていた。

「本当にありがとうございました」
「ノアくん、エリス姉ちゃんまたね!」

 手を振る親子に、ノアとエリスも同じものを返す。

 閉店のプレートをかけながら、賑やかな面々の背中を送って。エリスとノアの視線が交わった。
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