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天罰でも、因果応報でもなく

私怨か救いか

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 紅を引いたサラの唇からフクロウの鳴き声が零れる。同じ鳴き声が返り、あたりは静寂を取り戻した。

 件の屋敷の裏手、広大な庭園の片隅で。サラは仲間との連絡を取り終えた。

「何笑ってるのよ?」
「? 嬉しいから?」

 似合わぬ騎士団の訓練服に身を包んだ男は、記憶と違わず気の抜けた返事を返す。

 すらりとした手足に適度に鍛えられ、引き締まった体躯。少しだけ跳ねている淡い金の髪と、浅葱色に近い透き通るような碧眼は闇の中でも目を引く。

 気を抜くと崩れる口調としまりのないふにゃふにゃの笑い癖を除けば、端正な顔立ちだけでなく立ち居振る舞いまでもが飛び抜けて良い。これで社会的地位も将来的価値も補償されているなど、神の采配とは意外に杜撰ずさんだとサラは思う。

「こっちは終わったけれども、まだ私達の仕事は残ってるんだから。早く戻るわよ。はぁ……貴方のお守りは卒業したはずなのに。……一体、どうしてこうなったのかしら?」
 目の前のにやつく男と容姿だけはよく似ている義弟を思い浮かべながら、サラは歩みを進める。可愛い義弟が仕組んだこととは信じたくない。

 足早に裏庭を横切り、水溜まりを飛び越える気安さで自身の身長の二倍はあるだろう塀を飛び込える。顔色ひとつ変えずについてくる男に、ため息が更に深くなった。

(おかしな方向に成長しちゃって……政務にはきちんと取り組めてるのかしら? と言うか。いくら民主化の動きがあると言っても、普通王族ってこんなに暇で身軽な職業じゃないのだけれど?)

「サラ……」
 つと、彼の声が強ばる。視線の先、大木の根元に蹲る影にサラは眉をひそめた。
 警戒を解かずに、サラは影へと近付く。

「……?! どういう事?!」

 これまで数多の物言わぬ肉塊を目にしてきたサラも、男の正体に絶句せずにはいられなかった。

 大木に縋るように倒れていたのは、エーミール・フェルザー。長年サラ達が秘密裏に調べ、現在進行形で証拠を揃え、先程わざと逃がしたばかりの相手だった。
 彼は今夜のサラ達の働きにより、数日後には死体損壊の罪で警察に聴取、その後至って穏便で平和な方法でエリオット率いる王家の私設部隊”植物プランツ”へと身柄が渡る予定だったのだが。

 まだ温もりの残る体は小さな万年筆を抱く。
 それはサラ達が必死で探し、証拠の品として押収するはずだった故王妃アメリアの私物。


「……可哀想に……」

 瞬時に全てを悟ったサラから、幾度も紡いだ台詞が重く、漏れる。
 仇敵の悲愴の浮かぶ死に顔に、後ろの彼もまた、同じ推測へと行き着いたのだろう。彼の顔には驚きよりも悲哀が浮かんでいた。

 念の為と脈を確かめ、サラは筋張った首に突き立ったナイフを抜いた。無意味なことと知りつつ、それは彼の腕の中にある方が良い気がしたのだ。
 最期の血飛沫は闇夜に霞み、従順に役目を果たしたそれは主へのはなむけの如く宙に紋を浮かばせる。

「これが……悪魔なのね……」

 サラはナイフをそっと、エーミールの傍へと置いた。数十年前、とある魔術師が弟子の幸福を祈り、慈愛と覚悟まりょくを込めて託したそれを。

「……ああ。でも……馬鹿だからかな。俺にはあれの行いが……平凡で、一種の救いに見える時がある」

 サラの横で屈んだ彼の碧眼が滲む。すぐ傍であの、忘れもしない叫び声達が聞こえた気がする。

「私もよ。でも……私はこんな救いが一番良かったなんて、思えないわ……」


 稲妻を纏う真白き翼に寄り添う漆黒の爪――サラやアメリアの古巣、王家の影を担う植物プランツの忌まわしき紋は、大事な物を必死で守る獣の一番近くで溶けて、消えた。
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