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こいに惑う

こいに惑う ④

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 男達に担がれ、エリス達三人は無事に近くの山小屋へと担ぎ込まれた。
 幸い意識は保てた為、小屋と屋敷のおおよその位置関係は把握出来ている。また人手が足りていないのか、見張りは外に一人か二人いる程度の警備の手薄さのようだ。

「随分乱暴な輩だね」
「そうね。それにあいつら『年増』がいるって。目と頭が悪そうね」

 声を潜めて口々に。サラとフェリクスは感想と不満を口にする。ちなみにサラは自らの手足の縄を解き、驚くべき速さでエリスの縄を解いている最中だったので仕事を疎かにしている訳では無い。

「ありがとう、サラ姉」
「途中で奴らが入ってきたら……来る前に出るつもりだけど、エリスは三秒間目を瞑ってじっとしてて。それだけで良いわ」
「う、うん?」
「過保護だね。僕も目を瞑ってれば良いのかな?」
「お好きに」

 にっこりと微笑み、サラは眼差しを鋭くさせる。

「合図の後についてはいい?」
「ああ。サラさんが扉を蹴破る」
「ベークマンさんが最初に出て……」
「すぐにしゃがんでね。後は私が。二人は後ろにでも身を潜めてて。万が一手間どったら?」

 フェリクスが肩を竦めた。

「僕が命を懸けてエリスさんを、具体的にはがむしゃらに敵に飛びつくか殴れ、だっけ?」
「難しいなら、渡したものを使っても良いわよ」

 口角を上げるサラに、フェリクスは「どのみち僕は盾か」と苦笑い。エリスはどんな表情をして良いかわからず、曖昧に微笑んだ。
「助けますよ」
「いいよ。下手に出てこられて、君が怪我でもしたら僕の命が危なそうだからね」

 フェリクスは冗談めかすと、サラと床を調べ始める。障害物や大きな音をたててしまう恐れのある箇所を把握しておく為だ。

 一方、エリスは聞き耳を立てて外の様子を伺いながら、逃亡用の道具が揃っているかの確認をしていた。

(あのベークマンさんとまたこうして話して、一緒に行動するなんて……)

 サラとフェリクスも各々決まった仕事をこなしている。

 鼻持ちならぬ態度や発言の目立つ、理解し難い軽薄な遊び人。それがエリスの中でのフェリクスだったが、今は違う。

 彼はエリスが思っていたよりもずっと繊細で几帳面、よく気が回る人間のように見える。

 現にエリスは再会すぐに謝罪され、その後もかなり気を遣われている。ぞんざいな言葉使いも、エリスが気負わなくて良いと初日最後に告げてしまったからだろう。

(一緒に行動し始めてから日も浅いし、私の見る目なんてろくな物じゃないとは思うけれど……)

 軽率な言動も稀に見られるが、そこに悪意や回りくどい思惑があるタイプでもないように見えた。
 表面的な印象でしか彼を見られず、ノアから話を聞いても半信半疑だった自分が情けない。

(ノアもサラ姉もベークマンさんも……私が知ってるのは皆のほんの一部。でも、それさえも見誤ってるかもしれないんだ。……ノアは、カミラさんと本当にお付き合いしてるのかな……)

 ズキリと胸の奥が痛む。
 信じ難い、信じたくないという気持ちがある反面、頭の片隅には彼の全てを知ってる訳でも無いだろうと諦めの眼差しで嘲笑する自分もいる。

 冷静な気持ちを取り戻そうと、エリスは首を振った。

 その時。にわかに誰かの叫び声が耳を打った。

「⁉」

 叫び声と言うよりは、喚き声や雄叫びに近い。サラの視線がエリスに、そしてフェリクスを辿り、入口へ。冷ややかな空気がその場に流れる。
 瞬間。耳をつんざくような高音と何かが軋み裂けるような音が辺りを貫く。

「……っ」
 続いてドン、という鈍く重い轟音。そして地響き。明らかに動揺した外の気配が扉から遠のく。

(合図……!)

 エリスの目の前をサラが何事かを呟きながら、目にも留まらぬ速さで過った。
 思い切り踏み込んだサラのスカートがひらりと舞い、彼女の足元が仄かに赤く光る。

「……凄い」
 息を飲む暇もなく。派手な音と共に、蝶番ごと分厚い扉が吹っ飛んだ。

「早く!」
「っはい!」
 サラに急かされ、フェリクスが動き出す。一瞬遅れて、よろめく足を叱咤しながら、エリスも入り口近くへと向かう。

「……見てご覧。凄いよ」
「っ……! は、はい」
 扉の脇で待機する間など無かった。
「ほら、行くわよ?」

 サラがスカートの裾を直している。両脇には大の男が二人。地面に突っ伏し、一人は泡を吹き、もう一人は白目をむいていた。

「君のお姉さん何者?」
 頬をひきつらせるフェリクスに、再びエリスは曖昧な笑みを返す。

「ええと……」

 時々臨時の銀行員をしているだけの農業兼家内労働者、至って一般的な令嬢のはずだが。正直に言っても面白くない冗談にしか聞こえないので諦める。

「はは……自分より強い相手としか結婚したくないそうなので……困ってます」
「……そりゃ大変だ」

「なにこそこそ話してるの?」

 腕組みし、こちらを睨めつけるサラにエリスとフェリクスは姿勢を正す。
 フクロウが三人を揶揄うように、ホオと鳴いた。

「付いてきて」

 サラに手を取られ、エリスは唇を引き結ぶ。
 あとは無事逃げるのみ。この計画になんの意味があるのかは、全てが終わってからだ。

(ちゃんと、ノアに聞きたい……)

 甘く熱い青の瞳を思い出す。不安は拭えないが、今、揺らぐ想いは判断を鈍らすだけだと言い聞かせる。

「うわっ」
「⁈」
 決意し動き出した矢先、後ろのフェリクスの声がエリスを引き止めた。

 振り返り目に入ってきたのは、フェリクスの足の鮮烈な赤。サラに失神させられたと思われていた男が、一矢報いようと切りかかったのだ。

「大丈夫だ、先に行ってくれ」
「でも……」

 彼に手傷を負わせたであろう張本人は、その場で既に力尽きているので追撃の恐れは低い。

 しかし怪我人を捨ておき、この場を去る決断はエリスには出来なかった。相手方に逃亡が露見すれば、フェリクスの命は尚更危ういものになる事は明白だったからだ。
 制止するサラを振り切り、エリスはフェリクスの腕を背負う。

「サラ姉は先に行って……」
「ああもう! 私が背負うわ」

 エリスから引き継ぎ、サラはフェリクスの腕をとると、長身の青年をあっさりと担ぎあげた。

「おっ、うわぁ」
「着いてきて。走るわよ」
「ありがとう、サラ姉!」

 義姉の頼もしい背中に瞼が少しだけ熱くなる。お礼は全てが終わった後に改めて伝えようと決め、エリスも走り出した。

 どうやらどこかの屋敷の敷地内らしい。サラを先頭にエリス達は荒れた花壇の脇を通り、再び暗い林の中へ。草木をかき分け、小枝を踏む音だけが闇夜に響く。

「気を付けてね、エリス」
「はい」
「特に……っ」

 サラの声が途切れた。途端、エリスの周りの闇がぐにゃりと歪む。

「え……?」
 否、濃い紫色の光がエリスの体を包んだ。

「エリっ…………」
 ふわりと体が浮き、サラの叫び声が遠のいていく。


(えっ、なに?! ど、どういう事?)

 驚きに数度瞬きし終わった頃には辺りの闇は晴れ、エリスは見知らぬ部屋の中央にひざまずいていた。
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