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君を想えばこそ、なれど

君を想えばこそ、なれど ①

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『なぁ、お前ってさ。俺の力を使う気ねぇだろ?』

 部屋の灯りを消した時、ナールはボソリと呟いた。
 ノアは足を止め、元の姿へと戻った悪魔に諭すように告げる。 

「あるよ? 現に使ったばかりじゃないか」
『兄貴やおっさん達に頼まれた時とか、仕事でしか使ってねえ』

 相手の見透かすような紫根の瞳には揶揄も作為的な意図も見えない。そこにあるのはおそらく純粋な興味。
 ノアが下手な芝居をうったところで騙せそうにはなかった。

「……使いたくない時は使ってない、それだけだよ」
『へぇ。あくまでワタクシゴトに使わないのはお前の意志と? 得た物を有効利用せずに腐らせるのが利口だと? じゃあ……嬢ちゃんが絡めば、使うのかねぇ?』

 邪気のない素朴な表情から一転、ナールは悪魔の笑みを浮かべる。

「調子に乗るな。策を戻しても良いんだぞ」
『あーあー、わーったよ。ちょっと不思議に思っただけだっての。だってよぉ、前に言ってたじゃねえか』
「何を?」
『嬢ちゃんはミニアム村のノアそのままのお前を好いて、お前もありのままを好いてくれる嬢ちゃんを好きになったんだって。嬢ちゃんの望みはお前の望み。なのに、お前は今も、これからも自分を偽ろうとしている。今もありのままのお前をお前は望み、村人だろうが王子だろうがまんまで良いと嬢ちゃんも言ってんのによォ。何故、お前は抗い続ける?』


 悪魔の問いにノアは微かに笑って、左耳に光る真紅へと触れる。

「……居続けたいからだよ」

「ハぁ?」


 唇を尖らせ「これだから人間って奴は」と唸る悪魔に、続きを告げるのは憚られた。


 誰かを好きになればわかるかもしれない――今更そんな曖昧な戯言は言うべきではないと。渋面のままくるくるとその場を回り続けるナールを置いて、ノアはそっと書斎の扉を閉めた。



∞∞∞



 大衆向けの食堂兼酒場では人々が各々の話題で多いに盛り上がり、店主自慢の料理に舌鼓を打っている。
 その一角、目立たぬ端の席で。

「しかし夢みたいだな。ノア君が帰ってくるなんて! 嬉しいよ! あ、店員さん! もう一杯おかわり!」
「俺も嬉しい……ノアぁ、俺はずっと、ずっとお前が帰ってくるって信じてたんだよぉ……」

 すっかり出来上がったラングロワと涙ぐむシンハに、ノアは微笑み安堵を滲ませた。

「ありがとうございます。ラングロワ局長、シンハ。本当にご心配をおかけして……」
「いやいやいや良いんだよ、」
「そうそう! ノア君がニコッと笑って『ごめんね』って言えば万事解決だよ!」
「いや、局長軽すぎ……」

 二人の軽妙なやり取りも記憶のまま、関係性も健在なようだ。

「そうかい? 今のノア君は王子と姫のような気品と麗しさだけでなく、本物の貴族の風格を持ち合わせた優秀な医者なのだよ! 微笑めば世界平和、全てが解決するどころか、数人は天使に手を引かれてこっちに運び込まれるだろうねぇ!」

「それ怪我人出てるよな?! 全然解決してないよな?! ……あぁ、ったくもう。なぁノア、この陽気メガネになんか言ってやってくれよ……」

「ええと……うん、皆に謝る時は気を付けるよ」

 否、もしかしたら以前よりも気安い関係になっているかもしれない。

 ラングロワは分局の薬局長から複数の薬局を纏める本部総務部長に、シンハも分局の一薬師から本局、本部勤務兼任へと昇進している。四年以上同じ職場なのだ。ノアの知らない間に更に二人が親しくなっていた事は、素直に嬉しかった。

「ところでノア、お前の事だけど……これからどう呼べば良いの? ノア・オルコット?」
「シンハ君、いくら麗しのノア君でも、遠縁なんだからオルコットの名は名乗れないよ」

 ラングロワの微笑にシンハはあからさまに不満げに唇を尖らす。

「出たよ。局長の博識タイム。で、結局なんて呼べば良いんだ?」

 シンハの問いにノアは緩く首を振る。

「今まで通りに呼んで欲しい。オルコット公爵家とは遠縁も遠縁。僕の家も色々あって叔母が当主を務めているから。これまで通り”ノア”と」
「おう」
「じゃあこれからも”私達のノア君”で居る事に乾杯しよう! おにーさーん!」

 ぶれないラングロワにノアもシンハも笑う。

「ところで、シンハと室長に話があって……」
「ん?」
「なんだい?」


 賑わいの中、続きは赤ら顔の二人の耳だけに届く。戸惑いのまじるノアの提案に二人は一瞬だけ瞳を瞬かせ。シンハに人の悪い笑みが、ラングロワに満面の笑みが浮かぶ。


「いいぜ。そういう話なら」
「ノア君の為に一肌脱ごうかね、シンハ」
「ありがとう」


 頼もしい友にノアはほっと息を吐く。反して、拭い切れぬ不安と躊躇いは未だに胸を燻らせていた。 
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