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動き出した時

石と悪魔 ③

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「エリス、大丈夫?」
「うん」

 壁の一部が消え、現れたのは部屋のような場所だった。

 左右は大人三人が手を広げられるほど、奥行きは四人分程度はありそうだ。
天井はノアの頭が触れそうな程低く、中央には手前の広場と同じく岩石が置かれている。しかしこちらは八つ。一つの大きな岩石を中心に、円卓のようにあとの七つが取り囲んでいる。

 左右の壁には色とりどりの魔鉱石が光り輝いていたが、正面奥の壁はまるで闇夜を映すかのように暗く、何の光も発していなかった。

 まるで吸い寄せられるように。エリス達は八つの岩を通り過ぎ、奥の壁へと進む。どこからか、さらさらと水が流れる音が聞こえる。

「えっ……」

 ランプの光が反射しようやく。エリスもノアもその壁が洞窟内の他のどの壁とも異なる様相だと気付いた。
 暗い壁だと思っていたそれは宵闇色をした大きな岩。それも磨き上げれた宝石のような光沢を持つ、美しい岩だ。

「魔鉱石……ではない?」
「エリス、」

 ノアに腕を引かれ、導かれるままに彼の指の先を見たエリスは言葉を失った。

 それは文字だった。
 正確に言うと何カ所にもわたって、文字の羅列群と複数の絵が刻まれている。
 文字は少なくとも現在エリスの国で使われているものではなく、エリスの知る外国語で使われるものとも異なっていた。但し、エリスはこれと似た文字に記憶があった。

「……読めそう? ノア?」
「……少しなら」

 そう言って肯くと、ノアは艶やかな石を長い指でなぞる。

「『炎より生まれし天使は、紅蓮を伴い人々を導く。之を日天は恐れ、流れたゆたう旅人を天使の伴侶に選んでは、その子に昼夜の境を好んで食べさせた。子らはいつしか草木に触れ、全てを知り虚しさを忘れた』」

 形の良い唇から謳うような言葉が紡がれる。

「何かを示唆してるのかな……? こっちも読める?」
 エリスはすぐ隣りの文字群を指さす。

「ええと、『澄んだ天穹より落ちた天使は、紺青を伴い旅に出る。之を月天は哀れみ、豊かな大地の実りを旅人に恵んでは、代わりに永遠の草木を育ませた。草木はいつしか不死鳥の尾に触れ、全てを忘れ幻を創った』」

「同じような形態ね……? あれ? こっちは短い……」

 壁の真ん中辺り、丁度目線に位置する場所には前の二つよりも短い句が刻まれている。

「本当だ……『素と受、想を持って顕現。問に倣えば各々は解き放たれ、終いに全ては空に還る』」
「意味深長な感じね……一体どういう意味なのかしら……?」

 エリスの問い掛けにノアは直ぐに応えず。暫し顎に手を当て考え込んでいた。そして。

「何かしらの魔術の特徴か……? 今までの文、全部古代の魔術言語なんだ」
 エリスは納得する。既視感があったのはその為か。

「やっぱり。歴史書の魔術の欄の資料写真に載っていた……」
「『約束の書』かな?」
「そう、それ。同じ文字?」

 ノアは是とも非とも応えずに首を傾げた。

「あれは建国初期……だから、こっちの文字の方が少し古いかも……? ジーニアス兄さんが詳しいから、出来る限りこの文字も書き留めておこう」

 壁の至る所に書き記された詩をノアが読みあげ、エリスが現代語文として書き記していく。

 最初に読み上げたものと同様だと思われる形態や長さの文章が刻まれていたのは全部で六箇所。その倍の長さのものがやはり六箇所。それぞれ同じような形態の詩は六箇所ずつ、ある程度近しい場所に刻まれている。

 中央のあの短い詩だけは二十五の詩を書き記しても、同様のものが無く独立したものであった。

「少し休もうか」
「ありがとう。手帳もほら、」

 こんなに、とエリスは手汗とペンのインクでよれ、疲れきった様に広がる手帳を見せる。互いに微笑み合い、二人は中央の岩へと腰掛けた。

「懐かしいなぁ……ノア、覚えてる? 二人で石消しゲームをして遊んだの」
 エリスは幾つか魔鉱石を拾うと、ノアとの間、円卓のような岩の上へと並べていく。

「覚えてるよ。エリスと僕でルールを決めて……」
 ノアもまた、転がる石を掴みエリスの並べた石の隣に続けて並べる。

「買った時の賞品も決めなかった? おやつのクッキーとか、真っ赤に染まった大きなカエデの葉っぱとか」
「うん、カエデの時は保管に困ったね」
「あれはほら、サラ姉が『自然のものは外で保管しなさい』って言うと思わなくて。仕方なくノアと巣箱に隠して……でも結果的にリスの寝床になったじゃない? 良かったなぁって」
「うん」

 満足気に微笑むノアにエリスも破顔する。

 賞品のカエデの艶やかな赤、彼の瞳から零れる涙と同じ色だと言い張った空色、一緒に走り回った秋の麦畑を思わす黄金色。

 どの色の石を見ても、鮮やかなノアとの思い出が蘇る。彼の髪や瞳、共に見た景色……ノアに携わる色彩は世界のどの色よりも輝いていると自信を持っていたように。

 世界の色を集めた石かもしれないと、幼いエリスは賛辞を込めてそう信じた。

「楽しかったね。ねぇ、ノア。あのゲーム、久しぶりにやらない?」

 惹かれあい、触れて、弾けて、変化し、時々消えて。それでも全ての光が消えることは無い。
 そんな特性を活かしたゲームをまた無性に彼としたくなった。

「良いね」

 エリスの再戦を望む言葉に、ノアは悪戯っぽく笑む。

「まずはエリスから良いよ。何の条件を獲る?」

 圧倒的勝者の余裕の申し出に、ついエリスも闘争心を煽られる。普段と変わらぬ穏やかなもののはずなのに、今は好戦的な笑みにも見えて。

「『石の数』で! "六つ"よ。今度こそ勝つんだから!」
「じゃあ僕は『賞品』を獲らせてもらうね。"相手のお願いを一つ叶える"で」

 久しぶりの勝負にエリスは年頃の女性だという事も忘れ、眉間に皺を寄せては袖をまくり身を乗り出す。

 山の麓を薔薇色が染め、洞窟内の夜空と同じく天を星達が彩り始めた事も露知らず。
 二人だけの石消しゲーム、真剣勝負の火蓋は切られた。
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