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動き出した時

動き出した時 ①

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 エリスとノアが再会し、互いを慈しみ、深く繋がり愛し合い、再び生涯を誓い合う中。
 ローエ邸近くでは数年ぶりに男の断末魔が轟いた。

「……いい加減にしてくれないかしら」

 感情の乏しい冷たい声を吐きつつも、サラは自身の腕の中で事切れた男を丁重に処理する。

 なんと愚かで哀れなのだろう。

 冷たくなった男は身なりこそ裕福な貴族を装っているが、生前の品位の感じられない立ち居振る舞いを見ても金に目のくらんだ下級貴族か、騎士にも役人にもならずに遊ぶ放蕩息子か。

 兎にも角にも、彼は現状のサラをとりあえず確かめるためだけの捨て駒に過ぎない。

「可哀想に……」

 サラは男が隠し持っていた武器の刃を石に打ち付け、可能な限り折り、遺体と共に葬った。
 いけ好かない従兄弟への報告も、物騒な毒薬の処理も残っている。もう二度と関わりたくはないと思っていたが現状はそうもいかない。火の粉が降りかかってきた以上、義弟と協力し敵方の様子も探らねば。

 ちょうど明日には大切な義理の弟妹達の様子も見たいと思っていた。可愛い義弟にも改めて謝ろう。

「はぁ……何やってるのよ、あいつは」

 元凶であろう嘆かわしき元主、一度は愛した幼馴染みの締まりの無いふにゃふにゃ顔を思い出す。同時に胸がざわつき、サラは己の心を振り払うように悪態をついた。

「頭にくるわ! 大事なノアに微妙に似てるってのが、また腹立たしい!」

 大袈裟に憤慨するサラの耳に、嫌気のさすフクロウの声が聞こえた。嫌みったらしい従兄弟の合図にサラは嘆息しつつ、鳴き声を返す。

 また、この冷たい手を彼が見たら……。邪念にサラは嘆息した。

  
 一方、王都では見逃せぬ侯爵家の不穏な動きがカルロの表情を更に暗澹たるものにさせ、ジーニアスの頭痛を助長させていた。



 何物でも無い悪魔の思惑通りか、”面白い事”は僅かな歪みで起こり得てしまうのだ。


 ∞∞∞


「参ったな……」
「ですね……」

 王都の東側に位置する城の執務室では、カルロとその弟である魔術師長のジーニアスがそれぞれ眉間にシワを寄せ、ゴシップ誌の数々を睨んでいた。


【魔術界に激震‼ 悪魔払いの名家 フェルザー家の秘密⁉ 奇行には疑惑のあの方も関与⁈】
【名門魔術学院の危機⁈ 理事長の悪魔召喚疑惑‼】
【被害は甚大⁉ 魂を売った悪魔伯爵の噂に迫る‼ 過去には女性問題も⁈】

 当然、数々の見出しは根拠のないものだ。

「どうする? 放っておくか?」
「噂は噂ですからね」
 ジーニアスの言葉にカルロは俯く。

 多くの貴族が存在する中で、現在この国では五つの家がそれぞれ大きな力を持っている。

 人望厚く武芸に秀で、歴代将軍の八割を担うエクヴィルツ家。
 変わり者だが有能な文官や世界に名だたる学者を排出するオルコット家。
 斬新な考えを持ち商才に長け経済界でも絶大な力を持つベルムバッハ家。
 古くから芸術分野を通して外交に取り組み、複数の国際機関の理事を務めるリンデンベルク家。

 そして魔力量や魔術に長け、高名な魔術師を多数輩出するフェルザー家である。

 五大貴族の中では一番、歴代当主が総じてまともだと言われているのもフェルザー家であり、建国草創期からの王家との関連も深い。

 かくいうカルロ達の母アメリアもフェルザー家に縁し、現当主ロッシュ・ファン・フェルザーの従姉妹でもある。

 数日前から複数のゴシップ誌に取り上げられ、瞬く間に広がったとある噂。ロッシェの弟、エーミール伯爵が悪魔に取りつかれたとの噂ーーはいまや王都中に広がっている。

 記事の内容は少しずつ異なり、三兄弟間の王位争いと関与しているとの某所関係者の証言や、エーミールが理事長を務める国内最大の魔術学院を含む複数の魔術関連施設では三兄弟の指示の下に悪魔研究が進められている等々。
 情報源をぼかし、見てきたことのように詳細に書かれている。

「しかし言われ放題ですね。『カルロ公の差し金か?』だの『仲間割れの末の報復⁈ 二人の怪しげなカンケイは三年前から……?』だの。感嘆符を付ければ事実でもなく、主張や誹謗中傷とも異なるとでも思っているんでしょうか。まあ女性問題に関しては当たらずも遠からずですがこの書き方では……エーミール卿も憤ってらっしゃいますかね」

 愚痴なのか嫌味なのか疑問なのか。ジーニアスの物言いはいつにも増して刺々しい。カルロ自身も同意見だけに反論もし難い。

「そうだな。とにかく噂は仕方ないとしても、出所と目的は探るべきだろう。この際フェルザー卿だけでなくエーミール卿の様子も」
「”戻し薔薇”に給金の値上げを要求されそうですね」
「ああ。また皮肉を言われそうだ」
「余計な仕事も頼むからですよ」

 びくりと肩を揺らした長兄をジーニアスは見逃さない。やはりまだ続けているのかと嘆息し、彼の嘲りを隠しきれていない満面の笑みを思い出した。

「ノアにも伝えておきます。調査も終えている頃でしょう」
「ノアか……大丈夫だろうか」

 顔を曇らせる心配性の兄にジーニアスは肩をすくめる。

「平気ですよ。ノアは決めた事はやる男です」
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